番外編 家の大掃除!!!
今回は完全に番外編です。
前世での“日常の一部”を切り取った回になっています。
本編の流れとは直接関係ありませんが、#&”という人物の根っこにあるものを少しだけ補足するような内容です。
俺たちの休日は、祖母の一言で終わった。
「生きてるうちに片付けたいのよねぇ」
祖母のその一言で、▼?%の予定は強制的に決まった。
行き先は向かいの祖父母の家。目的は大掃除。
そして俺とカイト、さらに父の弟のなおひこおじさんまで巻き込まれることになった。
「なんで俺らまで駆り出されるんだよ……」
靴を履きながら俺が呟くと、隣でカイトが深いため息をついた。
「諦めろ。ばあちゃんの“お願い”に拒否権は存在しないぜ?」
「それ完全に独裁者の発想じゃねーか」
それは事実だった。
祖母は小柄で穏やかなのに、なぜか誰も逆らえない圧があり、優しい笑顔のまま有無を言わせないタイプだ。しかも今回は追い打ち付きだった。
「このままじゃ、そのうち床が抜けちゃうかもしれないねぇ。ほほほ」
「いや、笑い事じゃないだろ、それ……」
「俺もそう思った。でも、ばあちゃん本気で言ってたぞ」
そんな話をしながら家を出て道路を渡る。
徒歩一分もかからない距離だというのに、足取りだけは妙に重かった。
そして祖父母の家の玄関を開けた瞬間、全員が黙った。
「……何回見てもでかいな、この家」
改めて見上げた祖父母の家は、昔ながらの日本家屋とは思えないほどの存在感があった。
無駄に長い廊下とやたら多い部屋。そのほとんどが今では物置と化している。
窓際には積まれた段ボール、黄ばんだ古新聞、いつの時代か分からない扇風機、壊れた棚、謎の木箱。
そして使われていないのに増え続けた座布団の山。
空気には明らかにホコリが混じり、差し込む光がそれを可視化していた。
「……これもう大掃除じゃなくて発掘作業だろ」
「その言い方はやめろ。本当にそう見えてくる」
カイトが真顔で返した瞬間、奥から祖母の声が飛んできた。
「カイトー! おしゃべりしてないで手を動かしなさーい!」
「はーい!」
「到着したばっかなんだけどな……」
返事と同時に居間へ向かうと、すでにおじさんがジャージ姿で腕をまくって立っていた。
「おう、お前ら。今日は腹くくっとけよ」
「おじさん、ちゃんと来たんだ」
「朝のうちにこっそり帰ろうとしたんだが、玄関で待ち伏せされてな」
「逃げる気満々だったんだな……」
「当たり前だろ。経験者ってのは危険を察知する能力が高いんだ」
「じゃあ、なんで結局ここにいるんだよ」
「捕まったからだ」
おじさんは遠い目をしながらそう言った。
たぶん、実際に捕獲されたのだろう。
そして掃除は、開始からわずか数分で地獄と化した。
押し入れを開けた瞬間、中から荷物が雪崩のように崩れ落ちてきた。
「うおっ!? ちょ、ちょっと待てって!」
「うわっ、何これ。大惨事じゃん」
「見てないで手伝え! そっち押さえろ!」
棚を動かせばホコリが一気に舞い上がり、視界が白くなる。
「げほっ! なんだこれ!? ホコリやばすぎだろ!」
「いや、たぶん何年分とかそういうレベルじゃないぞ……」
段ボールを持ち上げた瞬間、底が抜けて中身が床にぶちまけられた。
「うわっ!? マジかよ!」
「あらあら、それも昔の大事な思い出なんだけどねぇ」
「思い出なら、せめて原形くらい残しておいてくれよ!」
中から出てきたのは、色あせた雑誌や片方だけの手袋、何に使うのか分からない古い道具だった。
「……これ捨てていいよな?」
そう言った瞬間、祖母の視線が鋭くなる。
しかも祖母は、まったく捨てる気がない。
「それ、まだ使うかもしれないじゃない」
「いや、いつ使うんだよこれ!?」
「いつか使うかもしれないでしょ?」
「その“いつか”が来たところ、一回も見たことないんだけど!?」
俺は押し入れの奥から出てきた古いガラス瓶を掲げる。
「じゃあ、これはどうなんだよ。たぶん梅干しだと思うんだけど」
「えっ?」
「いや“え?”じゃなくてさ、これ俺が生まれる前からあるやつじゃない?」
瓶の中では、黒く変色した何かが沈んでいた。もはや梅干しと呼んでいいのかも怪しい。
「……これ、中身大丈夫なのか?」
「ちょっと見せてごらん」
祖母は瓶を受け取ると、しばらく眺めた。
そして数秒後、あっさりと言った。
「うーん、これはさすがに捨てようかねぇ」
「それはダメで、他はセーフだったのか!?」
俺が思わず声を上げると、祖母は不満そうに頬を膨らませた。
「だって中身が何か分からないんだもの」
「他にも何か分からない物いっぱいあるだろ!」
「それはまだ分かるかもしれないじゃない」
「その理屈で残してたら一生片付かねぇよ!」
祖父は縁側でお茶をすすりながら苦笑する。
「まあまあ」
「その“まあまあ”で全部済ませようとするな!」
「まあまあ」
「だから二回言うなって!」
俺がそうツッコむたび、祖母は不満そうに口を尖らせ、祖父は縁側でお茶をすすりながら「まあまあ」とだけ繰り返す。完全に役割が固定されていた。
昼頃には、全員かなり消耗していた。
「ちょっと休憩しようぜ……」
俺は物置部屋の床に腰を下ろす。薄暗い室内には古家具やガラクタが山のように積まれ、空気までくたびれているようだった。
「これ、本当に今日中に終わるのか?」
「終わるわけないだろ」
カイトの即答はあまりにも現実的で、逆に腹が立つ。
「だよな……」
そのときだった。
積まれた箱を動かした拍子に、――キンッ、と乾いた金属音が響く。
「ん?」
畳の隙間に目をやると、ホコリに埋もれた小さな銀の指輪が転がっていた。
古びた輪っかで、見たことのない模様が刻まれている。
「なんだこれ」
拾い上げると、見た目のわりにやけに軽い。安っぽいのに、妙に目が離せない。
「お、なにそれ。指輪?」
カイトが身を乗り出してくる。
「いや、どう見てもガラクタだろ。こんなの出てきても困るだけだって」
おもちゃか何かだと思った俺は、指輪を指先で弾いた。さらに邪魔だとばかりに、軽く足で蹴る。
カラン、と乾いた音を立てて、指輪は暗い棚の下へ転がっていった。
その瞬間だけ――ほんの一瞬。
鈍い赤のような光が、指輪の表面を走った気がした。
「……?」
「どうした?」
カイトがすぐに反応する。
俺は首を振ってごまかした。
「いや、なんでもない。気のせいだ」
疲れで目がおかしくなっただけだろう。そう結論づけて立ち上がる。
その後の掃除は、もはや惰性だった。
集中力はとうに切れている。
押し入れの前で腰を下ろしたおじさんが、遠い目をしながら呟く。
「これもう……掃除っていうより文化財の発掘だろ……」
「それ言い出すと余計進まなくなるやつだぞ、それ」
カイトが即座に突っ込む。
おじさんは床に座ったまま天井を見上げる。
「いやマジでさ、この家だけ時間の流れおかしいって……」
カイトは真顔で周囲を見回し、ため息をついた。
「ここ、ダンジョン化してるって言われても驚かないぞ俺」
「やめろ。そんなこと言ってると、本当に何か出てきそうだから」
俺がそう返した、そのときだった。
奥から祖母の声が飛んでくる。
「まだ二階もあるわよー!」
一瞬、空気が止まる。
「……聞かなかったことにしようぜ」
「賛成」
俺とカイトは即座に視線を逸らした。
その後も作業は続いたが、成果は微妙だった。ゴミ袋は増え、通路は多少広くなったものの、全体としては焼け石に水だった。
「……で、これ進捗どれくらいだ?」
俺の問いに、誰もすぐには答えなかった。
「体感、二百分の五くらいだな」
「誤差じゃねぇか」
カイトの即答は容赦がない。
おじさんもホコリまみれのまま遠い目をしていた。
「これ……生きてるうちに終わるのかねぇ……」
祖母はその会話を聞こえないふりで流している。すでに精神の領域に入っていた。
夕方になる頃には、全員が汗とホコリで限界だった。
玄関で靴を履きながら、おじさんがぐったりとした声を出す。
「今日はもう撤収だ撤収。▼?%とカイトもう帰っていいぞ」
「はーい……」
カイトは返事だけはやけに元気だった。
祖母の家は道路の向かいにあり、帰宅というほどの距離でもない。歩いて一分もかからず、自宅の玄関にたどり着く。
「ただいまー」
ガチャ、と扉を開けると、すぐに母さんの声が返ってきた。
「おかえりー。掃除どうだった?」
俺は靴を脱ぎながら、力なく答える。
「だいたい二百分の五くらい片付いたかな」
「全然進んでないじゃない」
母さんは笑った。まるで最初からそうなると分かっていたようだった。
カイトが横で靴を揃えながらため息をつく。
「ばあちゃんさ、全然捨てさせてくれないんだよ。全部“いつか使う”で止めてくる」
「あー……うちの母さん、昔からそういうタイプなのよね。物を捨てないの」
母さんは一瞬で納得した顔になった。
リビングに入ると冷房の空気が一気に身体を包み、ようやく息が抜けた。
ソファに倒れ込む俺に、母さんが楽しそうに覗き込んでくる。
「で? なんかお宝とか出てきた?」
俺は天井を見上げたまま、だるそうに指を折っていく。
「古い扇風機とか、黄ばんだ新聞の山とか、あと昭和の謎の瓶」
「まとめて言うと全部ゴミね」
即答だった。
「言い方」
カイトが横から突っ込む。
「いやでも実際そうだろ」
「まあ否定はできない」
そこで俺は少し間を置いて、思い出したように続ける。
「あとさ、なんか刀と、家紋っぽい紋章の額縁も出てきた」
その瞬間、母さんの動きが一瞬止まった。
「……刀?」
「うん。たぶん飾り用だと思うけど、やたら立派だった」
「へー」
母さんはあまり興味なさそうに相槌を打った。
そんなくだらないやり取りの最中、キッチンからジュウジュウという音とソースの匂いが漂ってくる。
「……なんか作ってる?」
「ふふふ」
母さんが得意げに胸を張る。
「晩ごはんできてるわよー!」
「何作ったの?」
両手を広げて、満面の笑み。
「じゃじゃーん! 昨日買った半額のお弁当! 百五十円!!」
「え?」
空気が止まり、カイトが真顔になる。
「……マジ?」
「嘘嘘」
母さんはケラケラ笑った。
「▼?%が好きな焼きそば作ったから、順番にシャワー浴びてきなさい」
「なんだよびっくりした……」
「半額弁当が晩ごはんだったら泣くぞ俺」
「失礼ねぇ。ちゃんと目玉焼きも乗せてあるわよ」
「急に豪華になった!」
父さんがネクタイを緩めながら苦笑する。
そんな、いつも通りの夜。
テレビの音。ソースの匂い。家族の声。疲れた身体。
何でもない、当たり前の日常。
――だからこそ。
失ったあとになって初めて、それがどれだけ大事だったか思い知らされる。
少しだけ間を置いて、母さんが軽く笑った。
「ほら、ぼさっとしてないで早くシャワー行きなさい」
日常は、急かすように続いていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■?????
すべての事柄には、必ず理由がある。
戦争にも、難民にも、人の死にも。
この物語において描かれている出来事もまた、その例外ではない。
戦争がなぜ始まったのか。
なぜ三年もの間終わらないのか。
なぜ、誰もそれを止められないのか。
そこには確かに、積み重なった理由が存在している。
また、戦場に魔法使いが現れる理由も同じだ。
それは偶然ではなく、必要とされた結果であり、選ばれた場所に立っているというだけの話でもある。
そして、ユウがこの世界にいる理由もまた、まだ語られていない“理由”のひとつである。
だが同時に。
理由があることと、それが理解できることは別の話だ。
たとえ理由が明らかになったとしても、それが救いになるとは限らない。
むしろ知ることで、より残酷になることすらある。
この物語は、その途中にある。
すべての答えが語られる前の、まだ途中の世界である。
《設定詳細》
■指輪について
描写にちらっと登場した指輪、実は別作品にも登場しているもので、元々は「装着した者を強制的に異世界へ転移させる」という厄介な代物です。
本来であれば、この指輪が発動した時点で“物理的に他人事消える”タイプのアイテムなのですが――
今回は、▼?%がこれを「邪魔」と言って蹴り飛ばした結果、どうやら発動条件が中途半端にズレた可能性があります。
その結果、
体ごと転移ではなく
“意識だけ”が別の世界へ流れたのか
あるいは、単なる夢や記憶の混線なのか
そのあたりは、作中でもまだ確定していません。
そもそもこの指輪自体、「ある人物の目的を達成するために装備者を選ぶ」性質を持っているため、蹴られたことで逆に変な挙動を起こした可能性もあります。
▼?%が指輪を蹴ったあの瞬間が、転生?のトリガーだったのか、それともただの偶然だったのか――
真相は、まだ誰にも分かりません。
別作品に登場する設定を、この作品に取り入れるのはとても楽しいですね。
実際に、最初にこの物語を考えたときには、ここまで世界が広がるとは想像もしていなかったと思います。




