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騙り神の忘却  作者: 不透明白
終わりを結ぶ

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27/32

 〈 と 〉


 リタが風呂へと向かうのを見送った後、机に残していった画用紙を見てみると。

 そこには、細い線が幾層にも交差し、並列し、円を描き、星を描き、複雑な模様をした結界術のためと思しき魔法陣が描かれていた。

 まだ描き始めたばかりのようだけど、もうこの時点でどう描いたのか解らないぐらい線が複雑怪奇に絡み合っていた。

 ……複雑怪奇は言い過ぎか。

 まぁ、仕組みを知らなければ、何がどういう役割を果たしているのかわからないから、下手に触れないのが吉ってことで、観察することしかできないんだけど。


 というのも実は、あたし自身〝神下冬太郎が教えた『結界術』に意味がない〟と思っていた。


 結局、幽霊を直接触る方法なんて数珠を持っているだけで解決するし、何の意味があるのかと思っていた。

 だから、あたしは神下から主に戦術面を教わったけど、結界術などはあたしではなくリタが詳しく聞いたり勉強をしていた。

 適材適所とは言ったものだけど、実際、リタなら勉強すれば戦術面も習得できるだろうし、そもそもの話、どう考えてもあたしより勉強が得意なのだから、あたしから言えることは何もなかった。

 というか普通に、リタは〝あたしの上位互換〟でしかない。

 客観的に見たら。

 でも。

 あたし自身全く、そう思っちゃいない。

 人間は〝比較〟をして〝評価〟をする。

 『比較』というものから人間は逃れられない。

 あたしは今まで、どれだけ怒られたのかわからないぐらいには人に怒られてきた。

 そこには絶対に〝何かとの比較〟があって、それよりも下である=「悪い」という方程式に巻き込まれてきた。

 それに、ムカついたり、殺意が湧いたことなんて数えきれない程ある。

 だからこそ、あたしは〝決めつけない〟〝比較して評価をしない大人になる〟という約束のような、契約のような、呪いのようなモノを自分に課してきた。

 でも、気が付いたらあたしも比較して見下していたり、愚痴をこぼしたりすることもあった。

 やはり、ぱっと思った〝最初の本音〟は誰しも避けられないものだから。

 しかし、そんな思考が思い浮かんだとしても、上から塗りつぶすようにけはに、じぶりしぃぁ……。


 ―――………


「寝てる……」


「……はっ! え、あたし今――ん? ええっと……何してたんだっけ」

「なに寝ぼけてるの?」

 メリメリメリという音とともにほっぺたを革のソファから剥がす。

 何かを考えてたような気がするけど、何にも思い出せない……。

 まぁ、思い出せないってことは重要なことじゃないか。

「あ、そうだ、なんか魔法陣書いてあるなって思ったんだ」

「まだ途中だけど、結界を張ってみようかなって思ってね」

「幽霊飛ばしてくる可能性があるってこと? いや待て、あのジジイならやりかねないかもしれない。なんせ肝の据わったキモさしてるからな」

「ふふっ、それもあるっちゃあるけど、でもそれは副産物で本当の目的は別だよ」

 リタは冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注いだ。

 そんなに身長が高いのに、まだ伸ばそうとするなんてなんと傲慢な妹なのだろうか……お姉ちゃんは悲しいよ。

「……なんで見てくるの」

「え、いや、なんでも」

 特にやることもなく手持ち無沙汰になったので、とりあえずBGMとしてテレビを付けてぼんやりと眺める。

 画面にはニュースキャスターが大雨注意の報道をキビキビとした口調で伝える姿が映り、それを聞いた途端、気のせいかもしれないけど、窓に打ち付ける雨の音がより大きくなった気がした。


 それからしばらくして。


「よし、終わったー」

 かなりの時間をかけて書いていたので、果たしてどんなものができたのかと少しワクワクしながら、リタの座っているところへと駆け寄った。

「……いや、黒っ! え、ホントにこれで合ってるの?」

 細かすぎる線はもはや潰れているようにしか見えないし、あたしが期待していた『美しい黄金比の掛け合わせ』とかそういった話では全くないようだった。

「お姉ちゃんはこんな複雑なの見たことないから、そう思っても無理はないかも。でもねぇ……」

 リタは自分で書いた魔法陣の外枠を指で撫でた。その瞳の色は興奮に染まっていて、口角が少し吊り上がっていた。


「結界を張り始めるとこの線は動くんだ。そして、それがぴたりと美しい形にハマった時――その時、その瞬間が――一番気持ちよくて最高なんだよねぇ」


 その光景を思い出したのか、リタはうっとりとした表情を浮かべた。

 その表情から普段とは違う幼さを感じて、懐かしい気分になった。

「んで……その結界はどこに張るの?」

「うーん、どっかの山にある広場とか、人の居ない公園とか――」


 ……サアアァァ。


「この雨の音を聞いても同じことが言えるのか?」

「晴れてたらの話だってば! 私も傘差しながらとか嫌だし、そもそも紙とかお香とかが濡れて、すぐダメになっちゃうから無理だよ」

「じゃあどうすんの」

「うーん……私達の部屋?」

「えぇ⁉ 嘘でしょ! それこそ嫌じゃん、なんか」

「でも、ある程度の広さがあって、人通りのない場所なんて、近所にあったかなぁ?」


「――あるよ」


「……あるの?」

「うん」

 部屋で儀式みたいなものをやられるの嫌すぎて、自信満々に嘘をついたあたしは、今から最適な答えを出せるのだろうか。

 思い付く場所の当てもないまま、椅子に掛けてあった上着を着こみ、なんの迷いもなく玄関へと向かい靴を履く。

 そして、壁に立て掛けてある傘を掴んで、玄関を出る。

 ざあざあ降りの雨が雪に変わるまでにそう時間がかからないだろうな、と肌を刺す寒さが教えてくれる。

 傘を差して歩き出す。

 自信満々の顔は崩さずに、雄大な足どりでゆっくりと、ゆっくりと。


 ―――………


「お姉ちゃん、まだー?」

「もう着く、もうちょっとだからね、ホント、もうちょっと、アトチョット」

 さっきからスマホの地図と記憶の中のストリートビューを行った来たりしながら、どうにか見つけようとしてるけど、どこにも見つかんないよおぉー。

 しかも、さっきスマホばっかり見てたせいで、目の前に水溜りがあったのにも関わらず、気付かないまま思いっ切り足ツッコんじゃって寒いよおぉー。靴下とか靴の中ぐちゃぐちゃで最悪だよおぉー。

「……はぁ」

「あ、着いた⁉」


「……ばああぐしゅんんんー!」


 恥ず。え、妹に馬鹿デカくしゃみ聞かれたの恥ず。っていうか風邪ひいたかも。もう帰りたい。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 もう正直に答えよう。うん、そうしよう。変に意地張っちゃったけど意味わかんないもんね、このタイミングで無駄な時間を過ごすの。

「リタあのね……」


「え、ここ? おー結構よさそうだね!」


「へ?」

 リタが歩いていく方向を見るとそこには、木々が不自然に枝を伸ばして屋根を作り、低木と雑草が壁を作っている空間が広がっていた。

 そんな公園の跡地のような空間は、住宅街の端っこと山の隙間を縫うように存在していて、人の目が届かない立地だった。

「こんなとこあったなんて知らなかったー、どうやって見つけたの?」

「えっと、いやー運命というか、散歩がてらにほっつき歩いてたらたまたま……?」

「そんなことあるんだ! え、ここ本当になんなんだろ。全く雨が通らないけど、誰が作ったんだろうね?」

 どうやらあたしってば、飛びきり運がいいのかもしれない。

 神様ありがとー、祈っとくよ、ありがとー!

「まぁでも、結局屋外なことに変わりないから、そうだね、早めに終わらせるね」

「うん、お風呂の加護が切れる前に早く終わらせよう!」

 そこからの作業はまぁ、結局リタがやってくれるんだけど、その間、あたしは近くのコンビニまで行って、使い捨てカイロを買ってくることで貢献した。

 買ってきたカイロをリタの全身に張り付けまくった後、リタの準備は完了した。

「やっぱ走ると結構温まるなぁ」

「女子力皆無の脳筋発言……」

「あ、そうやってスポーツウーマンを下げること言うの良くないぞ! そっちこそ人間力皆無発言じゃん」

「う、そう言われるとぐうの音も」

「へへっ、あたしの勝ちー!」

 そう言うとリタはいまいち納得してないような顔でお香を焚き始めた。その顔やめんしゃい。

「じゃあ、準備できたから私のほうに寄ってくれる?」

 言われた通り、あたしはリタに近付いた。

 リタは腕に数珠を付け、魔法陣を前にして手を合わせた。

 風が段々と弱くなってゆき、やがてピタッと無くなった。

 四方に置かれたお香の煙がぐるぐると渦を巻いて、頭の上に雲を作る。

 カイロをたくさん張ったとしても、末端や節々に来る寒さからは守り切れていなかったのに、今は不思議と何ともなかった。

 シャン……シャン……と鈴を鳴らし、はっきりとは聞こえない程の声で何かを呟いているのをただ見守る。

 ふと、視界の端が揺れた。

 その瞬間に、頭の上の雲からピカッと薄紫の閃光が走った。

「――うわぁ」

 驚いた反射で声が漏れる。


「来た瞬間に『うわぁ』はちょっと悲しいなぁ」


 その声はつい最近も聞いたあの声だった。

「神下だ!」

「うん、さっきぶり! よくあんな状況で走って逃げれたなぁ、君たち、本当に偉いよ! 偉すぎる」

 その声は上空に揺蕩う煙から聞こえてくるが、そのどこにも身体らしきものは見当たらない。どういう理屈で会話ができているんだろうか。

「神下さん、この結界ちゃんとできてますか?」

「ちょっと待ってねー……うん! 完璧だねぇ、いやぁ若者の成長速度ってこんなに早いんだなぁ、感慨深い」

「神下さんってそんな年取ってましたっけ?」

「自分が何歳か、とかあまり気にしないタイプだからね、正直憶えてない」

「ジジイだ! ジジイ!」

「……ジジイって言われるの存外傷つくなぁ」

 雑談もほどほどに。

 こほん――とわざとらしく咳払いをした神下は、神下自身の身に何が起こったのか、結界の中で何があったのかを簡潔に、手短に説明してくれた。

「……という事があって、まぁ〝生物的には〟死んではいるんだけど、これもまぁ計画の一部だったというか、必要性があってやらざるを得なかった、みたいな感じだったわけだね。まぁ、この状態でいられるのも長くはなくて、簡単言うと『人間』から『その上の存在』になるまでの移行期間みたいなものだね! 今は」

 あっけらかんとした口調でそう言った。

 神下自身が前々から死ぬことを覚悟していたことは知っていたが、まさかそんな裏があったとは思わなかった。

「……なんて言えばいいかわかんないよ。なんで神下がそこまでやるのかが理解できない」

「えーっと……無理やり言語化すると『これが地球に生まれてきた意味』って事を知ったから、みたいな感じ、かなぁ」

「要するに、神下が人生をかけてやりたい事が見つかったってこと? ……ふーん。その感覚よくわかんね」

「あ、それで思い出した! やりたい事というか、君たちに〝やってほしいこと〟があるんだった」

「え、何?」

 少しだけ、神下が未練のために「やっぱりまだ現世に居たい」なんて言ってくれると思った。そんなこと絶対にないはずなのに、よぎった願い。


「俺がいなくなったら小さな石碑を作って欲しい。近くに猫の石像も建ててくれると嬉しいな」


 そうなったことを想像しているのか、神下は楽しそうな明るい口調でそう言った。

「……ぃ」

 嫌だという意思を飲み込むと、黒々とした苦味が胸中に広がっていく。

 見かねたのかリタが口を開いた。

「わかりました。後、あの、嵯峨野花さんと骸井九さんは大丈夫なんですかね? 私としては、もうそろそろ戻って来て欲しいというか」

「それは俺も同じ気持ちだが、残念なことにいつ頃戻ってくるかの目途はついていないんだ。向こうとこっちで時間のねじれがあってね。まぁ、それにしても流石に遅いと俺も思う。もしかしたら何かトラブルに巻き込まれている可能性もあるけど、それすらも織り込み済みだと考えたら、こっちがどうにかできる範疇じゃないし、事実なにもできない」

「そうですか……あ、それともう一つ報告しないといけないことがあって」

「なに?」

「白井有栖らしき人物と接触しました」

「白井有栖……あ、まずいかも」

「もしかしたら、神下さんと入れ違いで結界に入った可能性もあるんじゃないかと」

「……」

 神下はしばらく黙り込んだ後、

「……結局、俺はもう結界に入れない。だから自ら動いて何かをすることはできない。そして、入れ違いなったのなら再び出てくるだろうが、もし骸井九と一緒だったのなら……かなり絶望的かもしれない」

 とトーンを落としながらそう言った。

「裏切り、ですか」

「いや、骸井九がこっちを欺いて何かをするのなら、もっと早く手を打っているはずだからそれはない。というか、そもそもその線は嵯峨野花が絡んでいる時点ありえない。もしもそんな未来が想像できたとしても、嵯峨野花――あいつはその〝あり得たであろう未来〟を選ばないだろうから」

「どうしてそう言えるんですか」

「ありゃ、聞かされてなかったのか? ……まぁ、言わないか」

 神下はもったいぶった間を置いて、カッコつけた声で、


「……そりゃあ、あいつが稀代の天才占い師で、そして、俺が尊敬してやまない天下の大妖怪――八又(やつまた)行灯猫(あんどんねこ)の〝右腕〟……だからだよ」


 とそう言った。

「……」

 正直、なんでこんな馬鹿みたいな話を聞かされたんだろうと思った。

 大妖怪? 行灯(あんどん)猫? なんじゃその子供が考えたような馬鹿みたい話。

 ……マジで意味がわかんない。

 そんなことが現実であるなんてさ、思わないっていうか? 信じらんないよ、普通。

 妖怪なんて全部創作された存在でしょ。

 ……八又ってことは尻尾が八つ生えてるってことなのかな。あと、行灯猫ってあれ? 化け猫的な奴だよね?

 ――いや、めっちゃカッコいいなんて思ってないよ? んなもん、子供騙しの戯言だよねぇ~はははっ!


「――あたしも弟子になりたい!」


 そんなあたしの言葉を聞いて、困惑した顔のリタが、

「その言葉を言う前に百面相みたく表情がコロコロ変わってたけど……結局、それなんだ」

 と言った。

「リコちゃんも妖怪だったら有り得たのかもしれないけど、残念ながら人間だから無理だろうね」

「え~! でも原存だから能力使えるよ? それでも?」

「まぁ、無理だろうね」

「……あれ、神下お前まさか――先にこのこと知ってて抜け駆けしたのか⁉」

「抜け駆けというか、元々八又行灯猫様のことを知ってて、尊敬して崇めていたし、たまたま嵯峨野花という大きな縁からこうなったし、……まぁ、運が良かったってだけだよ」

「――ま、待ってください! 神下さんの今の話からいくと、もしかして、その尊敬する化け猫の弟子になるために自分の命を投げうって、そして、人間より上位の存在に成ろうとしているんですか?」

「……それだけが理由じゃないけど、まぁこの命で救われる人がいるのなら、それで八又行灯猫様に貢献できるっていうのなら、この命なんて安いもんさ。それが一石二鳥どころか一石〝三〟鳥になるっていうのなら、尚更だね!」

 その言葉を聞いた瞬間、あたしにはそんな覚悟なんか一生持てやしないと素直に思った。

 「弟子になりたい」という言葉に嘘はなかったけれど、その先の話なんかスケールが違い過ぎて、神下が本当に人間だったのかすら怪しくなってきた。


「……そんな偉大な占い師と骸井君を救うのが俺たちの役目だ。この瞬間の為にリコちゃんは能力を発動し続けて走り込み、リタちゃんがそのサポートをしてくれた」


 落ち着いている口調ではあるけれど、その言葉には確かな思いが込もっていた。

「後はその努力を解放するだけ。――その大きな花火が打ち上がるまでの道筋を示し、二人の護衛をしながら、この計略の完遂まで先導するのが俺の与えられた役目だ」

 その言葉を言い終えた瞬間に、ピカッと木々や草木が紫色の閃光に照らされた。

「神下?」

「……今確認してみたけど、まだ北上川高校に俺が〝感知しなければならない結界〟は展開されていない」

 便利な身体だこと。

「教頭も結界みたいな空間を展開してたけど、あれは?」

「あれは、誰かが作った結界術の簡易版で、誰でも使えるようにした物を使ったんだと思う。多分、白井有栖が低級幽霊と一緒に与えたものだろうけど、もう俺が空間ごと半分に折って壊したからもう使われないだろう」

 本人曰く、上位の存在へと移行中らしいけど、話を聞いた感じ本当に人知を超えた能力だとほとほと痛感する。

 そうやってあたしが感心している間にリタが口を開いた。

「教頭でないというのなら、他に誰が結界を張るんですか?」

「〝白井有栖〟かその〝傀儡のような存在の奴〟以外ありえない」

「嵯峨野花が戻って来て結界を張る可能性も――」

「それは本人が否定したから無い。今は憶測で目が曇るのを避けるべきだ。〝昔の俺〟だったらここで色々な可能性を考証しただろうけど、もうそれはしない。今はただ自分自身を信用して、嵯峨野花を信頼する」

「……確かにそうですね」

「計画を話す。俺はその結界が張られたタイミングで、どうにかして骸井九を助けられないか模索してみる。そして、それが頓挫した場合、その瞬間から君たちには北上川高校近くで待機してもらう状態が続くと思う。そうなった時、希望は君たちに託されることになる」

「神下の力があったら頓挫なんかしないだろ」

 それは冗談でもなんでもなく、体感から出た言葉だった。

「俺もそう思いたいな。あの天下の占い師が見た未来を変えるような、そんな存在になりたいなって思う。――自分自身を信じれば運命は変わるんだって……それを見せつけてやりたい」

 まるで子供の我儘みたいなそんな言葉は、自身の体を失ってまでやり遂げる覚悟によって現実味を帯びていると感じた。

 運命へと挑む元人間は、薄紫色をした龍のような〝無い身体〟をゆらりと揺蕩わせながら、今も上空を廻っている。


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