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騙り神の忘却  作者: 不透明白
終わりを結ぶ

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30/32

 〈 ぬ 〉


 飛び出すように玄関を出て、狭い家同士の通路を抜け、学校を囲む柵をよじ登る。

「お姉ちゃん、ちょっと待って!」

 後ろを振り返ると、リタが柵の前で困った顔を浮かべていた。

「――神下!」

 あたしは持っていた結界紙をリタの方へと放り投げる。

 バヂヂッ! と大きな音が鳴った後、リタの目の前にある柵が丸く切り取られていた。

「リコちゃん! リタちゃんは俺が守りながら後を追う! 君は急いでくれ!」

「了解!」

 勿論だが、隠密はあたしの性分ではない!


「位置について……」


 このクラウチングスタートに意味があるかと言えば、全くもって意味のない無駄だ。

 でも、気分が上がる。理由はそれだけで十分!


「よーい!」


 お尻を上げて、膝を伸ばし、まっすぐ前を見据える。


「どん!」


 最初は前傾姿勢を保ちながら、徐々に体を起こしていく。

 地面は蹴るのではなく、膝を引き上げる推進力として利用して前へと進む。

 そして、校舎の角を追い抜くと、見慣れたグラウンドが一面に広がる。

 その対角線上、ずっと奥にやたらと目を引く物があった。

 禍々しいとも、神々しいとも言えるような濃い桜色の渦がグラウンドの端っこに存在し、それは校舎など悠に超える、かなり高いところまで渦巻き立っていた。

「なんともわかりやすいゴールテープだこと!」

 目標を捉えると、グッと眉間に力が入り、射貫くような視線を飛ばす。

 まだ体力は残っている。今日は調子がいい。

 よし、それじゃあ最後のひとっ走りと行こうかね。

 グラウンドを踏みしめる感覚。

 風が頬を撫でて、服が風を受けて体に張り付く感覚。

 それらを感じながら、ようやくグラウンドの真ん中まで来た。

 あと半分。

 今までの全てを圧縮してできた能力の塊――ぶつけてやるよ!

 そう息巻いて踏み出したあたしの足は、キュッと急ブレーキをして、少し砂の上を滑りながら止まった。

 というのも、あたしが走ってきたのと反対側の校舎から、ドス黒い霧の塊みたいな何かが並走してきて、やがて追い越し、あたしの前で止まったからである。

 その霧は一度収縮して集まったかと思ったら、渦巻いて霧散していった。

 一人の女を残して。

「お前ぇ……九ちゃんに何をした」

「……知らねえよ。そこどけ」

「知らない⁉ はぁ⁉ あそこの木がああなってから九ちゃん居なくなって、お前が走ってんだからお前のせいだろ! どう考えても!」

 前見た時と姿が違って気付かなかったけど、こいつ、白井有栖か? となると、あぁ、クソ、能力が使えたとて勝てねぇじゃねぇか。

「後ろを見てもお仲間は来ないよ? あたしが何の準備もしてない訳ないんだから」

「……」

「黙んなよ。こうなったらもう容赦とかないから。じゃあ、殺すね」

 白井有栖の周りに再び黒い霧が纏わりついて、それが何倍にも膨らみ続けていく。

 それが幽霊の大群であることなど気付きたくなかった。

 もう白井有栖の姿など霧に隠れて見えなくなった。

 あたしはとりあえず振り返って、全力疾走で逃げ走りながら懸命に頭を回転させる。

 とりあえず合流? でも、その間にあの木が切られたりしたらまずいかも。だからって……。

 後ろをチラッっと振り向くと、まるで蜂の大軍かと思う程の絶望が追いかけて来ている。

 いや、マジでどうすんだよ! 足ももう限界が近い!

「お姉ちゃーん!」

 あぁ、校舎の奥からリタの声が聞こえた! とりあえず合流して、校舎から離れよう。そっからでも遅くはない……わかんないけど、死ぬよりはましだろう。

 校舎の角から走ってこっちに向かってくるリタ。

 その姿を見た時に、安心感がどっと沸いて心なしか足取りも戻り始める。

 安堵。

 そのすぐ後、リタの後ろから追いかけてくる大量の人間達が見えた。

 その全てが制服を着ていて、鬼の剣幕をたたえている。絶望が制服を着て追ってきているという現実。


 ――あ、終わった。


 あたしの脳内には「最悪だけど、妹一緒に死ねるならましか」という考えが浮かぶ。

 そこから、ただ真っ白になった頭で、リタの元へと走って、全力で抱きつく。

 ぎゅっと目を瞑って、覚悟を抱いて思いっきり腕に力を込める。


「リタ!」

「お姉ちゃん! 大丈夫だよ……ほら見て!」

「ぇ」


 リタに抱きつきながら後ろを振り返ると、そこには、さっきリタの後ろを追いかけていた大量の生徒達が、大量の幽霊と相まみえて戦っていたのだった。

 また、その誰もが皆、尾てい骨のあたりから二つや三つに分かれた尻尾を持っており、動くたびにぴょこぴょこと揺れていた。

「……猫又?」

「神下さん、説明をお願いします」

 困惑していると、リタが神下に説明を促してくれた。

「時間がないから手短に言うよ。彼ら彼女らは、北白川高校に紛れ潜んでいた『行灯猫』の末裔で、今までずっとあの例の結界を監視する役割を担ってたんだ。けれど、つい最近その役割は終わりを告げた。だから今、協力してもらうように声を掛けたという話だ」

 神下の話を聞き終わったけど、正直、言いたいことがいっぱいあった。わからないことも。

 でも、今そんな時間はない。

 だから、選りすぐって、今一番言いたい〝文句〟を一つだけ言った。


「それなら、あたしが最初に突っ走った意味は?」


「白井有栖という重要人物の意識を一身に集めた、というその〝陽動〟がなかったら俺達はあんなに自由に動けなかった。警備にあたっていた大量の幽霊を白井有栖の元に戻させなければ、もっと時間が掛かっていたと考えると、超重要な仕事だったと言えないかい?」

「じゃあ、せめて陽動作戦だということを、事前に聞きたかったよ……」

「嵯峨野花が見た占い以降が今だから、正直アドリブの側面が大きくてね。それに関してはごめんね」

「……じゃあ、そういうことで納得してあげるよ」

 全く、あたしもあたしで素直ではない。

 空を見れば、まだゴールテープが切られていないことを、渦巻くピンクが教えてくれる。

「じゃあ、リタちゃん。あれを」

 神下がそう言うと、リタは懐から結界術が施してある紙を取り出して、そのままあたしの背中にぺたりと張った。

「気付かれてたら、いたずらって成立しないんだよ?」

「……冗談が言えるならその意気で、そのまま能力を打つ構えをしてね。お姉ちゃん?」

「何をするつもり?」

 言っておくけど、今あたし達がいる場所はグラウンドの端っこで、目的はその対角線上。どう考えても届く距離じゃないけれど……。

「リコちゃんは〝魂の性質〟を知っているかな?」

「魂の性質?」

「うん。人間の魂と身体は普段、磁石みたいにくっついているものなんだ。だから、魂が離れたら身体はそれに引っ張られるように動く」

「そうなんだ」

「そう。だから、骸井君はあの渦に魂が飛ばされて、身体がそれに引っ張られた結果、あの渦の中に入ったいった」

「え、骸井あの渦の中にいるの?」

「ここからは見えないけどいるよ」

 それは知らなかった。

「……それで、その性質で一体何しようってんだよ?」


「リコちゃんの魂を、あの渦の根本目掛けて飛ばそうっていう話」


 こいつぁすげぇや。

「いや、それ大丈夫なのか? 特にあたしの身体が」

「大丈夫だよ。その為に俺がいるからね」

 そう言っている間に、腕と足に四つずつ、四角くて白い何かを装着されていた。なんだこれ。

「一見ダサいけど、ちゃんと見たら……ちゃんとダサい!」

「機能性優先で作ったから! デザイン性とかの話は要らないでしょ⁉」

 憤慨する中学で美術2だった妹。

 そういえば、美術の授業苦手だったの忘れてた。

「これで軌道は修正できるし、変な横やりは前の突っ込んできた車みたいに逸らして守れる。リコちゃんはただ真っ直ぐにゴールへと全てをぶつけることに集中してくれ」

 嵯峨野花が見たら「滅茶苦茶な作戦過ぎない?」、と怒られそうだけど、あたし達らしいとも言える。

「ははっ、まぁ、真っ直ぐ進むことしか知らないあたし達らしい作戦か。よーし……やる気が出てきた。やってやんよ」

 ゴールを見据えて、自分の能力に集中する。

 ……この力を全て手放すこのタイミングまで、この能力のことを無意識に近い所へと置いていた。

 なので、今、久しぶりに自分の能力と向き合っている感覚がした。

「それじゃあ、いくよお姉ちゃん」

 背中に貼られた紙に手を添えて、治癒能力と結界術の発動を同時に行っているのが伝わってくる。

 震えから緊張が伝わってくる。

 よし、冷静になってきた。

 貯めた能力エネルギーを右腕に通すよう意識しながらその時を待つ。

 目の前からは、あちらこちらで闘いの声と凄惨な音が響き渡っている。

 今更だけど、こんな人(?)みちみちの中、無理矢理突っ切るのやばくないかな。そこら辺、神下に任せれば大丈夫か。うん、大丈夫だろ。責任は神下へと擦り付けとこう。

「じゃあ、魂と身体を分離するよ!」

 後ろから聞こえてきた大きな掛け声に、たっぷり間を開けたカッコいいサムズアップで応える。

 ――次の瞬間。

 背中に衝撃が走ったかと思ったら、お腹から何かが貫通した感覚を覚えた――時点で、もう身体は宙に浮いていて、〝ギリギリまぶたが閉じないぐらい〟というありえないスピードで飛行する。

 勿論、視界と思考は追いついていない。

 口の中がめちゃ渇く。

 けど、この幽霊と化け猫達の壁に対して、ぶつかることなく隙間を縫うような、そんな微調整によって最短距離であの渦の根元まで導かれているのは間違いなかった。

 いったい今はどのぐらいの位置なんだろうか。

 そう思った瞬間、少し辺りが開けた。

 目の前に一人の女が立っている。

 射貫く眼光を飛ばし、眉間にしわが寄っていて、今すぐにでも睨み殺される気がした。

 白井有栖は幽霊をこっちに仕向けてきたが、あまりの速さに付いてくるものはいなかった。

 グッと近付き、触れ合えそうなほどの距離。

 ――やっぱり、恐ろしいほどに白い肌。

 あぁ、すれ違う。


 ゴォーーーーーー………………


 鐘の音が、あっと言う間に遠のいていく。

 少し寂しいと思ったのは何故だろう。

 目の前に、渦の根本がもう見えている。

 一本の木。何の変哲もない桜の木が一本だけひっそりと生えている。

 グングン近付いてくる木の幹に狙いを合わせて、空中で回転を使って振りかぶり、能力の開放を腕に意識する。

 これであたしの戦いはお終い。

 お先に失礼、後は任せた嵯峨野花! 骸井!


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