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騙り神の忘却  作者: 不透明白
終わりを結ぶ

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28/32

 〈 ち 〉


 結局、親にはリタが説明したのだけど、一体どう言い包めたのかは聞いていない。

 変な印象を持たれなかったらそれでいいけど、なんて言ったら納得するもんなんだろう。全く思いつかないや。

 小学校から万年皆勤賞のあたしが、自主的に休むという何とも言い難い手続きを終えた後、いつもよりも時間があるので少し遅めに起きて、ランニングへと出かけた。

 ランニングシューズでアスファルトの上をトットッと走りながら、上着のポケットに手を入れて、折りたたまれ分厚くなった紙に触れる。

 ――あの後、神下が縮小版の簡易結界の造り方を教えてくれた。

 というのもこれ、開いて展開すると立体の正方形になってて、その内側に結界術が施されているらしく、神下と会話できるらしい。

 それだけ聞くと、古風なのか現代的なのかよくわからない携帯電話みたいで少し面白い。

 それに加えて、霊力の出力次第では守護結界を張れるらしく、お守りとしての役割もあるのが、携帯電話と比べて優れている点と言えそうではある。

 これでグループ通話とか出来たら楽なのにね。

 なんて考えていたら、丁度目の前で信号が赤に変わった。あたしは急ブレーキをかけて横断歩道の前で止まった。

 車通りの多い道なので、目の前を車がビュンビュンと横切ってゆき、冷たい風に流された髪の毛が頬を撫でた。

 ここの信号は赤から青に変わるまでの時間が異様に長い。

 ちょっとした暇を持て余しながら、あたしはポケットから結界術が書かれた紙、略して結界紙を取り出して組み立てる。

「神下ー、暇だー」

「……」

 あれ、寝てるのかな? いや、寝るとかいう概念あるのかな。

 次の瞬間、紙の内部が灯籠みたいに薄く灯った。その色はやっぱり綺麗な薄紫色だった。

「リコちゃん? これ暇電みたいに使うものじゃないんだよ?」

「暇電……違うよ?」

「じゃあ、何なのさ」

 なんか、いや、いいじゃん自由に使ったって! ……どうせ暇なんでしょ!

「その……車とかが急に向かってくるかもしれない。――そう! 横断歩道を渡る時にとち狂った車が突っ込んでくるかもしれないから守ってほしいなって」

「そんなこと起こるかな? ……なんて言いたいけど、可能性が無いって言い切れないのも事実。だけど、リタちゃんと比べて、リコちゃん方が比較的安全じゃないかなっていう気持ちもなくはないよ」

「リタなんて家でずっと魔法陣書いてるだけじゃん」

「それは言い換えれば、〝四方を囲まれた空間に一人、周りが見えないぐらいに没頭した状態でいる〟とも言えるからね」

「……はいはい。そうだったね」

 物は言いようだと思う、みたいな愚痴。

 いい気持ちはしないけれど、それでもこの会話が功を奏したのか、気が付いたら信号が青へと変わっていた。

 ランニングへと戻ろうか、と歩きから早歩きへ、ジョグからランニングへとギアを変えながら白線の上を駆けていく。


 ――ガッ……ドガシャアアンン。


 横断歩道を渡り切り、頭が完全に走ることへと切り替わった瞬間――背後から鼓膜をつんざく大きな音がした。

 早く渡ることを優先し、仕舞わず鷲掴みしていた紙の立方体から、濃い紫色の稲妻が鞭のように伸びていた。

「はっ……うへぇ」

 振り返れば、信号機の柱が車の顔面にめり込んでおり、辺りにはガラスやら粉々になったヘッドライトやらが散乱していた。

「……リコちゃん」

「ん、なに?」

「前言撤回させてもらってもいいかな」

「勝手にどうぞ」

 ちょっとだけスッキリした気分になって、どことなく軽くなった足取りに気付かれる前に、結界紙を折り畳んでポケットに仕舞いこみ、あたしはまた、走り出した。


 ―――………


 学校を追い出されてから五日が経った。

 その時は突然やってきたのだった。

 暗くなる前に日課のランニングを済ませて帰ってくると、リタが深刻な顔をして机の上に立てられた結界紙を見つめていた。

「どうしたの」

「さっき神下さんが『動きがあったから行ってくる』って言って、すぐに行っちゃったの」

「じゃあ、今学校に結界が張られていると」

「多分、そうだと思う」

 あたしも当事者ではあるけれど、その現場は遠くにあって、今はただ神下からの良い報告を〝待っていることしか出来ない〟という状況が、現実味から遠ざけている気がした。

 だけど、どこかで緊張している感覚もある。

 少し目を離した瞬間にすぐ真っ暗になるこの季節。

 窓の外に目をやると、明るく照らされたリビングと、暗い外との境界線が見えた気がした。

 その境界に神下が置かれた状況を重ねて見る。

 今、神下がいるのはあの闇みたいな外なのか、あたし達がいるような明るい内側か。

「まだ経験したことないけど、受験の結果発表待ちってこんな気分なのかな」

「はぁ……お姉ちゃんらしい感想だね」

「いやぁ、なんというか、さっき這入ってきた時に見たお前が『合格発表を見て、帰ってくる息子を待つ母親』みたいだったからさ」

「――もう、お姉ちゃんはなんでそんな能天気でいられるの?」

 能天気ね。反論したっていいけれど、別に今は喧嘩がしたいわけじゃない。

 緊張と不安に駆られてイライラしている人間を見ると、何故かストンと落ち着くあの状態になっているから、諌めるのはあたしの役目なんだろう。

「神下が言っていたことを思い出すんだ。あいつは自分自身の中にある自信と信頼を胸に戦ってる。神下はあたし達を信頼してる。だから、心配しなくていい。大丈夫だ。すぐに帰ってくる」

「……でも心配なのは消えない」

「今はそれでもいいんじゃない? その思いを本人に吐かなきゃどんだけ心配してもいい」

「……うん」

 やっぱりお姉ちゃんには敵わない――そんなことを思っている顔をしている。

 あたしは姉なのでわかる。

 何でもできる奴が焦り、特に何も考えていない奴がたまたま冷静だっただけなのに。

 ……まぁ、ラッキーってことにしておこうかな。


 そしてそれから、神下との連絡が無いまま二時間ほどが経過した。

 とっくに完全下校時間を過ぎているはずだが、今もまだひと悶着している最中なのだろうか。

 自室でスマホを眺めていたけれど、流石に気になって一階へと降りてきた。

 すると、ちょうどいいタイミングで結界紙が薄紫色に灯った。


「神下さん!」「神下!」


「……ごめん! 全然だめだった! あとは託した!」

 開口一番に言われたその言葉に、あたしは安心した。たとえ計画通りにならなくたって〝敗けなければ〟それでいい。

「何がどうなったか訊いても?」

「結界を張られたのに気付いて、リタちゃんに挨拶した後、すぐにその結界内へと這入った。結界の範囲は、〝特別棟の三階全体〟だった」

「え、丸々全部ですか?」

 訝しげな表情で驚いているリタ。一体何が驚きポイントなんだろう。

「リコちゃんの為にも補足して言うと、結界というのは大きくなればなるほど作るのが難しく、強度にもムラができるから侵入される可能性が高くなる。だから、そんなに広範囲に結界を張る意味はあまりないんだ。特殊な目的や条件がある場合を除くとだけど」

「そうなんだ」

 なるほど、わかりやすい説明だこと。

「俺みたいな『結界内しか行き来できない存在』にとってみたら、こんなにありがたいことはない。……そのはずだったんだけど、まぁ、そんな単純な話じゃなかった」

「というと?」

「順を追って説明する。……まず、俺が結界に入った時、その結界内には一人の人間がいた。それは勿論、骸井君ではない」

「白井有栖ですか」

「そう。その結界内には白井有栖しかいなかった。そして、彼女は俺がいることを知覚できるのか、普通に話しかけてきたんだ」


『――そこにいるお兄さん? ここは立ち入り禁止ですよ?』

「……」

『私の結界内に入ったのよ? 体がないからバレないとは思ってないわよね?』

「お前に用はない」

『そんな冷たくしなくてもいいのに……どうせ九ちゃんに用事があるんでしょう?』

「……」

『ふふ、心配しなくて九ちゃんはそこの教室にいますよ』

「ご丁寧にどうも、では――ん?」

『あら、どうなさいましたか?』

「……クソ」


「結界内に結界が〝二重に張られていた〟……ですか?」

「そうなんだ」

「いや、でも、『結界の内部に二重で結界を張ること』は物理的に不可能なのでは?」

「一人が展開して維持できるのは一つだけ、という点では不可能だろう」

「協力者がいたということですか」

「……協力者というか、召喚した手下か操っている下僕だろうな」

 それを聞いて、あたしは思わず、

「え、それズルくない?」

 と言ってしまった。

 その言い方だと、実質、無限に結界を張り続けられるマトリョーシカみたいなものでは?

「まぁ、結界を張ること自体、容易にできることじゃないし、部屋数や規模的に考えてもコスパが悪すぎて誰も真似しないから安心していい」

「神下なら直接、骸井がいる結界にも入れるんじゃないのか?」

 〝体が無い〟ということの一番の利点を生かさない「手」はないだろうに。

 あ、体が無いなら手は無いか。……じゃあ、合ってるのか。

 ――嘘、合ってない。

「そうできるのなら、喜んでそうしたさ。だけど、それは失敗に終わった。何故なら、その内側にある結界に脆い箇所は一つもなく、外部からの接触が全くと言っていい程にできない――「鍵穴の無い箱」みたいなものだった、からね」

「それで……泣く泣く帰ってきたと?」

「いや、せっかく「骸井君がどこにいるのかわかっている」という〝絶好のチャンス〟を逃したくなかったから、可能な限り粘ろうと思って、仕方なく白井有栖の張った結界内に潜んで待機はしてた」

「それは……絶対に神下さんにしか取れない選択肢ですね」

「とても居心地が悪かったけどね。なんか見えてないはずなのにじっと見てくるし、たまに『長いわね?』とか、『私達……保護者みたいね』とか言ってきて、本当に不気味な奴だった……」

「それは、色んな意味で不気味というか、何というか……」

「まぁ、とにかく俺は失敗に終わったから、後はお前たちにバトンタッチだ」

 ……と言っても、サポートは相変わらずさせてもらうけど――と付け加えたが、その声は少し元気が無いように聞こえた。

「神下、後はあたし達がおまえの分まで頑張る! 安心して任せるといい!」

「以下同文です! 神下さんほど強くはないですけど、やれることは全力でやりますので!」

「……ははっ、何というか――成長したなぁ」

「なんじゃその、親戚おっちゃんみたいな感想は!」

 ……少し間を置いて、ふふふ、あはは、と顔を見合わせて笑う。

 この束の間の安息が、嵐の前の静けさでなければいいと心から思うのだった。


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