十話
維摩との勝負はどうなるのだろうか? それもどうでもいいか。なんか虚しい気分だ。
おかしな話だ。私は心のどこかで仏国土や極楽浄土はあるのだと期待していたのだろうか。
もう考えるのはやめやめ。
さっさと帰ろう……
やがて小さな青い点が見えてきた。地球だ。
「帰ってきたのね」
不思議と私の心は安らかだ。
死と虚無のこの宇宙の中でただ一つ生命を育む星。水が流れ雲が渦巻く自然現象、暑さも寒さもほどよい気候。どの天体よりも美しい星。
美しい? そんな思いが自分の心にこみ上げてくるのに驚いた。
やがて小さな点が大きくなっていく。地球が近づくにつれ、その青い星はどんどん大きくなってゆく。
もう直ぐたどり着く。
すでに視界いっぱいに青と緑と白と黄色の天体がひろがった。
「きれい……」
知らず知らずのうちに私は感嘆の声を漏らした。
本当にきれいな星だ。私がどれほどの悪事を働こうともこの星の美しさは決して汚れることはないだろう。月や太陽、そしてあらゆる星を凌駕する生命の世界がそこにある。
こうして私は元の大地に戻ってきた。
陽神の術を解いて、もとの肉体に意識を戻す。いま私は屋敷の中にいる。
ふと、そこに維摩と一人の修行僧の姿をした男がいた。
「お釈迦さまこのような結果になりました」
維摩が話しかけた男はシャカだった。シャカは首肯いて私を見る。
なぜ、この男がここにいるのだろうか?
私は訳がわからなかった。
すると維摩が前に出て私に問いかけてきた。
「さて、狐どの。あなたは仏国土に『たどり着き』ましたか? それとも『たどり着けません』でしたか?」
私は答えられなかった。この世に仏国土などなっかたのだからたどり着けたはずがない。でもあの時、地球に帰ってきた時、地球を見た瞬間の安らかで温かい感動はなんだったのだろう?
それを思うと、私は答えられなかった。
すると維摩はまた問いかけてきた。
「仏国土は『あり』ますか? それとも『ない』のですか?」
仏国土は『ない』ーーそれが私の結論だ。でも、どうしてかそう答えることができなかった。
宇宙は全ての死と暗闇の世界だった。ただ一つ地球を除いて。この生命にあふれる私たちの住む星は一体なんなのだろうか?
そう思った瞬間、私の目から涙がこぼれた。
シャカはそんな私を父が娘を見るような瞳で見ていた。そして、私に向かってこう言った。
「全宇宙を観てきた変幻 自在の者よ。これよりあなたは観自在菩薩と名乗り、人々を導いてあげて下さい」
そう語りかけてきた。私にはその意味が全く解らなかった。
私はただ涙を流すだけで何も聞いていなかった。
それからどれだけの時間が過ぎたであろうか。
気がついた時にはシャカも維摩もそこにはいなかった。私は力なく立ち上がり、屋敷を出た。そして、あてどもなく歩き始めた。
すると遠くから、
ーーギャテイ・ギャテイ・ハラギャテイ・ハラソウギャテイ・ボジソワカ
シャカの歌い上げる讃歌が聞こえてきた。
第一部終わりました。




