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フォルナ村

いつもリアクションやブックマークをしていただき、ありがとうございます!

とても励みになっています。今後とも楽しんでいただけたら嬉しいです!



重い体を引きずるように、ユウは森の奥を歩き続けていた。


どれだけ進んだのか、もう時間の感覚は曖昧だった。

ただ「止まれば終わる」という思いだけが、限界を迎えた身体を無理やり前へ動かし続けている。


気づけば周囲の木々はまばらになり、絡みつく枝葉も少なくなっていた。


やがて頭上が開け、閉ざされていた視界が一気に広がる。

森を覆っていた枝葉が途切れた瞬間、夜空の淡い月明かりが降り注ぎ、張り詰めていたものが一気に切れた。


「……はぁ……っ、は……」


膝から力が抜け、ユウはその場へ崩れるように手をついた。


「くそ……っ」


呼吸が荒い。胸の奥は焼けるように熱く、喉はひび割れたみたいに痛む。息を吸うだけで肺の内側を削られるようだった。


それでも、背後の気配が消えていることだけは分かった。盗賊たちの声も足音も、もう聞こえない。

だが、安心したのも束の間だった。


(……こんなところで倒れたら、本当に終わる)


ぼやけかけた意識の中でも、その考えだけは妙にはっきりしていた。


ユウは荒い息を吐きながら無理やり顔を上げる。

視線の先には、森を抜けた向こうに広がる緩やかな平地と、そのさらに奥に寄り集まるいくつかの建物が見えていた。


距離はある。

それでも、人の手で作られたものだということだけは分かった。


村だった。

「……人、いるのか……?」


頭に浮かぶのは、水と食べ物、そして休める場所――生き延びるために必要なものだけだった。

他に選択肢はない。


ユウは重い体を無理やり起こすと、ふらつきながらも村へ向かって歩き始めた。歩くというより、倒れないよう必死に前へ進んでいるだけに近い。


草を踏む音だけが妙に大きく響く中、村に近づくにつれて胸の奥に小さな違和感が積もっていく。


人の声が聞こえない。生活の気配もない。

家畜の鳴き声すらなく、村にしては静かすぎた。


「……おかしいだろ、これ」


風は吹いているのに、そこだけ音だけが抜け落ちてしまったような、不気味な静寂が辺りを支配している。


(……人の気配がない。まさか、廃村か……?)


思わず足が止まる。


「……なんか、嫌な静けさだな」


誰に聞かせるでもなく呟く。理由は分からない。

やがてユウは一軒の家の前で足を止める。


扉は半開きになっており、吹き込む風に合わせて、ぎぃ……ぎぃ……と不気味な音を立てながらゆっくり揺れていた。


「……とりあえず、中を見てみるか」


そう呟き、ユウは短剣を握り直して扉へ手を伸ばした。

疲労で指先に力が入りにくい。それでも、何も持たないよりはましだった。


「……何もいないでくれよ」


慎重に扉を押し開けると、ぎぃ……と湿った軋み音が響き、室内の空気が外へ流れ出してくる。


湿気と腐臭が混じった重い空気。

その奥に、さらに濃い生臭さが絡みついていた。


鼻を刺す異様な臭いに、ユウは思わず息を止める。


「っ……なんだ、この臭い……」


反射的に口元を押さえながら、ユウは室内へ視線を向けた。


視線を落とすと、人の骨が床に散乱し、その奥には崩れかけた死体が横たわっていた。

黒く変色した肉体はところどころ抉られ、何かに食い荒らされたような痕が残っている。


生臭い腐臭が一気に濃くなり、胃の奥が痙攣する。


「うっ……!」


吐き気が込み上げる。

それでもユウは歯を食いしばり、目を逸らさなかった。


「……なんだよ、これ」

「この村で、一体何があったんだ……?」


自分でも驚くほど声は冷静だった。


目の前の光景は普通なら悲鳴を上げてもおかしくないものだったが、今のユウには恐怖よりも先に「どう生き残るか」が浮かんでいた。


すぐに家の外へ出る。

外気を吸い込んでも腐臭は鼻の奥にこびりついたままだったが、それでも室内よりはずっとましだった。


「……最悪だな」


ユウは改めて村を見渡した。

崩れかけた家々。生い茂る雑草。静まり返った空気。

そして、その奥に潜むような、得体の知れない気配。


その光景を見た瞬間、記憶の片隅に引っかかっていた話がゆっくりと繋がっていく。


「……フォルナ村……」


昔、どこかで聞いたことがある。死病で村人が全滅し、近づくなと噂されていた廃村だ。その時はただの遠い話だったが、今はその“現場”に立っている。


ユウは静まり返った村を見渡した。人の気配はない。

それはつまり、物資が残っている可能性があり、同時に追手に見つかる危険も低いということだった。


「……そう考えるしかない、か」


しばらく考え込んだあと、ユウは小さく息を吐く。


「……気味は悪いけど、今の俺に贅沢言ってる余裕はないか」


誰に聞かせるでもなく呟き、自分に言い聞かせるように続ける。


「森の中で野垂れ死にするよりは、まだマシだろ」

(……それに、ここまで来た以上、引き返す方が危ない)


改めて静まり返ったフォルナ村を見渡す。


まともな場所ではない。

それどころか、危険な場所だということは嫌というほど伝わってくる。

それでも今の自分にとっては、身を隠せる数少ない場所だった。


「……屋根があるだけ、今の俺には十分だ」


小さく呟いたユウは、短剣を握る手に力を込めながら、警戒を解くことなく廃村の奥へと足を踏み入れた。


「……誰も、いないはずだ」


誰もいないはずなのに、どこかから見られているような不気味な感覚だけが消えない。それでも、今のユウに立ち止まるという選択肢はなかった。


水も食べ物も、休める場所も必要だった。そして何より、生き延びるためには前へ進むしかない。

静寂に包まれたフォルナ村の奥へ、ユウはゆっくりと歩みを進めていく。


――生き延びるために。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



■とある商人の護衛の記憶


この仕事を始めて八年になる。


領都グレイハイムへ荷を運ぶ商人の護衛で、盗賊も魔物も理不尽な税もある危険な仕事だが、その分だけ報酬もある、そういう世界だった。


その日も、隊列はいつも通りだった。

荷車が並び、商人が前にいて、護衛が周囲を固める。

街道は乾いていて、馬の蹄の音だけが規則的に響いていた。


異変に気づいたのは、前方の森の切れ目だった。


そこに、一人の女が立っていた。細すぎる体に泥に汚れた服、足取りはふらついている。

そして胸のあたりには、布に包まれた“何か”を抱えていた。

まだ距離があるせいか、その正体までははっきりしない。


女はこちらに気づくと、息を切らしながら必死に駆け寄ってくる。


「すみません……あの、すみません……!」


足元はふらつき、何度も転びそうになりながら、それでも止まらなかった。


「皆さん、領都へ向かわれるところですよね……?」


声は震えていた。


「もしよろしければ……荷台の空いているところに、少しだけでも乗せていただけないでしょうか……」


一度言葉を切って、喉を詰まらせるように続ける。


「お願い、します……」


それは頼みというより、そこ以外に選択肢がない声だった。

俺は一度、雇い主に視線を向けた。


「どうします?」


商人は女と赤ん坊を一瞥して、あっさりと肩をすくめる。


「女一人と子どもだろう。問題あるまい。乗せてやれ」


迷いのない判断だった。

「……本当に、ありがとうございます……!」


女は何度も頭を下げた。声はかすれ、涙が混じっている。

額が土に触れそうなほど、何度も、何度も。


俺はその姿を見ながら、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。

そこまでしてでも、領都グレイハイムに行かなければならない理由があるのか。


気づけば口が先に動いていた。


「……なんで領都へ行くんだ?」


女は一瞬だけ顔を上げる。

それから、言葉を選ぶように視線を落とした。


「夫が……亡くなってしまって」

「村にはもう、頼れる人もいなくて……」

「だから、領都にいる兄のところで……しばらく、この子と暮らそうと思って……」


そう言って、女は腕の中の“赤ん坊”をゆっくり一定のリズムで揺らした。

それはあやすというより、必死に安心させようとするような動きだった。


俺は何気なくその包みを見たが、布の隙間からは指も顔も見えず、呼吸も泣き声もなく、ただ抱えられているという事実だけがそこにあった。


「……」


喉の奥がわずかに引っかかる。

女はそれに気づいていないのか、涙をこぼしながら笑っていた。


「この子しか……もう、わたしには残っていないんです……」


その言葉が、やけに静かに落ちた。

しばらく、誰もすぐには返せなかった。


空は妙に明るく、雲ひとつないのに白く見える。街道の風だけが少し冷たく、荷車の軋む音がやけに遠く感じる。


周囲の護衛たちも誰も口を開かず、ただ同じ方向を見ていた。

女と、その腕の中の“子供”。


女は頭を下げたまま動かない。

やがて耐えきれなくなったように、ゆっくりと顔を上げる。


「……ご迷惑でしたよね……すみません……」


小さく笑おうとして、失敗した顔のまま、沈黙が少しだけ伸びる。

荷車の車輪がきぃと鳴き、その音だけがやけに大きく響いた。


ようやく俺は、短く息を吐いた。

「……気にするな」


そう言うのが精一杯だった。


それ以上は続かない。

続けたところで、何を言えばいいのか分からなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


《設定詳細》


■名持ちの冒険者


名持ちの冒険者とは、冒険者の中でも特に突出した実力と実績を持ち、個人名そのものが戦力として認識される存在を指す通称である。


彼らは単なる個人ではなく「戦力単位」として扱われ、その存在だけで戦況や士気に影響を及ぼす。


その実力は単独で小隊から中隊規模の兵力に匹敵するとされ、多くは独自の戦闘技術や特殊能力を有するため、一般的な基準で戦力を測ることは難しい。


そのため国家や領主は彼らを重要な戦略要素として扱い、敵対時には優先排除対象、味方であれば最重要戦力の一つとして位置付けている。



■傭兵


傭兵とは、特定の国家や領主に属さず、金銭契約によって戦争や警備任務に参加する戦闘専門職の総称である。


豊富な実戦経験を持つ者が多く、局地戦や奇襲戦においては正規兵以上の戦果を挙げることもある。一方で所属意識は薄く、生存と報酬を優先して行動するため、戦況次第では離脱や裏切りの危険も伴う。


そのため雇用側は信頼ではなく契約によって統制し、即応性と戦闘力を持つ外部戦力として運用している。



本編とショートストーリーの文章量が同じになってきました。

ショートとは。

そのうちタイトル詐欺で訴えられるかもしれません。

とはいえ、本編だけでは書けない話を書く場所として結構気に入っているので、続けてみようと思います。


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