46:秋の湯来と寄り道コース
夏の王宮へとホヌ様たちはゆったり向かった。
先に熱妖精をつかわせて、伝言を頼んである。
向かう道すがら湿気もからりと晴れ渡り、ホヌ様の足元を祝福するように常・向日葵が上を向いて咲いていく。
このたびのとっても元気な晩夏をかみしめて、語り継ぐためにとカイルさんは書に綴り、たまにホヌ様がその帳面を眺めては、いつか私のための絵本を作ってねとささやいて、二人の背中は寄り添っていた。
しだいに小さくなって丘に向かう背中を、私は気が付けば何度も眺めていた。
「冬姫様」
渋さの含まれた声に、しまったと反省。
私、秋の使者さんがいるときになんてことを。
注意力散漫だったな。
「秋の使者よ、そのような声を出すことは許さない。大精霊のありようを学ぼうとしている幼狼だ。このくらいのことは目溢ししてごらん。いずれ秋の国でも役にたつはずだ。なあ秋の使者よ、若いな。オマエはどうにも大精霊とその付き人の距離感をまだ測れないらしい……」
「……申し訳ございませぬ」
「どうしてそう感じているのか。私はその方が気になるが?」
「そ、そのように注目されずとも。わたくしめなど木っ端に思われて構いませぬ。いいえ、秋の大精霊様への敬意はいただきたいですが、そのような、そのぅ……。……大精霊様の魔力渦巻く瞳で眺められると心乱れてたまりませぬ。何卒ご容赦を……!」
グレアなら狂喜乱舞するところだろう。
ガン見するかもしれん。
しかし、湯来さんは恥じいるように頭を下げて土下座もした。
大精霊からまじまじと自分一人に注目されることに慣れていない?
それもあるだろうけど、私もひしひしと感じるところによるとぉ、そのぉ、春と夏の大仕事をこなしてフェンリルの魅力がマシマシになってるんだよね……。
えぐいくらい……。
魅力ってのがどこを指すのかといえば、いわゆる”目が離せない感じ”。
自分にやらなきゃいけないことがあったとしても、関心が吸い寄せられてしまってどうにもならない。注意力散漫のすごいやばいやつだ。語彙力もちなみに溶ける。
目がフェンリルの一挙一動に注目してしまうし、これがもともとフェンリル崇拝気質を持った冬の民であればきっと祈ったり気絶したりしているだろう。彼のホームグラウンドである北国にいたときの感覚を私はまざまざと思い出してしまっていた。
しかしこれ、ちょっとまずいか?
頭の片隅がピンと危険を訴えている。
もしかしたら、夏の島においても、ホヌ様よりフェンリルに注目が集まるようになりかねない……。
夏がいったんの終わりを迎え、秋の従者が誘い、やがて冬の到来に権限をもつフェンリルが目立たないはずなかったのだ。
とかいうことを、ぐるぐると考えてて、それくらいポワポワとフェンリルに見惚れてしまっている。今更のはずだけど、まったくこのフェンリルはいくつも魅力が更新されすぎる。ちょー素敵。
やらなきゃいけないことの方、やろう。
まず、立ってもらう。
「湯来、さん、ってつけない方がいいですよね?」
「もちろんでございます! 何卒、湯来めと……」
彼は、私の発音のほうにびっくりしているような感じがあった。
彼の名の音は、ホヌ・マナマリエとは随分と違って、母音がくっきりとしつつ鼻にかかるやんわりした秋の言葉は、どこか日本語に近しくて慣れ親しんでいるものだった。
「では、湯来。私たちってこれから秋の秘境を訪れようと思っているの」
「そのように、秋風に乗って耳にしておりまする」
「時間、早い方が良くない? と思って……」
言いながら、フェンリルの方を見るのを止められない私であった。
「同感でございます。ここは夏の島、そのようなところで夏と冬の大精霊様をそれぞれ見比べてしまうことは夏の民の気持ちを不安定にさせるはず。目的あらば、島から踵を返すのがよろしいかと、差し出がましいですが」
フェンリルの方を見るのを止められない湯来さんであった。
そして私にフェンリルの視線が向けられる。
バチっと目が合う。
アッ、これは、うまく受け答えしてみなさい☆の眼差しだァ!
「だいじょ……、いや、よく聞かせてくれたね、うむ」
ひとまずフェンリルの頷きゲット……!
先生モードのフェンリルは圧がこわいのだ。
湯来は、自分のふところに手を突っ込んでなんと現金を取り出した。
現金!?
ヒラヒラしたお札。
いやなんで!?
「お納めください」
「いやいやいやいや!!」
「……お嫌でございましたか! 我の首を縛ってお詫びと……」
「お金いらないし、その謝罪もいらない。どうも文化が違うみたいだな。そうなんでしょ? なんでお金を取り出したのか教えて欲しいなぁ!」
フェンリルの圧は継続中なので、エル、うまくやりまぁす!
「は。ご要望でありましたら。
秋の国ヒトウでは、秋鳥様がこちらにお心を寄せてくださったら、あふれる感謝の発散として献金を許されておりまする。我が君はとくに光る硬貨がお好きでいらっしゃいますが、冬姫様はどのようなことがお好きかわからぬため、一番金額の大きなものであらわしたいと動いた次第」
ごそっと札を増やして束にするんじゃないよ!
そのお金を捧げる手を下げなさぁい!
言えないわ。落ち込みそうだもん。
えーと、立場をわきまえさせるための振る舞い、っと。
「ごほん。そちらの事情はわかった。こっちの文化では違うんだよね。そもそもあなたたちが先に嬉しいことを大精霊に捧げてくれて、私たちはありがとうって言えたんだよね。その言葉にまた嬉しくなったんなら、祈ってくれたり……かな?」
「秋鳥様以外に祈ることは畏れ多いながらできぬことで……この首を……」
「あっちに到着したら美味しいものをご馳走して! それでいいから」
それがいいから。
すーぐ首とか言い出すのやめてほしい。
鶏ガラの出汁になっちゃうぞ。
「承知いたしました。では我が国自慢の御膳を用意いたしますゆえ、楽しみにしていただけると幸いでござる」
ござる!私の故郷と比べても古風すぎるけど、親しみを感じる。
……と思ってたら、フェンリルが私の腰に腕を回して少し身を引かせた。
身の危険がありそうなタイミングだった?
……ううん、私が親しみを感じたことがわかって引かせただけだな? 可愛い人だ……。
しかし、湯来は90度動いて腰を低くして剣を抜いてかまえた。
何が来る!?
超重量級の足音と、土煙が少々……。
夏の王宮の方からだ。
「お忙しいであろうところ申し訳ございませぬ。城にてジェニース・メロニェースと話していたところ、急に倒れたのです。さらに北の護衛までも。お二人ならば治す方法もご存知かと……」
ダンドン王子が、大男の護衛3人・ジェニメロを山のように抱えて連れてきてくれた。
(すごい筋肉だ!)
(しかし北国のものが一斉にダメになったことは気をつけねばなるまい)
反省しよう、変なところで能天気な私の脳みそよ。
「ああでも……ここまで来て謎が解けましたよ。あるんでしょう、その、大精霊様の意向を前にした信者が歓喜のあまり気絶するようなことというのは?」
ダンドン王子は珍しくおしゃべりに「自分は魔力が薄いので言葉の理解のみになっていますが、フェンリル様が非常に魅力を増しておられるのは伝わります」と言った。
皮肉ではなく、ただ事実を言ったのだろう。
そういうところがある。
そしてフェンリルに目が釘付けなのはこの人も変わらなかった。
シンプルに毛色が秋仕様になった美人が綺麗だからかな。
「う、う〜ん……」
「あ、メロニェースが起きそう。おはよう」
「天に感謝を!!」
「気絶したーーーーー!」
ということを数回繰り返したので、諦めた。
フェンリルの後光が収まるのを待とう……。
「自分は双子王子と、祖国に遊びに来てくれるように話していたのです。いつ頃訪れていただけそうか。もしよければ、秋の秘境までの通り道に、私の担当領土がありますがいかがですか」
気軽にダンドン王子がそんなことを言えたのは、この島でともに過ごした時間の親しみがあるからだろう。
フェンリルがまた少し私のことを引き寄せた。
そして、湯来の眉間の皺がすごいことになっている。
もはや溝、いや崖。
”なんか”すごく悩んでる?
ダンドン王子が不敬に見えたのかな。
それを対面で直接尋ねるのは、彼が気まずいに違いない。
先に私がこの話題を終わらせてあげるのがいいかな。
「湯来、オマエも旅の道中ついてくるのだろう。どうしたい?」
フェンリルーーー!
あなたがここで口を挟むとは思わなかったよ。
私には負担だと思われた? 確かにダンドン王子相手は政治のテクニックが混ざるから読みづらくて、精霊や妖精の方がよっぽど相手にしやすいくらいなんだ。……圧はあっても最終的に私に甘いフェンリルが大好き。気を遣ってもらったぶん、別のところでもっと頑張るからね。
「どうしたいか、と……。その……うぐぅ……我は、途中で寄っていただければと思いまする」
「その心は?」
「は、はい。魔法台風の影響にて、例年よりも秋の到来が急激でございました。さらに時期もここ十数年でいちばん早い。秋の国にはいつ来ていただいても芸術的な様子を見せられますが、やはり秋本番となってからが一番素晴らしい。
冬の到来には北に間に合うように出発されるのだろう。であれば、滞在期間が決まっている中に、秋本番が含まれたら良いと思いましたが」
「早めに到着して、遅めに出発することもできるだろうに」
「あっ。まあ……」
湯来さん、なんか焦って、ごまかしてる感じがする?
別の思惑もあったっぽいな。
悪事の企の雰囲気ではないけど。
「いいさ。一番いいところを見ていって欲しい気持ちは分かるから。そのように日程を組もう。エル、良いだろうか?」
「うん。フェンリルは無理してない?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。湯来、ダンドンよ。二人で旅の段取りを一度話し合ってくれ」
秋の使者湯来のほうが、帝国の王子よりも立場は上なんだろうね。
「お待ちくださいフェンリル様。お呼び止めしてしまいすみません」
「許そう。ダンドン、話してごらん」
「ありがたきお言葉。その、本当に寄っていただけるとは、信じられないような心地です。だからこそ先に白状します……。我らが帝国は、空気質が悪い。このような夏の島はとんでもなく特別に澄んだ空気だと思うほどに。冬も春も夏も、秋も、秘境は自然が美しいところなのでしょう。大精霊様が寄っていただくには、不適切だとも”思い直しました”」
「そうか。では、私たちを招いてもよいくらい備えなさい」
「無茶を言いなさる!」
「結果的にそこに生きるものたちも快適になるだろうから、頑張りなさい。オマエたちはどれだけ頭が良くなろうとも、工業品を手にしようとも、ヒトという生き物なのだから」
フェンリルの言葉は生まれつき私たちがそれを抱えて誕生したように、心のすべてによく響いた。
「えへん。ごほん。それでは、これから、そちらの秋の使者殿とお話をいたします。いやはや、まさかこんな日が来ようとは!」
ダンドン王子は芝居がかったしぐさで振る舞った。
「日程について話し合う気がある」
一方、湯来は歯軋りせんばかりだ。気持ちとしては実は嫌なんだけど、そうも言ってられない事情があるっぽい?
ここで、大精霊権限で「言いなさい」と命じたら二人とも拒否はできないだろう。
そんなイタズラ心がむくむくと、私の中で大きくなる。
なんだこれ!?
幼狼の反抗期シーズンか!?
落ち着きたくて、フェンリルの方にしがみつく。
「おお、ホヌ様がそうであったように、フェンリル族のお二人もともにいたい時間らしい。どちらまでお連れしましょう」
ダンドン王子は気絶した北国の人たちを丁寧に地面に下ろしていたけど、再び担ぎ始めた。
そういえば彼は一人きりだ。
彼のための護衛もいただろうに。
彼だって王子殿下という立場には違いない。兄弟が複数いるのだとしても、領土を持つ重要人物だ。
フェンリル族の方がもっと格が高いとはいえ、彼がこちらに配慮してあまり大人数を連れ歩かずあえてひとりで来てくれたのは明らかだった。
湯来は気づいていなさそうだけどね。
秋の国も秘境だというし、誰かの背後を想像するコミュニケーションが得意というわけではなさそう。
「そう言われるとちょっと照れる、か? エル」
「え、ちょっ、私の顔赤くなってる? もー指摘しないでよね〜」
じゃれあってると、
「「「かはっ」」」
北の大人が起きたけれど、またフェンリル族オーラをくらってダウンした。
「あとで鍛えてやらねばな」
フェンリルが苦笑し、
「これからも旅についてきてもらうんだもんね。でも、ほとんど不眠不休で走り回ってくれていた少し頑丈な普通の北国人、ってところは受け止めてあげなきゃいけないね」
私も頷いた。
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5月25日のコミカライズはお休みです。
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