《第3章/第4話》 それは急転直下に、颯爽と。
かくして、トレス、ドス、そして御幸を含めた三名による白桜邸の捜索が始まる。
ドスは先にひっくり返ってるウノを起こしに行くと再び東棟の方へと向かい、残った御幸とトレスは二人で西棟二階を捜索することになった。両手を縛っている縄はトレスが握っていて、御幸は鵜飼いの鵜のように先行させられている。住人の方が詳しいでしょ、とはトレスの談。決して間違っては無いが御幸は三日前に越して来たばかりでロクに部屋を見て回ったことなどない。ましてや、数える程度にしか出入りしていない西棟二階などほぼ未開の場所だし、重ねるが知りもしない財産の場所など分かるはずもない。
「全然何にも知らないってことはないでしょ? 形見のペンダントとか、頃に小さい頃に頭に叩き込まれてた四ケタの数字とかさ」
「……知りません」
どんな映画を見て育ったのかが何となく分かるトレスの言葉に御幸は辟易する。
そもそも、御幸に父親がらみの記憶はほとんど無いと言って等しい。
あの「迎えに来る」の一言以外は断片的にシスターから聞いた思い出話のようなものぐらいしか無いし、その中に遺産を示す手掛かりのようなものがあるかと言われても思い当たらない。というか、その話だって仕事が忙しいとか、そういう瑣末な事ばかりだった。
形見のペンダント?
四ケタのパスワード?
覚えてるのは携帯のロックを解除するための、自分の誕生日ぐらいなモノだ。形見なんて、そもそもあの父親からは何一つ貰っちゃいないし。
「んじゃさ、何か怪しい場所とかは? なーんでもいいのよ? 開かずの間とかそんなんでも」
「……」
声音は至って優しいが相手は空き巣。
御幸から必死に財産に関する情報を聞き出そうとしているのが見え見えだが、いくら訊いたって御幸の口から答えを得ることは出来ない。いっそ、洗いざらい事情を話してしまおうかと思ったが、先に見た彼女の眼光を思い出してヒヤリと背筋に冷たい汗が這う。
最悪、殺されかねない。
網膜だの何だの言ってはいたが、変装の類も何もしていない空き巣からしてみれば目撃者である御幸を生かしておく理由は無い。
……ダメだ。
間違いなく、用が済めば殺される。
「じゃあさ、お姉さんとちょっとお話しよっか?」
「……だから」
「そーじゃなくて、普通の世間話。三日前にここに来て、ずっと一人でこんなトコで暮らしてて寂しくなかったの?」
「……」
「これは変な勘繰りなしの、ほんっとーに普通の世間話なんだけどなぁ。だって、こんな大きなお屋敷に一人暮らしよ? キッチンとか凄かったし、お風呂だって滅茶苦茶豪華で広かったけど、あれを一人で使ったり入ったりするの? 泳いじゃったりする?」
西棟二階、最初に目に着いた客室を開きながら御幸は密かに溜息を吐く。精神年齢の低さが窺えるような物言い。何でこんなのに捕まってしまったんだろうか。
「はぁ……ここも凄いわね。高級ホテルのスイートと同じぐらい良い部屋」
客室は御幸が使っているモノの左右を反転させたもの、と言ってほとんど差支えないように思える。備え付けのクローゼット、小さなテーブルと椅子、シワの一つ見当たらない清潔なベッド。きっと、あの執事かメイドが律義にセットしていたのだろう。
トレスは御幸に適当な指示を寄越して、それから自分もクローゼットを開けたり引き出しを開けたりと捜索を始める。御幸も御幸で洗面所などを調べては見るがそれらしいモノは見当たらない。まぁ、流石に普通の客室に遺産を隠そうだなんて思わないだろう。というか、客室に遺産を隠すってひねくれ過ぎだ。
「……ね、ね、さっきのお話の続きしましょーよー」
……くどい。
ベッドの下を覗き込んでいた御幸は半眼でトレスを睨みつけるが、なんともまぁ緩んだ薄ら笑いを浮かべてこっちを見つめている。格好もバスローブにパン一のまま。傍から見れば、その気の無い旦那を誘っている手持ち無沙汰な人妻のように見える。
「…………ほんの少し前までは、一緒に住んでる人もいましたよ」
「……へぇ?」
刹那、トレスの眼光が鋭く光る。
が、御幸はそれに気付かず、一緒にいた連中を思い浮かべるように中庭に面した窓を見上げる。暗い、闇の中で雨粒が窓にぶつかっている。
激しく、虚しく。
今頃、彼女たちも何処かで雨に濡れているのだろうか。胸の奥が、僅かばかり息苦しくなったような気がした。
「でも、もういませんよ。僕が出て行けって言ったんで」
「そりゃまたどうして? 一人で暮らすよりよっぽど楽しそうじゃないの」
「……一人の方が気楽ですから」
「えぇ~? それは無いなぁ。一人で焼き肉行くのと、大勢とで行くのとじゃ月とスッポンよ?」
「僕は……そういうの、よくわからないんで。小さい時から、誰にも迷惑かけない一人の方が気楽だって、思ってましたから」
自分の口から出た言葉に、御幸は微かな違和感を覚える。
というより、何で空き巣相手にこんなこと話しているんだろう。
「口でそう言ってる割には……そんな顔するのね?」
「……? 意味が、わかんないんですけど」
「そうねぇ……例えるなら、親と死別して一人残されちゃった仔犬みたいな顔」
やっぱり良く分からない例えに御幸の顔に怪訝な色が浮かぶ。すると、トレスはゆったりとした歩調で御幸へと歩み寄り始める。
ぺたり、ぺたり。
近づいてくる彼女のその表情は、何故かこの状況において不相応なほどに和らいでいて、一瞬だけ、御幸の胸がドキリと小さく脈打つ。初めてシスターに会った時、直後に思い切り抱きしめられた時にも似たような覚えがある。彼女は御幸の真正面に立つと、不意に御幸の身体を優しく抱きしめた。女性らしさ豊かな谷間に顔を優しく押し込まれ、御幸の双眸は困惑に揺れ、強ばった身体は鼻孔をくすぐった柔らかなフローラルの香りにほぐされる。
「なッ!? に、して……!」
「御幸君は、甘え方を忘れちゃったのね。今までずっと一人でいい一人でいいって言い聞かせ続けてきちゃったから、他人との距離の置き方とか触れ方を全部忘れちゃったのよ。きっと、今まで一緒に住んでたって人は皆君に優しかったんじゃない? ご飯作ってくれたり、世話を焼いてくれたり……でも、そういう好意に対する接し方を知らなくて、跳ね退けちゃった……そんなところでしょ?」
甘ったるく、けれど、確かな温もりを感じさせるトレスの囁き声。
滑らかな彼女の手は御幸の頭へ伸びて優しく撫ぜる。
細い指先は髪から額へ、額から頬へ、頬から、唇へ。
彼女の目は、決してふざけていない。
むしろ、本気で御幸を抱擁しようとしている。
物理的にも、精神的にも。
「ち、違……ぅ……!」
「うふふ……ちょっと余裕もあるんだし、お姉さんがカラダで思い出させてあげよっか」
「わッ……ぁ!」
抱き止められたまま、御幸はトレスにベッドの上に押し倒される。
バランスを崩して肌蹴たバスローブ、露わになった瑞々しいオトナの素肌、御幸の身体を撫でる艶っぽい指先。紅を差した唇が微かに動くだけで、御幸の胸が状況に不相応にざわめいていく。所詮、御幸も男だ。
「少しぐらい、声出したって大丈夫よ? ぜーんぶこの雨が消してくれるから……」
ゆっくり、スローモーションのようにトレスの端正な顔が御幸へと近づいていく。
二人の視線が重なり、まるで金縛りにでもあったかのように御幸の身体は硬くなってしまって身動きが取れない。
御幸のジャージを脱がす、慣れた手付き。
シャツ越しの御幸の胸を、トレスの手の平が艶めかしく躍り出す。
そして、二人が一線を越えるか否かの瞬間――不意に、一際大きな雷鳴が響き、窓の向こう側を真白な閃光で染まる。
光の中に――巨大な影が、映り込んだ。
御幸に圧し掛かっていたトレスは獣のような瞬発力でベッドを蹴飛ばし横っ跳びをすると同時、窓に向かって拳銃を数発撃ちこむ。窓ガラスが砕け散り、弾丸は夜の彼方へと吸い込まれて消えていく。拳銃を構えたままトレスは窓際へ駆け寄ると、闇の向こうに銃口を向けたまま視線を素早く動かす。夜の闇の中に、落ちるのはただただ雨粒だけ。
「……ふぅん? 御幸君ってば、お姉さんに隠し事してたのねぇ?」
「い、今のは……ッい!」
御幸が言いかけたその先は、ベッドを貫いた弾丸の音に遮られる。撃ち終えて空になったのか、彼女は太ももから別のマガジンを取り出し装填。御幸を縛る縄が強く引っ張り上げられ、強引に引きずられる。御幸へ一瞥をくれた彼女の顔は――酷く、冷めた顔をしていた。
「酷いなぁ御幸君。まだ他に、人がいるんじゃない。今のは何処の何方かしら? 正直に教えないと……」
熱が残る銃口が御幸の鼻先へと着きつけられる。
今まさに、御幸の命は文字通り彼女の指先に掛かっていた。
「本当に、殺しちゃうわよ?」
あーつーいー。
コレ意外の言葉が出ない日々。
俺のオンボロPCちゃんが心配で心配でしょうがない……
次回更新は8月14日。
次の更新から、あとがきまで1日1話ノンストップ更新に切り替えます。
では、待て次回。




