ありがとう
そうか……。梓ちゃんが最近いつも柏木くんの側に位置取ってるのは、柏木くんに「忍者部にかけもち入部しよう」って言ってもらえるのを待ってたからなのか。
ふふふ。
かわいいなぁ、梓ちゃん。
それならあたしを誘えばいいのに、なんで柏木くんと一緒に入りたいんだろうね?
それってやっぱり柏木くんのことが好きってことじゃん!
ふふふ。素直になれない女の子、かわいいな。
とりあえずあたしは梓ちゃんに頼まれた通り、柏木くんをけしかける仕事に取りかかった。
梓ちゃんからは『アイツと一緒に入部したがってるなんて、絶対言わないでね』って言われてる。
さりげなく忍者部のことを話題に出して、さりげなく梓ちゃんが忍者になりたがってることを伝えるだけでいいって言われてる。
でもそれじゃ面白くないよね。
このあたしが恋のキューピッドになってあげよう。
「ねぇねぇ、柏木くん」
本を読んでいる彼に話しかけると、にっこり笑顔でこっちを振り向いた。
コンジョーくんはまだ新入部員の二人と何かを話してる。根性論のようだ。あんまり面白そうな話題じゃない。こっちのほうが断然面白そうだ。
「何? 朝日奈ちゃん」
梓ちゃんが少し離れたところでスマホを見るフリをしながら、こっちを気にしてる。
あたしは親友には聞こえないぐらいの声で、柏木くんに言った。
「梓ちゃんのほうは絶対に見ないで聞いてね? あのね、梓ちゃんがね、柏木くんと二人で、かけもちで忍者部に入りたいんだって」
「えっ!?」
柏木くんが梓ちゃんのほうを見ようとした動きを寸前で止めた。
梓ちゃんは鋭いキツネ目をおおきく開いて、不審そうにこっちを見て、すぐにスマホに目を戻した。
「梓ちゃん、たぶんだけど柏木くんのことが好きなんだよ。この前二人で英愛学園に潜入した時のことがよっぽど楽しかったらしくて、二人きりで忍者部に入りたいんだって」
「そ、そうなの?」
柏木くんの目が泳ぐ。
「誘ってもらいたがってるよ。誘ってあげなよ。柏木くんも梓ちゃんのこと、好きなんでしょ? バレバレだよー?」
「べっ……、べつに! オレはそんなんじゃ……」
顔を真っ赤にしながら柏木くんが顔をそむけた。
「……でも、そうか。忍者部に……。確かにあれは楽しかった」
「ね? さりげなーく誘ってあげなよ。『朝日奈ちゃんから聞いたんだけど、忍者部に入りたいそうだね? オレと一緒に入ろうか』みたいにさ」
「いや……でも……」
柏木くんが口にゲンコツをあてて、なんだか悩んでる。
「そんなこと……オレが言ったらぶっ飛ばされそうだけど……」
「あのね──」
あたしはさらに声をひそめて、柏木くんの耳に言った。
「梓ちゃんがイケメンに抵抗があるのは、一年の時、付き合ってたイケメンの先輩にひどい目に遭わされたかららしいの」
「なんだって!?」
初耳だったらしく、柏木の目が真剣になった。
「ひどい目って……どんなことを?」
あたしは梓ちゃんからその話を聞いた時に頭に浮かんだイメージを、そのまま柏木くんに伝えた。言葉はちょっとだけソフトにして──
「ゆ……、許せん!」
柏木くんが激怒した。
「ぱ……、ぱんつを!? そんでもってヨダレをかけられた!? おまけに『キツネ女』なんて名前をつけられただって!? 同じ男としてそいつ……許せん!」
「だから柏木くんのことが嫌いなわけじゃなくて、イケメンに対してトラウマがあるだけなんだよ。柏木くんが優しく癒してあげてほしいの」
親友の心の傷を癒してあげられるのはこのひとしかいないと思い、あたしは手を合わせてお願いした。
「わかった!」
柏木くんにみるみるやる気がみなぎった。
「オレが……絶対に神崎の傷を癒してみせる!」
チラッと見ると、梓ちゃんがものすごく不審そうな顔でこっちをガン見していた。
「じゃ、お願いね? 梓ちゃんと一緒に忍者部に入って、そしていい恋人になってあげて?」
「う……。頑張るよ、オレ、頑張る。ありがとね、朝日奈ちゃん」
梓ちゃんのところに戻ると、ものすごく疑わしそうな口調で聞かれた。
「笑……。なんか余計なこと言ってなかった?」
あたしはにっこり笑顔で報告した。
「ううん? ちゃんと伝えてきたよー? 『梓ちゃんが忍者部に入りたがってるけど、そんなに楽しかったの?』って、それだけを」
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帰り道は三人だった。
コンジョーくんは新入部員二人に根性発動特訓をつけるらしく、部室に残ってる。
あたしと梓ちゃん、そして柏木くんの三人だけで帰ることになった。
「あっ」
あたしは前方にそのひとを見つけて、思わず声をあげた。
「梓ちゃん、あれって……」
前からこっちに歩いてくるのは──大学生風のイケメンだった。
「茶羅尾先輩じゃない?」
そう言いながら梓ちゃんの顔を見ると、なんかこれから戦闘を開始するアマゾネスみたいに険しい表情になってる。
「茶羅尾先輩?」
柏木くんがあたしに聞いた。
「それって……例の……」
あたしがウンウンとうなずくと、柏木くんもこれから魔王に立ち向かう勇者みたいに勇ましい表情になった。世界を蹂躙する魔王への憎しみが顔いっぱいに表れてる。
「やあ!」
先輩があたしたちに声をかけてきた。
「その制服、玲輪高校だね? 俺、そこの卒業生なんだけど、もしかしたら俺のこと知ってるかなぁ〜?」
覚えてない──
このひと、梓ちゃんのこと、覚えてない! 付き合ってたのに!
「久しぶりですね、茶羅尾先輩」
梓ちゃんが歯ぎしりとともに笑った。
「私のこと、覚えてないんですか?」
「あー! 君、あの時の……女の子!」
先輩はぽんと手を打って、笑った。
「そっかー! 俺たち付き合ってたよなー、そういえば」
「あの時はどうも」
ぱんつをアレされた恨みからか、梓ちゃんが長い髪を逆立てて威嚇する。
「あん時の君、かわいかったよなー。でもなんか、二年になってオバサンっぽくなった? ぱっと見40歳代くらいに見えたよ」
茶羅尾先輩のひどい口が止まらない。
「それより君、かわいいねー!」
あたしに向かってそんなことを言ってきた。
「学校帰りだよね? これからヒマ? 俺と一緒にいいとこ行かない?」
「おい」
柏木くんの低い声に、茶羅尾先輩がびくっと振り向いた。
柏木くんのことは見えてもなかったみたいで、突然現れた勇者にびっくりしたような顔をした。
「あんたのこと──知ってるよ」
殴りかかってほしかったけど、柏木くんはなんだかそんな様子じゃない。
「茶羅尾土建の社長の息子だよな?」
「何、オマエ?」
茶羅尾先輩の顔が喧嘩っぽくなった。
「かわいい女の子たちの前で何カッコつけてんだ? なんだ、その口の聞き方。先輩だぞ、俺?」
「オレ、柏木春翔っていうんだけど、知ってる?」
「柏木……?」
先輩の動きが固まった。
「お、親父の会社の……」
「そう。うちの親が、あんたの会社の面倒を見てる」
なんだか知らないけど権力の話のようだ。
「ハハッ! それが何?」
先輩が笑い飛ばそうとする。
「親同士のこと関係ねーだろ? 俺とオマエは俺のほうが先輩で──」
「オレ、この神崎梓と付き合ってるんです」
柏木くんが梓ちゃんの肩を抱いた!
「ハァ!?」
梓ちゃんが顔を真っ赤にして柏木くんを見る。
柏木くんが「合わせて」と小声で言ったみたいで、か弱い女の子みたいに大人しくなった。こんな弱そうな梓ちゃん、初めて見た。
「彼女にひどいことをしたそうですよね?」
そう言って先輩を睨む柏木くんを、あたしは心の中で踊りながら応援した。
「い……、いや……。そこまでは……」
白々しいことを言いながら、先輩の目が泳いでる。泳ぎまくってる。心当たりがないとは言わせないぞっ!
「何かしたかな……。多すぎて記憶が……」
「一発殴らせてあげてください」
柏木くんが言い出した。
「神崎に、あんたのことを一発殴らせてくれたら、うちの親にそのことを言うの、許してあげますよ」
「本当?」
先輩が嬉しそうに笑った。
「何したか覚えてねーけど……それで許してもらえるんなら、いいよ。どうぞどうぞ」
肩を抱きながら、柏木くんが聞く。
「殴る? 神崎」
梓ちゃんが憎しみに歪む顔を笑わせ、指をボキボキいわせた。
先輩はラッキーと思ったようだ。
男に殴られるなら痛いけど、女の子に殴られるなら軽く済むだろうと思ったようだ。
甘いな。
どこまで梓ちゃんのことを知らないのだろう。
「根性オォォォォーーー!」
叫びながら、梓ちゃんのメガトンパンチが炸裂した。
実家のジムで鍛えてるだけにとどまらず、コンジョーくんから受け継いだ根性で、そのパンチは兵器並みの威力があった。
先輩はロシアあたりまで飛ばされていった、たぶん。
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次の日の放課後、部室は何も変わらなかった。
コンジョーくんは相変わらず新入部員二人になつかれ、相変わらず人見知りを発揮してる。
柏木くんは読書、梓ちゃんはスマホを見ていて、あたしはヒマだった。
「昨日のこと、スッキリしたよねー?」
あたしが話しかけると、梓ちゃんはそっけなく「そだねー」とだけ答えた。
柏木くんは忍者部のこと、まだ梓ちゃんに言ってくれてないようだ。
なんなんだ、この二人……
なんか、たぶん、素直じゃなさすぎる!
あたしがやきもきしていると、おもむろに梓ちゃんが、バッグからノートを取り出した。
ページを1枚破る。
そこにマジックペンで、小さな文字で「ありがとう」と書くのが見えた。
立ち上がると、すごく面倒くさそうに、柏木くんのほうへ歩いて行き、その横を、通り過ぎた。
通り過ぎる時にさっきの紙をクシャクシャに丸めたものを、ポイッと柏木くんの前に投げた。
柏木くんはそれを開き、「ありがとう」と書いてあるのを見て、ものすごく幸せそうに笑った。
うん……。
あたしの勘が告げている。
絶対この二人、お互いに好き合ってる。




