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男女比偏極社会  作者: 綾汰


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第26話 余韻

映画が終わって映画館を出た。

ちょうどいいところにファミレスがあったので、

4人で店に入る。


「いらっしゃいませー」


テーブル席に着き、注文を決めた。


「今日の映画どうでした?」


野々花さんが口を開く。


「とてもよかったです。特に雰囲気が」


「どんなシーンが印象に残りました?」


「主人公が音楽に合わせて踊るシーンですかね。

 若さゆえの踊りのぎこちなさがよかったです」


「なるほど。

 周りの目を気にして、踊りながら好きな人のもとに近づくシーンが良かったですね」


「野々花さんは?」


「私は、織羽が主人公の手を引いて

 暗がりの路地でキスしたシーンですね。

 普段自分からアピールをしなかった彼女が、

 自分の思いに耐えられないかのように主人公を誘うのは……

 心がドキッとしました」


「そこ、いいですよね」


映画の感想の話で盛り上がりながら、

昼食を済ませた。


テーブルの上には食べ終わった皿と、

それぞれのドリンクバーのグラスだけが残った。


「……それにしても、すごい映画でしたね」


橋本さんがストローをくるくる回しながら言う。

その表情はどこか余韻に浸っているようだった。


「うん。ああいう“夏の一瞬”って、

 なんであんなに胸に残るんだろうね」


野々花さんが頬杖をつきながら微笑む。


「きっと……戻れないからだろうな」


美夏課長が静かに言った。

その声は、映画のラストシーンのように落ち着いていて、

どこか切なさを含んでいた。


「戻れないからこそ、輝く。

 恋も、夏も、そういうものだ」


その言葉に、

橋本さんがふっと目を伏せる。


「……私も、あんなふうに誰かを想ってみたいです」


小さな声だったが、

テーブルにいた全員が聞こえていた。


「橋本さんなら、きっとできますよ」

野々花さんが優しく言う。


「そうかな……」


「うん。だって今日の映画の話してるとき、

 すごく楽しそうだったもん」


橋本さんは照れたように笑い、

ストローを噛んで視線を逸らした。


その横顔を見ていると、

胸の奥が少しだけざわつく。


(……誰かを想う、か)


映画の中の華凛と織羽の姿が、

ふと頭に浮かぶ。


禁じられた恋。

短い夏。

それでも惹かれ合う二人。


「霧崎さんは?」


橋本さんがこちらを見た。

その瞳は、映画の余韻を映したまま揺れている。


「え?」


「霧崎さんは……

 今日の映画、どんなふうに感じましたか?」


真正面から問われて、

少しだけ言葉に詰まる。


「……誰かを想う気持ちって、

 やっぱり強いんだなって思いました。

 性別とか、立場とか、そういうのを超えて」


そう言うと、

橋本さんはゆっくりと微笑んだ。


「……やっぱり、霧崎さんは優しいですね」


その言葉に、

美夏課長がくすっと笑う。


「そうだな。

 霧崎くんは、恋を語るときの表情がいい」


「えっ……」


野々花さんまで頬を赤くして言う。


「なんか……映画の主人公みたいでしたよ」


(……なんでそうなるんだ)


けれど、

3人の視線がどこか温かくて、

否定する気にもなれなかった。


ファミレスの窓から差し込む昼下がりの光が、

4人のテーブルを柔らかく照らしていた。


映画の余韻はまだ消えず、

それぞれの胸の中で静かに揺れていた。



ファミレスを出て、

それぞれの方向へと別れたあと、

私は一人でアパートへ向かった。


夕方の風が少し冷たくて、

映画の余韻がまだ胸の奥に残っている。


(……恋って、あんなふうに人を動かすのか)


そんなことを考えながら階段を上がると、

アパートの前で誰かが電話をしているのが見えた。


「……はい、今日ですか。

 ええ、すぐ戻ります……」


疲れ切った声。

見覚えのある後ろ姿。


平野雫さんだった。


電話を切ると、彼女は深いため息をついた。

その瞬間、私に気づく。


「あ……霧崎くん。おかえり」


「ただいまです。雫さん、仕事ですか?」


「うん……。

 “急ぎじゃないけど今日中に”って、いつものやつ」


苦笑しながら言うが、

その目の下には薄いクマができていた。


「大変ですね……」


「まあね。でも、誰かがやらないと回らないから。

 私がやらなきゃ、って思っちゃうんだよね」


責任感の強さが滲み出ていた。

でも、その強さが彼女をすり減らしているのもわかる。


「……雫さん」


「ん?」


「転職、考えたことないんですか?」


雫さんは一瞬だけ目を見開いた。


「……あるよ。

 でも、私が抜けたら困る人がいるし……」


「雫さんが倒れたら、もっと困る人が出ますよ」


その言葉に、雫さんは黙った。

視線を落とし、指先でバッグの紐をいじる。


「……霧崎くん、優しいね」


「事実を言っただけです」


「ふふ……そういうところ、好きだよ。

 でもね、転職って怖いんだ。

 今より悪くなるかもしれないし、

 また一から人間関係作らなきゃいけないし」


「でも、今のままじゃ……雫さんが壊れます」


雫さんはゆっくりと息を吐いた。


「……そうだね。

 今日みたいに、リモートだの休日出勤だの……

 “またか”って思う自分が嫌になる」


「だったら、変えてみてもいいんじゃないですか?」


しばらく沈黙が続いた。


やがて雫さんは、

どこか吹っ切れたように小さく笑った。


「……霧崎くんに言われると、

 本当に変わらなきゃって思えるね」


「雫さんなら、どこでもやっていけますよ。

 例えば、私が勤めている会社とかどうですか?」


「……ありがとう。

 ちょっとだけ、前向きに考えてみる」


そう言って、雫さんはうつむく。


そのとき――


「霧崎さん、平野さん、こんにちは」


「あ」


「どうも」


小百合さんが部屋から出てきて、

私たちに挨拶をした。


「何かあったんですか?」


「いや、仕事の話を……」


「はい……」


「そうなんですね」


小百合さんはそう言いながら、

ちらりと雫さんの顔を見た。


雫さんは疲れた笑みを浮かべたまま、

「じゃあ、行くね」とだけ言って階段を降りていった。


残されたのは、

どこか気まずそうに立つ小百合さんと、

映画の余韻と雫さんの言葉が混ざったままの私だった。


雫さんが階段を降りていったあと、

小百合さんと二人きりになった。


「……仕事の話、してたんですね」


小百合さんはそう言いながら、

どこか心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「はい。雫さん、かなり疲れてるみたいで」


「……そうですよね。

 最近、帰りが遅い日多かったですし」


小百合さんは唇を噛んだ。


「霧崎さん……雫さんのこと、助けてあげたんですか?」


「助けたというか……

 ただ、転職を考えてみてもいいんじゃないかって」


「……霧崎さんらしいですね」


小百合さんはふっと笑った。

その笑顔はどこか安心したようで、

でも少しだけ寂しそうでもあった。


「雫さん、変われるといいですね」


「はい。きっと大丈夫ですよ」


そう言いながら、

私は階段の下に消えていった雫さんの背中を思い出す。


(……あの人は、昔の自分に似ている)


誰にも頼れず、

責任だけを抱えて、

壊れそうになっていた頃の自分。


だからこそ、

雫さんには同じ道を歩いてほしくなかった。


「霧崎さん?」


小百合さんが首をかしげる。


「……あ、ごめん。ちょっと考え事を」


「ふふ。

 霧崎さんって、誰かのことを本気で考えるとき、

 すごく優しい顔しますね」


その言葉に、

胸が少しだけ熱くなった。


(……雫さんも、小百合さんも。

 みんな、ちゃんと救いたい)


そんな思いが、

静かに胸の奥に灯っていた。


__________________________


次の話から橋本さん視点になります。

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