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男女比偏極社会  作者: 綾汰


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平野雫 第5話 「休み」

翌朝。


目が覚めると、いつものように時計を探していた。


七時十分。


その数字を見た瞬間、胸がざわつく。


「会社……!」


勢いよく起き上がりかけて、動きが止まった。


昨日のことを思い出した。


春樹さんの言葉。


――まずは休みましょう。


ベッドに座ったまま、深く息を吸う。


会社へ行かなければ。


そう思う自分と、もう行きたくないと思う自分が胸の中でぶつかり合っていた。


枕元のスマートフォンが震える。


画面には、春樹さんの名前が表示されていた。


『おはようございます。ちゃんと眠れましたか』


短いメッセージだった。


続けて、もう一通届く。


『今日は何もしなくて大丈夫です。ゆっくり休んでください』


その一文を読んだだけで、肩の力が抜けていく。


「……休んでも、いいんだ」


誰かにそう言ってもらえたのは、初めてだった。


私のスマートフォンが震え、着信音が鳴った。


春樹さんからだろうかと思ったが、さっきメッセージを送ったばかりだ。


画面に表示されていたのは、上司の名前だった。


「もしもし」


「あ、平野さん? 体調どう? もし動けるなら、今から来てほしいんだけど」


私は言葉に詰まった。


本当に大丈夫なのかと聞かれても、自分でも分からない。


(休むって、ちゃんと言わなきゃ……)


「あの、平野さん? 聞こえてる? 今日は人手が足りないんだよ。一時間でもいいから来られない?」


「あ……すみません。その……」


声が出ない。


喉が締めつけられたように苦しかった。


そのとき、昨日の春樹さんの言葉が頭の中によみがえった。


『大丈夫です。平野さん』


その一言を思い出すだけで、心と体が温まって、不思議と肩の力が抜けていく。


「あの……今日は休ませていただきます」


「え? 困るよ。みんな頑張ってるんだからさ」


「申し訳ありません。でも、今日は休みます」


少しだけ震える声だった。


それでも、自分の意思で言えた。


「ちょっと平野さん──」


最後まで聞かずに通話を切った。


胸はどきどきしていた。


それなのに、どこか清々しかった。


まるで子どもの頃、ずる休みをした日の朝みたいだった。


「今日は……何しよう」


仕事がない日は、いつも何もする気になれず、ベッドの上で一日を終えるだけだった。


(……せっかくだし、外に出てみよう)


家を出て、近所の公園へ向かった。


ベンチが一つ。


少し錆びたブランコ。


子どもの頃は大きく見えた滑り台は、今見ると意外と小さい。


階段の向こうにある林からは、鳥のさえずりが聞こえてくる。


風が葉を揺らし、夏の匂いを運んできた。


自然の中にいるだけで、少しずつ心が軽くなっていく。


「また来ようかな」


私はベンチに腰を下ろした。


「ああ~疲れた~」


空を見上げながら、何も考えずにぼんやり過ごす。


……そう思ったのに、仕事のことが頭に浮かんできた。


毎日終電近くまで働いて、休日は眠るだけ。


私は何のために働いていたんだろう。


最初は好きなものを買うためだった。


旅行にも行きたかったし、美味しいものも食べたかった。


それなのに、いつの間にか働くために働く毎日になっていた。


目指していた未来が、どんなものだったのか思い出せない。


視界の端に、ブランコが映る。


(乗ってみようかな)


恐る恐る腰を下ろす。


少し窮屈だった。


足で地面を蹴る。


前へ。


後ろへ。


風が頬をなでる。


少しずつ高くなる。


子どもの頃は、もっと高く漕げた気がした。


「どっちが高く漕げるか競争しよう」


そんなことを言って遊んでいた友達の顔が浮かぶ。


(今、何してるんだろう)


連絡先、まだ残っているかな。


ポケットに手を入れる。


……ない。


そうだ。


今日はスマートフォンを家に置いてきたんだった。


仕事のことを考えたくなくて。


上司から鬼電が来ているかもしれない。


私はブランコを降り、滑り台へ向かった。


周りを見渡す。


誰もいない。


階段を一段ずつ上る。少し、足にだるさを感じた。


子どもの頃は長く感じた階段も、あっという間だった。


腰を下ろす。


「ああ……懐かしいな」


自分の子どものころを思い出し、その記憶に浸る。あの頃の毎日は、きらきらと輝いていた。


体を前へ預ける。


ゆっくり滑り始めた。


風が顔に当たる。


景色が少しずつ流れていく。


その時間は、ほんの数秒しかなかった。


それでも十分だった。


滑り終えた私は、思わず笑っていた。


こんなふうに笑ったのは、いつぶりだろう。


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