表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/36

番外編 焼き尽くされる前に

皆さん、ケイルのこと忘れてませんか?

今回はケイル視点です!

あの巨大な炎が落ちる直前、彼が何をしていたのか――ぜひお楽しみください。


――グレイロード家本陣に巨大な炎が落ちる少し前。


同じ戦場の片隅で、ケイルは剣を握ったまま立ち尽くしていた。


さっきまで隣で叫んでいた仲間が倒れるのを見てから、足が一歩も前に出ない。耳に入ってくるのは遠くの怒号と金属音だけなのに、それが妙に現実味を持って胸の奥を圧迫していた。


「くそ……くそっ……! 無理だろ、これ! どうしろってんだよ……!」


乾いた声が、誰に向けるでもなく漏れる。喉がひび割れたみたいに痛いのに、それでも言葉だけは勝手に出てしまう。


「こんなことやってられるかよ!!」


その瞬間、背後から鋭い怒声が飛んだ。


「おいそこ! そこのお前! 逃げるな!!」


指揮官らしき男が、泥まみれの顔のままケイルを指さしていた。その目は怒りというより焦りに近い。戦線が崩れ始めていることを理解している目だった。


「何をしてる! さっさと持ち場に戻れ!」

「無理に決まってんだろ! あれ見えてねぇのかよ!?」


ケイルは思わず叫び返していた。視線の先では、味方の陣形が崩れ、地面に倒れた兵士が次々と踏み越えられている。勝ち負けの問題ではない、そもそも“生き残れるかどうか”の段階だった。


「俺はまだ死にたくねぇんだよ!」


そのまま踵を返し、ケイルは森の方へと全力で駆け出した。後ろで怒号が飛ぶが、それを聞き取る余裕すらない。


「待て! 戻れ!! 命令だ!!」

「知るか!! そんなに戦いたきゃ自分でやれ!!」


ケイルはそのまま後方へ向かって駆け出した。


足元には捨てられた槍や盾、倒れた兵士たちが転がっている。何度も足を取られそうになりながらも、それでも止まれなかった。


止まった瞬間に戦場へ引き戻される。そんな恐怖だけが背中を押していた。


「はぁ……はぁ……っ……もう嫌だ……どこでもいいから安全な場所ねぇのかよ……」


視線の先に、少し開けた場所が見えた。そこには大きな天幕が張られ、周囲に兵士と装備が規則正しく配置されている。明らかに“格の違う場所”だった。


(……なんだあれ……絶対偉いやつがいる場所だろ……)


普通なら近づかない。だが背後からの追撃を恐れたケイルは、考えるより先にそこへ転がり込むように走った。


「くそっ……もうどこでもいい……とにかく隠れられれば……!」


天幕の裏側、荷物が積まれている場所を見つけると、ケイルはそのまま荷物の山に身を押し込んだ。革袋や布の間に体をねじ込み、息を殺す。


「頼むから見つかるなよ……戦が終わるまでここにいさせてくれ……」


心臓の音だけがやけに大きい。外では兵士たちの足音と怒声が行き交い、ここが安全かどうかも分からないまま時間だけが過ぎていく。


やがて天幕の中から声が聞こえ始めた。

低く、落ち着いた男の声だった。


「森側に配置した傭兵どもは予定通り動いているな?」


「はっ。予定地点への展開は完了しております。名持ちの冒険者も数名加わっており、アルデン軍が動けば即座に側面を突けるかと」


「そうか。ならば本隊はこのまま前進だ。敵主力をここで削り切れれば、戦は我らのものになる」


冷静すぎる声だった。戦場の混乱とは完全に切り離された場所にいる声。


ケイルは息を殺しながら、荷物の隙間から天幕の中をわずかに覗く。そこにいたのは、他の兵とは明らかに空気の違う男――領主アルヴァルト・グレイロードだった。


「森の部隊はこの戦の要だ。アルデン側も放置はできまい。戦力を割かせたところを叩く」

「はっ。そのように手配しております」


家臣たちが一斉に頷く。誰も迷っていない。そのやり取りは、すでに戦の勝敗が決まっているかのような確信に満ちていた。


そのとき、天幕の入口が勢いよく開かれた。


「失礼します! 緊急のご報告がございます!」


息を切らした伝令兵が転がり込むように入ってくる。


「森側へ配置した傭兵部隊と連絡が取れません! 伝令を送っておりますが応答がなく、何らかの異変が発生した可能性があります!」


空気が一瞬だけ止まった。


「……連絡が取れないだと?」


アルヴァルトの声がわずかに低くなる。


「奇襲部隊が沈黙しているというのか」


家臣の一人が即座に顔をしかめる。


「あり得ません。あの戦力がそう簡単に崩れるはずがない。アルデン側に何か動きがあったのでしょうか」


伝令はさらに言葉を重ねる。


「最後の報告では……黒い女騎士を目撃したとの情報が……」


その言葉に、空気が変わった。


「黒い女騎士だと……?」

「まさか、アルデン家の姫か」

「いや、あの女が国境から離れるはずがない……」


ざわめきが広がる中、アルヴァルトだけは静かだった。

だが、その目だけがわずかに細くなる。


「……面白いな」


低い声が天幕の中に落ちる。


「アルデンの姫自ら動いたというのなら、話は面白くなる」


家臣の一人が焦りを隠せない様子で口を開く。


「領主様、いかがなさいますか……!」

「予定を変更する必要はない」


アルヴァルトは即答した。


「わざわざ姿を見せたのだ。ならば、その首を取る好機でもある」

「ですが、奇襲部隊との連絡が――」

「構わん」


その一言で家臣たちは口を閉ざした。


「森の部隊が多少遅れようと戦局は変わらん。このまま押し切る」


その一言で、場の空気が完全に締まる。

ケイルは荷物の中で息を止めたまま、背中に冷たい汗が流れていくのを感じていた。


(……なんなんだよ、これ……)

(俺、なんかとんでもない場所に紛れ込んでねぇか……?)


領主だの姫だの、奇襲部隊だの。

ついさっきまで逃げることしか考えていなかったケイルには、話の半分も理解できない。

それでも一つだけ分かることがあった。


ここにいる連中は、自分たちが負けるなんて欠片も思っていない。


「報告を続けろ。状況を整理し直せ」

「はっ!」


だが、その直後だった。

天幕の外から、聞いたことのない重低音が響く。

地鳴りにも似ていたが、それよりも不気味だった。まるで空気そのものが唸り声を上げているような音だった。


「……何の音だ?」


誰かが呟いた瞬間、天幕の外が白く染まる。

次の瞬間には、音も、声も、景色も消えていた。


(……あっ)


理由は分からないが、本能だけがそれを理解していた。


(これ、やばいやつだ)


その認識を最後に、ケイルの意識は熱に飲まれて消えた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



■とある滅んだ村の男の記憶


いつからだったかは覚えていない。


最初は父さんだった。腕に赤い斑点が浮かび、虫にでも刺されたのだろうと笑っていたが、数日後には高熱と咳に苦しみ、そのまま起き上がれなくなった。


母も同じだった。村の薬師は首を振り、祈祷師は呪いだと言ったが、誰も治せなかった。

父は苦しみながら死に、母も後を追うように死んだ。その頃には、村全体に同じ症状が広がっていた。


井戸端の女が倒れ、畑を耕していた男が血を吐き、子供の泣き声は絶えなかった。昨日まで生きていた人間が、翌朝には冷たくなっている。そんな日々だった。


村人たちは互いを疑い始めた。


「……あいつが病を持ち込んだんじゃないか?」

「近づくな。感染るぞ」


その矛先は、当然のように俺にも向いた。両親が死んだ家の人間というだけで、俺は家に閉じ込められた。食事だけが投げ込まれる日々。まるで罪人だった。


だが数日後、その連中の方が先に死んだ。村はもう崩れていた。

ある朝、村から俺は逃げた。ただ、感染したくなかった。それだけだった。


森を歩き、腹が減れば木の実を食い、川の水を飲んだ。何度も死にかけたが、それでも生き残った。なぜ自分だけ生きているのかは分からないし、分かりたくもなかった。


やがて辿り着いたのがグレイウッド村だった。森に囲まれた小さな村。


最初は追い出されると思ったが、誰も俺に興味を持たなかった。空き家があったので勝手に住み、文句を言う者もいない。


薪を割り、狩りを手伝い、畑も耕した。報酬は少ないが、生きるには十分だった。村人と酒を飲み、笑うこともあった。


気づけば、この村も悪くないと思い始めていた。

だから、油断した。


代官が来た日、徴兵が告げられた。戦争が始まるらしい。

誰かを連れていく必要があると言われた、その時だった。


村人が言った。


「流れ者なら問題ないだろ」

「あいつを連れていけ」


その瞬間、すべてが分かった。

俺は最初から村人じゃなかった。ただの余所者だった。

代官は俺の腕を掴み、下卑た笑みを浮かべる。


「領主様のお役に立てるのだぞ。誇りに思え」


拳を握った。殴りかかろうとした。

だが、できない。周囲には騎士たちがいる。逃げ場はなかった。


……クソが。


フォルナ村から逃げても、どこへ行っても同じだった。

どうやら俺は、生まれつきこういう役らしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

引用 ep.19 連れていかれる場所 より

(ケイルは二十歳前後の青年で、少し伸びた茶髪をかき上げながら、ずっと苛立ったように貧乏揺すりをしていた。両親を病で亡くし、身寄りもない。だから選ばれた。理由としては、それだけだった。)


※フォルナ村についての記載は ep.15 日常が形になるとき にあります





《人物設定》


■ケイル


ケイルはもともと、フォルナ村で両親と暮らしていた。


ある日、村に原因不明の“死病”が広がり、両親は相次いで死亡した。村は対応できず、封鎖も救援もほとんど行われないまま崩壊し、フォルナは事実上放棄された集落となる。


ケイル自身はその混乱の中で村を離れ、流れ着くようにしてグレイウッド村へと辿り着いた。そこで空き家に身を潜め、身分を名乗ることもなく、半ば“存在しない人間”として暮らしていた。


ただし重要なのはここで、ケイルは無自覚のままその死病に対する抗体を持っていた可能性があるという点である。


そのため彼は感染源としては危険ではなく、むしろ「運よく生き残った側」だった。


結果として、もし今回の徴兵で外へ連れ出されていなければ──

グレイウッド村内部に彼が留まり続けることで、後に何らかの接触を通じて感染が広がっていた可能性も否定できない。


つまり今回の徴兵は、本人にとっては地獄のような出来事でありながら、間接的にはグレイウッド村の崩壊を防いでいた可能性がある“分岐点”でもあった。



※フォルナ村については  ep.15 日常が形になるとき に記載されています。


リアクションありがとうございます。!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ