新型
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頭が痛い。
お腹が痛い。
あらゆる痛いの中でも、ワタシの唇は笑みを忘れなかった。
まったく、酷い体だ。こんなにも傷ついているのに、機能を忘れていない。
――――サクラ。
声が聞こえた気がした。
ガラクタの山の中。きっと誰かがワタシを呼んでいる。
そして、ワタシの事を呼ぶのは、このガラクタの山の中で、一人しか居ないのだ――――
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
テスト機受領のために向かった格納庫には、妙な空気が漂っていた。
「どうしたの?」
昨日の匂いが、鼻をくすぐる。吾妻がひょっこりと僕の後ろから顔を出した。妙に吾妻はちっちゃい、身長160あるかないかだ。
そこには、一人のつなぎを着た背の高い眼鏡の男が機体―――D-1だ―――を弄っていた。
「あんた!」
僕はできるだけ大声を出す。
「わわ!?」
彼はエンジンを見ていたようだ、突然の声に驚いてバランスを崩す。
倒れた。僕は起こす義理も無いので、ただ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
心配そうに吾妻が声をかける。この時も笑顔だった。
「いっつつ…突然声かけないでくれよまったく…」
どうやら元気そうだ。
彼はその辺の機材に手を掛けて立ち上がりずれためがねを上げると、僕らに向き直った。
「ん?……あんたが、功刀さん……か?」
僕の顔を見て、男は首をかしげ怪訝そうな顔をした。
「は、はぁ、まぁそうですけど」
「じゃあ、そっちが吾妻さん?」
「え、あ…はい」
指を顎に当てて必死に考え込む彼。そして思い当たったように手を打ち鳴らした。
「じゃあアンタが俺の相棒か」
そう彼は潤った声で快活に笑う。
「相棒?」
「メカニックさ、俺はアンタらの地上の相棒って訳」
なるほど、そういうことか。
僕らの機体の世話を見る彼は僕らの地上での相棒。そういうことなんだろう。
しかし、僕らに専属メカニックがつくなんて聞いてない。
「アンタらのED-1の面倒は俺が見るって事だ」
「あ、そっか」
吾妻がぽんと手を叩く。
ED-1は最新のテストモデル。ならその辺のメカニックにさわってもらっては困るんだろう。なら、僕と吾妻に専属のメカニックがつくのは至極当然だろう。
「ま、よろしく頼むぜ」
にこにこと、屈託の無い笑顔の彼。握手を求めて手を差し出してきただけどその前に。
「名前」
「きいてないです」
僕と吾妻の言葉に今度はかれはとても慌てた表情を見せた。
「お、ぅおおっと!!名乗っていなかったな、そう言えば。俺は六車という」
そしてさっきと同じ屈託の無い笑顔を見せると再度僕に手を差し出した。
「よろしくな!」
六車は造形はいいとはいえないのだろう。それでも表情が豊かで…なんといえばいいのか、見ていて飽きなかった。
その顔を見ていると、なんだかとてもチャーミングな魅力を感じてしまう。僕や吾妻、そして大尉とは違う人なんだと、絶対的な何かの壁を感じた。
僕は形式上と考えて握手を交わした。こんなことしても仕事に熱が入って効率が上がるわけでも無いだろうに。それでも、物事円滑に進めるための材料にはなりえるから、これは必要不可欠な世界のシステムの一端だ。
僕と同じように、吾妻も六車と握手を交わした。もちろん顔には笑顔。六車の笑顔と相まって、不自然さはうかがえない。便利だ、と思ったのは内緒だ。
「さぁて!それじゃあご対面と行くか、ついてきな」
自己紹介を終えた六車は、僕らに手招きをして格納庫の奥へと歩く。
床には工具が散乱していたりして、とても整理されているとはいえない。でも、メカニック連 中からすれば、これは完璧な形らしい。
格納庫は10人のメカニックによって成り立っている。
各々固有にテリトリーを持っていて、そこを踏み荒らされたり、弄られたりするのを極端に嫌う。僕もその餌食になった事がある、そのテリトリーに訳も分からず進入してしまいレンチを投げられたのは痛かった。もちろん、そのテリトリーはメカニックにしか見えない。だって、パイロットである僕らは、そのテリトリーを見極められないから。誰にでもある暗黙の了解は、身内にしか分からない。それなのに押し付けられるのは、苛立ちを覚える。
この散乱した工具はそのテリトリーの表れなのかもしれない。
行き着いた先は、シャッターの閉まった格納庫。周りは埃まみれだが、一部のみ埃が取り払われている。
そのシャッターが、あまりにも物静かで、まるで王様の間に続く扉のようだ、と思った。しかしこの中に眠るのは王様ではなく僕らの命を預ける騎士だ。
六車がシャッターの開閉スイッチを押した。
けたたましい音と、金属が擦れ合う音と共に、シャッターが開く。
暗いシャッターの内側に格納庫のライトが当てられる。
「………」
僕は思わず息を飲んだ。
そこに在ったのは、一言で言えば剣だった。
殺すために洗練され、形を作られた、まさに機能美の集合体。まるで無駄が無い。
僕はそれを美しいと思った。
鋭利な刃物を思わせるのような流線型の外見も。
それを打ち砕くような無骨なプロペラと機関砲も。
そして、それこそ鉄のような銀色のボディカラーも…。
僕の…僕らのように不完全じゃない、完全な意味のあるモノ。不要なものを排除した完全体。
「これがアンタらの乗ってたD-1の最新鋭テスト機。ED-1……って、どうした?」
思わず見惚れていた僕を見て、六車は目を丸くした。
僕は無言で頭を振ると、続きを促した。
「……まぁ、いいか。資料で見ただろうけど、エンジンは軽量化されててそれでもD-1の性能基準を満たしている。更には機体自体の材質にもこだわってるんだ、もちろん機体のデザインにもな。見てくれよこのナイフのような鋭い外観。風を切るというよりは風を突くような飛行を見せる。まさに芸術品だ。軽量化に軽量化を重ねた高速仕様、理論上はD-1の2倍以上のスペックだ、凄いだろう」
語りつくしたように胸を張る六車。
ED-1の事を語る六車は、輪を掛けて饒舌だった。まるで自分の息子を自慢するような口調だ。
「反面的なリスクはあるの?」
僕は挙手して質問をする。挙手をするのは多分申し訳ないからなのか、それとも、僕の中のいらない機能が作動したのか。
六車はばつが悪そうに頬を掻いた。
「それはー、そのー、なぁ?」
ごまかすようにはにかむ。まるで隠し事が下手な子どもだ。
「軽量化のし過ぎで装甲が薄いとか?」
「ぎく」
「しかもラダーとエルロンの反応が良すぎてピーキーになっちゃとか?」
「ぎく」
「まぁ、僕の妄想だけど」
だいたいその通りなんだろう、とは付け足さなかった。横で吾妻が苦々しくそれこそ苦笑している。
六車は肩を落として大げさに頭を抱えた。本当に見ていて飽きない、愉快なヤツだ。
このまま落ち込ませておくのも忍びない気がしたので、とりあえず持ち上げておく。
「まぁ、でもいい機体だと思うよ。僕にはあってるかも知れない」
僕の言葉に、六車はぱっと顔を上げる。想像通りの笑顔だ。現金…というんだろうか、この場合。
立ち直った六車は笑顔のまま機体の説明を再開する。
「ご指摘の通りこの機体は装甲が薄い、エルロンとラダーも反応が良すぎるくらいだ。でも、それを補って余りある最高速がある。まさに一騎当千のエース用の機体だ」
そこまで言って胸を張った。どうやら六車はこの機体に特別な思い入れがあるようだ。
「まぁ、それは明日確かめてみるよ」
「でも功刀は戦闘には参加しないんだろ?」
「いいや」
僕は首を横に振る。六車は少し眉をひそめた。
「観察が任務じゃないのか?」
「任務も戦闘だ」
僕は肩を竦めて冗談めかして言う。笑おうとしたが、引きつった顔面神経痛の患者みたいな顔になった。上手く笑えない。
六車は無言で腕を組み考える、そして何か答を得たようにしてしきりにうなずいた。
「そうか、じゃあ、明日からよろしく頼む。なにかしておくカスタマイズはあるか?」
「いや、まだとくには……」
「吾妻は?」
「私もです」
とにかくまずは慣れる事からだ。それにはカスタマイズなんて邪魔な重りでしかない。
「分かった、じゃあ必要な箇所の整備だけしておく」
六車はそう言うと、暗いED-1の格納庫の奥に消えた。
「もう今日はいいぜ、後は俺がやる。また明日な」
それからそんな声が聞こえると、僕は背を向けた。
「おやすみなさい六車さん」
律儀にも吾妻。
「おやすみ六車」
僕はそれに合わせて六車に言う。
それから早足に格納庫から出た。
整備士達が本格的に動きだすのは、戦闘が無い日はだいたい深夜からだ。もう10時になろうとしている。あんまりぼうっとしていると、うっかり整備士達のテリトリーに入ってレンチを投げられてしまう。
僕は自販機でコーヒーを買うと、それをあおる。苦い液体が舌に広がる。慣れてしまえば水と変わらないし、眠気はそこそこに吹き飛んでしまう。それに頭をクリアにするには必要だ。
明日は多分哨戒ついでのフライトテスト。
できれば敵にあいたくない。空くらい自由に飛ばせてほしい。
「……」
僕は空き缶をゴミ箱に捨てると、宿舎に戻った。
宿舎では既に吾妻が寝ていた。
僕と吾妻は同じチームになって、共同部屋が当てられた。どうやら協調性を高めろという事らしい。
ED-1がまだこの基地に2機しかないので、僕と吾妻しかこの部屋には居ない。勿論何かをする気も起きないし、そんな欲求や情動は僕には備わっていない筈だ。だってそう作られたのだから。
すーすーと寝息を立てる吾妻。ふと、昨日の妙に甘い匂いを思い出す。
あれは吾妻の匂いなのか。それとも女性特有の匂いなのか。どこか懐かしい匂い。
僕はいつものようにベッドに入ると、シーツを被った。そしていつもならそのまま眠ってしまうのだが…。
「おやすみ、吾妻」
なんとなく、そう言いたくなった。
今まであまり挨拶はしなかった。すれば周りの人が気安く絡んでくる。どうせ明日には落ちてしまう命だ、やる意味も無いし、絡まれたら面倒なだけだ。
でも、六車は僕の翼を整備してくれる大事な人だ、そして吾妻は僕の相棒。言っても、損は無い気がしたし、そんなに悪い気はしなかった。




