謎の転校生 (神崎梓視点)
──そして一週間後、運命の月曜日。
「ちょっと、なんでここに転校生が来るってわかるわけ!?」
「静かに、神崎。忍びたるもの、気配を消さなきゃ。服部部長の調べでは、転校生は昼飯を食ったあと、忍者らしく人気のないところへ出てくるはずらしいんだ」
学食の裏に広がる中庭の植え込みで、私と柏木は完全に浮いていた。誰も見ていないとはいえ……
私は赤の、柏木は白の忍者装束姿──ちょっと恥ずかしい。
服部部長の『目立たない』という謎の理論を真に受けたわけじゃない。かえって目立つ。ただ、「制服の上からマントのように羽織れば、いざという時にすぐ脱ぎ捨てて一般生徒に擬態できるでござる!」という熱弁に押し切られただけだ。結果として、私たちはただの「ちょっとコスプレが激しい不審者二人組」になっていた。
「だいたい、なんでアンタと二人きりで見張りなんか……」
口ではそう言いながらも、なんだかドキドキする。
隠密行動、最高……。
一緒にいるのが糞イケメンなのが気に食わないけど……でもなぜだかワクワクしている。トゥンク、トゥンクしている。
「神崎、来たよ」
柏木が私の肩をグッと引き寄せ、低く囁いた。
急に近くなった距離と、彼の体から漂うほのかな柑橘系の香りに、心臓が跳ねる。……いや、これは緊迫感のせいよ。絶対にそう。
柏木の視線の先──校舎の裏手から、一人の男子生徒が歩いて出てきた。
今日やってきた噂の転校生だ。
名前は不知火ハヤテ。
名前からして完全に『盛っている』。本名とは思えない。
「……ねえ、柏木。あれ、どう思う?」
「うん。ツッコミどころしかないね」
転校生は、普通に紺色のブレザー制服を着ていた。そこまではいい。
問題はその歩き方だ。
右足と右腕、左足と左腕を同時に出す、いわゆる『ナンバ歩き』をしていた。しかも、足音が一切しない。すたすた、というよりは、地面から数ミリ浮いているんじゃないかというレベルで滑らかに移動している。
「本物……? なわけないわよね? ガチの不審者よ、あれ」
「でも、見てみろよ」
不知火くんはおもむろに立ち止まると、周囲をキョロキョロと見回した。
そして、懐から何か丸くて黒い物体を取り出し、口に放り込んだ。ボリボリといい音がこちらまで聞こえてくる。
「……あれって、もしかして」
「兵糧丸だな、間違いない」
「いや、でも、お昼ごはん食べたばっかりじゃないの? 学食で……」
「……そうか。なら、おやつのかりんとうかも──」
すると、不知火くんは突然、私たちの潜んでいる植え込みに向かって鋭い視線を向けた。
「──曲者!」
高い、やけに高い、しかもいい声が響く。
次の瞬間、彼の右手が激しく振るわれ、何かがキラリと光って空を切り裂いた。
「ひゃっ!?」
私が身を縮めると、頭上の木の枝に『シュッ!』と何かが突き刺さる音がした。
恐る恐る見上げると、そこにあったのは──
「……折り紙の手裏剣?」
柏木がポツリと言った。黒い画用紙できれいに折られた、ただの手裏剣(紙製)だった。
「ふっ、我が『折り紙忍法・黒烏』をかわすとは、お主たち、ただのコスプレイヤーではないな?」
不知火くんは印を結びながら、尊大な態度で言い放った。
私は植え込みから立ち上がり、バシバシと服についた葉っぱを払い落とした。
「ちょっと! 危ないじゃないのよ! 紙だけど!」
「神崎、落ち着いて。彼は本気だ」
柏木が私の前に一歩出て、不知火くんと対峙する。その背中が無駄に頼もしくて、また少しイラッとする。
「ほう、白の装束……。さては『光の忍』の末裔か」
不知火くんは勝手に納得して、ふっと不敵に笑った。
「いいだろう。この学園の覇権を巡り、どちらが真の忍者か、勝負でござる!」
「……ござる、って言っちゃったわよ、あいつ」
私は頭痛を覚えながら呟いた。服部部長と同類の匂いがプンプンする。
「どうする、神崎?」
柏木が楽しそうに私を振り返った。
「受けて立つ? それとも『糞イケメン黙らせの術』で彼も黙らせてみる?」
「なんで私に振るのよ!」
私は拳を握りしめ、転校生をキッと睨みつけた。
本物か偽物かなんてどうでもいい。
だけど、この学校の主役は私、神崎梓なのだ。
新入りの自称忍者に、おいしいところを持っていかれるわけにはいかない。
「いいわよ、その勝負、私が買ってあげる!」
「くのいちか……」
転校生が私をじっと見る。
「い……、色仕掛けとかしてくれるのか?」
なんだか期待するような目を向けられた。
「するか! あんたが本物の忍者かどうか、この私──忍者部ルーキー、神崎梓が試してあげるわ」
柏木にたしなめられた。
「神崎……。忍者は通り名を名乗るものだよ。いきなり本名明かしちゃいけない」
「フッ。あっさり本名をさらしてしまうとは……さてはルーキーどころか素人でござるな?」
不知火くんが何かのノートを懐から取り出した。
「この死の書に貴殿の名を記せば──それだけでソレガシの勝ちでござる。……ああっ! 漢字がわからぬ!」
「隙あり!」
私はそれを見逃さなかった。
「忍法! 根性パンチ!」
私の拳が転校生の顔面をかすめる。
もちろん脅しのつもりだ。ロシアまで飛ばすつもりはなかった。
しかし予想外のことが起きた。
不知火くんの顔の、皮がベリベリと音を立てて、破れた。
「ひいぃッ!?」
一番驚いたのは当の私だった。
顔に傷が……それどころか殺しちゃったかと思った。
「あぁ……。見破られたんよ」
転校生の顔が、変わってた。
「変装を見破るとはさすがなんよ」
どこかで見た顔だった。
「き、キミは……」
柏木が気づいて、言った。
「英愛学園の……倶府田双星くんじゃないか!」




