任務
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
目を開けても空はあい変わらず暗かった。
青空が見たいな。
思うだけでは何も変わらない。そして、空の色なんて人には変えられない。
あぁ、死んじゃうなぁ
どくどくどくどくと、大切な物が体から抜けて行く。
遠い遠い約束を思い出していた。
遠い遠い記憶を思い起こしていた。
夢を見ていた気がする。
それは、とても近くて……けれども大地に立って見る水平線よりも遠く彼方にある夢。
ガラクタの山は空にも届くかも知れない。このガラクタを上れば、空に逝けるかもしれない。
でも、ワタシが空に上る時は―――の時だけだ。
あぁ、死んじゃうなぁ。
せっかく此処まできたのに。
あの子を、迎えに行かなきゃいけないのに。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
目が覚めると、相変わらずの無機質な天井があった。
なにか遠い遠い夢を見ていた気がする。
それは泡のようにはじけてしまってもう思い出せない。そして思い出す気分にもなれなかった。
ぐるぐると何かが頭で渦巻く。それはつかみ所が無くて、僕を悶々とさせる。そして悶々とした気持ちは、僕を再度の睡眠から遠ざけた。
「………」
暇で暇でしょうがないというのに体は寝付いてくれない…
「吾妻……さん。起きてる?」
僕は数分の黙考の後、僕のベッドの下段で寝ている吾妻に声をかける。
少しの間を空けて、小さな声で回答が帰って来た。
「起きてるよ、君から話しかけるなんて珍しいじゃない」
鈴が鳴るように吾妻は笑った。正直、僕はあまりその笑い方が好きじゃない。でもだからといって他人を拘束するのも億劫だったから、特にそういう顔はしていないつもりだ。
「気が向いたんだ。暇になれば人間本だって読むし、手慰みにペンだって回す」
「私は君のペンってこと?」
「ものの例えだよ」
「そうね、でも良いよ?別に、必要とされるのが、人もペンも至上の喜びなんだから」
そう言って、吾妻はまたにこやかに笑う。きっとこの人は笑う事しかできないんだろう。きっと泣いていても笑うんだろう。僕は勝手にそう決め付けた。
僕は彼女と面と向かうため、ベッドから降りた。他にもこの寝室には寝ている人がいるから、起こさないようにゆっくりと降りる。
もう宿舎は消灯だから明かりなんてつかない。だから、ポケットからライターを取り出して、明かり代わりにした。
光で照らされた中に、顔が浮かんでくる。記憶の断片の中にある吾妻の顔と一致した。
吾妻も僕を認識したようで、笑顔になる。
「初めてまともに顔を見た気がするわ」
「僕もだ」
そもそも人の顔をじっくり見るのは何ヶ月…いや、もしかしたら何年振りかもしれない。
「へぇー……」
吾妻は僕の顔を見ると、顎に手を当ててニヤニヤとした。
「なに?」
「可愛い顔してるのね」
その言葉に僕はむすっとした。
可愛いっていうのは心外だ。僕だってれっきとした男なのだから。
「顔の造形は戦闘に関係ない」
「そうね」
くすりと笑う。その仕草はやはり僕の好きではない部類に入る。
「さて?なんの話をしましょうか?」
「なんでもいいよ、なにか話さないとだめっていう事は無い」
「そうね…じゃあ…」
そこからは完全にとりとめも無い話だ。好きな音楽や食べ物。嫌いなタイプの人間や最近の趣味や流行。目的なんて無い。強いて言うならただ時間を潰すためだろう。もちろんそれは吾妻も重々承知なのか、仕事の話は持ち出さなかった。
気が付けば、もう2時間経っていた。人とこんなに話したのはもしかしたら初めてかもしれない。
「もう、こんな時間か…」
僕が時計を指す。吾妻も眼を丸くしていた。
「うわ、本当だ。明日のミーティング遅れちゃう」
「ミーティング?朝の訓練じゃなくて?」
「うん、なんでも特別任務だとかなんとか」
そのミーティングは僕も受ける事になっていた。おなじ任務なのだろうか。
「僕も明日ミーティングだ」
吾妻は僕の言葉に大げさに驚く。
「えー!?じゃあもしかして…ふごふご…!??」
何もそこまで大きな声をという風な声だったので、思わず口に手を突っ込んだ。他の就寝者を起こすのが忍びないからだ。
吾妻の髪の甘い果物のような香りが鼻腔をくすぐる。それが甘ったるくて、でも心地よい感覚で、僕は一瞬戸惑う。
「ね、寝てる人がいるよ」
「ご、ごめんなさい…」
しゅんとして素直に謝る吾妻。そしてすぐに僕に耳打ちしてきた。
「もしかして、私たちに関係のある事?」
僕もそれに合わせて返答する。
「分からない、僕は何も知らされていないし」
そっか、とだけ返して、吾妻はベッドに戻る。どうやら長らく続いた暇つぶしはペンの手で締めくくられるらしい。まぁ、丁度いいといえば丁度いい、僕もまた少し眠くなってきた。
「もう眠るね」
「うん、僕も寝よう」
「寝ないと大きくなれないよ」
「吾妻…さんよりは大きいから良いよ」
「吾妻でいいよ」
「わかった」
そして僕はもう一度ライターをつけて視界を確保する。はしごを上って横になって毛布をかぶった。
「おやすみなさい」
透き通るような吾妻の声。
「うん、おやすみ吾妻」
吾妻の髪の匂いが、やけに鼻に残った。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
翌日。上官を交えたミーティングに参加した。
顔に傷一つ無い真っ白な顔をした上官。階級は確か大尉だった。男性なのか女性なのか今もはっきりしない。もしかしたらこの人はそう作られたのかも知れない。
「さて、あなた達二人を呼んだ理由がわかりますか?」
静かな声で大尉。僕と吾妻は顎を引いて緊張気味だ。でもこの緊張は形式上のもので、僕…それと多分吾妻もこの形式上の緊張感に辟易としているんだろう。もっと羽を伸ばしたい。そう、できるなら飛行機にでも乗って。でも、張り詰めた空気を少しでも解けば、痛い目を見るのは僕たちだ。そして僕は痛いのは好きじゃない。
「いえ、僕と吾妻はルームメイトですが、それ以外の接点がありませんので」
僕はできるだけ機械的に応えた。そうする事がこういう場を上手く纏める為の一種の機能だからだ。
「そうだね、じゃあ、ぶっちゃけようかな、私も」
苦笑気味に、血色の悪い唇が動いた。その動きが、なにか毒々しい蛾のような蟲を思わせて僕は背筋につららを差し込まれた気分になる。
「君達には、上のほうから流れてきた新型のテストをしてもらいます」
「新型のテスト?」
「はい」
首を傾げる吾妻に、大尉はうなずいて手元にあった書類をこちらへとよこした。
「貴方達が乗っている機体…『D-1』を全体的に軽量化してより一撃離脱に特化した『ED-2』のテストをしてもらいます」
そこに書かれていたのは、とんでもない化け物だった。
D-1は僕らがいつも乗っている機体だ。そのスペックは簡単に言ってしまえば、バランスがいい。取り立ててエンジンがハイパワーなわけでも、ラダーやエルロンなんかの舵取りの反応が良いわけでもないが、すべての標準値をクリアするきわめて平凡的な、逆に言えば最も信頼できる機体だ。
だが、この書類に書かれている機体は、エンジンの軽量化とパワーアップの両立に成功したのか、エンジンを、装甲を軽量化して機体自体の加速を高めている。最高速度はD-1の1.5倍近い、しかし、それに伴うようにして重量は十数キロ軽くなっていた。
重くない飛行機はそれなりに安定しない、だが、早い飛行機には弾丸も当たらない。ミサイルを捲くることだってできるだろう。だが、反面当たった時のリスクは高い。僕が前回やったような当たりつつも反撃という手段が使えなくなる。何故なら当たった時にはもうエンジンまで弾丸か貫通している可能性もあるからだ。
正直言って、僕はこんな機体に乗りたくない。
横目で吾妻を見た。僕と同じように機体のスペックに驚いている。
僕は反論しようと大尉を睨む。
「君達は各部隊の優秀者。だからこそ任せる。OK?」
大尉の口元がいやらしく歪んでいる。
先手を打たれた。拒否権なんて、ないじゃないか。
受け入れなさい。そういう風に作られた事を呪いなさい。それが貴方の役割です
歌うように、大尉は言った。いや、これは僕の妄想か。
「二人にはコンビを組んでもらい、吾妻にはストライカーを、功刀にはウォッチャーをしてもらいます」
「ストライカー?ウォッチャー?」
「ストライカーは実際に戦闘をする者、ウォッチャーはその戦闘を記録する者です」
つまり、僕は吾妻を記録しろ、と。簡単だ。戦闘もしなくていい。簡単なんだけど……
「あの……記録以外は?」
「一切の行動を認めません。もちろん、戦闘も」
案の定、そんな悪夢のような言葉が吐かれた。つまり、ずっと吾妻に喰らいついて、離れず、敵の銃弾にも反撃するな…と。
「テスト機をおじゃんにするつもりですか?」
「スペアはまだまだあります、機体も、操縦者も」
僕は心の中で肩をすくめた。やっぱり、おかしいと思ったんだ。わざわざ、こんなおあつらえ向きの仕事がくるなんて……僕みたいなインスタントなヤツじゃないとこなせないと思ったんだろう。
僕の内心を察したのか、大尉は柔らかな、異様なほど柔らかな微笑を作る。
「大丈夫です、今回も上手くするから」
誰もそんな心配はしていない。
「それでは、今日、機体を受領してください。今日からはこの機体が貴方達の相棒ですから」
突拍子も無い相棒も居たものだ。そんなものが相棒なら、怖くて背中なんて任せられない。
僕は礼をすると踵を返した。
「それでは、後ほど」
きっと、大尉の口にはまたあのいやらしい笑みが浮かんでいるのだろう。
「はい、また、後ほど」
気分が悪そうな声、吾妻だ。無理をして笑顔を作っているのだろうか…馬鹿馬鹿しい。僕は大尉の執務室のドアを開けると駆け込むようにして出て行った。




