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連れていかれる場所

カクヨムにも投稿はじめました!!

ep.14 森の異形 の設定について同じ内容を投稿していたので、”下級魔物”の設定を編集しました。

よければ見てみてください 


村を出たのは、昼を少し回った頃だった。


空は妙に澄み切っていて、どこまでも青が続いている。ほんの数時間前まで見上げていたはずの空と何も変わらないのに、今はその色だけがやけに遠く、まるで自分だけ別の場所へ切り離されたように感じられた。


馬車の車輪が石を踏むたび、荷台の床が鈍く揺れる。乾いた土埃が風に巻かれて流れ、そのたびに革と汗の匂いが鼻についた。


後ろにはまだ村があるはずだった。家も、畑も、エナも、ルクも、ガルドも、振り返れば見える距離にいる。だがユウは一度も後ろを見なかった。見れば終わる気がしたからだ。気を抜けば、そのまま立てなくなる気がした。


荷台の端に腰を下ろしていた兵士が、槍の石突きを軽く鳴らしながら低く言う。


「おい、勝手に立つなよ。落ちても拾わねぇからな」


その言い方には脅しというより、“面倒を増やすな”という雑な苛立ちが混じっていた。


ユウは返事をしない。ただ膝の上で拳を握り込む。掌に爪が食い込む感覚だけが妙に鮮明で、それだけで無理やり意識を繋ぎ止めていた。


連れていかれるのは二人だった。


ユウと、もう一人――ケイル。


ケイルは二十歳前後の青年で、少し伸びた茶髪をかき上げながら、ずっと苛立ったように貧乏揺すりをしていた。両親を病で亡くし、身寄りもない。だから選ばれた。理由としては、それだけだった。


しばらくは車輪の音だけが続いていたが、やがてケイルが耐えきれなくなったように荒く息を吐いた。


「……ほんと、クソだな」


吐き捨てるような声だった。


「なんで俺なんだよ。村の人間じゃねぇってだけで、“じゃあこいつでいいか”みたいに決めやがって……あいつら、人のこと荷物かなんかだと思ってんのか」


荷台の板を靴で蹴る。乾いた音が響いた。


「他にもいたろ。もっと身体でけぇやつとか、腕っぷし強いやつとかさ。なのに俺だぞ? 理由が“後腐れないから”って顔してたじゃねぇか」


怒鳴っているわけじゃない。むしろ声は低かった。だが、その分だけ腹の底に溜まった怒りと恐怖が滲んでいた。


ユウは少しだけ横目で見る。


ケイルは苦笑した。


「……で、お前は逆に自分から行くって言ったんだろ。意味わかんねぇよ、普通。あんな空気で声なんか出ねぇって」


少し笑おうとしたらしいが、うまくいかず、途中で表情が崩れる。


「俺なんか最後まで黙ってたぞ。“頼むから誰か別のやつ選ばれろ”って、そればっか考えてた」


ユウは少しだけ黙ってから、小さく答えた。


「……あそこで黙ってても、変わらなかっただろ」


ケイルは鼻で笑う。


「まあ、それはそうなんだけどさ……でも普通は言えねぇよ。あの代官の前で、真正面から口挟むとかさ」


少し間を置き、視線をユウへ向けた。


「正直、お前まだ子供だろ。怖くなかったのかよ」


ユウはすぐには答えなかった。


馬車が大きく揺れ、積まれた木箱が軋む。その音を聞きながら、しばらくしてから低く言う。


「……怖かったよ」


短い言葉だったが、嘘はなかった。


「でも父さんが抜けたら、村が回らなくなる。罠も、採れる場所も、全部父さんがまとめてたからな」


「……あぁ」


ケイルは小さく頷く。


ユウは続けた。


「弟もまだ小さいし、母さん一人じゃ無理だと思う。だから……父さんは、残らなきゃいけなかった」


ケイルは何か言おうとして、結局やめた。代わりに空を見上げ、小さく息を吐く。


「……なんか、お前だけ妙に大人だよな」


「別に」


「いや、普通もっと泣くぞ。俺だったら八歳でこんなんなったら、多分ずっと喚いてる。……って、まあ俺も人のこと言えねぇけどな」


そのときだった。

前方の馬車に腰を預けていた代官が、くつくつと喉の奥で笑う。


「静かだな、お前たち。もう少し泣き喚くかと思っていたが」


振り返りもしないまま、声だけを荷台へ投げてくる。


「中には逃げ出そうとして足を折られたやつもいたぞ。“帰りたい”“死にたくない”と泣き続けるのもいた。そういうのに比べれば、お前たちは随分楽だ」


ケイルが眉をひそめる。


「……楽ってなんですか」


代官は肩をすくめた。


「扱いやすい、という意味だ。無駄に暴れないだけで、こちらとしては助かる」


その言い方には、人を人として見ている感覚がほとんどなかった。


ケイルの顔が険しくなる。


「……あんた、人が死ぬかもしれねぇ場所に送ってんだぞ」


「かもしれない、ではないな」


代官は淡々と訂正する。


「実際に死ぬ。毎回だ」


その一言で、荷台の空気が冷え込む。

だが代官は気にした様子もなく、淡々と続けた。


「とはいえ戦はすでに始まっている。アルデン家との争いも、もう三年目だ。人手はいくらあっても足りん」


横を進んでいた騎士が、馬上から気だるげに口を挟む。


「リーデル平原は知ってるか。水場が多くて土もいい。麦も育つし、川もある。だから奪い合いになる」


「取って、取り返されて、その繰り返しだ」


別の騎士が鼻で笑う。


「村一つ焼くより、あの土地一枚の方が価値がある」


ケイルが顔をしかめた。


「……で、そのために俺たちが駆り出されるってわけか」


「前の戦で兵が減った。だから補充する。それだけのことだ」


「最初は荷運びや穴掘りだろうが、どうせそのうち前にも出されるかもな」と騎士が続ける。


「まあ安心しろ。慣れる頃には、周りの死体見ても飯が食えるようになるからな」


軽く笑うような口調だった。


だからこそ、それが冗談ではなく“実際にそうなる場所”なのだと、余計にはっきり伝わってくる。


荷台の空気がまた静まり返る中、ケイルが乾いた喉を鳴らして力なく笑った。


「……はは、終わってんな」


それ以上、誰も喋らなかった。


車輪の音だけが、揺れる荷台に響き続ける。


流れていく景色を見ながら、ユウは拳を強く握った。爪が食い込む痛みだけが、妙に現実だった。


(……俺は、生きて帰れるのか)


そんな考えがふと浮かび、胸の奥が静かに冷えていく。考えたところで答えなんて出ないし、そもそも今さら逃げ道が残されているわけでもない。それでも頭のどこかが勝手に先を想像してしまい、そのたびに喉の奥が重く詰まるような感覚だけが残った。


馬車は止まることなく進み続け、その日のうちに小さな集落へと入った。


そこでは、同じように徴集された男たちが数人、荷物でも積み込むみたいに無造作に荷台へ押し込まれていき、騎士たちは人数だけ確認すると興味を失ったようにすぐ次へ目を向ける。


連れてこられた男たちの顔はどれも似ていた。痩せ細り、頬が落ち、泥みたいな疲労が全身にへばりついている。


それでも完全には諦めきれていないのか、時折だけ目が落ち着きなく動き、そのたびに「まだ終わっていない」と無理やり自分へ言い聞かせているようにも見えた。


咳を止められず肩を震わせる男、足元がふらついて板へ身体を預ける男、ただ膝を抱えたまま虚空を見続けている男――だが誰も騒がない。


騒いだところで何も変わらないことを、ここにいる全員がもう理解している顔だった。


その中の一人が、馬車の縁へ背を預けたまま乾いた声を漏らす。


「……どこも同じかよ」


返事はない。だが否定する者もいなかった。


しばらくの沈黙のあと、別の男が吐き捨てるように言う。


「税八割なんて、払えるわけねぇだろ……残りでどうやって生きろってんだよ」


「八割どころか、もう全部持ってってるのと変わらねぇだろこれ」


誰かが小さく笑ったが、乾いていて笑いにはならない。


「笑えねぇ冗談だな」


そう言った声も、どこか投げやりだった。

荷台の空気が一瞬だけ沈み、誰も次の言葉を探せないまま沈黙が落ちる。


だが後ろに座っていた騎士が肩をすくめ、淡々と吐き捨てるように言った。


「恨むんなら、税を払えない自分たちを恨め」


その言葉に、一瞬だけ空気が固まる。


「……じゃあ、払える方法教えてくれよ」


誰かがぽつりと返した。


騎士は一拍置いて、面倒そうに鼻を鳴らす。


「働け。以上だ」

「働いても足りねぇからこうなってんだろ」


別の声が飛ぶ。

だが騎士は意に介した様子もなく鼻を鳴らした。


「それでも“払えてる奴”はいる。それだけだ」


それ以上、誰も続かなかった。

馬車は再び動き出し、車輪の軋む音だけが単調に響き続ける。


移動は四日続いた。昼は揺れに耐え、夜は止まった馬車の中で身体を丸めるだけの時間が流れ、食事も固い黒パンと薄いスープが渡される程度で、それを受け取るたびに「生かすため」ではなく「すぐ死なれないため」に与えられているのだと嫌でも理解させられた。



二日目の夜

野営地の焚き火が遠くで赤く揺れているのを眺めながら、一人の男が低い声で尋ねる。


「……お前ら、どこから来た」


ユウは少しだけ視線を上げる。


「グレイウッド村」

「西の森の近くか?」

「……ああ」

「こっちは南の鉱山跡だ」


男は小さく頷き、焚き火へ目を戻した。


「昔は鉄が出たらしいが、掘り尽くして終わった。今じゃ村の名前も残っちゃいねぇ」


言いながら、男は軽く鼻で笑った。だがそれは滑稽さではなく、乾いた諦めに近い音だった。


火の中で肉が焼ける匂いが濃くなる。けれど、その匂いの奥に混じるのは、どこか焦げた土のような匂いだった。


「それでも人は残るんだな」


誰かがぽつりと呟くと、男は肩をすくめて答えた。


「行く場所がねぇからな。掘るか、運ぶか、潰れるまで使われるか……それくらいだ」


その言葉に、焚き火の周りがわずかに静かになる。

しばらくして、別の男が串を回しながら鼻で笑った。


「税だけは残ったけどな」


誰かが小さく鼻で笑う。


「そりゃ便利だ。領主様は困らねぇわけだ」


吐き捨てるようなその一言のあと、荷台には諦めたような沈黙だけが残った。


だが三日目に入る頃には、そのわずかな余裕も自然と消えていった。


最初は誰も気づかなかった。けれど馬車が進むにつれて、風に混じる臭いが少しずつ変わっていく。乾いた土の匂いの奥に、何かが焼けたような臭いが混ざり始め、それが時間とともに濃くなっていった。


誰も口にはしない。だが、全員が気づいていた。


四日目になる頃には、それはもう誤魔化しようがなかった。

血の匂いだった。


乾ききっていない鉄の臭いが風に混じり、息を吸うたび肺の奥へまとわりついてくる。馬車の中の会話は完全に消え、誰もが無意識に口数を減らしていた。


やがて夕方前、馬車がゆっくり速度を落とし始める。


「着いたぞ。降りろ」


騎士の短い声が飛び、ユウが荷台から地面へ降り立った瞬間、身体の奥へ重たい圧がまとわりつく。


視界の先には、巨大な陣地が広がっていた。

無数の天幕。積み上げられた木箱。泥にまみれた荷車。遠くでは怒鳴り声と金属音が絶えずぶつかり合い、煙が空を黒く汚している。


説明されるまでもなかった。

ここは「戦場の近く」なんかじゃない。

もう既に、その一部だった。


地面は踏み固められ、乾いた土と泥と血が何度も混ざり合ったみたいに黒ずんでいる。兵士たちは忙しなく歩き回り、その顔には疲労より先に苛立ちが張りついていた。


「そこに座ってろ。勝手に動くんじゃねーぞ」


兵士の言葉は脅しというより、この場所の当然の規則として落ちてくる。


ユウは指定された場所へ腰を下ろした。


周囲には同じように連れてこられた者たちが並ばされているが、誰もまともに喋らない。腹は減っているし、身体も重い。それでも何よりきついのは、この場所そのものが持っている空気だった。


怒鳴り声。鉄のぶつかる音。どこかで響く悲鳴。乾ききっていない血の臭い。

それらが絶え間なく流れ込み、神経を少しずつ削っていく。


(……逃げ場はない)


見れば分かる。ここでは命令に従う以外、生き残る道が存在しない。


「おい、新入りども」


顔を上げると、一人の兵士がこちらを見下ろしていた。鎧には深い傷が走り、乾いた泥と黒ずんだ染みが隙間へこびりついている。その姿は、遠くから戦場を見ている人間ではない。もう何度もその中へ沈み込み、生き残るためだけに動いている側の顔だった。


兵士はユウとケイルを指差す。


「お前ら、立て。仕事だ」


二人が近づくと、兵士は積まれた布袋を顎で示した。


「これを東側の補給区画まで運べ。中身は干し肉と矢束だ。落としたらただじゃ済まねぇからな」


ケイルが顔をしかめる。


「……来たばっかなんだけど」

「だから何だ。ここは“慣れてから頑張りましょう”なんて場所じゃねぇぞ」


兵士は吐き捨てるように笑った。


「動けるやつから使う。それだけだ」


ユウは何も言わず、布袋を肩へ担いだ。


その瞬間、重さが骨に直接落ちたみたいに肩へ沈み込み、腕の筋肉が軋む。

だが周囲を見れば、誰も止まっていない。歯を食いしばりながら、同じように荷を運び続けている。


止まれば怒鳴られる。遅れれば蹴られる。倒れれば、そのまま置いていかれる。

そういう“当たり前”だけが、この場所には最初から染みついていた。


夕焼けが陣地を赤黒く染める頃には、腕の感覚はほとんど消えていた。

それでも兵士たちは止めない。


「次だ! ぼさっとすんな!」


「そっちの荷車も空にしろ!」


怒声が飛び交い、誰かが転び、別の誰かが怒鳴られながら無理やり立たされる。

その光景を見ながら、ユウは無言で次の袋へ手を伸ばした。


もう、自分は“村の子ども”だった頃には戻れないのだと、嫌でも分かっていた。




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《詳細設定》


■アルデン公爵家(アルデン国境領)


アルデン公爵家は、”ヴァルディア帝国”の南方侵攻を最前線で防ぐ役割を担う大公家の一つであり、帝国との国境線防衛を事実上一任されている軍事貴族である。


彼らが統治する「アルデン領」は単なる地方領ではなく、国家防衛の最前線として機能する軍事要塞圏である。


常に帝国の侵略圧力に晒されているため、通常の行政領とは異なり、軍事優先の統治体制が敷かれている。

農業・交易も行われているが、その多くは戦争継続のための補給基盤として扱われている。


また、国境線は完全に固定されておらず、小規模な衝突と奪還を繰り返しながら維持されているのが実情である。そのため領地の実効支配範囲は流動的であり、「どこまでがアルデン領か」を明確に線引きすることは困難とされる。


結果として、国境防衛に戦力の大半を割かざるを得ず、他方面――特にグレイロード家との戦線に主力を投入する余裕はほとんど存在しなかった。



■リーデル平原


リーデル平原は、アルデン領とグレイロード領の間に位置する肥沃な平原地帯であり、両勢力の緩衝地帯として長年曖昧な扱いを受けてきた。


明確な国境線が存在せず、実質的には「戦力で支配が入れ替わる中間地帯」として機能している。

水資源と土壌に恵まれ、農業適性が高いため、戦略的価値は極めて高い。


そのためグレイロード家は、この地域の恒久的な確保を目的として軍事行動を開始した。


当初はアルデン側の防衛負担が大きく、兵力の集中が困難と判断されたため、短期的制圧は可能と見られていた。

しかし実際には両軍の戦力が拮抗し、決定的な突破口を欠いたまま戦闘は長期化。


結果として、奪取と奪還を繰り返す消耗戦となり、すでに三年以上にわたって膠着状態が続いている。



■戦況の現状


長期化した戦争により、両陣営は著しく疲弊している。

前線維持のため、各地で徴兵が常態化し、本来戦場に出ることのない村人や農民までもが戦力として投入されている。

戦はすでに領土獲得戦ではなく、「どちらが先に崩れるか」という消耗戦の様相を呈している。





騎士「逃げようもんならお前の足を折ってやるからな」

ケイル「(; ・`д・´)」

Xに騎士&兵士&代官について設定画掲載しました。

https://x.com/xyvks6ol1hnqvwv/status/2058180786390753453?s=46

Xにアルフレッド・グレイのキャラシート投稿しました良ければ覗きにに来てください!

https://x.com/xyvks6ol1hnqvwv?s=21

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