焼けた戦場を後にして
かなり番外編挟んだので ep.26 空が落ちた日 を見返した方がしっくりくるかもしれません、
全身に強い痛みが走り、呼吸をしようとしても空気がうまく肺に入らない。
喉は焼けるように痛み、耳鳴りが頭の奥で絶えず響き続けている。意識はかろうじて保っているものの、身体は思うように動かず、危険な状態に陥っている。
(――な、にが……)
その直前、ほんの一瞬だけ。さっきまで、何か――ひどく懐かしい夢を見ていた気がした。
思い出そうとした瞬間、記憶の輪郭がほどけるように消えていく。
残ったのは、遅れて押し寄せる衝撃だけだった。
身体の内側を殴られるような感覚に、呼吸が潰れる。
「っ、はっ……ぐっ……」
その瞬間、視界の奥に文字が浮かぶ。
《スキル:衝撃耐性 を取得しました》
《物理的な衝撃や打撃によるダメージと動揺を軽減し、体勢の崩れを抑える》
直後、体の奥で何かが切り替わったような感覚が走る。痛みは消えていないが、今にも倒れそうになるような感覚だけは、少し抑えられていた。
「っ、はっ……くそ……!」
ユウはそのまま地面に転がる勢いで体勢を崩しながらも、どうにか手をついて踏みとどまった。
《即時回復》
身体の内側を這いずっていた鈍い痛みが、一瞬だけ引く。
だが完全には消えない。代わりに、焼けるような熱だけが残る。
(ステータス表示)
HP:13/50 → 38/50
MP:5/18
ユウは地面に手をついた。
「ゴホッ、ゴホッ……」と咳き込みながら、荒い息を吐く。
肺の奥まで焼けるような痛みが残っている。
それでも、ゆっくりと顔を上げた。
そして――理解が止まる。
そこには、ついさっきまで本陣だったはずの場所が、丸ごと消えていた。
旗も陣も人も馬も荷車も、すべてが消失していた。
残っているのは、抉り取られた大地だけ。
巨大な円形の穴。その中心では赤熱した地面が煙を上げ、空気が歪み続けている。
「……終わりだ。俺たちの負けだ……」
誰かが呆然と呟いた。
別の兵士が膝から崩れ落ちる。剣を握る力すら残っていないように、そのまま土へ手をついた。
「戦いじゃねえよ……こんなの……」
「最初から負けるって決まってたのかよ……ふざけんなよ」
声は途中で形を失い、独り言のように地面へ落ちていく。
乾いた音を立てて剣が落ち、続いて膝が折れ、鎧が崩れるように倒れていった。
一人、また一人と戦意だけが抜け落ちるように崩れていくその光景は、まるで戦場そのものが終わりを選んでいるかのようだった。
誰もが理解してしまっていた。これは戦いではない。勝負でもない。
ただの、一方的な“処理”だ。
ユウはゆっくりと立ち上がる。
全身に痛みが走り、骨が軋む。耳鳴りは消えず、視界もまだ揺れていた。
それでも意識だけは、かろうじて繋がっている。
(……なんだよ、これ……)
“強い”とか、そんな言葉では片づけられなかった。
剣の技術でも、身体能力でもない。
同じ土俵に立っているはずなのに、最初から違う世界に放り込まれていたような感覚だった。
(……こんなの、理不尽すぎるだろ……)
ユウはゆっくりと空を見上げた。
さっきまで空を焼いていた炎はすでに消え、灰色の煙だけが静かに溶けていく空が広がっている。
倒れた兵士。崩れた陣地。武器を落としたまま動かない人間たち。
そのすべてが、たった一撃の結果だ。
そのとき、遠くの敵陣側から歓声が上がる。
「お、おい……今の見たか!?」
「すげぇ……一発で消し飛んだぞ……!」
「やっぱり火焔の魔導士様は別格だ! 出てきた時点で勝ちだったんだよ!」
「勝った! 勝ったぞ!! あれを食らって生きてる奴なんかいねぇだろ!!」
歓声は止まらない。
それは勝利への期待ではなく、すでに勝敗が決したと信じる者たちの声だった。
その声を聞きながら、ユウははっきりと理解する。
(……終わった、のか……)
戦いは終わった。人は死に、陣は消えた。
それなのに、どこか現実味がない。
爆ぜた地面からは熱が立ち上り、焼けた匂いが風に混じって漂っている。巨大な穴の縁では赤熱した土が煙を上げ続けていた。
(……本当に、終わったのか……?)
そのとき、不意に規則正しい足音が聞こえてくる。
ざり、ざり、と一定の間隔で土を踏む音。
ユウがゆっくり顔を上げると、戦場の外縁から整列した敵兵たちがこちらへ進んできていた。
その足取りに乱れはない。
ついさっきまで戦場にいたはずなのに、まるで後始末にでも来たかのような落ち着きだった。
倒れた兵士や崩れた陣地を見ても、誰一人として表情を変えない。
その中の一人が周囲を見回し、淡々と口を開く。
「抵抗はやめろ。これ以上戦う意味はない」
その声に怒気はない。すでに勝敗は決しており、結果を確認しているだけのような口調だった。
誰も動かない。いや、動けなかった。
戦う理由も逃げる気力も、すべてあの爆発と共に吹き飛んでしまっていた。
ユウもゆっくりと手元の剣を見下ろす。
刃は欠け、血と土で汚れている。握る手は震えていたが、その重さだけは妙に現実感を持っていた。
(……このまま捕まったら、どうなる)
答えは分からない。
それでも、ここで逆らえば終わりだということだけは理解できた。
ユウは短く息を吐き、ゆっくりと膝をつく。
そして手から力を抜き、剣を地面へ置いた。
かすかな金属音が、静まり返った戦場に響く。
それを見た敵兵の一人が口元を歪めた。
「見てみろよ。まともに訓練も受けてねぇ連中ばっかじゃねぇか」
兵士は周囲を見回しながら鼻で笑う。
「こんなのまで駆り出されてたのかよ」
「徴兵された農民か何かだろ。数合わせで引っ張り出された連中だ」
「無理もねぇさ。こんなの前に並べたって、まともな戦力になるわけがねぇ」
「まあ、あれを見せられた後じゃな。戦う気なんて残ってる方がおかしいか」
乾いた笑いが漏れる。その目に敵意はなく、ただ無関心だけがあった。
敗残兵ではなく、戦いの後に残った瓦礫でも見るような視線だった。
やがて兵士の一人が興味を失ったように肩をすくめる。
「もういい。こいつらは放っておけ」
その言葉に、近くにいた兵士が眉をひそめた。
「……放っておくって、本気か?」
敵兵は振り返りもせず答える。
「そのままの意味だ。捕まえる価値もない」
一度だけ周囲を見回し、焼けた陣地へ視線を向ける。
「負傷者の確認もあるし、物資の回収もある。こんな連中に構ってる暇はねぇ」
そして最後に、興味を失ったような声で言った。
「帰りたきゃ帰れ。目障りだ」
その言葉は妙に軽かった。
怒りでも憎しみでもない。ただ“終わった相手”として扱っているだけの軽さ。
殺す価値すらない――そう言われているのと同じだった。
「……本当に、行っていいのか?」
誰かが恐る恐る聞き返す。
だが返事はない。敵兵たちはすでに興味を失い、視線を戦場へと戻していた。散らばる装備、遺体、使えそうな資材――それらを淡々と回収していく。
さっきまで命を奪い合っていた場所が、もう“後処理の現場”に変わっている。
そこにはもう敵も味方もない。ただ、終わった戦いの残骸だけがある。
ユウは小さく息を吐いた。
(……俺、これからどうすればいいんだ……?)
視線を落とすと、地面には折れた剣、割れた盾、裂けた鎧、投げ出された荷袋が散乱していた。
動かなくなった兵士の手には、まだ使えそうな短剣や金具が残っている。
ユウは一歩踏み出す。誰も止めない。誰も見ていない。
ここにはもう、“持ち主”という概念すら残っていなかった。
(……使えるものは回収しておこう)
戦場に残された物は、すべて生き残った者が拾う資源になっている。
ユウはまず短剣を拾い上げ、重さを確かめた。
血で滑る柄を握り直し、小さく呟く。
「……これなら使えそうだ。ないよりはずっとましだな」
刃先を親指で軽く撫で、使えることだけ確認すると、そのまま服の内側へ滑り込ませる。布越しに冷たい金属の感触だけが残った。
続けて腰袋を漁る。中には硬貨、干し肉、火打石、小さな薬瓶。
価値ではなく、“今生き延びるのに必要か”だけで選別していく。
硬貨だけを掴み取り、ポケットへ落とす。ちゃり、と金属が触れ合う音がやけに現実的だった。
近くでも同じことをしている兵士がいる。だが誰も会話はしない。ただ必要なものを拾い、無言で歩き出す。
やがて少し離れた場所で、誰かが低く呟く。
「……もう行こうぜ。これ以上ここにいても仕方ねぇ」
別の男も疲れ切った声で返した。
「そうだな……今は見逃されてるだけかもしれねぇし」
「帰れるうちに帰ろう。今日はもう十分だ……」
その言葉で、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
誰もはっきりと「帰ろう」とは言わない。だが向かう方向だけは自然と揃っていく。
ユウも歩き出す。
背後には焼け焦げた地面と巨大な穴だけが残る戦場。誰も振り返らない。振り返る意味がないことを、全員が理解していた。
前へ進むしかない。生きている限り、それしか選択肢はないように、足だけが勝手に動く。
しばらく歩いたところで、ユウはふと足を止めた。
視線が森の方へ向く。
(……あの女騎士、何だったんだ……)
黒い鎧。赤い髪。音を置き去りにするような踏み込み。
たった数手しか交わしていないはずなのに、“格の違い”だけが異様に鮮明に焼きついている。
理由は分からない。
それでも、またどこかで会う気がした。
次に会う時、自分は一方的に追い詰められる側では終わらない――そんな根拠のない確信だけが胸の奥に沈んでいく。
ユウは短く息を吐き、首を振った。
(……今はいい)
今の自分にできるのは、生きて帰ることだけだ。考えたところで、状況が変わる段階はとうに過ぎている。
ユウは視線を前へ戻し、再び歩き出した。
疲労で重くなった身体は、それでも止まらない。止まれば終わる。その感覚だけが、やけに現実として残っていた。
生きるために。帰るために。
そして――その帰り道が、ただの“生還”では終わらず、もっと深い場所へ引きずり込まれていくことを、この時のユウはまだ知らない。
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■とある商人の記憶
俺は商人を始めて十五年になる。
南の塩も運んだ。北の毛皮も売った。戦場跡の村にも何度も入った。
それなりに荒れた土地は見てきたつもりだった。
だが、最近の光景はどこかおかしかった。
どの村へ行っても、人が痩せている。
子供は腕が枝のように細く、女は頬が落ち、男は目だけが異様にぎらついていた。
最初は不作だと思った。だが違う。
畑はある。作物も少ないながら実っている。
それなのに、人だけが食えていない。
理由はすぐに分かった。税だ。
徴税官が来るたびに、食料が根こそぎ持っていかれる。麦も干し肉も、冬越し用の備蓄まで。
「領主様のご命令だ。不足分も含めて納めてもらう」
「戦が続いている以上、軍への供給を止めるわけにはいかん」
そう言って全部持っていく。
残されるのは、痩せた村と、そこに住む人間だけだった。
ある村でのことだ。
荷車に積んだ乾燥豆を、子供がじっと見ていた。
声も出さず、瞬きもしない。ただ見ている。
あの目を俺は知っている。腹を空かせた目だ。
俺は見て見ぬふりをした。
一度施せば、全員に配らなければならない。商人は慈善家じゃない。そう自分に言い聞かせる。
だが夜、荷車の近くで物音がした。
見に行くと、小さな子供が袋を抱えて震えていた。豆を盗もうとしているのだろう。痩せ細り、腕は骨のようだった。
「……返せ」
そう言うと、ガキは泣きながら頭を下げた。
「ごめんなさい……でも、お母さんが……」
言葉は途中で途切れた。病気か、あるいはもう動けないのだろう。
俺はしばらく黙り、やがてため息を吐く。
「……全部は持っていくな」
ガキは目を丸くした。
「干し肉を少しだけ持っていけ。全部持っていかれたら、こっちも商売にならねぇ」
「……え?」
「勘違いするな。見逃すのは今回だけだ。本当に必要な分だけ持って、とっとと帰れ」
ガキは何度も頭を下げながら走っていった。
俺は荷車にもたれ、空を見上げる。
最近はどこへ行っても同じだ。戦争、徴税、徴兵――村が死んでいく。
荷車にもたれ、俺はしばらく空を見上げていた。
(……このままで、本当に持つのかねぇ)
口に出したわけじゃない。
ただ、空がやけに静かだった。
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【現在のステータス】
名前:ユウ
年齢:8歳
HP:42/42 → 38/50
MP:18/18 → 5/18
筋力:8 →9
耐久:7 →9
敏捷:11
知力:11
精神:9
■スキル(パッシブ)
・採取 Lv4
・解体 Lv4
・格闘 Lv3 →Lv4
・罠設置 Lv3
・気配察知 Lv3
・棍棒術 Lv3
・回避 Lv3
・危険察知 Lv2 → Lv3
・隠密 Lv2
・足場把握 Lv2
・夜視 Lv2
・嗅覚強化 Lv1
・急所理解 Lv2
・応急処置 Lv2
・痛覚耐性 Lv1 → Lv2
・持久力向上 Lv2
・逃走 Lv1 (NEW)
→ 逃走時、敏捷・持久力が上昇する
・衝撃耐性 Lv1 (NEW)
→ 物理的な衝撃や打撃によるダメージと動揺を軽減し、体勢の崩れを抑える。
■スキル(アクティブ)
・即時回復 Lv2
→ MPを約45%消費し、HPを約60%回復する緊急回復スキル。一日一回のみ使用可能で、MPが不足している場合は発動できない。
・加速 Lv2
→ 身体能力(速度を1.2倍)を一時的に強化する。
・集中強化 Lv1((NEW))
→ 一時的に思考速度と情報処理能力を向上させる。使用中は精神力を継続消費する。
■固有能力
・ステータス閲覧
・窮地適応
→ 生命の危機、または極度の環境ストレス下において、生存に必要なスキルを獲得する。
《現在の装備》
短剣一本。服の内側に隠してある。刃は欠けていないが、戦場で拾ったものに過ぎない。
ポケットには指輪が一つ。重さはほとんどないのに、妙に存在感だけが残っている。
腰袋の中身は――銀貨7枚、銅貨12枚。
拾えた硬貨はそれだけで、まとまった金には程遠い。
最低限の食料として、干し肉がわずかに残っている。
火起こし用の火打石、小さな薬瓶も携帯している。
■通貨単位
銅貨:100円
大銅貨:1000円
銀貨:1万円前後
金貨:10万円前後




