好き! 好き! 好き! (神崎梓視点)
英愛学園の倶府田双星──
柏木と二人で英愛学園に潜入した時、標的だったやつだからよく覚えてる。
誰でもテストで高得点を取ることができるプログラムを作成した、自称天才プログラマーだ。
その『高得点』が『60点以上』だと判明し、私たちのスパイ活動は徒労に終わったのだが……
しかしその正体が忍者だったとは……少し見直した。
柏木が聞く。
「キミ……本物の忍者の末裔だったの?」
倶府田が答えた。
「そういう設定にしてるだけなんよ。僕は天才だから、何でもできる。忍者になりきることもできるんよ」
「ニセモノかよ」
また見損なった。
「じゃ、用はないわ。柏木、忍者部に帰って報告しよう」
「待て、神崎」
柏木が私を呼び止め、また倶府田を問いただす。
「なんでウチに転校してきたんだ? しかも忍者のフリなんかして?」
「それは……」
倶府田はメガネを指でくいっと上げると、正直にそれを口にした。
「一目惚れした女子の側にいたいからなんよ」
思い出した。
コイツ、笑のストーカーだった。
コンジョーくんにブチ切れられて、諦めたものと思ってたのに──なんてしつこいヤツ! 転校までしてくるなんて!
「笑にまた手を出そうっていうなら、今度こそ忍術じゃなくて本格的に物理でお仕置きするわよ」
私がファイティングポーズをとると、倶府田はあわてて両手をぶんぶんと振った。
「ち、違うんよ! 朝日奈さんじゃないんよ! 僕はもう前を向いたんよ!」
「は?」
思わず拳を下げ、柏木と顔を見合わせる。
倶府田はどこかドラマの主人公気取りで胸に手を当て、熱っぽい視線をこちらに向けてきた。
「僕が一目惚れしたのは……神崎さん、君なんよ」
「……はぁぁぁぁぁ!?」
静まり返る中庭に、私の素っ頓狂な声が響き渡った。
「な、何言っちゃってんのアンタ!? 頭のプログラムバグった!?」
「バグじゃないんよ、純愛なんよ!」
泣きそうな顔で、倶府田が私を見つめる。
「あの時、赤い忍者装束で潜入してきた美しきくのいちに、僕は出会ってしまったんよ。見た瞬間、ときめいてしまったんよ。そして僕をゴミのように睨みつけながら、颯爽と去っていった君の鋭い眼光……あの瞬間に、僕の心のサーバーは君にクラックされたんよ」
何をうまいこと言った気になってるんだコイツは。
呆れ果てて言葉も出ない私のかたわらで、柏木が「ふむ……」と顎に手を当てて深く頷いた。
「なるほど。つまり神崎に近づくために、わざわざウチの『忍者部』にまで潜り込もうとしたわけか」
「その通りなんよ! 忍術なんてGoogleで検索した知識しかないけど、愛の力でカバーしてみせるんよ!」
「感心だな」
「感心するな柏木!!」
私は柏木の頭をバシッと叩いた。
「茶羅尾先輩に言ってくれたみたいに、コイツにもバシッ! となんか言ってやってよ!」
「聞くけど倶府田くん──」
柏木の声がなんだか低く、脅すような口調に変わった。
「キミはプログラマー……理系男子だ。すべてをロジックで考えるタイプだろう?」
「もちろんなんよ!」
「なら、恋愛にもロジックがあると思うか?」
「あるんよ!」
即答だった。
柏木は一瞬だけ黙り、それから真顔で言った。
「じゃあ、一目惚れにもロジックがあるのか? キミは神崎のどこに惚れたというんだ?」
「それは……」
倶府田は一瞬、考え込み、しかしまた即答した。
「一目惚れ……それは量子力学のごときオカルトなんよ!」
「恋は理屈じゃないということか? 嘘をつけ」
柏木の口調に殺気のようなものがこもる。
「……はっきり言えよ。『顔』だろう?」
「ぐぷ……!」と呻いて倶府田が黙る。
「浅い……。浅いな、キミは」
柏木がなんだか上から目線だ。
「神崎のことを知らなすぎる。神崎は、確かに見た目もいいが、それだけならオレにとって『よくいる自分の容姿を鼻にかけた、どうでもいい女子』だった──だが、彼女は違うということを、オレは知っている」
柏木は言葉を切り、私を一瞥してから、倶府田に向き直った。
「神崎の本当の魅力は、そこじゃない。ツンデレで、つまりは外面はツンツンしていても内面はデレデレなところがかわいいんだ。すぐ頭に血が上るくせに、自分のことなら自分を抑え、仲間のためなら後先考えずに飛び込んでいくお人好しなところもある。ついでに言うと、美味いものに目がなくて食い意地が張っているところも魅力のひとつだ」
「ちょっと待って、柏木。褒めてるの? けなしてるの? 絶妙に失礼じゃない!?」
抗議する私を完全に無視して、柏木は滔々と語り続ける。
「何より彼女の一番の魅力はその根性だ! キミはその人間離れしているともいえる神崎梓の根性が爆発するところを見たことがあるのか!?」
たじたじとなる倶府田に、抜忍を追い詰める上忍のように、詰め寄った。
「お前が惚れたのは、神崎のほんの表層……いわばUIに過ぎない。お前に神崎のバックエンドの泥臭さが愛せるか? 複雑でバグだらけのこの感情のコードを、解読する覚悟はあるのか?」
「計算したんよ!」
倶府田が食い下がる。
「神崎さんに好かれる確率を、計算したんよ! ゼロではなかったんよ!」
計算ミスだ、と私は思った。心の内ではっきり言おう、ゼロだ。
「とにかく」
柏木は一歩前へ出ると、倶府田を見下ろすように腕を組んだ。
「その程度の軽々しい一目惚れで神崎につきまとおうなど、一万年早い。だいいち、ウチの忍者部は Google で調べた程度のニセモノを置くほど甘くはないんだ。諦めて英愛学園に帰りな」
「うぐぐぐ……!」
倶府田は悔しそうに歯噛みし、メガネの位置を直すと、私に向かってびしっと指を突きつけた。
「神崎さん! 僕は諦めないんよ! 今はニセモノの忍者でも、君のハートを盗む本物の『愛の義賊』になってみせるんよ!」
「はいはい、勝手に言ってな」
「好き! 好き! 好き! 好きなんよ、神崎さん!」
呆れてため息をつく私をよそに、倶府田は「忍法・煙遁の術!」と叫びながら、ポケットから取り出した何かを地面に叩きつけた。
……ポンッ。
ショボい音とともに、申し訳程度の白い煙がほんの少しだけ足元に漂う。
煙が晴れると、そこには普通にダッシュで逃げていく倶府田の後ろ姿があった。
去っていくポンコツプログラマーを見送りながら、私はどっと疲れて肩を落とした。
「まったく、変なやつに絡まれたわ……」
柏木が呟いた。
「好き! 好き! 好き! ……か」
「何? アイツのキモい言葉を復唱しちゃって」
「いや……。素直にそれを口にできるのが羨ましいと思ってね」
それは私も思っていた。
私は自分が愛されることには慣れているが、自分が誰かを愛することにはあまり慣れていない。私が素直に愛情を口にする相手といえば、親友の笑と、飼ってるハムスターぐらいだ。
最近、思い知っていることがある。柏木のことだ。
コイツは糞イケメンだが、容姿と財力を鼻にかけたいけすかないやつではないということ──
茶羅尾先輩に植え付けられた私のイケメン嫌悪を吹っ飛ばしてくれるほどの頼り甲斐があるということ──
私の中で、ほんのたまーにだが、コイツのことを『好き! 好き! 好き!』と黄色い声をあげている自分がいること──
しかしもちろん、そんなことを私は口には出さない。
「任務完了ね」
私はくるりと柏木に背中を向け、先に歩き出した。
「帰って服部部長に報告するわよ。『ニセモノどころかただの変態でした。くたびれただけでした』って──」
「でも楽しかったよ」
柏木の優しい声が、私の背中を撫でた。
「神崎と忍者になると楽しい。また一緒に任務を遂行しようね」
私の心臓が、トゥンク、トゥンクと微かに跳ねていた。




