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騙り神の忘却  作者: 不透明白
終わりを結ぶ

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29/32

 〈 り 〉


 北白川高校は住宅街に隣接した一角に存在する。

 駅から近からず遠からずの絶妙な位置に存在しており、電車で通学する生徒はおしなべて、大体が自転車通学をしている。

 その為、前日寝る前に天気予報を見て、雨が降ったり風が強かったりの予報を見ると、大層億劫になるのが日常茶飯事だった。

 そして案の定、雨が降ってしまった暁には諦めて歩くか、雨など無視をして気合でペダルを漕ぐことになる。

 噂によればタクシーで登校する生徒もいるとかいないとか……。お金持ちは発想からして庶民と違うらしい。

 特にこの季節になると雪が降るので、無理矢理にでも乗って登下校するなんて生徒はいなくなる。

 そんな生徒達の行進が〝目下〟に広がる中、あたしはミルク9にコーヒー1のほぼミルクなコーヒー牛乳を飲みながら、優雅に窓から外を見下ろしていた。

 ふっふっふっ、この歳にしてこんなに素晴らしい体験ができるなんて、最高じゃないか! 雨降る中、億劫そうな表情で学校に行く高校生を観ながら飲むコーヒー牛乳……至高!

 今、あたしよりも優雅な人間なんているのかしらん?


「……屋根裏部屋じゃなかったら様になったんだろうなぁ~」


 背中から聞こえてくるのは、何とも呑気な起きがけの声だった。

「リタぁ……あんたにはまだわかるまいよ。この勤労な学生を見下ろして過ごす朝の気持ちよさ!」

「ふあぁ……眠いから何かあったら起こしてね。おやすみ」

 起きたかと思ったら、またすぐ寝た。

 多分、慣れない環境で寝不足なんだろう。それも無理はない。

 というのも、昨日から学校の近くに住んでいる老夫婦の立派な戸建てにある、窓付きの屋根裏部屋に泊まっているからであるからして……。

 昨日のことがあってから、何故すぐにこの場所へと待機できたのか。


 嵯峨野花が手配してくれていた、とさっき神下から聞いた。


 やはり、ここでも嵯峨野花の用意周到さが身に染みる。

 さっき服にこぼしたコーヒー牛乳ぐらい染みている。

 ……最悪だ。

 最悪と最高を同時浴びた朝は、相殺することもなく交互に存在している。

 それもこれも、嵯峨野花のおかげである。

 コーヒー牛乳をこぼしたこと以外は。

 というか、学校内でのあたし達の扱いって今どうなってるんだろう? まさか指名手配とかになってたりしないだろうなぁ……いや、全然ありそうで笑えないけど。

 ズズッ……ずびびっ……。

 掃除したって言ってたけど、空気の通りが良いとは言えないから、鼻びずがびゃあびゃあででじゃあないで。

 ずびびー!

 テッシュを大量に消費しながら、時間も消費していく。

 ちょっとしてすぐ、一限の始業を知らせるチャイムが小さく聞こえてきて、しばらく後に鳴ったのが終業のチャイム。

 繰り返して、二限のチャイムの始まりと終わりで二回、三限のチャイムの始まりと終わりで二回鳴った。

 そして、今はお昼休みである。

「お姉ちゃんコンビニ行ってくるけど、何食べたい?」

 二度寝を済ませた妹は、だいぶすっきりした顔で言ってくる。

「鮭おにぎりとあったかいココアー」

「…………うん、買ってくるね」

 トン、トン、と慣れない急な段差に注意を払いながら、ゆっくりと下りて買い出しに行く妹。

 そして、玄関から出てきたその頭頂部を屋根裏の窓から見下ろしながら、さっきの〝顔〟と〝変な間〟を思い返す。


 ……いや、〝食べ合わせ悪い〟とかじゃないじゃん? おにぎりはおにぎりとして食べるよ? その後に落ち着いたらココア飲むよ? 流石にココアで米流さないから。


 その後、コンビニから帰ってきたリタが何かを言及したりすることもなく、こっちもとりわけ言い訳を言うこともなく。

 お互いちょっと気になったけど、「こいつはそんな奴だった」と思うことが日常になりすぎて、すぐに流れていった姉妹としての当たり前。

 当たり前……に学校へ行っていた事を窓の外の風景で思い出す。

 この時間、学校でどう過ごしていたっけ。

 今となっては、もっぱら物騒な会話が多くなったけれど、学校に行っていた頃はお昼休みをリタと共にするのが日課だった。

 リタは見た目細っちょろい感じだけど、意外にも結構食べるからお弁当とプラスして購買でパンを買う。そして、リタが買いに行っているその間に、あたしは〝ブルーシート〟をするのがお昼休みのルーティン。

 ……ブルーシートっていうのは場所取りってことだけど、今のコに言ってもわかるもんなのか? 知らんけど。

「どう思う?」

「流石にわかるんじゃない?」

「流石にわかるか。そうだよな」

 今は情報が溢れ返ってるもんな。どこかで見かけることもあるだろう。

 そんな思い出話に鼻をすすって――じゃなくて花を咲かせていると、キーンコーンカーンコーン。

 お昼休みに終わりを告げるチャイムが鳴った。

「今日が初日だけどさ、この生活がずっと続く可能性もあるんだよな」

「うん、そうだね」

「ちょっと退屈かもな」

 その時、窓際にあるお洒落な丸い天板のサイドテーブルの上、まるでインテリアの一部みたいに置かれた、正方形の置物みたいな結界紙――その中がボヤっと薄紫色に光った。

「良かったね。どうやらそんな日は続かないみたいだよ」

「神下、盗み聞きは良くないぞ」

「ごめんなさい……いや、今はそんなことを言っている暇ないよ!」

 それでも乗ってくれる神下はやっぱり優しい良い奴だ。

「この結界紙を折って紙ヒコーキにしてほしい。そして、この家からグラウンドの方向目掛けて投げるんだ。それで安全を確かめたい」

「つまり、炭鉱のカミシタ作戦――ってことだね!」

「お姉ちゃん?」

「はい、すみません……でもさ? それでグラウンドの様子がわかったとして、その後、どうやって神下とコンタクトを取ればいいんだ?」

「それは結界紙の予備があるから大丈夫!」

 なるほど、つくづく便利な身体だ……。

 さて。

 やる事が決まれば早々に行動するに限る。

 神下に言われた通り、リタが結界紙を一番遠くまで飛ばせると言われている形に折り上げ。

 そして、それを受け取ったあたしが窓を伝い、屋根の上へとよじ登る。

「よーし、じゃあ投げるよ」

 特に返事があるわけじゃなかったので、わたしは遠慮なくグラウンドの方へと腕を突き出し、勢いを乗せた後、手を離した。

 風に乗った紙ヒコーキは、真っ直ぐ弧を描いて飛んでいく。

 ……ちょっと待って! 〝弧を描いて〟ってそれ落ちてるから!

「か、神下ぁ! 落ちてるけど⁉」

 そのままギリギリ柵を超えた紙ヒコーキは、グラウンドまで絶対に届かない軌道で用具入れの小屋の奥へと落ちていった。

 もうここからは見えない位置へと高度を落として消えていく紙ヒコーキ。

「……」

 半信半疑で小屋を見続けていると、一つの影が小屋から飛び出すように上がっていく。

 一瞬スズメかと思ったけど、それはどう見てもさっき投げた紙ヒコーキだった。

 お尻からチリチリと静電気ぐらいの小さな電気を放電しながら、空気と風を掴んで勢いを足し、飛んでいく。

「神下って意外に思わせぶりなことするよな……」

 結界紙に入った神下入りヒコーキ、略して『神ヒコーキ』を無事に見送ったので、屋根裏へと戻ってきたあたしを待っていたのは、平穏ではなく、スタートを合図する撃鉄みたいな情報だった。


「あぁ! ごめん! すぐ壊されたけど見えた! 今すぐグラウンドまで走って! もう例の結界とこっちの世界は繋がり始めてる!」


 急務で作られた予備の結界紙を片手に家を出る。

 ――おじさん、おばさん! 泊まらせてくれてありがとう!


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