表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/35

その熱狂の外側で

Xに登場人物の設定画など投稿しています。よければご覧ください

下記に戦争の現状の設定画を掲載中です

https://x.com/xyvks6ol1hnqvwv/status/2058891806541255142?s=46


夜の陣地は、昼間とはまるで別の生き物だった。


昼は怒号と鉄の音がぶつかり合っていたが、夜になると空気は妙に静まる。代わりに焚き火のはぜる音と、押し殺した笑い声だけが闇に点々と浮かんでいた。


酒の匂いが風に混じる。兵士たちは肩を叩き合いながら無理に笑うが、その声は乾いて長く続かない。


火に照らされた顔には、昼間より深い疲労と影が落ちていた。


「……明日も早いんだろ。それ以上飲むなって」


ここは「対比(昼と夜)」を1回でまとめるとかなり締


どこかの兵士がぼやくように言うと、隣の男が酒袋を揺らしながら短く笑う。


「飲まなきゃやってらんねぇよ。明日死ぬかもしれねぇんだぞ」

「……笑えねぇ冗談すんなよ」


笑い声が一瞬だけ上がり、すぐに焚き火の音にかき消された。


ユウはその輪から少し離れた場所で膝を抱えるように座り込み、冷え始めた夜風の中で火の揺れをぼんやりと眺めていた。


腕にはまだ昼間の痺れが残り、肩の奥には荷を担ぎ続けた鈍い痛みが沈んでいる。

指を軽く握るだけでも筋肉が軋む。


それ以上に重かったのは、「明日、自分が前へ出される」という現実だった。


(……明日、前に出るのか)


怖いという感情はある。ただそれをどう処理すればいいのか分からないまま、無理やり押し込めているだけだった。


「おい、ガキ」


低い声に顔を上げると、昼間に荷運びを命じてきた兵士が顎でこちらを呼んでいた。片手には酒袋がぶら下がり、鎧の隙間には乾いた泥と黒ずんだ血がこびりついている。


「ぼーっとしてる暇があるなら手を動かせ。まだ仕事が残ってるから来い」


ユウは何も言わず立ち上がり、そのまま後ろについていく。


連れて行かれた先には、血にまみれた武具が山のように積まれていた。

剣、槍、折れた矢、ひしゃげた兜、割れた胸当て――そのどれもが乾いた血で黒く汚れ、鉄臭さと腐臭が混ざった匂いが夜気の中に重く漂っている。


兵士はその山を軽く蹴った。


「明日使う分だ。汚れたままだと滑るし錆びる。こういうのはちゃんとやらねぇと、死ぬ時はほんと一瞬だからな」


そう言って布を投げ渡す。


「終わるまで寝るなよ。あと刃こぼれしてるやつは分けとけ。使いもんにならねぇ」


それだけ言うと、兵士は欠伸をしながら別の焚き火の方へ歩いていった。

ユウはしゃがみ込み、剣を一本持ち上げる。


手にした瞬間、重さの質が違った。


昼間拾った粗末な剣とは違い、重心が安定し、柄も滑りにくい。振れば「人を斬るため」に作られていると分かる感触がある。


(……これが、戦場で使われる剣か)


布で刃を拭うと、乾いた血がざり、と嫌な音を立てて剥がれ落ち、鈍い銀色が少しずつ戻る。刃の根元の汚れは指と爪で削り落とし、鎧も同じように黒い血をこそげ落としていくたび、冷たい鉄の光が浮かび上がった。


隣ではケイルも同じ作業をしていたが、指が震え、布を何度も滑らせている。


ユウは手を止めずに声をかけた。


「……大丈夫か?」


ケイルは一瞬だけ顔を上げ、それから苦笑みたいなものを浮かべようとして失敗した。


「大丈夫っていうか……なんつーかな、落ち着かねぇんだよ」


そう言いながら、剣を持つ手を見下ろす。


「さっきからずっと手ぇ震えててさ。力抜こうとしても勝手に入るし、頭の中もぐちゃぐちゃで……なんか、ずっと心臓だけ暴れてる感じだ」


布が刃を擦る音だけが続く。


「昨日まで普通に飯食って寝てただけなのによ。いきなり“明日から戦え”って言われて、はいそうですかって割り切れるわけねぇだろ……」


途中で言葉が途切れる。

笑おうとしているのに、声が笑いにならない。


「死にたくねぇよ」


その言葉だけは、やけに小さかった。

ユウは少しだけ手を止め、それからまた布を動かしながら口を開く。


「……じゃあ、どうしたいんだよ」

「どうしたいって……逃げられるなら逃げたいに決まってんだろ」


ケイルは自嘲気味に息を吐く。


「でも無理だろ、これ」


ユウは少しだけ間を置いてから、静かに返した。


「だったら、今はやることやるしかない」


遠くで焚き火が爆ぜる。

誰かの笑い声が一瞬だけ上がって、すぐに夜へ溶けて消えた。


ケイルはしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐く。


「……なんでお前、そんな落ち着いてんだよ」

「落ち着いてない、考えないようにしてるだけだ」


その返事に、ケイルは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。

今度は、ほんの少しだけ自然な笑いだった。


「……そっか」


肩から力が抜けたみたいに息を吐き、また剣を磨き始める。


「悪いな。ちょっとだけ、楽になった」


それ以上の会話はなかったが、ケイルの手は少しだけ落ち着きを取り戻していた。


作業は長く続く。布が金属を擦る音、遠くの怒鳴り声、火のはぜる音が混ざり、夜の陣地へ沈んでいく。

止まれば余計なことを考える。だからユウは無心で手を動かし続けた。


怖さは消えない。それでも止まれない。


やがて武具を並べ終える頃には、空は黒く沈み、焚き火だけが赤く揺れていた。

そのとき兵士が酒袋を揺らしながらぼやく。


「……おい、終わったならさっさと寝ろ。明日になりゃ嫌でも動かされんだからよ」


別の兵士が笑いながら返す。


「寝れりゃいいけどな。どうせ明日も地獄だろ」

「違ぇねぇ」


短い笑い声が火の向こうに消える。

ユウはそのまま地面に横になり、固い土の冷たさを背中に感じながら目を閉じる。


疲労は限界を越えていて、意識は落ちかけていた。

夢を見る余裕すらなかった。


ーーー


翌朝。

まだ空が白み始める前だというのに、陣地はすでに騒音で満ちていた。


怒鳴り声、金属のぶつかる音、走り回る足音が入り混じり、夜の静けさは跡形もない。

その混沌の中、腹に重い衝撃が落ちる。


「いつまで寝てるつもりだ! 起きろ!」


蹴りだった。


「ぐっ……!」


息が詰まり、ユウは強引に上体を起こされる。周囲でも同じように叩き起こされた人間たちの呻き声が重なっていた。


「もたもたするな! 隊列組め!」


兵士たちは苛立った声を飛ばしながら新しく集められた者たちを追い立て、ユウたちは重い体を引きずるようにして列へ並ばされていく。


肩も腕も痛み、足の裏は熱を持って感覚が薄れている。

それでも動かなければ、すぐに怒鳴り声が飛んできた。


やがて前に並ばされた者たちへ、無造作に武器が投げ渡され始める。


「ほらよ、受け取れ」


雑に放られた剣が地面に突き刺さり、ユウはそれを拾い上げる。

武器はそれだけだった。鎧も盾もなく、身を守るものは何一つない。


昨夜自分で磨いたものと同じ種類の剣で、冷たい鉄の感触が掌にゆっくり沈み込んでいく。


(……これ一本で戦えってことかよ)


そのとき、隣でケイルが乾いた笑いを漏らした。


「はは……まじで終わってんな」


声が引きつっている。


「鎧くらいあると思ってたんだけどな……いや、せめて盾とかさ……」


兵士がそれを聞いて鼻で笑った。


「んなもん、まともな兵士に回すに決まってんだろ」


兵士は鼻で笑いながら肩を竦め、そのまま面倒そうに言葉を続ける。


「お前らの役目は簡単だ。前出て、死ぬまで剣を振れ。それだけだ。難しいこと考えなくていいだけ、むしろ親切なくらいだろ」


軽い口調でそう言い切ると、兵士は天気の話でもするように肩をすくめた。

誰も反論しない。いや、できなかった。


兵士はそんな反応にも興味を示さず、腰の剣を鳴らしながら続ける。


「まあ安心しろ。敵も似たような連中だ。畑から引っ張ってきた農民だの、食い詰めだの、そんなのばっかだ。運が良けりゃ一人二人斬って生き残れるだろ」


そこで少し口元を歪める。


「まっ、運が良けりゃな」


周囲を見れば、ケイルや他の男たちも同じように剣を握っていた。

誰もが口を閉ざし、固まった顔のまま前だけを見ている。

剣を持つ手に力が入りすぎて白くなっている者もいれば、逆に震えを隠しきれず柄が小さく鳴っている者もいた。


ケイルが乾いた喉を無理やり動かすみたいに小さく呟く。


「……なあ、これ、本当に俺たち前に出されるんだよな」


返事というより、自分に確認している声だった。


ユウは剣の重さを確かめるように握り直しながら、短く答える。


「……そうだろうな」

「はは……」


ケイルは引きつった笑いを漏らした。


「昨日まで荷運びしてたやつに、急に剣渡して“戦え”かよ。ほんと、笑えねえな……」


その声の奥には、怒りよりも追いつけない現実への恐怖が滲んでいた。

やがて前方から号令が飛び、列がゆっくり動き始める。


「前進! 遅れるな!」


怒鳴り声に押されるように人の流れが前へ進み、土埃が舞う。

辿り着いた先には、揃った鎧と槍、乱れのない隊列を保つ正規兵たちが並んでいた。

無駄のない動き。統一された姿。明らかに“別の存在”だった。


ユウは自分の粗末な装備を見下ろし、その差を嫌でも理解する。


ケイルが息を呑む。


「……違いすぎるだろ」


その呟きには、自嘲すら混じっていた。


「俺ら、兵士ですらねぇってことかよ……」


前方、小高い場所では一人の男が声を張り上げていた。


勝利を誓い、敵を討つと叫ぶたびに、周囲の兵士たちが応じるように声を上げる。そのたびに空気が震え、地面の奥まで響いてくるようだった。


「押し返せぇぇッ!!」

「グレイロードの名を示せぇぇッ!!」


怒号が重なり、熱のように戦場全体へ広がっていく。

そのさらに後方、一段高い場所に別の男が立っていた。


豪華な衣服に金糸の刺繍、厚い毛皮を縁取った深紅のマント。

ゆっくりとした立ち姿なのに、その場にいるだけで周囲の空気が張り詰める。


「……あれが領主様だ」


近くの兵士が、少し誇らしげに呟く。


「アルヴァルト・グレイロード様。この戦を動かしてる御方だ」


別の兵士が鼻で笑う。


「直接前には出ねえけどな。まあ、勝てば全部あの人の功績、負けりゃ死ぬのは俺たちってわけだ」


冗談みたいな言い方だった。

けれど、その声の奥には長年染みついた諦めがあった。


ユウは何も言わず、その男を見上げる。


そこにいるのは、この戦の中心でありながら、戦場そのものからは切り離された場所に立つ存在だった。


アルヴァルトはゆっくり視線を巡らせ、陣地全体を見下ろしている。その目には迷いがない。最初から全てが自分の掌の上にあると信じ切っている人間の目だった。


やがて、静かに口を開く。


「リーデル平原は、我がグレイロード家の正統なる領地である」


低く、よく通る声だった。

その一言だけで、ざわついていた空気がすっと沈む。


兵士たちの視線が、一斉に前へ揃った。


「先祖代々、我らが守り、治めてきた土地だ。それを今、アルデンの者どもが我が物顔で踏みにじっている」


淡々とした声だったが、その言葉には一切の迷いも疑いもなかった。


「三年だ。この戦は三年続いた。奪われ、取り返し、また奪われる。そのたびに血が流れ、兵が倒れ、多くを失ってきた」


一拍ごとに間が落ちるたび、その沈黙そのものが場を締めつけていく。


「農地は焼かれ、村は荒れ、人々は怯えた。だが――それも、今日で終わる」


一歩踏み出しただけで、周囲の空気が引き締まり、兵士たちの姿勢が無意識に正されていく。


「取り戻すのだ。我らの土地を。我らの誇りを。我らグレイロード家の名のもとに!」


言い切った瞬間だった。


「おおおおおおおッ!!」


歓声が爆発する。

剣が掲げられ、槍が打ち鳴らされ、何百という声がひとつの塊になって空へ突き上がった。


「グレイロードのために!!」

「敵を潰せぇぇッ!!」


熱狂だった。

さっきまで疲れ切っていた兵士たちが、別の生き物みたいに叫び始める。


怒号が重なり、空気そのものを押し上げていく。


その中心で、アルヴァルトだけが静かに立っていた。

歓声を受け止めるでもなく、当然の結果みたいに見下ろしている。


ユウはその中でただ黙っていた。声は出ないというより、最初から出すことができなかった。


(……グレイロードのために、か)


周囲の熱とは切り離された場所に、自分だけが置き去りにされているような感覚があった。


兵士たちの興奮は確かにそこにあるのに、厚い壁越しの音のように遠く、自分の中には入ってこない。


(三年……)


その言葉だけが、妙に引っかかる。

歓声を上げる兵士たちとは別に、ユウの頭には違う光景が浮かんでいた。


雨に削られていく畑。ひび割れた土。痩せていく麦。

収穫のたびに減っていく食料。

誰も不満を言わなくなり、その代わり食卓だけが静かに軽くなっていった村の記憶。

戦争のたびに上がっていった税の重さ。


「グレイロードのために!!」


どこかで誰かが叫ぶ。


「この戦で終わらせるぞ!!」


別の兵士が、それに重ねるように声を上げた。


「三年分の借りはここで返す!!」


(俺たちが苦しんでるのは……あいつの“戦争”のせいなのかよ)


胸の奥へ重さだけが沈み、怒りでも納得でもない、形になりきらない違和感だけが残る。


「領主様に続け!!」

「勝って帰るぞ!!」


歓声はなおも続き、剣が掲げられ、声が重なり、人がひとつの“群れ”へ変わっていく。

その中心にいる男だけが、静かにそれを見下ろしていた。


ユウはその光景の中で、ただ一人、熱に飲まれないまま立っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



■とある男の記憶


男は、酒場の片隅に沈んでいた。

木の天井から落ちる薄い灯りの下で、酒だけが静かに減っていく。


「……父さんは、なんであんな戦を起こしたんだよ」


グラスを握る手に力が入る。

アルデン公爵家と戦うなんて、最初から勝てるはずがなかった。


昔の父なら、そんな無謀な選択はしなかった。

領地を守り、人を守り、“負けない戦”しかしない男だった。

それなのに―― 三年前から、何かが変わった。


男は酒を一気に飲み干す。

喉が焼ける感覚だけが、まだ自分を現実へ繋ぎ止めていた。


「……くそ」


母はもう起き上がれない。

屋敷の使用人も消え、廊下には誰の足音もしない。

なのに父だけは、まだ戦を続けている。

村が潰れようが、兵が死のうが、まるで何かに取り憑かれたみたいに。


「……もう、この家は終わりだろ」


誰に向けた言葉でもなかった。

酒場の奥では、酔った兵士たちが何かを叫んでいる。

その声を聞きながら、男はまた酒を注文した。

止まらない戦争と同じように。



《人物詳細》


■アルヴァルト・グレイロード


グレイロード伯爵家の現当主。レグナリア王国に忠誠を誓う名家の貴族として表向きは振る舞っているが、その実態は“領地の拡張”と“戦功による昇格”を同時に狙う、極めて現実主義的な権力志向の人物である。


彼の統治は一見すると理路整然としている。戦場運用、徴兵、物資の配分に至るまで無駄がなく、判断も早い。そのため周囲からは「有能な領主」と評価されることも多い。


しかしその本質は、“個人の命を単位として数えない”という一点に集約される。

兵士は戦力であり、損耗は統計であり、死は計算式の一部に過ぎない。そこに情や躊躇が入り込む余地はない。


彼にとって重要なのは「勝利の確度」と「戦後に残る利益」であり、そのためなら人的損失がどれだけ膨らもうと問題にはならない。むしろ、損失が出ること自体を前提に戦略を組む。

結果として、アルヴァルトの名が関わる戦はこう評される。


――勝つ。だが、その勝利は必ず高くつく。


そしてその代償を支払うのは、常に“兵士”である。

そして今回の戦もまた例外ではない。


彼にとってこれは「消耗戦」ではなく、「確実に勝てる戦」であり、すでに勝利の筋道は計算の中に組み込まれている。




今回も読んでいただきありがとうございます。

戦争というものは、正しさと正しさがぶつかる場所ではなく、ただ「結果だけが残る場所」なのかもしれません。

勝った側には理由が生まれ、負けた側には名前すら残らない。

そういう場所にいる以上、どうしても失われるものは増えていきます。

その中でユウがどう立つのか、もう少しだけ見ていただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ