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帰還者たち

いつもいいねやリアクションをしてくださっている皆さま、本当にありがとうございます。


戦場を離れてから、どれほど歩いたのか分からない。

ユウは喉の渇きと全身の疲労を感じながらも、ただ前だけを見て歩き続けていた。


隣を歩くのは大人が二人。

戦場へ向かうとき、同じ荷台に押し込められていた男たちだった。

あの頃は顔も覚えていなかったが、今はなぜか三人で固まって歩いている。


誰も口を開かない。

ただ、生き残った者同士というだけで一緒に歩いていた。


あの馬車には二十人以上いたはずだった。

押し合いながら戦場へ運ばれていった連中のほとんどは、もういない。

今ここを歩いているのは三人だけだ。


前を歩く男が、こらえきれないように長く息を吐く。

その背中を見ながら、後ろの男が口を開いた。


「なあ、さっきから気になってたんだけどよ……お前、なんであんな戦場にいたんだ?」


声は疲れていたが、そこには純粋な疑問が混じっていた。


「いや、別に疑ってるわけじゃねぇ。ただ、その……どう考えても場違いだっただろ」


ユウは少しだけ考え、それから短く答える。


「……徴兵された」


前を歩いていた男が思わず足を止めた。


「は? おい、待て。冗談だろ?」


信じられないものを見るような顔でユウを見つめる。


「いや……どう見てもお前、まだ――」


視線がユウの身体を上下に走る。


「……子供じゃねぇか」


言葉には呆れと困惑がそのまま滲んでいた。

ユウは淡々と答える。


「年齢は関係なかった。人が足りないから来いって言われて、そのまま連れてこられただけだ」

「連れてこられたって……」

「普通、徴兵ってもう少し段取りとかあるだろ。村単位で集めるとか、領兵の補充とかよ」


ユウは乾いた声で続けた。

「説明はあった。税を少し軽くする代わりに、俺が行くことになった」


一瞬、二人とも黙る。

言葉の意味が遅れて染み込んだように、前の男が低く呟いた。


「……それ、徴兵っていうか」


後ろの男が苦い顔で続ける。


「実質、人質じゃねえか……」


ユウは否定しなかった。

風が森の葉を揺らし、乾いた音が流れていく。


「人が足りなかったのは本当だったんだろ。それだけだ」


怒っているわけでも、諦めているわけでもない。ただ事実を置いただけの声だった。

その反応が、かえって重い。


後ろの男は頭を掻き、吐き捨てるように笑った。


「……いや、雑すぎるだろ。いくら戦争でも限度ってもんがあるぞ」


前の男も鼻を鳴らす。


「帰れりゃ運が良かったって話か」


誰も笑わない。

足音だけが、乾いた森道に落ちていく。

しばらくして、後ろの男がぽつりと漏らした。


「……うちの息子も、お前くらいの歳だわ」

「まだ畑手伝って、『今日はコッコ鳥が逃げた』とか言って騒いでる歳だ。剣なんか握ったこともねぇ」

「うちは娘だな。口だけは達者でよ」

「いいじゃねぇか」

「元気すぎて疲れるんだよ。朝から晩まで喋ってやがる」


そんなやり取りをしているのに、誰の顔にも笑みは浮かばなかった。

もし自分たちが戻れなければ、その子供たちはどうなるのか。そこまで考えないようにしているのが、逆にはっきり伝わってくる。


やがて前を歩いていた男が、思い出したように口を開いた。


「そういや名前聞いてなかったな。いつまでも“ガキ”って呼ぶのも悪いしよ」

「……ユウ」

「ユウか」


男は小さく頷く。

「俺はジン。鍛冶屋をやってた」


後ろの男も軽く手を上げた。


「ロイだ。木こり……まあ今は、ただの敗残兵だけどな」

「言うなよ、それ」


ジンが苦く笑う。


「自分で言うと余計みじめになる」

「もう十分みじめだろ」


少しだけ空気が緩む。

ほんの数秒だったが、その瞬間だけは戦場の匂いが遠のいた気がした。


だが現実はすぐに戻ってくる。

日が傾き、木々の影が長く地面を這い始める頃には、三人の足取りは目に見えて鈍くなっていた。


ロイが周囲を見回しながら口を開く。


「……この辺で一回休むか。暗くなる前に少しでも体力戻さねえと、夜道で転んじまうし、獣にでも出られたらひとたまりもねえ」


ジンは短く「ああ」とだけ返し、その場に腰を下ろした。


座った瞬間、それまで無理やり張っていた力が一気に抜ける。


ユウも木の根元に背を預け、ゆっくりと息を吐いた。

途端に、押し込めていた現実が少しずつ浮かび上がってくる。


食料はほとんどない。水も残りわずか。

戦場から放り出されたせいで、まともな補給は何一つない。

ユウの手元にあるのは、拾った短剣とわずかな硬貨だけだ。


ロイが乾いた笑いを漏らす。


「……命からがら生き残ったってのによ。今度は腹減ってくたばりそうとか、笑えねぇな」

「まぁ、死んでねぇだけ上等だろ」


ジンは木にもたれ、目を閉じた。


「……使い捨てかよ、結局」


ロイは空を見上げ、少し間を置いてから低く呟く。


「……まぁ、生きてるだけマシか」


その言葉に、誰もすぐには返さなかった。


生きている。それは事実だ。

だが、あの炎を見たあとでは“生き残った”という実感すら薄い。


「まあいい、今日はもう寝るしかねえ。考えるのは明日でいい」


その“明日”に何があるのか、誰にも分からない。

それでも、そう言わなければ前には進めなかった。


三人は焚き火も起こさず、そのまま地面に横になった。

空腹も、渇きもそのまま抱えたまま、ただ目を閉じる。


森の夜は静かだった。

風が葉を揺らす音と、遠くで鳴く獣の声だけが、暗闇に溶けていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



■とある帰還者の家族の話


長く閉ざされていた扉が、ようやく開いた。


「ただいま」


扉が閉まる音より早く、妻が駆け寄ってくる。


「あなた……!」


妻がほとんど駆け寄るように距離を詰めてくる。怒っているというより、張り詰めていた糸が一気に切れたような声だった。


気づけば足元に小さな衝撃がある。


「お父さん、おかえり!」


小さな手が服を強く掴み、そのまま離れない。


家の中は、何事もなかったように温かかった。

暖炉の火が揺れ、スープの匂いが静かに広がる。テーブルには簡素な食事が並び、湯気だけが現実の時間を刻んでいた。


「遅かったじゃない」


妻はそう言いながらも、目元だけが少し潤んでいる。


「戦が長引いたって聞いて……本当に、心配したのよ」


言葉の途中で、少しだけ詰まった。

兵士は椅子に腰を下ろし、体の疲れが一気に抜けるように息を吐く。


「ただいま」

(……やっと帰ってきたな)


その一言で、ようやく帰ってきた実感がした。

子供が興奮したように話す。


「ねえお父さんの背中見て!」

「傷すごいよ!」


妻が慌てて止める。


「やめなさい、失礼でしょ」


だが、その声には怒りはなかった。


兵士は笑おうとした。だがその瞬間、視界の端がわずかに揺れた。

ランプの光がにじみ、スープの湯気が遠のいていく。


「……おとうさ──」


子供の声が、途中で途切れた。


「……あれ?」


気づくと、空気が変わっていた。

暖かい家の匂いは消え、代わりに焦げた鉄の匂いが鼻を刺す。


兵士は地面に倒れている。右腕はもうなく、胸には折れた剣が突き刺さったまま動かない。血と泥に沈むように、身体だけがそこに残っていた。


遠くで戦闘が続いている。


「押し返せ! ここを抜かせるな!」

「左翼が崩れるぞ! 援護しろ!」

「増援はまだか!?」


怒号と金属音が混ざり合い、空気そのものが震えている。

その合間に、兵士の口からかすれた声だけが落ちる。


「……なんで、俺が……」

「……家に、帰るんだ……まだ……」


兵士は動かない体を無理やり起こそうとするように、指がわずかに動く。


視線の先には、何もない。家も、扉も、妻も子供もいない。

ただ、壊れた戦場だけが広がっている。


それでも兵士は、もう一度だけ呟いた。


「……帰らないと」


その言葉は、誰にも届かない。


やがて風が吹き、血と土の匂いの中に、小さな声が混ざった気がした。

遠くで、誰かに呼ばれたような気がした。


「……お父さん」


──その声に、指先がほんのわずかに跳ねた。


しかし、それ以上は動かなかった。





《設定詳細》


■魔法使い


魔法使いとは、魔力によって現象を直接変質させる特殊な術者の総称である。その数は極めて少なく、1国家につき確認されている人数は2〜3名程度に留まる。


個人差はあるものの、その戦闘能力は通常兵力とは比較にならず、戦場においては一個軍に匹敵、あるいはそれ以上の影響力を持つ。


そのため魔法使いは実質的に「国家戦略兵器」として扱われており、抑止力や防衛、特定任務への限定投入が主な役割となる。


また、魔力の行使には高度な技術と長期間の訓練を要するため、連続使用には制限があり、各国はその所在と忠誠を重要機密として管理している。


さらに、魔法使いは例外なく固有能力を有していることが確認されている。


■コッコ鳥


コッコ鳥は、この世界における家禽の一種で、元の世界でいう鶏に近い生物である。


体格や生態も鶏とほぼ同様で、人間にとって扱いやすく、卵と肉の両方を安定して供給できることから、養鶏に非常に適した家畜として広く飼育されている。


性質は比較的おとなしく、群れで行動するため管理がしやすい。また繁殖力も高く、農村から都市まで幅広い地域で食生活を支える存在となっている。


日常的な食材として定着しており、庶民の食卓にも頻繁に登場する。



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