言葉は素直! でも……
なっしーくんが出て行くと、部室に朝日奈笑と二人きりになった。
カワイコちゃんとハルトは今日から忍者部とかけもちになって、むこうの部室へ挨拶に行っている。
会話が途切れた。
朝日奈笑はマフラーを編んでいる。
さっき、なっしーくんが言った言葉が、俺の頭の中に残っていた。
『キスしたい!』
俺と朝日奈笑はラブラブ同士だと思われている。
確かに言葉では互いに『好き』を連呼し合っている。
しかし……その実態は……まだ手を繋いだことしかしていない!
彼女のあのかわいい唇に、こんな野獣みたいな俺の唇など、くっつけていいわけがない!
でもキスしたい!
抱きしめたい!
いやいやいや! まだ高校二年生の俺たちに、そんな『エロいことのはじまり』みたいなものは早い! 早すぎる!
でも……みんなやってることじゃないか?
いや! 話には聞いても実際に見ていない! 自分の目で見てもいないことを『みんなやってる』とか決めつけていいわけがない!
「どうしたの、コンジョーくん?」
朝日奈笑の声に、はっと我に返った。
気づくと俺は自分の身をくねらせていた。オカマのように。キモかった。
「あ、あうぅ……」
恥ずかしさに言葉が詰まってしまった。
気持ち悪い俺は朝日奈笑に嫌われてしまったかもしれない。
「どうしたの? 顔、赤いよ?」
はっとして目を開けると、朝日奈笑の顔が接近してきていた。
「風邪でもひいた?」
かわいい顔が近づきすぎだ!
まつ毛の綺麗な付け根の並びまでくっきり見えてしまった!
朝日奈笑のちいさな手が伸びてきて、俺の額に触れる。
俺は思わず最大量の熱を発してしまった。
じゅうううううう!
朝日奈笑が、熱したヤカンにでも触れてしまったように、手を離した。
「熱いよ! 大変! 保健室、行こう」
「そんなんじゃない! そんなんじゃないんだ!」
「だめ! 根性で風邪を治そうとなんかしちゃ、だめ! 大人しくあたしと保健室に行きなさい」
「好きだ! 朝日奈笑!」
「うん、あたしも好き。だけど今はそれどころじゃない」
「この熱は、おまえを想う俺の気持ちの表れなんだ!」
抱きしめて、想いのままに、キスしたかった。
でも、体が動かない。
言葉はいくらでも出るのに、抱きしめることすらできない。
どうしたらいいんだ、俺……!
根性だ!
根性さえあれば、なんでもできる!
俺は、叫んだ。
「根性おぉぉぉぉおぉぉお!!!」
だめだった。
キスはおろか、抱きしめることもできなかった。
俺の根性は、俺自身の欲望のためには発動しない。
朝日奈笑が嫌がるかもと思ったら、俺の根性は、むしろヘロヘロとへたれ込んでしまった。
根性で風邪を治すぐらいなら、俺はいくらでもできる。しかし、根性で朝日奈笑が嫌がることをするのは──
……はっ?
俺は思い出した、朝日奈笑に根性で告白した、あの日のことを──
俺は、俺ほどに、朝日奈笑を幸せにしてやれるやつはいないと自分に言い聞かせ、朝日奈笑のために告白をしたのだった。
今も、そうなのではないか……?
朝日奈笑が、もし俺のことを『なんにもしてくれない期待はずれの彼氏』だと思っているとしたら?
よく聞く話ではないか、『彼氏が優しすぎて、なんにもしてくれません』みたいなの──
俺は、優しすぎるのではないのか?
むしろ、狼になるべきなのではないのか?
危険な匂いのする男ほど、女の子にとっては魅力があるらしい。
ならば、今、俺がなるべきものは──?
狼だ──
俺は狼になるのだ!
ぺしっと頬を軽く叩かれた。
再び我に返ると、朝日奈笑の怒ったような顔が、目の前にあった。
「今は根性をしまいなさい」
厳しい母親のような目で、彼女が俺を叱る。
「根性で風邪は治らないから。大人しくあたしと保健室……」
その胸に、俺は顔を埋めた。
母のいない俺にとって、朝日奈笑はまるで世界で一番愛しい、母のように思えたのだ。
やわらかい……
なんてやわらかいんだ、朝日奈笑の……
はっとして、俺は急いで彼女から顔を離した。
しまった! 抱きしめるどころか、キスするよりも大胆なことをしてしまった!
朝日奈笑の顔を見ると、嫌がっていなかった。
顔は真っ赤になっていたが、俺を蔑むような目はしていなかった。
さっき聞いたばかりの朝日奈笑のセリフが頭に甦った。
『なっしーくんが全力で好きな気持ちを伝えれば、白百合ちゃんもそれに応えてくれるよ』
よし、ここで全力だ。
俺が全力を出して気持ちを伝えるべきなのは、今ここだ。
「好きだ、朝日奈笑!」
俺の口が勝手に回りはじめた。
「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ!!!」
「うんうん。わかったから」
冷静に返された。
「今はそれどころじゃないの。保健室、行こう」
俺はもう一度、朝日奈笑の胸に顔を埋めた。




