死地からの離脱
今回短いです
すみません、今回かなり読みずらいかもしれないですね。
ユウは死体の間を滑り抜けながら、焼けるような呼吸を無理やり押し殺し、足だけは止めないように地面を蹴り続けていた。
それでも背後からは、砕鉄のグラムが踏み込むたびに大地が鈍く軋む。
まるで巨大な獣が、平原ごと踏み潰しながら迫ってくるような重圧だった。
「くそっ……なんでまだ追ってくるんだよ……!」
喉の奥から漏れた声はほとんど悲鳴に近かったが、それでもユウは振り返らない。
振り返れば、あの圧倒的な存在を視界に入れた瞬間に足が止まると、本能のどこかが理解していたからだ。
背後で、また轟音が炸裂する。
地面が爆ぜ、破片混じりの土が背中へ叩きつけられ、その衝撃だけで身体が前につんのめりそうになる。
「うおっ……!?」
近くを逃げていた兵士が派手に転び、泥だらけのまま半狂乱で立ち上がろうとする。
「待っ、待ってくれ! 置いてくな、俺も――」
言葉は最後まで続かなかった。
鈍く重い風切り音と同時に、巨大な戦鎚が横薙ぎに振り抜かれる。兵士の身体は悲鳴ごと吹き飛び、鎧の砕ける嫌な音を響かせながら地面を何度も転がった。
最後に、不自然な方向へ折れ曲がったまま止まり――もう動かなかった。
「っ……」
ユウの呼吸が一瞬止まる。だが、立ち止まる余裕はない。
(見るな、止まるな、今は逃げろ……!)
自分へ言い聞かせるように何度も繰り返しながら走るが、それでも耳の奥にはさっきの潰れる音が残り続け、振り払おうとしても離れない。
砕鉄のグラムは追撃の手を止めない。
巨大な鎧を纏っているはずなのに、その踏み込みは異様なほど速く、ただ重量で押してくるだけではなく、確実に“逃げ道”を潰しながら前へ出てくる。
「散れ! まとまるな! まとめて潰されるぞ!」
どこかで怒鳴り声が飛ぶ。
「右だ、右へ逃げろ! そっちはもう塞がれて――」
次の瞬間、その声ごと轟音に飲み込まれた。
ユウは歯を食いしばる。もう戦場は完全に壊れていた。
敵味方の境界も、隊列も、命令も、そんなものはとっくに意味を失い、今ここにあるのは“生き延びようとして走る者”と“追いつかれて潰される者”だけだった。
《危険察知》が激しく脈打つ。
頭の奥を直接掻き回されるような警告が鳴り続け、視界の端にいる人間の動きや、転がる武器の位置、崩れた地形の影までもが異様な速度で脳へ流れ込んでくる。
(左は死体で抜けられない……正面に走れば叩き潰される……なら――)
《集中強化》
感覚がさらに鋭くなる。世界が遅くなったわけじゃない。
だが、自分だけが周囲の流れの“隙間”へ滑り込めるような感覚があった。
ユウは倒れた馬の死骸を踏み台にして横へ跳び、そのまま崩れた盾の陰へ身体を滑り込ませる。
次の瞬間、背後で空気そのものが潰れるような重い衝撃が炸裂した。
――ドゴォンッ!!
腹の底まで揺さぶるような轟音とともに、戦鎚がすぐ横を通過し、盾ごと地面が砕け散る。跳ね飛んだ土と鉄片が頬を掠め、衝撃だけで身体が横へ持っていかれそうになる。
近くにいた兵士が顔を引きつらせながら叫ぶ。
「う、そだろ……!こんなの、逃げ切れるわけ――」
その兵士へ、グラムの視線が向く。
たったそれだけで男の顔から血の気が消え、喉の奥から潰れたような声が漏れた。
「ひっ……」
後退る。だが遅い。
グラムは何も言わないまま一歩踏み込み、その質量そのものを叩きつけるように戦鎚を横薙ぎに振るう。空気が潰れ、ぐしゃり、と嫌に湿った音が響いた。
男は盾ごと吹き飛び、地面へ叩きつけられた瞬間にはもう動かなかった。
「……アルデン家、本気でこの戦を終わらせにきてやがるのかよ……!」
その叫びを背中で聞きながら、ユウは限界に近い呼吸と悲鳴を上げる身体を無理やり動かし、それでも止まれば終わると理解しているから、ただ必死に前へ走り続ける。
(動け……脚、止まるな……!)
頭の中にあるのは、それだけだった。
そのとき、不意に《危険察知》が今までとは比較にならないほど激しく跳ね上がる。
反射的に身体を沈める。直後、頭上を黒い影が通過した。
轟音とともに荷車の残骸が粉砕され、巨大な破片が弾丸みたいな速度で飛び散る。
「っ!」
頬を掠めた木片が皮膚を裂き、熱い血が流れる。
だが浅い。まだ動ける。
ユウは転がるように距離を取り、荒い呼吸のまま顔を上げた。
その瞬間、巨大な影が視界いっぱいに立ちはだかる。
そして初めて、ユウは真正面から“砕鉄のグラム”を見る。
デカい、という言葉では足りなかった。
そこに立っているだけで周囲の空気が沈み込み、戦場そのものがあの男を中心に形を変えているようにすら見える。
鉄塊のような鎧には無数の傷と血がこびりついているのに、その圧迫感はまるで失われておらず、巨大な戦鎚を肩へ担いだ姿は、人間というより“歩く攻城兵器”に近かった。
そして何より――静かすぎた。
叫ばない。怒鳴らない。勝利に酔ってもいない。ただ当然のように人を潰し、そのまま前へ進んでいるその異様さが、逆に恐怖を増幅させていた。
「……まだ逃げるか」
初めて、グラムが口を開いた。低く、鎧の奥から響く声は、岩が擦れるように重く湿っていた。
「今ので死んでいれば楽だったものを」
ユウの背筋が凍る。――喋った。しかも、その視線は真っ直ぐ自分へ向けられていた。
「……なんで、ずっと俺を追ってくるんだよ……」
息を切らしながら絞り出した声に、グラムはわずかに視線を細める。
「その目だ。恐怖に震えながらも、まだ折れていない。逃げることしかできなくても、まだ前を向いている」
「そういう目をしたやつはな……後で必ず面倒になる」
「だから今のうちに潰す。生かしておく理由はない…………死ね」
次の瞬間、グラムの巨体が信じられない速度で踏み込み、地面が爆ぜた。
《危険察知》が絶叫のように頭を叩く。
(速――っ!?)
咄嗟に横へ飛ぶ。
戦鎚が振り下ろされ、直撃した地面が陥没する。遅れて衝撃が広がり、周囲の兵士たちがまとめて吹き飛ばされた。
「ぐわあああっ!」
「巻き込まれる――! やべぇ、こっち来るな――!!」
悲鳴は最後まで続かなかった。
直後、鈍く潰れる音が戦場の空気を震わせ、何か重い肉塊が地面へ叩きつけられる嫌な音だけが遅れて耳に残る。
ユウは土を削るように転がりながら無理やり身体を起こし、片膝をついたまま荒く息を吐いた。腕の感覚は痺れて曖昧になっており、剣を握る指先すら上手く閉じない。それでも視線だけは逸らさなかった。
逃げるだけじゃ駄目だ。
このまま背中を向け続ければ、いずれ殺される。
(どうする……どうすれば生き残れる……!)
喉の奥で熱を持った呼吸が荒く擦れる中、背後の圧が一段と強まり、逃がすつもりがないという事実だけがはっきりと突きつけられる。
(俺は……ここまでなのか……!)
勝てない。逃げ切れる保証もない。
その“詰み”を認識した瞬間、思考の奥で何かが弾ける。
《スキル:逃走 を取得しました》
《逃走時、敏捷・持久力が上昇する》
「……っよし!」
(これでいい……これで、まだ逃げられる……!)
身体の奥に今までとは違う“軽さ”が流れ込み、それが単なる強化ではなく“逃げるために最適化された動き”だと理解した瞬間に《加速》を発動する。
次の瞬間、ユウの身体は一段階“世界からズレる”。
踏み込みと同時に地面が遅れ、空気が置き去りにされる。
「……なっ!?」
(急に速くなっただと……!?)
背後でグラムの声が初めてわずかに揺れた。だがもう遅い。
ユウは死地から“抜ける”ように、その場から弾かれるように離脱した。
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※一部本編と直接関係ない設定も含みます。読み飛ばしていただいて問題ありません。
■とある徴兵された村人の記憶(参考:ep.20 使い捨ての命 より)
俺は右腕が使えねぇ。去年、ゴブリンにやられたんだ。
森の奥で襲われて、剣を振った瞬間に腕ごと持っていかれた。
骨が砕ける音も、自分の叫び声も、今でも耳にこびりついて離れねぇ。
それからは力仕事もできねぇ。薪割りも荷運びも、全部中途半端だ。
それでも生きてはいた。
村の外れで、細々と雑用をやって食いつないでた。
――なのに、徴兵で呼ばれた。
「けがで何も役に立たねぇやつを兵士にするなんて正気か?」
そう思ったが、紙に名前が書かれていた時点で終わりだった。拒否なんてできねぇ。
道中、同じように連れてこられたやつが何十人もいた。
木製の荷車に詰め込まれて、ギシギシ音を立てながら移動する。
どいつも顔が死んでる。目の下にクマ、頬はこけてる。
まともに食ってねぇのが一目でわかる。
その中に、ガキも混じってた。
十にも満たねぇ。靴も合ってなくて、歩くたびにかかとが浮いている。
まだ遊び回ってる年頃だ。戦場に立つ歳じゃねぇ。
「おい……なんでこんなのまで……」
誰かが小声で言ったけど、返事はない。
食事は朝と夜の二回だけ。
夜に配られるのは、スープというより湯に何かが浮いているだけの代物だった。
具なんてほとんど見えないぬるいスープを飲みながら、俺は呟いた。
「こんな戦争、続くわけがねぇ」
誰も何も言わず、ただ黙ってスープをすすっていた。
戦場に着いた。と言っても、最初にやらされたのは戦いじゃなかった。
「穴を掘れ」それだけだ。
地面は固くてスコップはなかなか入らないし、力を入れるたびに肩が軋む。掘っては運び、木箱を持ってまた埋める、その繰り返しだった。
俺は右腕が使えねぇ。周りと同じようには動けなかった。
「お前、また遅れてるぞ」
「す、すみません……」
「謝る暇があるなら手を動かせ」
そう言われるなり横腹を蹴られ、息が一瞬止まる。
「ちっ、使えねぇな。お前は今日、飯抜きだ」
それだけだった。
次の日は水汲みだった。川まで行って桶に水を満たし、戻るだけの簡単な仕事のはずだった。
だが帰り道で足を取られ、桶が傾く。水は全部地面にこぼれ、冷たいまま土に吸われていった。
「おい!なにしてんだよ!!」
怒鳴り声に肩が震える。
「すみません……」
「謝ってねぇで汲み直せ!」
そう言われて、また川へ向かった。
一度戻っても、二度目も、三度目も同じだった。
桶を持つ手は最初から震えていて、水を汲んでも戻る前にこぼれていく。
「またかよ,,,,,,,,役立たずが……」
そんな声を何度聞いたのかも覚えていない。
何回目かなんて、とっくに数えるのをやめていた。
気づけば、立っているというより、ただ棒みたいにそこに突っ立っているだけだった。
視界が上下に揺れ、足に力が入らない。
今、自分が立っているのかどうかさえ怪しかった。
(あぁ……まだ、生きてるのか、俺)
そんなことを考えた瞬間、もう次の感覚が抜けていく。
――体が、命令を理解しなくなっていた。
(もう、いいか……)
そう思った瞬間、膝から力が抜けて、そのまま地面に崩れ落ちた。
土の匂いだけがやけに近くて、誰かが叫んでいる声は聞こえていたはずなのに、意味はもう頭に入ってこない。
視界が暗く沈んでいく中で、最後に浮かんだのは一つだけだった。
(こんな戦争、続くわけがねぇ)
その言葉を最後に、俺の意識は闇へ沈んだ。
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※下記引用ep.20 使い捨ての命
(ユウが歩き出そうとしたその途中、視界の端に倒れたまま動かない男の姿が映る。
昨日、同じ荷馬車に押し込まれていた男だった。
顔は半分土に埋もれ、片腕だけが不自然な方向へ曲がっている。口元には乾いた血が張り付き、もう呼吸の気配もなかった。)
■補足:この村人について
作中ではあまり触れていませんが、この村人は徴兵される前から十分な食事を取れていません。
右腕を失ったことで力仕事ができなくなり、村では雑用や簡単な手伝いで生計を立てていましたが、得られる食料は少なく、常に栄養不足の状態でした。
そのため、徴兵された時点ですでに体力はかなり低下しています。
さらに戦場へ連れて来られた初日、作業の遅れを理由に食事を抜かれました。
翌日も十分な水分や栄養を取れないまま重労働を続けさせられています。
水汲みの最中に何度も桶を落としていたのも、単なる不注意ではなく、空腹と脱水によって身体が限界に達していたためです。
最後に倒れた原因は戦闘による負傷ではなく、飢餓と脱水、そして過労でした。
このような兵士は珍しくなく、前線では「使えなくなったら次を補充すればいい」という扱いを受けています。
この村人もまた、その一人でした。
とある○○の記憶シリーズいかがだったでしょうか?
描写の中で少しだけ登場する脇役や、物語の裏側にいる人物に焦点を当てて書いています。
Xに「とある徴兵された村人の記憶」をイメージした画像を作ってみました。よければご覧ください。
https://x.com/xyvks6ol1hnqvwv/status/2060714683359985790?s=46




