第23話 セットアップ
小百合さんと機材を買った後、
私の部屋に来てもらい、一緒にセットアップをすることになった。
小百合さんとともに部屋に入る。
「これが霧崎さんの部屋……なんか落ち着きますね……」
「そ、そうですか?」
自分の部屋が落ち着くと言われたことがないので照れてしまう。
そんな表情を隠すように、先に部屋の奥へと進む。
「ここです」
自分の机の周りに機材を置いた。
USBマイクを開封して、二人で説明書を覗き込む。
距離が自然に近くなる。
「ここ、押さえててもらっていいですか?」
「こうですか?」
指が触れそうになる。
私は気にしていないふりをした。
マイクテストをしてみることにした。
「……テスト、テスト、聞こえますか?」
「はい……いい声ですね」
小百合さんの顔が赤くなった。
次に配信ソフトであるOBSの画面を作ることにした。
小百合さんが椅子に座り、
私が横から覗き込む。
「ここをこうして……あ、違う違う、戻して……」
「すみません、こうですか?」
「そうですそうです! 霧崎さん飲み込み早い!」
二人で笑いながら進めた。
「非公開のテスト配信をしてみましょう」
画面に映る私の顔を見て、小百合さんがぽつりとつぶやいた。
「……なんか、配信者っぽいですね。
すごく……かっこいいです」
「あ、ありがとうございます」
セットアップを終えると、小百合さんは帰った。
帰る前、小百合さんが袋を抱えながら言う。
「今日はすごく楽しかったです。
霧崎さんと一緒に作った配信……
なんだか特別な気がします」
そして小さく、
「……また、手伝わせてくださいね」
と微笑む。
私もその言葉にうなづき、微笑んだ。
小百合さんを見送ったあと、
部屋の中に静けさが戻った。
机の上には、
さっきまで二人で触っていたマイクやケーブルがそのまま残っている。
(……本当に来てもらったんだな)
ついさっきまで、
すぐ隣に小百合さんがいて、
笑ったり、照れたり、真剣に画面を見つめたりしていた。
その光景がまだ鮮明に残っていて、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……かっこいい、か」
彼女が言った言葉を思い出すと、
どうしても顔が熱くなる。
誰かにそんなふうに言われるなんて、
いつ以来だろう。
いや、そもそも言われたことがあっただろうか。
(……頑張らないとな)
マイクをそっと持ち上げる。
小百合さんが「大事にします」と言っていた猫型カバーも、
袋の中で揺れていた。
配信を始める理由は、
最初はただの興味だった。
でも今は違う。
小百合さんが背中を押してくれた。
誰かに見てもらえるかもしれない。
誰かの心を少しでも軽くできるかもしれない。
そんな期待が、
静かな部屋の中でゆっくりと膨らんでいく。
◆
翌朝、会社に向かう道を歩きながら、
昨日のことを思い返していた。
(……あの距離感、慣れないな)
机の前で肩が触れそうになった瞬間。
マイクテストで褒められたときの照れた声。
帰り際の「特別な気がします」という言葉。
どれも胸に残っていて、
思い出すたびに心がざわつく。
会社のビルが見えてくる。
いつもと同じ朝のはずなのに、
どこか違って見えた。
受付に向かうと、
野々花さんが明るい声で挨拶してくれた。
「おはようございます、霧崎さん!」
「おはようございます」
「なんか今日、雰囲気違いますね。
いいことありました?」
「え、そうですか?」
「はい。なんか……楽しそうです」
図星だった。
思わず言葉に詰まる。
(……顔に出てるのか)
エレベーターに乗りながら、
昨日の小百合さんの笑顔がまた浮かんでくる。
そのとき、
胸ポケットのスマホが震えた。
画面を見ると、小百合さんからのメッセージ。
「昨日のテスト配信、すごくよかったです。
また一緒にやりましょうね」
その一文だけで、
今日一日の気分が決まってしまう気がした。
(……よし。今日も頑張ろう)
そう思いながら、
私はフロアへと向かった。




