↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男女比偏極社会  作者: 綾汰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/49

朝霧美夏・第1話 「胸のざわめき」

映画館を出たあと、


夕方の風が頬を撫でた。


「霧崎くん、あのシーン……よかったわね」


自分の声が、


どこか上ずっている気がした。


映画の余韻に浸っているだけ――


そう思いたかった。


後ろを歩く橋本の足音が、


少しだけ遅い。


彼女の表情は、


どこか沈んで見えた。


(橋本……あなた、気づいてるの?


 私が……こんな気持ちになってることに)


胸の奥が、


またきゅっと痛んだ。


映画のせいじゃない。


これは――もっと別の何か。


霧崎くんが、


私の横で歩いている。


その距離が、


妙に近く感じた。


(……どうしたの、私)


自分の心が、


自分のものじゃないみたいだった。


◆


家に帰ると、


部屋は静かだった。


ソファに座ったまま、


しばらく動けなかった。


(今日……何があったのかしら)


映画館での会話が、


頭の中で反芻される。


「課長、こういうの好きなんですか?」


あのときの霧崎くんの声。


暗闇の中で、


少しだけ私の方を向いた横顔。


(あれは……ただの会話よ。


 仕事仲間として当然のやり取り)


そう言い聞かせても、


胸のざわつきは消えなかった。


橋本の表情も思い出す。


あの子は、


霧崎くんを見るとき、


まるで光に照らされたみたいに顔が変わる。


(あの子……気づいてるのよね。


 自分の気持ちに)


そして――


私の気持ちにも。


胸の奥が、


また痛んだ。


(……私、どうしたいの?)


答えは出なかった。


◆


霧崎春樹が入社した日のことを思い出す。


初日、


緊張した面持ちで挨拶をしていた。


でも、


声はしっかりしていて、


礼儀正しかった。


(ああ、この子は大丈夫ね)


それが第一印象。


仕事を任せてみると、


驚くほど丁寧で、


誠実で、


報告も連絡も相談もきちんとしていた。


(最近の男性にしては珍しいわね)


そう思った。


霧崎くんと話すとき、


目が合うとドキッとしてしまう。


目を合わせるのは会話の基本なのに、


彼の前だとそんな簡単なことができない。


霧崎くんのせいにしたくない。


きっと私がおかしいんだ。


でもなんでだろう。


いつもと違うのに、


悪くない。


むしろ胸の高まりを感じるような気持ちを抱いている。


(私、どうしたのかしら……)


今日は会社の重役が集まる大切な会議がある。


またとない機会だから、


霧崎くんに出席をしてもらった。


男性が会議に参加するなんて、


この会社では前代未聞のことだけど、


きっと大きな転換が見られるはず。


◆


霧崎くんを会議室に案内して、


彼と一緒に会議室へ入った。


それまでのざわざわとした空気が、


一瞬にして静まった。


会議室内には、


異様な空気が漂っている。


(すごい……


これが男性の影響力なのね……)


ただ彼は会議室に入っただけなのに、


一瞬で場の空気を変えてしまった。


そんな彼は、


たいして表情を変えず堂々としている。


(肝が据わっているわね……)


普通の男性なら、


大勢の偉そうな、


競争意識のあふれた女性たちの目にさらされたら、


すぐに逃げ出してしまってもおかしくない。


けれど彼は逃げ出さず、


むしろ歓迎されているかのように会議室を見渡して、


目で挨拶をしていた。


「今回の会議では男性の研修生が見学に入ります。


 緊張感をもって、


 会議を建設的に進めましょう」


「席はこちらを」


彼を後ろの席に座らせて、


緊張感が最初からピークを迎えている会議を始めた。


そのあとにあった簡単な重役や担当者の自己紹介は、


完全なる失敗で終わった。


なにせ男性に直接見られているのだから仕方がない。


記憶に残らせたいという思いの前に、


"いやな思いをさせたくない"という気持ちが前面に出ていた。


「では、今期の新規企画案について議論を始めます」


◆


会議は順調に進み、


橋本さんと協力して重役への説得もうまくいった。


霧崎くんの一声で、


重苦しい空気ががらっと変わったように感じた。


改めて、


男性の影響力の強さを感じた。


会議が終わって、


彼が橋本と話している姿を見たとき、


ほんの少し胸がざわついた。


(……何、この感じ)


そのときは気のせいだと思った。


仕事の疲れだと、


自分に言い聞かせた。


でも、


霧崎くんが誰かと笑っていると、


胸の奥がちくりと痛むことが増えていった。


(私……そんなはずないわよね)


大人だから。


上司だから。


恋なんて、


もう遠いものだと思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。