表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/38

分かたれた意識

主人公に妹がいるなんて、創作の中だけの話だと思っています。

現実はそんなに甘くありません。なので弟なのです。


――暗闇の中に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がる。


「……っ」


最初に感じたのは、規則的な機械音と鼻をつく消毒液の匂いだった。ぼやけた視界の向こうには、眩しいほど白い天井が広がっている。


(……なんだ、ここ)

(夢……か? いや……違う)

「……ここは……?」


喉は乾き、声もうまく出ない。身体を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。


「病室……?」


視界の端で点滴のチューブが揺れる。その先の隣のベッドには、見覚えのある顔があった。


「……カイト?」

「お、起きたか」


同じように横になっていたカイトがこちらに気づき、いつもの軽い調子で声をかけてくる。


「昨日やっと目を覚ましたと思ったら、またぼーっとしてるし。医者も心配してたんだぞ」

「……俺、何があったんだ?」

「何って事故だよ。車に跳ねられたやつ。覚えてないのか?」


ユウは眉をひそめた。


事故――確かに理解できる言葉のはずなのに、不思議と実感が湧かない。胸の奥には説明のつかない違和感だけが残り、まるで自分が本当に別の場所にいたような感覚が消えなかった。


「……俺たち、生きてるんだよな?」

「なんだよ急に」


カイトは苦笑した。


「生きてるからこうして寝てるんだろ」

「まあ、俺たちに突っ込んできた車の運転手は死んだらしいけどな」

「……え?」

「ニュースでもやってた。にしても、俺たちマジで運がよかったよな」


軽く笑うその声は、どこまでも現実的だった。


その瞬間、頭の奥で何かが軋み、泥の匂い、血の熱、剣がぶつかる音、そして誰かの叫びが一気に押し寄せる。


それらは曖昧な夢の断片ではない。

どれも、自分が確かに見て、感じて、体験した記憶だった。


「……なあ、カイト」


震える喉で声を絞り出す。


「ん?」

「俺たち……車にぶつかったあと、どうなった?」

「どうなったって……」

「いや……そのあとだ」

「……?」

「そのあと、俺たち……どうなった?」


カイトは怪訝そうに首を傾げる。


「どうもこうもねぇよ。運よく助かったんだよ」

「昨日やっと目を覚ましたばっかじゃねぇか」


その答えを聞いても、ユウの胸のざわつきは消えない。


(違う。何かが……違う)

(俺は……)


頭の奥に引っかかるものがある。


その正体を掴もうとした瞬間、泥の匂いと血の熱が鮮明によみがえり、同時に“車”という単語だけが妙に遠く感じられた。


カイトが少し目を細める。


「お前……やっぱり記憶戻ったか?」

「記憶……?」

「事故のあと、ずっと記憶喪失だったんだぞ、お前」


その言葉で頭の奥が一気にざわつく。


──違う。


「違う」

「違う、違う違う……!」


突然取り乱したユウに、カイトは慌てて身を起こした。


「おいおい、どうしたんだよ。落ち着けって」


だが、その言葉は筋が通っているはずなのに、ユウの中にはまるで落ちてこなかった。


むしろ逆に、血の匂い、崩れた地面、ガルドの声、エナの涙、ルクの背中――そんな記憶ばかりが輪郭を持って迫ってくる。


「ガルドは……? エナは……? ルクは……?」

「は?」


困ったように眉をひそめたカイトは、それでも普段と変わらない調子で言った。


「だからさ、お前は事故で記憶なくしてただけだって。変な夢とごっちゃになってるんだよ」


説明としては十分なはずだった。

それなのに、ユウの中ではもう一つの記憶の方が、現実のような重さを増していく。


「そんなわけない……俺は戦ってた」

「村があって……魔物がいて……」


病室の白と戦場の赤。

どちらも現実の形をしていて、頭の中で二つの世界が激しくぶつかり合う。


「……なあ、ほんとうに大丈夫か?」


少しだけ低くなったカイトの声には、隠しきれない心配が滲んでいた。


「事故のあと、お前ずっと意識が戻らなくてさ。何回も検査して、ようやく昨日目を覚ましたんだぞ」


その現実的な説明も、やはり胸には落ちてこない。

安心できない。


白く柔らかなシーツを握りしめながら、ユウはかすれた声で呟く。


「俺は……戦ってた」


その瞬間、病室の空気がわずかに軋み、眩しい照明が一瞬だけ揺らいだ。

だが次の瞬間には何事もなかったかのように元へ戻り、機械音だけが変わらぬ調子で鳴り続けている。


「おいおい、そんな顔すんなって」

「とりあえず落ち着け。水飲んで、少し頭冷やせ」


「ほら」


カイトが差し出した紙コップを、ユウはぼんやりと見つめた。

わずかに揺れる水面を眺めながら、どちらが現実なのかという問いだけが頭の中で反響し続ける。


そのとき、不意に視界が沈んだ。


「……っ?」


カイトの声が遠ざかり、白い光は滲んでいく。規則正しく鳴っていた機械音も次第にかすれ、伸ばしかけた指も、呼びかける声も届かないまま、ユウの意識は深い水の底へ引きずり込まれるように静かに沈んでいった。


ーーー


――目を開けると、朝だった。


崩れた天井の隙間から差し込む弱い光と、冷えた空気、そして鼻を突く腐敗臭が、嫌というほど現実を思い知らせてくる。


「……っ、は……はぁ……」


荒い呼吸を整えながら、ユウはゆっくりと身を起こした。


「ああ……くそっ。やっぱり夢かよ……変にリアルすぎんだろ……」


立ち上がろうとしながら、自嘲気味に息を吐く。


(バカか俺は。あの事故で生きてるはずがないんだ)


そんなわけがない。ただの夢に決まっている。

そう結論づけることで、頭の奥にまとわりついていた得体の知れないざわつきも、少しずつ静まっていった。


右足へ目を向けると、裂けた傷は赤黒く固まりかけており、さっきまで全身を焼いていた熱も嘘のように消えている。


(さっきのは……熱にうなされて見た夢か)


そう思おうとしたものの、あまりにも鮮明な記憶が頭の奥に貼りついて離れない。


そのときだった。

頭の奥で、静かな音が落ちた。


水面に小石が沈んだような感覚とともに、見えない波紋がゆっくりと広がっていく。


《スキル:耐病性 を取得しました》

《外的環境による病気・感染への抵抗力が高くなる》


《スキル:免疫強化 を取得しました》

《毒・腐敗・微生物への抵抗力向上》


ユウは一度だけ目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。


「……ははっ、まだ生きろってか」


夢の余韻はまだ残っていたが、胸の奥には折れずに残ったものがあった。

腐敗も、危険も、孤独も何一つ変わっていない。


それでも――


「……ここで止まるわけにはいかねぇか」


重い身体を起こしたユウの中には、進むしかないという思いだけが、確かに残っていた。



ーーーーーーーー


同時刻。


病室。


消毒液の匂いが鼻に残る、静かすぎる部屋だった。

カーテンは半分だけ閉められ、窓の外から差し込む光が白く床を削っている。


規則的に鳴っていた機械音だけが、やけに大きく耳に残っていた。


「……水、飲めよ」


カイトの声で、ユウは我に返った。

差し出されていたはずの紙コップは、いつの間にか自分の右手に握られている。


眩しい照明、規則正しい機械音、鼻をつく消毒液の匂い。


(……ここは……病院……?)


ぼんやりとしたまま右手を見下ろくと、紙コップの水面がかすかに揺れていた。

そして、その指には見覚えのない金属の指輪が嵌まっている。


「……なんだこれ」


外そうとする。

だが、指輪もコップも離れない。


「……は?」


喉の奥には、説明できない引っかかりだけが残っていた。


(俺……何してた?)

(さっきまで……)


考えようとしても、そこだけがぽっかりと抜け落ちている。

まるで誰かに切り取られたように。


「……俺、たしか……カイトの車に乗ってて……」


そうだ。朝、駅まで送ってもらっている途中だった。

他愛もない話をしていて――そこから先の記憶がない。


思い出そうとした瞬間、頭の奥が白く焼けるような痛みが走った。


「……事故にあって……」

「どした?」


隣から聞こえてきたのは、いつも通りの軽い声だった。


「カイト……」

「なんだ? またぼーっとして。せっかく記憶戻ったと思ったのに、勘弁してくれよ。こっちまで訳分かんなくなりそうだぜ」


カイトは苦笑しながら肩をすくめる。


「さっきも『戦ってた』とか『村がどうこう』とか、よく分かんねぇこと言ってたしな」

「……俺が?」

「まあ、昨日やっと記憶戻ったばっかなんだ。頭の中がごちゃごちゃしてても仕方ねぇって」

「医者も、しばらくは混乱するかもしれないって言ってたし、あんま気にすんな」


頭の中はぼんやりしている。

何か大事なものがあった気がするのに、それだけが思い出せない。


「……分かんねぇ。夢見てた気はするけど、内容が全然残ってねぇ」

「ほらな。ただの変な夢だって。事故のあとなんだから、そういうこともあるだろ」

「……そうか」


(夢か……たぶん、そうだよな)


ユウは小さく息を吐いた。右手の紙コップの水面がほんのわずかに揺れたが、胸の奥に残る理由の分からない違和感は消えない。それでも、何か大事なものを忘れているような感覚だけを残し、それ以上は思い出せなかった。


そして、どちらの世界にいるユウも、まだ知らない。

自分が何かを忘れたわけでも、ただ夢を見ていたわけでもないことを。


本来一つだったはずの意識は、いつの間にか二つに分かれ、それぞれが別々の世界で生き始めていたことを。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



■とある病弱な少年の記憶


ぼくのお兄ちゃんは、つよくてかっこいい。


いつも森に行って、獲物をとって帰ってくる。

帰ってくるたびに、服には土や草のにおいがついていて、それがぼくは好きだった。


ぼくは、お兄ちゃんが帰ってくるのがだいすきだった。


「きょうはどんなことがあったの!?」


そう聞くと、お兄ちゃんはちょっと困った顔をしながらも、ちゃんと話してくれる。


「ダンがまた拾い食いして、腹おさえてころげまわってな」

「あいつ、ゴブリン見た瞬間に腰ぬかして、そのまま地面にへばりついてたぞ」

「腹の音鳴らして獲物逃がしたときは……さすがに笑ったな」


ぼくは、それを聞くのがたのしくて。

いっぱい笑った。


せきをしても、おなかがいたくても、お兄ちゃんの話を聞いてると、へいきだった。


ある日。

お兄ちゃんが、へんな草をもって帰ってきた。


「ルク、これは体にいいやつだから食べろ」


そう言って、スープに入れてくれた。


清命草せいめいそう

・食用可

・栄養価:高

・毒性:なし

・効果:体内の不純物をゆるやかに排出する。疲労回復効果があり、長期間食べると体調を整えやすくなる。若葉は苦みが少なくスープ向き。


でも、にがかった。

あんまりおいしくなかった。


「うぇ……」


って顔をしたら、お兄ちゃんが笑った。


「ちゃんと食え。元気になるから」


ぼくは、お兄ちゃんが言うならほんとうなんだって思って、がまんして食べた。


その日。

家の外から、おおきな声がきこえた。


おとうさんと、キラキラした服の人が、言いあらそっていた。


「連れていくなら俺にしろ!!」


おとうさんが、すごくこわい顔で叫んでいた。


でも、ぼくはなにがおきてるのか、わからなかった。

ほんとうに、なにもわからなかった。


気づいたら。

お兄ちゃんが、そのキラキラした服の人たちに連れていかれていた。


ぼくはこわくなって、お兄ちゃんの服をつかもうとした。

でも、お兄ちゃんは、ぼくの頭をなでて、


「大丈夫だ」


そう言った。

さいごまで、笑っていた。


「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「いつ帰るの?」


ぼくは、おとうさんとおかあさんに聞いた。


でも。

だれも、答えてくれなかった。




■敗血症(ユウがかかった病気)


傷口などから侵入した細菌が血液に広がり、全身に強い炎症反応を起こす危険な状態。放置すれば短時間で命に関わることもある。


この世界では衛生環境や医療技術が未発達なため、動物の噛み傷や汚れた武器の傷から発症することも珍しくない。


初期は発熱や腫れ程度だが、進行すると高熱や強い倦怠感、意識の混濁が現れ、やがて身体そのものが壊れていく。


多くの場合、有効な治療手段がなく、そのまま死に至る。



■解説

この瞬間を境に、二人のユウはそれぞれ別々の人生を歩み始めます。二つの世界が再び交わることは、おそらくありません。



ダン「(; ・`д・´)にしても俺の扱いひどくねぇか?」

ユウ「……いつも通りだろ」

ダン「納得いかねぇ!!」

ユウ「騒ぐ元気があるなら問題ないな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ