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47:出航文書

 


 夏の島との別れが近づいている。


 今すぐにでも……と獣の感覚は秋に向かおうとするが、私たちはヒトの形をとっており、ハネムーンという建前もこさえている。


 となれば、ヒトの国家の流儀に沿って動くのが賢明だった。


 せっかく夏の島で仲良くなれたのだから。

 横暴な冬の使者のように思われたくはない。


 仲が続けば、フェルスノゥ王国のためにもなり、冬の秘境の環境保全のためにもなるだろう。


 出国の手続きが必要である。


 直接赴くのはNGだ。

 フェンリルが、輝きすぎているからね……!

 再度言うと、夏がいったんの終わりを受け入れていて、秋の従者に認められていて、やがて冬の到来に責任を持つフェンリルが目立たないはずないのである。


 その威光にあてられて、双子王子をはじめとする北の使者たちは歓喜したり気絶したりを繰り返している。表現は悪いけど極限のインフルエンザ患者みたいだ……。


 となると取れる手段は、


「カイルをこっちに呼びつけよう」

「便利!!」

「雪妖精にならば伝言や書面を頼めるが、熱妖精はまだつたないところがあるからな。あとおおらかすぎる」

「たしかに……夏の気質なのかもしれないね。商売契約も、この世界ではプロだったけれど、私からみれば契約書の穴も多かったなぁ」


 この先の時代にどんどん契約書が厳格になれば、夏の島の商売はどうなっちゃうんだろう? と思えるほどに……。

 それでも、夏の民には島への愛がある。

 ダンドン王子の帝国から教えてもらうなり、方法を見つけるだろう。

 ホヌ様はいつだって夏の島の中心にいらっしゃるのだから。


 契約書を一番精密に書けていたのが、カイルさんだ。(だからこそ、商人間ではカイルさんが出ていけば嫌そうな顔をされたという)


 ほどなくしてーー……。


 水のリボンのように夏の魔力が空を伝ってきた。


 そこを魔獣のイルカが爆走し、カイルさんが必死の形相でしがみついている。


「お、お待たせえっ、いたしっ、ましたあ!」


 足ガクガクです。おつかれさまです。


「ふはっ」

「フェンリル、笑ってちゃ悪いってば」

「すまない。こほん。カイルよ、これから幾度となく、島の表と裏のどちらでもなく夏の大精霊に最も近いオマエが、呼び出されることもあるだろう。ふんばりどころだぞ」

「そうですね……おっしゃる通りかと。フェンリル様のような立場の方、湯来様のような位の方、そのような方の呼び出しに応じるくらいが程良さそうですね」

「少なくとも、俺に呼ばれてくるのはよした方がいいな」


 ダンドン王子がちゃかして言った。


 カイルさんは空中に”気圧”で台をつくり、そこに契約用紙を置いた。

 他、書面作成に必要な筆記用具を周りにセットする。


「夏の大精霊様の側仕えをするカイルが記録いたします」

「よろしく頼む」

「はい! つきましては、北の使者の皆様がホヌ・マナマリエ港を出航する記録をとらせていただきます。皆様がたしかにこの島にいらしたこと、入港と出航の記録により、カイルの名において保証いたします」


 ほう、と湯来さんが感心の声をあげた。

 大精霊様の側近として、几帳面なところが似ていそうだ。


「このたびの目的はハネムーン。ホヌ・マナマリエ島のあらゆる文化は皆さんに楽しんでもらえましたか?」

「あらゆる意味でな」と、フェンリルが思い出し笑い。

 そうだよねえ。でも、緑の国よりは真っ当にハネムーンらしかったかも?


「副題として、夏の島と北の国との交流もしていただきました。夏の島では盛んな商売と、島表ならびに島裏の夏魔法をご覧いただきました。また、冬の魔力が夏の時期にどのようであるのかをみせていただきました。冬の民のお人柄にも触れることができました」


 カイルさんが頭を下げる。

 と、その背景に、夜空いっぱいの花火!


 風で巻き上げられた常・向日葵の枯れた花びらが、夏魔法を注がれることでついに燃え尽きたんだ。花火らしい形をしていないと私は感じたけど、夜の空いっぱいの星々みたいだった。宝石のように輝いてみえるのは、命のさいごの映え方だからなのか。


 これまでの夏の島の不調で枯れてしまっていた常・向日葵があった。

 ホヌ様の悲しみであると評されたこともあった。

 しかし秋を目前にして、輝かせ方がわかったのかも。


 春に芽吹き、夏に伸び、秋に枯れ落ち、冬の雪の下でじっくりと地を癒す。


 枯れ落ちることは、ひとつの常・向日葵の終わりであっても、世界全体からみたら再生のサイクルの中に収まっている。無駄にはならない。肥えた地面からはまた、常・向日葵が元気に咲くだろう。


 この雰囲気はただ明るいだけではなく、なんというか……日本のお盆にも似た雰囲気だな……。


 命の終わりを、まだ生きているものたちが、見送っているのだ。


「この感じ、好きです」

「!ありがとうございます。エル様」


 カイルさんがその感想も書き込んだ。ん?


「島表と島裏だろう。どちらもの、夏の魔力が混ざっている」

「さすがです。フェンリル様。助かります」


 書き記している。なるほどー!

 フェンリルが誉めたほどとなれば、島表も島裏も魔力を協力させることを、今後も続けていきやすくなるんじゃないかな。もしかしたら、続けていくしかなくなるとも言えるかもしれないが……。


 王様と長は、主導になってアイデアを出したはずだ。

 あとは、一般市民のみなさんが仲良くなってくれたらいいね。

 すぐには難しくても、思いっきり夏のビーチバレーをすれば、相手への敬意が生まれるだろう。やるじゃん!って。


 元は同じ民……と言うには、両者の溝には長い年月がかけられている。

 けれど、間にホヌ様がいてくれるならば、きっと手を取り合えるだろう。

 島表の活発さと、島裏の慎重さが合わせられたら、最強の布陣だ。


「ご満足いただけましたか? 夏の島は……」

「「うん」」


 私とフェンリルは同時に頷いた。

 ここでもさまざまな経験をした。


「であれば、おまけがございます。夏の島といえば周辺の海域。力を取り戻した精霊などが、みなさまの帰路を見守って船は進むでしょう」


「わあ、すっごくいいね」

「エルはそのようなものたちを可愛がるように戯れるからな」

「うん。みんなそれぞれ特徴があって、どんなことが得意なの? どんな生活をしてるの? って話せるのも好き」


 きゃーっと声がするので、耳を澄ませれば、海のほうから精霊たちの「やったるで」の気合いが聞こえてきた。元気が一番。


「これにて記帳は終了でございます。以上、カイルが聞き届けいたしました。また、港には船を用意しております。しばらくの食料や着替えなど必要なものと皆様の荷物を積み、夏の民も操縦のために同行させました。勝手に移動させたことをお許しください。許せなければ、カイルに文句を」

「言ってやろうかな?」

「お受けいたします」

「冗談だよ。しっかりしたなぁ。よく頑張った」

「今後とも、努力して参ります。夏の大精霊様を皆で支えていきます……!」

「よろしく頼むよ。冬の民もそうしている。夏の民にもできるはずだ。また、大精霊を支えると共に、大精霊が大事にしている自然そのものへの敬意も覚えなさい。その点は、島裏のものが得意なはずだ」

「心得ました」


 カイルさんの言葉に嘘はない。

 彼が信じられる範囲で、荷物は一つの欠けもなく積まれているのだろう。


 そして、さっきまで書かれていた書面を丁寧にしまうと、カイルさんは別の書面も取り出した。


「ダンドン王子の出国は保留になっております。どういたしますか?」

「冬の一団と同行させて頂くことになった」

「同様に、出航準備が済んでおります」

「早いな!? さっき話がまとまったばかりだというのに……」


 カイルさんは水晶玉を指差した。


(滅多に使わないものだから忘れてた!)と言う顔をしたのはダンドン王子。


「盗聴とは!」

「そのようなことせずとも、夏の島でホヌ様の耳に入らぬ情報などありませぬ。特に今の彼女は絶好調です。盗聴にこれからお気をつけください、とついでに警告したまで。あっ、彼だけにですよ」


「……はあ。確かに我らが帝国は、油断ならない地域であるからな」

「絶対守り通すことです。お戯れでも傷一つなりません」

「思い知ったよ。バカンスも兼ねた夏の島でこのような体験をするとは夢にも思わなかった。大精霊様と季節に沿った魔法の力、とくと見た。大事に送り届けると誓う」

「頼んだ」

「ああ」


 ダンドン王子は少し驚いたようだった。

 カイルさんは人の心を開かせて友達になるのが上手い。もしかしたら、初めてと言っていいくらいの感情をダンドン王子に抱かせたのかもしれなかった。


「すべてを完璧に行うには、時間がありませんね。必要なことのいくつかは、船に乗せた従業員に教えてあります。ご出航ください」


 カイル王子は非常に名残惜しそうな顔をしていた。

 フェンリルは爽やかな気持ちになったことだろう。


 一方、私は、カイル王子がそのような表情の裏でどのような葛藤を覚えているかちょっと、いやしっかり、わかってしまった。

 重要人物を大急ぎで遠いところに送り、あとは通信手段もないのだ。幾度確認をしたのだろう。人員にも神経を使ったのだろう。不始末があれば会社どころか世界が吹っ飛ぶようなプレッシャーは、ゲボを吐きそうな程ではないのか。


 それを耐えているのは、ホヌ様の隣にいるに相応しくなりたいというカッコつけの魂である。


「早く行ってあげよう」


 いっそ楽になってくださいな。

 あ、この言い方だとよくないか。


「また、水のリボンだ」

「みなさんの分のイルカがおります。港まで行かれますよう。……北の皆さん、起きていらっしゃいませんね。王子であるのに不甲斐ない、また従者であるのに気合いが足りない」

「カ、カイルさん!?」


 自分も元王子として踏ん張ってきた経験がある分、きびしい!


 手のひらをかざして、グイーッと引き寄せてからぎゅっと握るような仕草をした。

 ふうーー、とカイルさんが吐いた息が涼しげだった。ちょっとひんやりしすぎなくらい。


「「はっ!」」

「お目覚めですか。夏の気付けのやり方ですが、魔力を少しだけ抜いてしまうんです。島裏のものから教わりました」

「「失礼しました……」」

「いえいえ……我々もさっき知ったばかりで……ゴホン……」


 素直だな。カイルさん、カッコつけきれなかったらしい。


「大変お世話になりました」

「また来ますから、楽しみにしてますからね!」


 双子王子の言葉に、カイルさんは目を見張ってから、微笑んだ。


「来年度はもっと心地のよい夏を保つことを、夏の民を代表して誓います!」






 船は出航する。

 空高く、気球の一つに、ホヌ様が乗っているのが狼の目で見えた。

 ひらひらと手を振って、ハッピー満載という感じだ!


 夏のふっくらした空気を肺いっぱいに吸い込む。

 ふくーーっと心地よい熱で満たされていく。

 獣の尻尾もぽふっとふくらんだ。秋に向かう栗毛狼。


 これからハネムーンのしめに入るのも楽しみだー!



読んでくれてありがとうございました!

あとは後日談かな?


20260625のコミカライズはお休みです。

次をともにお待ち頂けると幸いです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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