《第3章/第3話》 それは急転直下に、颯爽と。
「トレスのあーねさん、ガキ見つけましたよ……っとと」
両手を縛り上げられ、件の男に引っ張られてやってきたのは何故か大浴場。健康ランドもかくやと言う白桜邸の大浴場だが、室内に入るなりむわっと温い空気が顔にぶつかる。誰かが入ってる、というより誰かが出た後だ。その御幸の予想通りと言うか、マッサージチェアにバスローブ姿の女性が見える。今聞いた姐さん、要するにリーダー格の人物だろう。御幸を引っ張る男は何故か女性から顔を反らしつつ御幸の後ろへと引っ込んでいく。
「あぁ、ちょうどよかったねドス。アタシも今風呂上りってトコだよ」
「……見りゃ分かりやすって」
近くのテーブルに置いてあったフルーツ牛乳の瓶を片手に、女性はマッサージチェアからするりと立ち上がると御幸へと向き直る。腰元までだらりと垂れる、文字通り濡羽色の髪。紅を差したその顔はまさしく女豹と言った感じの妖艶な美女。バスローブの下はパンツ一枚とあられもない格好だが、華奢な雰囲気は一切無く磨き上げられた肉体美を全面にアピールしているように見える。何だか、空き巣というより女スパイのようだ。黒スーツ着こんでグロックでも握りしめたら大層似合うのではなかろうか。
「えーっと、初めまして。キミが白桜御幸君でいいのよね?」
「……えぇ、そうですけど」
その、年下の子供を相手するお姉さんぶったような物言いに御幸は僅かばかりイラッと来たが状況が状況故渋々と頷く。後ろの男……ドスと呼ばれていたか。彼にトレスと呼ばれていた女性はニッコリと笑み、何故か姿勢を前屈みにして御幸の顔を覗き込んでくる。
「オーケー。じゃ、アタシの質問に正直に答えて頂戴よ? 素直にしてくれれば、これ以上はキミに何もしないからさ」
「……」
「ところで、ウノはどうしたの? 姿が見えないけど……サボり?」
「んにゃ、コイツにぶっ叩かれて伸びてました。面倒だったんで放っておきましたけど……起こしてきます?」
「まぁ、昨日もけっこう頑張ってたし……そのままでいいんじゃない? っていうか、不審者をいきなり殴るだなんてキミなかなか勇気があるのねぇ? ちょっとアタシの好みかも」
そんな要らない世辞をこぼしつつトレスは一つ咳払い。
ウノ、ドス、トレス……スペイン語?
見た目はどう見ても日本人だし訛りのようなものも感じない。偽名か。
「さてさて、御幸君に質問。この家の、財産の隠し場所はご存じかしら?」
「……隠し財産? そんなの、知りませんよ」
「はいはーい、お決まりのセリフ頂きました。みんな一回くらいは普通にしらばっくれるのよねぇ。いいわよ、今回ぐらいはお姉さんサービスしてあげる。はい、もう一回聞くわね? 白桜邸の隠し財産は何処かしら?」
「だから、知らないって」
バンッ――!
何かが爆ぜる音と同時、左頬に奔った鋭い熱。次いで、つうっ、と頬を伝う生温かい液体の感触。そして気づけば、トレスの手には硝煙を吐きだす小さな拳銃が握りしめられていた。
「アタシね、嘘を言うのは好きだけど言われるのは嫌いなのよ。御幸君、大人しく答えてくれればもう少し長生きできるわよ?」
「ッ……ぅ!」
「あ、姐さん。オレが後ろに居るんだから打つの止めてくだせえな……当たったらどうするんです」
後ろで震えた声を上げるドスの足元に小さな弾痕。もう少しずれていたら彼の踵辺りに直撃していただろう。割と本気で怯えている部下の顔を見て、トレスは茶目っ気たっぷりに手を合わせる。
「あっははー、ゴメンゴメン。でも当たってないからいいでしょ?」
「つか、相変わらず本当に目にも止まらぬ早撃ちっすね……映画見てただけでそうもなるんすか?」
「なったのがアタシよ」
「天才っすね……」
「……」
軽々しいやり取りの間、御幸は自分の身体の震えを抑えるので精いっぱいだった。孤児院にいた頃、シスターが害獣を追っ払う時に猟銃を使っているのは見たことがあるが、少なくとも本物の拳銃を撃たれたなんて経験は無い。さも日常茶飯事のように笑いあっている二人だが、話してる内容は非日常的で、御幸のような一般市民とは一線を画している。相手は犯罪者なんだと痛感し、一瞬たりとも優位を感じてしまった自分を殴りたい。
「んじゃ御幸君? 話戻そっか。白桜邸の財産の場所、お姉さんに教えて頂戴?」
「だ、だから! 知らないって言ってるだろ!? ここに越してきたのは三日前で、この家のことだって、何も聞かされてないんだ!」
「……ふぅん」
トレスは拳銃を太もものホルスターに収めると、御幸の顔をまじまじと見つめる。
必死な顔、そりゃ自分の命が掛かってるんだから必死に決まってる。
嘘をついているという可能性はゼロじゃないが、状況を見る限りそれは低そう、と彼女は判断。
「……オーケー。じゃ、ちょっと事情を説明してあげましょうか」
「姐さん、そんな悠長でいいんすか?」
「しょーがないでしょ。何にも知らなそうとはいえ、多少なりとヒントぐらいは訊き出したいじゃない。別にこの屋敷を旦那に頼んで派手にぶち壊してもいいのだけれど……それは、最後の最後の、最後の手段よ」
「……」
ん、ん、とトレスは二度咳払いをすると御幸の前にしゃがみこみ人差し指を立てる。
「この白桜邸は、諸国で有名な宝石商……君のお父さんが莫大な遺産を隠すために作らせた豪邸なの。お父さんのことはまぁ……言わなくても分かるでしょ。彼はとーーーーっても真面目で、だけど超偏屈で、職場じゃ所謂“ワンマンアーミー”ってヤツだったらしくてね。企業の社長にも拘らず一人で勝手に商談行くわ果ては採掘場にまでスーツで行くわそれはもう凄かったらしいのよ。
……で、そんな社長が死ぬ前、自分の会社を自分で潰す直前。自分の資産を全部投げ打って日本の田舎にこのお屋敷を立てたの。胡散臭いこと極まりないでしょ? 同業の連中も何人か睨みを利かせてたんだけど、それらしいモノを搬入したでもないし当人はあっさり死んでるしで全員金の気配なしって切り捨てちゃった。……だけどね、アタシも近くで別のヤマ見ながら何となく見てたら、このお屋敷に人が越してきたって話を耳にしたの。造られてから何十年と人が住む気配も見せなかったこのお屋敷に、つい最近になって君が突然越してきた。それで、アタシは下調べを済ませて今日決行したってわけ。……とりあえず、状況は飲み込めたかしらね?」
「…………」
まさか、素性も知らぬ空き巣連中から自分の父親の職業やら何やらを聞くとは思わず、御幸はしばし呆然とする。
宝石商?
ワンマンアーミーの社長?
職場でどういう人間だったのか見当もつかない。
「で、お父さんからそういう話は聞いてないの? 本当に?」
「姐さん、もうさっさと探しましょうぜ。ソイツはその辺に転がしとけばいいっしょ?」
「駄目よ。万が一、このコの遺伝子情報が鍵とかだったらどうするの?」
「……網膜がどーとかそういうヤツっすか? やー、個人の家でそんな面倒なモン導入するっすかね……?」
「ドスぅ、アンタってば本当にロマンないわねぇ。現実主義なのは悪いことじゃないけど、夢を語れない男に女子はなびかないわよ? だから付き合っても一週間でフラれるのよ」
「失敬っすねぇ。前の彼女は二週間っす」
「五十歩百歩じゃないの」
「少なくとも百歩側っす」
こんな状況で何の話してるんだこの連中は。
呆れ半分に眺めていると、不意に、ポン、とトレスが手を打った。
「そうよ、御幸君も一緒に探してくれればいいのよ。それなら、いざって時が来たらすぐ使えるじゃない? 場所さえ見つけちゃえばいいんだから、簡単よねぇ?」
ニコッと、パッと見は優しいお姉さん風味の笑みを浮かべるトレス。
そんな笑みに見据えられ、御幸の背筋には寒気が奔る。
その目は、微塵も笑っていなかった。
ちょっと諸事情あって予約投稿。
……PCちゃんが暑さでへばっててピンチでござる;
次回更新は8月7日。
では、待て次回。




