〈 ろ 〉
神下冬太郎と骸井九、それと嵯峨野花がいなくなってからどれぐらいが経っただろうか。
なんて、ありきたりな言葉が脳裏に流れたけれど、そんなことなど妹に訊いたら一発で判るので、こんなのは〝ただ格好つけて言ってみたかっただけ〟という年相応の性なのかもしれない。
……年相応なのかは一考の余地があるかもだけど。
そんなことよりも。
あたし達は、あの日、あの瞬間に、骸井と神下と嵯峨野がいなくなることを知っていた。
つまり、結界の中に入れなかったのは偶然ではないということ。
これもまた、嵯峨野花が計画したうちの〝想定内〟らしかった。
あたし達に嵯峨野花が託したことは一つだけ。
来たるべき日、白井有栖と骸井九が幽霊退治を完了し、後日片付けをし終わった後、骸井九が幽霊文字に能力を使おうとして前かがみになったその時――君の能力を使って結界をぶち壊して欲しい。
「その為に、僕達がいなくなった瞬間から常時能力を発動し、歩数を増やしながら能力の威力を上乗せし続けてほしい」
嵯峨野花は真剣な表情であたしにそう言った。
勿論、あたし一人だと能力を発動し続けるには精神力がすぐに底をついて能力が擦り切れる。
だから、妹の能力で精神と体力を回復しながらいくらか過ごすことになる。
それをいつまで継続しなければならないのかはわからない。
……正直に言ってしまうと怖かった。
責任がある。
妹が心配なのも、妹が心配してくれているのもわかる。
それでもあたしはこの責任から逃げてはいけないのだと思う。
だって、『神下冬太郎の行く末』を知っているから。
覚悟と信仰を宿したあの表情を見て、あたしが何もせずにこの役割から降りることなどできなかった。
そして、八月が終わりを迎える目前。
あたしは観念をして、覚悟を決め、能力を発動したのだった。
―――………
「お姉ちゃん……顔色悪いけど大丈夫?」
妹が眉端を下げて心配そうに話しかけてきた。
今日はあたしが能力を発動し始めてから〝三日ほど経った〟午後の夕暮れ。
時間を見つけては朝に散歩したり、人の少ない夜には軽いジョギングをし始めた。
慣れないことをしたのが祟ったのだろうか、顔に疲れが出てしまったらしい。
「ぜ、全然大丈夫! 能力を発動しながら生活するなんてしたことなかったから、ちょっと、慣れてないだけ! というか、あんたがいるから大丈夫でしょう! ほら、心配する暇があるなら能力使って回復させなさいよ!」
「……うん」
妹は手のひらを私のおでこに付けて、能力を発動した。
憑きものが落ちたみたいに頭の中と心の具合がスッキリする。
「うん、ありがと! 元気出た!」
「……きつくなったらすぐに言ってね」
「……ははっ」
その言葉に嘘でもいいから強気な返事をするべきだったと後から後悔した。
でも、できないものはできない。
なんてったって、嘘を付けない性格なもんでね!
―――………
能力を発動してから一か月が経った。
すっかり秋模様ヘと移り変わっている世界の中で、息を吸って、吐いた。
身体も徐々に慣れてきて、もはや、能力の発動を気にせずともやれるぐらいにまで上手に扱えるようになった自分に驚いていた。
それもこれも、常に一緒にいて、回復し続けてくれている妹のおかげだということを日々強く感じる。
でも、不安が完全に無くなったのかといえばそれは違った。
今一番不安なのは〝この状況で能力を使わないといけない程の危険に遭遇すること〟だった。
今は神下も骸井も嵯峨野も居ない。頼れるのは妹のリタだけ。
「……あたし依存してたのかもな」
「え、依存?」
「あ、いや、何でもない」
玄関で靴ひもを結ぶ時に独り言が漏れてしまった。
学校が終わって家に帰り、歩数を増やす為の日課のジョギングをする前のことである。
「お姉ちゃんって私に依存してるんだ?」
リタは揶揄う口調でニヤニヤしながら言ってくる。
「違う。〝能力に〟依存してたなって思っただけ」
そう言うと、リタはつまんなそうに口を尖らせた。
「なーんだ。そういうことか」
「変なこと言ってないで行くよ」
「はーい」
玄関を出て、自転車に跨る妹を横目に、グッと屈伸をしたり足首を回したりして軽い準備運動をする。
後ろの髪を括りポニーテールにして、三本ラインの入ったランニングシューズのつま先を地面にトントンとタップする。
「よし、じゃあ行きますか」
「お姉ちゃん」
「……なに?」
「頑張って」
あたしは何も言わず、ただ前を向いて頷いた。
夕陽が沈みゆくオレンジ色の町並みに向けて、あたし達は駆け出していく。




