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騙り神の忘却  作者: 不透明白
終わりを結ぶ

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23/32

 〈 は 〉


 能力を発動してから三ヶ月が経った。

 最近、体育教師から「新井、お前体力がついてきたな」と言われて、初めて、歩数を増やす為に始めたジョギングが自分の為になっていることを自覚した。

 運動神経に関しては普通な方だったけど、最近は単純に運動するのが楽しくなってきたのが嬉しかった。

 これは良いことで。

 次に悪いことを言うと。

 身体に関してはさっき言ったように調子は良かった。けど、精神面に関してはあんまり芳しくなかった。

 というのも、自分の中に溜まっていく能力の貯蓄がかなりの精神力を食ってしまい、気分が落ちるタイミングが増えてきたのである。

「うぅ……寒い」

 十二月に入り、本格的な冬の寒さが訪れる。

 ここ最近、太陽が厚い雲に隠れていて、昼間でもどんよりした日が続いていた。

 寒い日の廊下は凍てついている。

屋内と言うには厳しいほどに冷え込んでいるので、この学校の職員は老朽化をもうちょっと懸念した方がいい気がする。

 ――もぞもぞ。

「お姉ちゃんのブランケット半分借りるね」

 肩に掛けていたブランケットを後ろから来た妹に半分奪われてしまった。

 いや、おいおいおい! こっちはただでさえ気分が落ち気味なのに、体温すら奪うなんてどんだけ非情な妹なんだ!

「うぅ、お前の背が高いせいで隙間ができて、そこから冷たい空気が……」

「ごめんごめん……でもあまりにも寒くて」

 リタは、そう言いながら回復能力をあたしに発動した。

 すっ、と心が落ち着いて、そして、心なしか身体も暖かくなって……って。

「人の背中に勝手にカイロ貼るなよ」

「えーでも温かいでしょ?」

「いや、まぁそうだけど」

 ぐぬぬ、ありがたいけど、何だかなぁ。

 それでも、だけどやっぱり……あぁ、ともかく寒い。

その寒さに耐えかねたから、あたし達は自販機にある温かい飲み物を求めて向かっているっていうのに、道中でこんなに冷え切っちゃったら意味ないのでは?

 なんて思ったけど、だからこそ温かい飲み物が骨身に染みるのかと考えることで、思考から〝寒い〟というネガティブな情報をポジティブなものに変換してみる。

 不意にスカートの下から太ももを撫でるような風を感じた。

 その風は、くびれにあるスカートのゴムとワイシャツが詰まった関門を何故か貫通し、お腹をピンポイントに冷やしてくる。

 何だこの風……もはや、意図的にお腹を冷やそうとして来てるんじゃないだろうか、と疑いたくなるような冷風がポジティブな思考を破壊してきて、頭に残ったのは今すぐにこの冷たい空気の無い暖房の効いた自教室へと戻る決意だった。

 そんな決意は新井リコの足を加速度的に早めていく。

「あ、ちょっと待って! 離れないで! 寒い!」

 〝姉で暖を取っていた〟という魂胆を何のためらいもなく吐露しながら、後ろから追いかけてくるリタ。

「わぶっ」

 曲がり角から急に現れた人影に急接近してしまい、慌てて離れるも勢いを殺しきれずに廊下の真ん中へとよろめきながら進んでいくリコ。


「あら、ごめんなさい……大丈夫かしら?」


 遅れてやってきたリタが慌ててフォローを入れる。

「あの、すいません! ぶつかったりしてませんか?」

「ふふ、大丈夫よ! お気遣いありがとね」

 あ、あたしも謝らないと。

「あの……ごめんなさい」

「大丈夫よ! 気にしないで」

 その人は、背が高くて綺麗な女性だった。

 あたしなんて比べ物にならないくらい、背もおしりもおっぱいも大きくて、普通なら近寄りがたい印象を醸し出すはずの色眼鏡も、この人が付けているとさほど威圧感を感じなかった。

 彼女は覗き込むようにあたしの顔を見てくる。

 声も綺麗で肌は恐ろしいほどに真っ白だった。何の日焼け止め使ってるんだろう。

 でも、ちょっと怖いかも……。

 ちょっと?

 いや、すごく怖い。

 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 黒目になんで光が当たってないの? その目には何が見えて……。

 これが「生理的に無理」という感情だ、とあたしが初めて実感した瞬間だった。

 そんな恐怖のど真ん中で。

 あたしの瞳の中に、その人が付けていた簡易的な名札が目に入った。


 『白井有栖様』


 嵯峨野花が警戒していた人物であり、事前に「近付くな、関わるな、絶対に能力者だとバレるな!」と強く念押しされていた人物そのものだった。

 目を泳がせてはいけないと意識すればするほど、ぐるぐるぐるぐる……。

 背中に冷たい感覚が一滴。

 嘘でしょ? さっきまであんなに寒いって、寒いって思って、なんで汗なんかかいて。

「? どうしたのかしら」

「あ、え、いや、なんでもな――なんでもないです」

「そう……」

「でゎ、失礼しました」

 去る。

 あたしは妹の腕を掴んで、早足にその場を去る。


「ちょっといいかしら」


 背後から声が聞こえる。さっきの女の人。

 去る。

 去る。去らないと。今すぐ無視して走らないと。

 でも――そうすれば怪しまれる。

 あたしは恐る恐る後ろを振り向いた。

 知らず知らずのうちに力が入っていたのか、首から「こっ」と音が鳴る。

「えーっと、どうしましたか?」

 見ると、さっき見た位置から一歩も動いていなかった。

 なのに、あたしが今歩いた距離よりも   遠く   に感じた。

 彼女は……白井有栖は少し首をかしげながら片目を手で覆っている。


貴女(あなた)……骸井九という生徒を知っているかしら?」


 その声が聞こえたのは右耳のすぐそばだった。まるで耳に唇を付けて、ねっっっとりと囁いているような――そんな錯覚をしてしまう音量と耳障りだった。

 でも実際には彼女は遠くにいた。

 腕を這う不快感、毛穴が閉じる感覚。

「ごめんなさい、知らないです」

 白井有栖はあたしの声を聞くと、覆っていた手を顔から離した。

「貴女もしか――


「あぁ! 白井有栖さん! すみません遅れてしまって……では、待合室までご案内致しますので付いてきていただけると……」


 教頭先生が私達と白井有栖の間を割るようにして入ってきた。

「……わかりましたわ」

 彼女はもう一度こっちを見て、軽く会釈をし、そしてそのまま、あっさりと行ってしまった。

 彼女が何を言いかけたのか、それはわからなかったし、知りたくもなかった。

 緊張から解放されたからなのか、肩の力が抜け、足取りがふらふらと揺れる。

「お姉ちゃん大丈夫⁉」

「うん、大丈夫! ただちょっと、緊張したっていうか……」

 さっきのことは忘れよう。

 そう思いながら、自販機の目の前に立った瞬間――あることに気が付いた。


 あれ、そんなに寒くない?


 何故だろう、ここだって別に日が当たっているわけでもないし、どこかの教室から暖房が漏れているわけでもない。

 ……気のせいだったのだろうか。

 なんて思いながら、でも。

 それでも。

 今は別の理由で温かい飲み物が飲みたかった。

 すり減った精神と体力を癒すのは、やはり冬の寒い場所で飲むココアに限るから。

 がチャリン、チャリン、ピッ――ゴトン、ピッ――ゴトン。

 めんどくさいので二人分の飲み物を一気に買った。どうせ妹もココアに決まっているし。

「ねぇ、さっき女の人……」

「そう。嵯峨野花が言っていた人。でも……今はその名前は口にしない方がいいかもしれない。そんな気がするから、名前は控えよう」

「うん……でも、なんというか、幽霊みたいな人だったね」

「幽霊みたい? ……どこら辺がそう感じた?」

 正直、リタがそう言ったことが意外だった。

 だって、あたしが感じた印象は「嫉妬」や「絶対的な信念」だったから。

冷たい空気を纏わせながらも、どこか熱を感じる人だとあたしは思ったけど……。

「永遠に探し物を探し続けているみたいな表情だなって思ったのと、悪霊かと言われれば違うし、幽霊そのものかと言われればそれも違う。だから幽霊〝みたいな人〟っていう感じがしたかな。人であるという前提から離れられない、道を外れることはしない芯というか……いや、わかんないけどね、なんとなく」

 さっきまであたしが死ぬほど焦ってたのが馬鹿みたいだと思った。

 良い意味でも悪い意味でも。

 だってそりゃあ、こんなに呑気でマイペースな感想を言われちゃあ、もうどうでもよくなる。

「まぁ、あんたは詩人にでもなったらいいんじゃない」

「え~、急にてきとーだぁ~……」

 パキパキッ……。ペットボトルの蓋を小気味よい音とともに開ける。

「んっ、んっ……ふぅ」

 口の中に広がるココア独特の甘味が喉を伝って全身へと染み渡る。

この瞬間は能力とか関係無しに、体と心が回復する感覚がわかっていい。身体が喜んでいるのがわかる。この〝美味しい〟を一つ超えた〝気持ちいい〟は大人にならないと味わえのかと思っていたけれど、別にそんなことはないんだよね。

 まだ学生だから違いとか知らないけど。

 一つ息を吐いた瞬間に白くなって霧散する。

 煙草みたいだと思った。

 でも、中学生の頃に見た、煙草の害悪性を懇切丁寧に説明したあの映像を忘れるまでは、あたしが煙草を吸うことはないのだろうと思う。

 あの喉に開いた穴を見てしまったら、煙草に対しての憧れなどたちまち消え失せる。

「よし、教室帰ろう」

「うん、ここ寒いから早くいこ」

 あたしとリタはいつもと違う道を歩いて、少し遠回りをしながら教室へと戻った。

 今日の出来事を〝順調〟と捉えた方がいいのか、はたまた〝不幸の種〟と捉えた方がいいのかはわからないけれど、でも、どちらにせよ、〝運命の日〟は確実に近付いて来ているような予感がした。

 そう思わせられた出来事だったような、気がした。


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