第25話 映画
映画館に入って、映画のチケットを買う。
映画の名前は「Summertime Sadness」だった。
「楽しみですね」
橋本さんがこちらを見て言う。
「そうですね。とっても楽しみです」
観る席は左から順に、
野々花さん、橋本さん、美夏さん、私だった。
映画が始まる。
◆
1983年の夏。
長野県の山間にある静かな避暑地で、
17歳の高校生・華凛は、
大学教授である父の研究を手伝うために
アメリカからやって来た24歳の大学院生・織羽と出会う。
華凛は織羽の強気な態度に反骨心を抱いている。
しかし、二人は商店街を自転車で駆け巡ったり、
縁側で一緒に本を読んだりして距離を縮めていく。
今は二人が水辺で遊んでいるシーンだ。
「え?! ちょっと!」
水辺の近くで寝転んでいた織羽が急に水辺に落ちる。
どうやら華凛をからかいたかったようだ。
「もう!」
華凛は怒ったように声をあげるが、
その表情は明るく、素敵な笑顔だった。
そんな彼女に織羽は見とれていた。
そして、華凛が自分の近くに飛び込んだことで
顔に水がかかった瞬間、
はっとなって照れを隠すように
織羽は華凛に抱きついた。
「やったな!」
「あはは!」
二人の時間は永遠だった。
ふと横にいる美夏さんを見つめると、
彼女は微笑みながら織羽たちを見つめていた。
美夏さんがこちらを見つめてきた。
そして口を開く。
「今のシーンすごくよかったな」
美夏さんが小声で感想を伝えてくれた。
私は微笑んでうなづいた。
橋本さんと野々花さんがこちらを見て、
二人で何か囁いているような姿を、
私は視界の端で捉えた。
◆
場面は移行し、
織羽たちは近くで行われている祭りに行くことになった。
二人きりではなく、
ほかに数人連れての移動だった。
華凛は織羽がほかの女性と話しながら歩いている姿を見て、
嫉妬しながらも、
何もせずにただ織羽を見ながら並行して歩いていく。
祭りでは華凛は音楽に合わせて踊る。
華凛の赤い浴衣は彼女の情熱、熱意、恋の炎を表しているようで
とても美しかった。
祭りでは彼女は織羽に対して直接的な行動は取れない。
なぜならそれはこの世界ではタブーだから。
禁断の恋。
それでも彼女たちは止まらず、
祭りを抜け出して暗がりで熱いキスを交わす。
自分らしく、自由に。
そのまま織羽の住んでいる場所で一夜を過ごす。
そして短い夏が終わりに近づき、
二人は別れることになった。
列車に乗っている織羽を、
華凛は駅で見つめている。
華凛は夏の悲しみに溺れる。
たとえこの先会えなくても、
彼女たちはこの夏を生涯忘れないだろう。
横にいる美夏さんを見ると、
彼女は涙を流していた。
暗い劇場の光に照らされたその横顔は、
普段の凛とした課長の姿とは違って見えた。
(……こんな表情もするんだ)
そう思った瞬間、
胸の奥が少しだけ熱くなる。
橋本さんのほうを見ると、
彼女は唇を噛みしめながら画面を見つめていた。
涙はこぼれていないが、
その目は明らかに揺れている。
野々花さんは、
ハンカチをぎゅっと握りしめていた。
彼女は感情が表に出やすいタイプなのだろう。
頬が赤く、目が潤んでいる。
映画はクライマックスへと進む。
織羽を乗せた列車がゆっくりと動き出す。
華凛は必死に涙をこらえながら、
その背中を見送る。
「全て……忘れない」
その声は震えていたが、
確かに強さを持っていた。
夏の終わり。
恋の終わり。
でも、心の中には永遠に残るもの。
エンドロールが流れ始め、
劇場内に静かな音楽が満ちる。
しばらく誰も言葉を発さなかった。
やがて、
美夏さんがそっと目元を拭いながら言った。
「……いい映画だったな」
その声は少し掠れていた。
「はい……すごく綺麗でした」
橋本さんが小さく答える。
「二人とも……切なかったですね」
野々花さんも涙声で続ける。
私は深く息を吸った。
「恋って……
誰に向けても、こんなに強くなるんですね」
そう言うと、
三人が同時にこちらを見た。
橋本さんは、
何か言いたげに視線を揺らしながら。
野々花さんは、
優しく微笑みながら。
そして美夏さんは、
どこか意味深な目で。
「霧崎くん」
美夏さんが静かに言う。
「恋は……
“誰かを想う気持ち”そのものが美しいんだ。
性別も、立場も、関係ない」
その言葉は、
映画の余韻と混ざり合って胸に染み込んだ。
(……そうかもしれない)
誰を好きになるかなんて、
本当に“たまたま”なのかもしれない。
劇場を出ると、
夕方の光が街を淡く照らしていた。
4人で並んで歩きながら、
私はふと気づく。
この中の誰かを、
自分はすでに特別に見ているのかもしれない。




