その2
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舎利子
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人名です。般若心経解明の鍵を握る人物です。
ここは
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舎利子さん
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という私からの呼びかけです。
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色不異空
空不異色
色即是空
空即是色
受想行識亦復如是
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空間とか空とかの定義は難しいところです。
普通、私たちは空間の中に自分がいると認識しています。実を言うと、この空間と私を区別するところから苦は生じています。
区別があるから人は比較をするようになり、比較によって上下・東西・苦楽が定まるといった具合です。
これを覆すのが般若心経です。
空間の中に私たちがいるのではなく、私たちも含めて空間なのです。これを『空』というのです。
よって、
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色(姿形のある存在)は空間の一部であり、空間の一部が姿形あるものなのです。
よって、姿形あるものは空であり、空の姿形あるもののことを色というのです。
以下、他の五蘊である受・想・行・識も同じことなのですよ。
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分かりますか、舎利子さん? となります。
人間の感情・思考・行動などすべてが、地球上の空間の中でのできことであり、すべてが空の形態の一部とみなされるのです。
区別がなくなると比較せずにすみ、上下・東西・苦楽などの対立概念が生じないのです。
『迷ったり苦しみたくなければ、比較するな』(←キーセンテンス①)
ということになりますね。
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舎利子
是諸法空相
不生不滅
不垢不浄
不増不減
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諸法とは、すべての事物・現象、さまざまな教えのこと。
相とは、性質。
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舎利子さん。
(すべてが空の形態の一部とみなされるのですから)すべての事物・現象、教えですら空と同じ性質を持っているといえるのですよ。
空の性質とは、生まれることも滅することもなく、
けがれることも浄化されることもなく、
増えることも減ることもないという性質のことです。
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となります。
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是故空中
無色
無受想行識
無眼耳鼻舌身意
無色声香味触法
無眼界
乃至無意識界
無無明
亦無無明尽
乃至無老死
亦無老死尽
無苦集滅道
無智亦無得
以無所得故
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この部分は特に間違いやすいので、注意が必要です。
ここからは『無』という文字がたくさんで出てきます。これは、ここに書かれたさまざまなものは、すべて「ない」といっているのです。
手っ取り早くいうと
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(存在も認識も現象も、この世すべてが空の形態の一部なのだから)
この世には空があるだけで、他のものはなにもない。
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ということになります。この部分の解説は以上です。
ちょっと待った。いろいろ書いてあるのだから、もっと細かく訳だししろといわれるかもしれません。
ですが、少し待ってください。
ひじょうに重要なことを、ここでみなさんに告白しなければなりません。
ここまで般若心経について説明してきました。ここまで文字や言葉の意味や私が体験したこともからめてお話をしてきました。
しかし、今現在のあなたの解釈あるいは理解は、おそらく間違っています。
はい、重要なのでもう一度。
『あなたの理解は間違っています』
あなたはそれはどういうことだと疑問に思うかもしれません。あるいは、自分が間違っているのは「おまえの説明の仕方が悪いからじゃないか!」と怒るかもしれませんね。
なので説明します。
みなさんはここに登場している『舎利子さん』のことをご存知でしょうか?
この方が重要な鍵を握っているのです。
知らない人のために、この舎利子さんが何者なのかについて、簡単にお話をしておきます。
舎利子さんはお釈迦さまの十大弟子の一人。しかも、一番弟子ともいわれている人なのです。
ひじょうに優れた知恵と知識を持っており、お釈迦さまの教えを最もよく理解しているということで
『智慧第一の舎利子』
とまで呼ばれています。
般若心経は短いお経なのですが、この短い中に舎利子という人名が2回も出てくることに注目してください。
般若心経は、私(観自在菩薩)がこの舎利子さんに仏の教えとは何かということを説いているお経だと強調しているのです。
舎利子さんは、何年も何年も修行を続けています。信者をまわり食料を乞う托鉢、異性に溺れない・酒を嗜まないなど仏教の戒律を守る持戒、精神的な努力を怠らない忍辱・精進、真実の知恵を悟る瞑想などです。
あなたはこういう事を意識してやったことはありますか?
修行をしていないあなたを責めているわけではありませんよ。
また舎利子さんは、相当な知恵者です。
あなたに知恵がないと言っているわけではありませんよ。勘違いしないでください。
ともかく、あなたと舎利子さんは別人、生まれも育ちも知識の量も立場や仏教の理解もぜんぜん違っているのです。
突然ですが、たとえ話をしましょう。
ある相談役が三人を前にして、生き方についてのアドバイスをしています。
はじめの一人は、働きすぎで疲れた人でした。お金も充分稼いでおり、これまでの努力のおかげで貯金もたくさんあります。家族も心配しているので、もう少し楽にすればよいと思ったので、
「そんなに頑張らなくてもいいんだよ」
と言いました。
二人目の人は無気力で仕事にも就かず、趣味もなにもなく家に閉じこもっているような人でした。相談役はこの人に、とにかく何でもいいから行動したほうがいいと思い、そのことを告げ、
「もう少し頑張ろうね」
と言いました。
そして三人目です。この人は次のような質問をしました。
「あなたは最初の人には、頑張らなくてもいいと言い、次の人には頑張れと言いました。いったいどちらが正しいのですか?」
相談役は答えませんでした。
以上、たとえ話は終わりです。
お気づきでしょう。あなたと舎利子さんは別人です。
般若心経は舎利子さんに向けて説かれた教えですから、そのままあなたが書いてある事を間に受けて理解しても、本当に理解しているわけがないのです。
舎利子さんのように修行をしなさい、とは言いません。
あなたにはあなたの生活がありますから。
でも、書いてあることをそのまま間に受ける理解は間違っているということをわかっていれば今はいいでしょう。
少なくとも、苦しむほど頑張って働いている人に向けられた。
「楽にしようよ。ゆとりも大事だよ」
という言葉を聞いた不真面目な人物が、
「そうだな。ゆとりは大事だな」
と思うのと同じ愚を犯してはいけませんよ。
『己の立場を把握し、もっともらしい言説に惑わされるな』(←キーセンテンス②)
当然こうなります。
この部分を正確に訳さないのは、無すなわち「ない、ない、あれもこれもない」といってるけど別にあなたに当てはまるとは限らないからです。
では、理解できない人・説かれている立場にない者はどうしたらいいのでしょう?
私は舎利子さんじゃない、永遠に同じ立場になることはないから般若心経に書かれたことは意味がない。
そういう風に思わないでください。
少し飛びますが、般若心経にはその解決法も示されます。
理解できる人もできない人も、
『呪を覚え、唱えれば』
いいのです。
『呪』とは、仏・菩薩の秘密語。または、真言や讃歌。不思議な力をもつ呪文のことです。
般若心経で示される呪とは、
ーー 般若波羅蜜多呪 ーー
です。これについては後ほどあらわします。




