逃亡者の隠れ家②
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男は壁にもたれたまま、浅い呼吸を繰り返していた。止まらない出血のせいで指先の感覚は次第に薄れていたが、不思議なことに意識だけはまだはっきりしている。
目の前では、先ほど出会ったばかりの少年が、自分を助けようと部屋の中を探し回っていた。
「……変な子どもだな」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。
こんな場所に迷い込んできたと思えば、目の前で死にかけている男を助けると言い出す。しかも、こちらが諦めろと言っても一歩も引かない。
「普通なら、見捨てて逃げるところだろうに……」
男は小さく息を吐きながら、改めて少年へ目を向けた。
――この子は、一体何者なのだろう。
鑑定士として長年、人の才能や適性を見てきた。だからこそ、こうして目の前に気になる人間がいると、どうしても鑑定してみたくなる。
「……そうだ」
男はふと何かを思い出したように呟いた。
「せっかくだ。最後に一つくらい、仕事をしておくか」
「……仕事?」
「ああ。君を鑑定してやろう」
「別に、見なくていい」
即座に返された言葉に、男は思わず苦笑した。
「そう言うな。鑑定士ってのは、目の前に気になる人間がいると、どうしても確かめたくなるものなんだ」
「……そんなものなのか?」
「そんなものさ。もう職業病みたいなもんだ」
男は苦笑すると、ゆっくりと目を閉じ、残された力をかき集めるように意識を集中させた。
「――《鑑定》」
その瞬間、部屋の空気がわずかに張り詰め、次いで男の表情が凍りついた。
「……は?」
男は目を見開いたまま、何度も鑑定結果を確かめるようにユウへ視線を走らせた。
「……なんだ、これ。嘘だろ……」
鑑定士になってから、何千、何万という人間を見てきた。騎士も、魔術師も、貴族も、その中には後に歴史へ名を残すほどの才能を持った者もいた。
それでも、目の前に表示された結果は、そのどれとも比べものにならなかった。
「……こんな結果は、見たことがない」
乾いた唇を震わせながら、男は呆然と呟いた。
「スキルが……多すぎる。普通なら三つ、多くても四つ程度だ。才能に恵まれた人間でも十あれば十分に異常なのに……君は二十を超えている」
そこで言葉を失い、男は震える息を吐いた。
「しかも……固有能力が二つだと?」
信じられないものを見るような目でユウを見つめる。
「……馬鹿な。こんな人間が、本当に存在するのか……?」
ユウは男の反応を見ながら、静かに尋ねた。
「全部、見えてるのか?」
「ああ。私の《鑑定》ならな。隠蔽系の能力でもない限り、見える」
男は力なく頷き、それから改めてユウを見つめた。
「だからこそ分かる。君は規格外だ。いや……そんな言葉じゃ足りないな」
「……そんなにか?」
「そんなにだ」
男は苦笑しながら答えたが、やがて何かを決意したように表情を引き締めた。
「……なるほどな」
「何がだ?」
「いや……」
男は一度視線を落とし、それから静かにユウを見た。
「この力を、誰に託すべきなのか……ずっと迷っていたんだ」
「託す?」
「ああ」
男は苦しそうに息を吐きながら、自分の手を見つめた。
「私の《鑑定》は、私が死ねば失われる。だから、誰かに継がせるべきだとは思っていた」
そこで一度言葉を切る。
「だが、簡単には決められなかった。私が何のためにこの力を使ってきたのか、その意味まで託すことになるからな」
ユウは黙って男の話を聞いていた。
「……それでも、お前ならいい」
「俺が?」
「ああ」
男は小さく笑った。
「見ず知らずの、死にかけた男を助けようとしている。それだけじゃない。自分だって傷を負っているのに、俺を見捨てようとしなかった」
「……別に、大したことじゃない」
「そう言えるところも含めてだよ」
男は苦笑した。
「簡単に決めたわけじゃない。むしろ、最後まで迷ったさ」
その直後、男の身体が大きく震えた。
「……っ、ぐ……!」
激しく咳き込み、押さえた口元から血がこぼれ落ちる。男はしばらく息を整えようとしたが、もう時間が残されていないことは自分でも分かっていた。
「……もう、長くはないな」
血に濡れた手を見つめ、男は静かに呟く。
「このまま死ねば、《鑑定》も俺と一緒に消える」
「……」
「だったら最後くらい、自分が託したいと思える相手を、自分で選ばせてくれ」
男はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにユウを見つめた。
「……受け取ってくれ」
「俺に……?」
「ああ」
男は小さく頷いた。
「お前なら、この力を無駄にはしない。そう思った」
次の瞬間、男の身体から淡い光が浮かび上がった。
光は無数の小さな粒へと分かれ、男の周囲をゆっくりと舞いながら、少しずつユウの身体へ吸い込まれていく。
「――《能力継承》」
男は残された力を振り絞るように、その言葉を口にした。光がすべてユウの中へ消えると、男の身体からふっと力が抜けた。
「……俺みたいには、なるなよ」
それだけを残して、男の首がゆっくりと垂れる。
ユウはしばらく何が起きたのか理解できず、目の前の男を見つめていたが、やがて小さく声を漏らした。
「……おい」
思わず声をかけたが返事はなく、肩も胸も、もう微かにさえ動いていなかった。
そのとき、頭の奥で機械的な声が響いた。
《《能力継承》を感知》
《能力の継承に失敗しました》
「……え? 失敗?」
ユウが眉をひそめた直後、再び機械的な声が響く。
《《能力継承》を分解》
《SPへ変換しました》
《スキル強化が可能です》
「SP……?」
意味は分からない。
だが、次の瞬間には強化可能なスキルの情報が、まるで最初から知っていたかのように頭の中へ流れ込んできた。
《強化可能スキル》
・《即時回復》
・《加速》
・《集中強化》
(……これで助けられるかもしれないなら、やるしかない)
ユウは一瞬だけ男へ視線を向けると、迷うことなく《即時回復》を選んだ。
「……《即時回復》」
直後、頭の中に新たな表示が浮かび上がる。
――――――――――
《スキル更新》
《即時回復》
・使用回数:1 → 2
・対象:自身 → 自身・他者
※回復量が減少しました
――――――――――
表示を見つめたまま、ユウは小さく息を吐いた。
「……他人にも使えるようになったのか」
その視線の先には、青白くなった男の顔と床一面に広がる血溜まりがある。先ほどまで聞こえていた荒い呼吸も、今は完全に途絶えていた。
(……間に合うか?)
考えている暇はなかった。
ユウは男の隣へ膝をつき、その胸元へそっと手をかざす。
「《即時回復》」
淡い光が男の身体を包み込むが、すぐには何の変化も現れなかった。ユウは息を詰めたまま男を見つめ続ける。ほんの数秒しか経っていないはずなのに、その時間がひどく長く感じられた。
やがて、男の指先がほんの僅かに動く。
「……っ、ごほっ!」
次の瞬間、男が大きく息を吸い込み、激しく咳き込んだ。
「……!」
止まっていた胸が大きく上下し、青白かった顔にも少しずつ血の気が戻っていく。ユウはしばらく呆然とその様子を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……助かったのか」
男はまだ意識を失ったままだったが、呼吸は先ほどまでとは比べものにならないほど安定している。ユウは安堵しながらも、頭の中に残る一連の出来事を思い返した。
「……なんなんだ、本当に」
《能力継承》もそうだ。
頭の中に突然響いた機械的な声も、知らないうちに増えていたSPというものも、そして今まで自分には使えなかった《即時回復》の新しい効果も、何一つ理解できていない。
(知らないことばっかり増えていくな……)
静まり返った部屋に呟きだけが消えていき、地下室には再び男の穏やかな寝息だけが残った。ユウは男の様子を一度だけ確かめると、改めて部屋の中へ視線を巡らせる。
(これ全部、この人が集めたのか?)
倒れた棚からは本や書類が散乱し、机の上には紙束や開きっぱなしの手帳、乾き切ったインク壺が残されている。どれも慌ただしく放り出されたような状態で、ここで何かが起きたことを無言のまま物語っていた。
「……しばらく起きそうにないな」
そう呟きながら机へ近づき、ユウは何気なく一枚の紙を手に取った。
文字は走り書きで読みづらく、ところどころ書き直された跡も残っていたが、村長の家で文字を教わったおかげで以前よりも読めるようになっている。
(……読めるな)
一枚、また一枚と紙をめくっていくと、そこに記されていたのは人々の記録だった。名前や年齢、出身地だけでなく、生まれ持った固有能力や戦歴まで細かく書き残されている。
その中の一枚に目を止め、ユウは記された名前を読み上げた。
「……《剣理眼》」
そこには、剣聖クロイツ・ヴァルツフェルトという男の記録が残されていた。固有能力は《剣理眼》。剣筋だけでなく、一撃に込められた意図や癖までも見抜く能力らしく、戦歴の欄には名だたる剣豪たちとの勝敗がびっしりと書き込まれている。
「……こんなの、相手にしたくねぇな」
(なんだこの化け物……世の中には、こんなのがいるのか)
苦笑しながら次の資料へ手を伸ばすと、今度はさらに簡潔な記録が目に入った。
【レイガス】
【固有能力:《挑戦者》】
・自分より格上との戦闘時のみ身体能力上昇
・実力差が大きいほど効果増加
・同格以下には効果なし
「……こっちの方が嫌だな」
相手が強ければ強いほど、自分も強くなる。戦場で敵として出会えば、できるだけ関わりたくない類の能力だった。
その後もユウの手は止まらなかった。炎を操る者、魔物と意思を通わせる者、未来をほんの一瞬だけ見通す者――聞いたこともない能力と、それを持つ人間たちの記録が次々と現れる。
(全部……この人が鑑定したのか)
部屋中に積み上げられた資料の山を見回しながら、ユウは静かに息を呑んだ。一人で集めたとは思えないほど膨大な量だったが、それだけ多くの人間を見てきたからこそ、あの男は命を狙われるほどの存在になったのだろう。
危険を承知で、それでも鑑定士を続けていた理由が、ユウには少しだけ分かる気がした。
手元の資料を閉じ、ユウは静かな部屋を見渡す。聞こえてくるのは、眠る男の規則正しい呼吸だけだった。
(……この世界は)
薄暗い地下室の天井を見上げながら、ユウは改めて思う。
(俺が思ってたより、ずっと広い)
その事実だけが、静かに胸の奥へ残り続けていた。
ユウ「(; ・`д・´)……鑑定スキル、もらえなかったんだが?」
作者「え?」
ユウ「いやいや! さっきまでの流れ、完全に鑑定チートを手に入れるイベントだったじゃん!」
作者「そう思った?」
ユウ「思うだろ普通! 瀕死のおっさんが『お前に託す』って言ったら、誰でも鑑定スキルもらえると思うじゃん!」
作者「残念。もらえません。」
ユウ「詐欺じゃねぇか!!」
作者「でも、スキルが進化したじゃん?」
ユウ「……はぁ。」
作者「不満( ^^) ?」
ユウ「いや、強くなったのは嬉しいけどさ……なんか思ってたのと違う。」




