でもこっちも私の居場所 (神崎梓視点)
忍者部を一時間ほどで抜けて、根性部の部室に行くと、笑とコンジョーくんは別々のことをしていた。
コンジョーくんはいつものように一年部員の二人に囲まれ、笑は一人で編み物だ。
「へー。また柏木くんと一緒に隠密行動するんだ?」
興味深そうにそう言ってくれる親友の笑顔に安心する。
なんだか久しぶりに笑の顔を見たような気がした。ほんの一時間振りくらいなのに。
「うん。なんか来週転校してくる男子が本物の忍者らしくってさー」
「本物だったらすごいよね! 忍者部のエース候補だね。あ、でも……」
笑が編み物を脇に置き、両方の拳を握った。
「梓ちゃんも負けないでね? いいライバル登場じゃん」
笑は私をわかってくれる。
やはり持つべきものは親友だ。
何も言わなくても、私が忍者部の主役を奪われそうになって内心ヤキモキしているのをわかってくれる。
やっぱり根性部はやめない。
ずっと忍者部とかけもちでやる。
ここはコンジョーくんと笑が主役の場所で、私は脇役だけど、一番ホッとできる場所でもある。
ここはいわば猫が主役の猫カフェのようなものだ。くつろぎスペースだ。コンジョーくんという名前のおさるもいる。
「ところで親切な読者さんが服部部長さんの名前に振ってあるルビがおかしいって指摘してくれたんだけど──」
笑が急にわけのわからないことを言い出した。
「でもあれ、生徒会長の玉国くんも言ってたと思うけど、服部って苗字に振るルビは、ぜんぶ『服』のほうに振って、『部』は読まないんだよね?」
「うん、そうらしいね」
急な話題転換にうろたえながらも、親友のためにうなずいた。
「英語でいえば『know』の『k』は発音しないみたいな──。全国の服部姓のひとも知らなかった事実らしいよ。作者もネット情報で初めて知ったんだって」
「……で、柏木くんは?」
私と一緒に忍者部を抜けてきた糞イケメンがいないのを不思議がって笑が聞く。
「柏木、音楽室に行くって」
糞イケメンから聞いていた通りのことを私は答えた。
「根性で苦手を克服する課題、アイツだけまだだったじゃん? ピアノでベートーヴェンの『月光』を弾けるようになるって──」
「ごめんなさい」
笑がぺこりと頭を下げた。
「あたしもピーマン嫌い、克服できてません」
「あ……。そういえば私もか。『糞イケメンと仲良くなる』って、まだ全然仲良くなってなかったわ」
「いやいや」
笑の笑顔がニヤリと歪んだ。
「最近、なかなか仲良くなってるよーに見えまっせぇ? しょっちゅう一緒におらはりますしなぁ……」
「なんで関西弁やねん」
友情のツッコミを入れてから、私は弁解した。
「単に一緒に忍者部に入ったから、一緒にいる時間が長いだけよ」
「ほーん? ほん? ホンマにそれだけですかねぇ〜? ワテには一緒におって楽しそうに見えまっけどなぁ? 何より梓はん、最近ますますお綺麗になりはりましたけど……」
「関西弁おかしいよ」
「恋しはってるんと、ちゃいますのーん?」
「ないない」
「じゃあ、さっきからなんかソワソワしてるように見えるのは、なんでですのーん?」
「そのノリやめろ」
「なんでですのーん?」
そんなにソワソワしていたのだろうか。
まぁ、確かに気になってはいたんだけど、表には出してないつもりだったのに……
「まぁ、なんていうか……心配はしちゃうわよ、大嫌いな糞イケメンといっても──」
正直に打ち明けた。
「音楽室で、あの宇佐美るん先生と二人きりなのよ? アイツが襲われたりしないか──同じ部活仲間として、ちょっとは心配……」
「見に行こう!」
いきなり笑が立ち上がり、大声でそう言ったので、後ろにひっくり返りかけた。
ただでさえおおきな瞳が一層おおきくなってる。好奇心に囚われた猫のように。
音楽室に近づくにつれ、ピアノの音が聞こえてきた。
これ、あの糞イケメンが弾いてる……わけないよね。なんかうますぎる。
そっと扉を開いてみると、柏木がピアノに向かい、その曲を奏でていた。
真剣な横顔が見えた。
綺麗だった。
正直、一瞬ドキッとして、見とれてしまった。
「柏木くん、弾けてるじゃん」
私のお腹のあたりで笑が、小声で言った。
「頑張ったんだね、根性で」
扉の隙間から見ている私たちの前に、突然、化け物が現れた。
悲鳴をあげる暇も与えず、その化け物が言う。
「何よあんたたち……ハルトくんの邪魔しに来たの?」
「あぁ……びっくりした」
笑が胸を撫で下ろす。
「宇佐美先生かぁ……。ダイダラボッチが出たかと思った」
私は笑をフォローするつもりで、親友の失礼な言葉を修整した。
「それを言うならヤマンバでしょ」
「神崎梓……コロス」
ヤマンバがカッターナイフを取り出した。
その時、ちょうど曲が終わった。
弾き終えた柏木が、うっとりした顔で天井を仰ぎ、喘ぐように言った。
「できた……。遂に、一度のミスタッチもなく……。やった」
ヤマンバがころっと笑顔になって、柏木のほうへ走って行く。
「やったねえっ! ハルトくぅんっ! アーティキュレーション的には問題ありありだけど、苦手な鍵盤楽曲を一曲弾ききっただけでも大したもんだよぉっ!」
「ありがとう、るん先生」
柏木の笑顔が眩しい。
「あたしのために頑張ったんだよねえっ!」
宇佐美先生の甘ったるい声がキモい。
「あっ……」
柏木が私たちに気づいた。
「見てくれてたんだ? 恥ずかしいな」
「頑張ったね、柏木くん!」
猫が駆け込むように笑が中へ入って行き、聞いた。
「誰かのために根性を発揮したんだよね? それって誰のため?」
「あぁ……」
柏木が、私のほうを、チラッと見た。
「本人いる前では言いにくい」
「言っていいんだよぉっ、ハルトくん!」
宇佐美先生が期待に満ちた顔で、それを言わせようとする。
「あたしのためだよねぇっ? そうだよねぇっ?」
「梓ちゃんのためだよね?」
笑がへんなことを言わせようとする。
「梓ちゃんに聴かせたくて頑張ったんだよね?」
何も言わずに、柏木が頬を真っ赤にして、うなずいた。
宇佐美先生の殺気に満ちた目玉が、ギョロリと私を見つめる気配がした。
なんだ、これ……
こんな恥ずかしい空気、耐えられん……!
「柏木!」
私は思い切り扉にグーパンチしてこの空気をすべて壊すと、強引に話題を切り替えた。
「例の忍者が転校してくるまであと少しよ! ピアノなんて弾いてる場合じゃない!」
「あ──、そうだね」
柏木も一緒になって空気を壊してくれた。
「忍者部に入って初めての任務だ。一緒に頑張ろう」
「なってやる!」
宇佐美先生がなんか言い出した。
「あたしが忍者部の顧問になってやる! そしてキサマらをずっと監視してやる! キサマの好きなようにはさせんぞ神崎梓アァ!」
「ヒューヒュー!」
笑は一人でなんか面白がってた。
「二人きりの任務、頑張ってねぇっ! そこで何が起こりますのーんっ?」




