テストフライト
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
頬を何かが伝った。
それはワタシの機能からはありえないモノだ。
かつて言われた言葉を思い出して、またそれが伝っていくのを感じる。
ワタシは傷だらけの体に鞭打って身を起こした。
息をするたびに、体の芯から熱くなる。
体を動かすたびに、骨の芯が軋む。
挙句、お腹なんか先ほどからどろりとした液体を絶え間無く流し続ける。
それでも、行かなければならない。
私の名前を呼ぶ方へ――――
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
次の日、新しい相棒での初めてのフライトは特に問題なく行われた。
離陸してから5分が経っている。機体の急加速にも慣れてきた。急にめまぐるしく変わるようになった空も安定している。
「吾妻、次は5番のマニューバを試そう」
「了解」
ノイズまみれの吾妻の返答が帰ってくる。
僕はエレベータを押し込んだ。
吾妻の1号機が急上昇をはじめ、僕の2号機がそれに追随する。
正直言ってテストフライトは好きじゃない。型通りの飛行しか出来ないなんて、空でしか生きている実感が得られない僕らへの拷問としか思えない。
それでも、いつもより楽しく思えたのは、もしかしたら吾妻のおかげかもしれない。なぜそう思ったのかは、自分でも分からない。それでも確信的に吾妻のおかげなんじゃないかと思える。
不思議だった。他人と関わろうとしない僕が吾妻には関心を示している。それを冷静に観測している自分もまた不思議で……もう、頭がパンクしそうだったから、少し考えるのをやめにした。
風を切るどころか、穿つようにフライトする機体は急加速にも軋まない。成る程、六車が自慢するだけの事はある。それなりの耐久性を持っているようだ。
「新しい相棒はどう?吾妻」
「悪くないよ、むしろ好調!」
僕の問いかけに、ノイズ交じりの上機嫌な返答が返ってくる。
嬉しそうな彼女の声は僕の心に響いて、深く、広く、波紋を残す。それは味の余韻を楽しむワインのような感触で、返ってくる面映い残響が心地よかった。
「次で最後のテストマニューバだ」
「えぇ…………残念」
彼女の落胆する声に僕はあくまで無感動にマニューバを確認した。
指定コースは基地へと戻るルートだ。特に難しいマニューバでもない。確認する必要も無かったのになぜ確認したのかは自分でも知れない。
「どうせ明日もテストフライトだろうね」
なんとなく、追い討ちを掛けてみたくてポツリと漏らして肩をすくめる。
「ぅぅぅノイローゼになるぅぅぅ」
予想通り苦悶の声が通信機から漏れてきた。子どもっぽい仕草を想像して思わず苦笑しそうになる。
その時――
ピピッピピッ
「!」
コクピットにロックオンのアラートが鳴り響いた。
「敵ッ!!」
吾妻が叫ぶ。
それと同時に、キャノピィ越しに白い煙を追従させる高速物体を見つける。
ミサイルだ。
僕はスロットルレバーをいつもの回避パターンと同じく一気に絞る。
「っう!」
前回までとは違う急激な加速に胃液が逆流しそうになった。
なんとか大惨事を免れたものの危機は去っていない。どうやら熱探知のミサイルらしくいやらしくホーミングしてくる。
この機体の速度ならスロットルを限界まで絞ってループして撃ち落しても良い、だが問題は吾妻の1号機ならばともかく僕の2号機には一切の火器が搭載されていない。
なぜならば、僕の役目は吾妻を『見る』事だからだ。
機体のカメラを起動する。
ヴン!と重い音共に機体のカメラが起動した。そして機体に備え付けられた時計に眼を見やり、録音機器用のマイクに手を添える。
「7月20日、0150時。基地より6kの地点にて会敵。これより本機は1号機の戦闘を記録する」
機械的且つテンプレートな前口上の後、エレベータを倒す。
機体が急降下した、ミサイルも同時に降りてくる。
背後で射撃音。
すぐに爆音。
ロックオン反応が消える。吾妻がやってくれた。
エレベータを起こして急上昇。左右にエレベータを微弱に倒しながら吾妻の姿を探す。
程なくすぐに見つかった。
踊るようにして敵の機体――――プロペラを2基搭載した双葉型とドッグファイトを繰り広げている。
見た感じでは吾妻が優勢だ。双葉型は予想以上の敵の機動性に驚いているようだ。
スロットルをギリギリまで絞っているのか、1号機は並々ならぬスピードで空を滑っている。敵の最新鋭であるはずの双葉型が既にかなりの距離引き離されている。
しかし双葉型は総じて単葉型より馬力が強い。上昇する時には驚くべきスピードを見せ、1号機に追いすがって射程圏内に入るなり機関砲を乱射していた。
だが流石は吾妻、木の葉のような動きでヒラヒラと機関砲を避ける。
滑らかで、美しくて、見ていて飽きない。
言うなればそれはダンスに似ている。
――――ああ、一緒に踊ってみたいな。
不意にそんな思いが在る事に気付いた。
自分から誰かと飛びたいなんて思わなかったはずなのに……ここ最近の僕は本当にどうかしている。
ボーっとしている間にも、かく乱するように、いや、もはやおちょくるようにと言ったほうが表現として適切なのかもしれない。
上昇以外は鈍重な双葉型をエスコートするようにして、常に背後に立つ吾妻。もう何度も何度も後ろを取っている。
だが、その何回の内、一回たりとも引き金を引いたりはしなかった。
なぜ撃たないのだろうと不思議になる。
が、すぐに余計な詮索をしようとする思考を断ち切った。深入りすると、面倒だからだ。
吾妻のエスコートが10分近く経つ頃、弾薬を使い切ったのか双葉型がその高度を一気に落とした。その目下には厚手の雲がある。まぎれて撤退するのだろう。
「一機?」
ノイズ越しに疑問の声が上がる。
「うん、一機だ」
頷きながらもセンサ類を確認する。
普通フライトするときは複数機で団体行動をする。僕達のようにテストフライトをするなら話は別だが、さっき来た双葉機はテストフライトする必要があるとは思えない。
僕は吾妻を見失わないようにフライトしながらも黙考した。
何か、見落としている気がする。あの双葉機……なぜ単機でこんなところまで来ていたのか…。
僕は敵の名前を知らないから便宜的に敵機のことを『彼』と呼ぶ。彼はなんの為にこんなところまで単機で飛んできたのか?
……もし、偵察だとしたら?
こちらの最新鋭機を観察しに?いや、そんな事をしても利益は無い。だが、もしこの最新鋭機をテスト段階で2機も落とせるとしたら?
「不味い……!」
そう思った矢先、センサが大量のロックオン反応を検出した。その総計実に8。おそらくさっきの双葉機はおとりだ。本命は厚手の雲の中、センサに検知されないように身を隠してこちらを見ていた……。
「吾妻!」
声を張り上げた。
「そっちも!?」
焦りを浮かべた声。どうやら吾妻も同じ状況らしい。
機体のスロットルレバーを一気に絞る。
急加速も先ほどまでで慣れたものだ。すぐに吾妻の機体を視界に入れた。その背後に4機。
僕の機体に火器があればすでに撃墜できる数だ。だが、火器は積んでいない。僕の背後にも何機かいるはずだがその対処すらままならない。
「くそ!」
悪態を吐くが早いか、僕はエレベータを引いた。
出来る事はおとりくらいしかない。なら、できるだけ吾妻から敵機を引き離すのが最優先だ。
機体は急速に上を向く。
背後の彼等も同じように向いた。そして計16条の煙が僕に向かって放たれる。
そうなってしまえばもう自棄だった。機体のスロットルを限界まで引き絞って、空を穿ち滑る。ミサイル一本にでも当たってしまえば墜ちる以外の道は無い。ならば、この愛機の武器に掛けるしかない。
驚いた事にこの機体の最高速はミサイルと相対してもそれなりらしく、ミサイルの接近警報は鳴り響くものの、しばらくは接触には至らないようだ。
ならば、と機体をループさせる。
反転して僕を狙った4機へと直進した。焦ったのか彼等は機銃を乱射する。
急速上昇。
面食らった彼等は再度こちらを狙って機銃を撃つ。
バレルロールで難なくかわす。
直後ミサイルが背後に追いついてきた。しかし追いついたミサイルはことごとく彼等の撃った弾丸で爆発する。残りのミサイルも誘爆した。
機体のコンディションチェック。弾丸が一発当たっていたらしく、装甲に傷がついた。自分の肌に傷をつけられた気分だ。
4機が体勢を立て直そうとする隙に僕は吾妻を探した。
どうやらカメラはせかせかと吾妻の反応の方にレンズを向けていたようで、すぐに見つかる。
「う……わぁ」
そこには予想を超える状況があった。
吾妻を狙っていた彼等は、吾妻を包囲するようにして上手く立ち回っている。しかし、当の吾妻はそれを意に介さぬように弾丸の雨をかいくぐっていた。
先ほどの木の葉とは違う。こんどは、そう、ツバメのような俊敏な動き。ゆったりとして相手に合わせて踊るようなワルツから一変して、今度は活動的に一人で踊るバレェへと姿を変えていた。
「…………?」
だが、同時に僕は違和感を覚える。
なぜか、なぜかは知らないが…
「反撃、しない?」
彼女は反撃をしなかった。なぜか彼女は弾丸の雨をかいくぐっていく中で一度も反撃に転じていない。機体のミサイルはついたままだ。
「吾妻!なぜ攻撃しない!?」
これには思わず声が出た。通信機の妨害はされていないのか、彼女に届いたらしい。
「……無事だった!?逃げよう!」
だが、質問の答えは返ってこなかった。聞こえていなかったのか、聞こえない振りをしていたのか。
逃げるという判断は正しい。戦術的に見て、この8対2――いや、多分それより多いのかもしれない。それに実質は8対1だ――その戦力差は機体の性能でどうこうなる話ではない。ここは逃げた方がいいだろうと僕は直感した。
どうやら僕を狙う彼等も立て直す事に成功したらしくフォーメーションを組んでいる。逃げるのが得策のようだ。
「……了解」
スロットルレバーを絞って急速降下。
すぐに背後の機影は見えなくなった。俺は基地の方角へと機体を走らせる。その後に続いて吾妻の機体が空域を飛び去った。
「会敵したそうですね」
いやらしい笑みを浮かべる大尉。
帰還の後、報告の為に大尉の執務室に入ると、まっていたのはそれだった。
少しうんざりする。自由に飛ばせて貰えず。自由に戦えず。その代償が、コレだ。
「はい」
それを表に出さずに、僕は簡単な報告をした。
報告は機械的なもので、ほとんど何を言ったのか覚えていない。
ただずっと考えていた。
なぜ敵は待ち伏せできたのか?
あれだけの数の機体を当てずっぽうに発進させるはずが無い。それこそ、こちらの動きを完全に読んでいなければ出来ない芸当だった。だが、このテストフライトは基地の人間ですらごく一部しか知らないモノだ。
ならば……答えはおのずと絞られる。
「失礼しました」
僕は報告を済ませると機械的に挨拶をして踵をかえす。
「仕組まれた会敵だと思いましたか?」
「!!」
背後からの大尉の声に、僕は驚いて背筋を伸ばす。
この人は、全部分かっているのか……?
「大尉は……知っているんですか?」
「さぁ?私はあなたの顔色を見て憶測しただけですよ」
また、いやらしい笑みを浮かべる。何かを誘うような妖艶な笑み。中性的で惑わせる笑み。気分が悪くなる。
「さ、六車の所に報告に行きなさい」
「……」
大尉への報告のあと、僕は吾妻と六車の所へ報告に行った。
彼は感心したように2機のED-1を診察している。
「ほう、初めてのフライトで会敵したのにこの程度の損傷か……すごいな」
感嘆の声を漏らすと、僕と吾妻に向き直り、ニカリと笑う。
「これならすぐに新品同然だぜ。ま、まっかせなさい」
六車のその仕草は少し安心させられる魅力が在る。
「ありがとね六車さん、これ差し入れ」
そう言って吾妻は手に持っていた風呂敷を広げた。そこにはサンドウィッチが少し崩れた形で入っている。
「お……おぉ!!これは……」
「本当はタッパがよかったんだけど…風呂敷しかなくて…ごめんなさい」
苦笑する吾妻に対して六車は感嘆の声を上げる。今にも涎をたらしそうだ。いや、実際に涎を垂らしている。
「据え膳食わぬは男の恥!ありがたく頂くぜ!」
それは意味が違う気がするという突っ込みは敢えて入れなかった。
「何か手伝える事は無いかい?」
僕の言葉に六車は手に風呂敷を抱いて少し黙考する。こちらの願いを無碍にしたくないという気持ちが痛いほど伝わる。僕はこのダイレクトな感情表現が彼の持ち味だと記憶していた。
「……じゃあ、夜にちょっと来てくれないか?」
「分かった」
俺は六車に手を振るとオイルの匂いが充満する格納庫から出て、新鮮な空気を求めるようにして滑走路へと歩いた。
「ふぅ……」
空を見上げる。
僕は何度も空に上がっている。
何度も何度もあがって、もう空が心の在り処になっていた。だから、空は自由に飛ぶものだと思う。
鳥が飛んでいる。
だが彼等を妬ましくは思わない、ただ羨ましくはある。
この微妙な感情が、きっと僕を欠陥品にしている。
嫌いと憎いは違う。程度が違うのだろう。
いつか本で読んだように、好きと愛しいが大きく違うように。
笑う。泣く。怒る。
嫌いだから?
好きだから?
憎いから?
愛しいから?
分からない。
あっているのか?
僕は理解しているのか?
理解したうえで僕はその言葉を使えているのか?
空が青い。
どうでも良くなってきた。
自分が欠陥品である事も、仕組まれていたかも知れない敵との遭遇も、大尉のいやらしい笑みも。
きっと考えるだけ無駄だ。
人が知っている言葉なんてほんのちょっと。感じられる感覚の何万分の一。
でも、僕は言葉でしか理解できない。言葉で理解しないと実感できない。
そう、作られたのだから。
愛しいってどんな感情だろう?――――誰か、定義して欲しい。
憎いってどんな感情だろう?――――誰か、実感させて欲しい。
渇しているのが分かる。
でも潤そうとは思わない。
知らなくても空は飛べるから。
だから、どうでもいい。
最後がポエムだと知り合いに言われた。
その通りだと思った。
合掌。ちーん




