第22話 甘く、縮まる距離
仕事を終えて帰路に就く。
今から小百合さんと機材を買いに行くつもりだ。
待ち合わせ場所は決めていなかったが、部屋の前でいいだろう。
「集まるのは部屋の前でいいですか?」
「大丈夫です」
小百合さんにメッセージを送ると、返信がすぐ来た。
小百合さんも楽しみにしているのかもしれないと、勝手に思っていた。
アパートの前に着くと、小百合さんが上の階からこちらを見おろしていた。
小百合さんはこちらに気づいて手を振ってくれた。
私もすぐに振り返した。
彼女の笑顔が印象的だった。
部屋の前に向かった。
小百合さんに一言断った後、部屋に入り支度をして、小百合さんに会いに行った。
「行きましょうか、霧崎さん」
「はい。行きましょう」
小百合さんは、黒のスキニーに白いパーカーという、
配信者らしいラフな格好だった。
シンプルなのに妙に似合っていて、思わず見とれてしまう。
「身バレしないように目立たないようにしているんですよ。
もっときれいな服のほうがよかったかな......」
小百合さんはそう言うが、彼女に似合っている服を否定させるのは避けたい。
「小百合さんらしくて素敵ですよ」
「......っ」
小百合さんは一瞬目を丸くして、
それから少しだけ視線を逸らした。
「そ、そういうことさらっと言うんですね......」
耳がほんのり赤い。
「正直言うと...事実ですから」
「うぅ......霧崎さん、たまに破壊力高いです......」
彼女は小さくぼやきながらも、
どこか嬉しそうに笑っていた。
◆
二人で駅前の大型家電量販店へ向かう。
夕方の街は人通りが多く、
ネオンや看板の光が少しずつ夜の色に変わり始めていた。
「配信機材って、最初はどんなものを揃えればいいんですか?」
「最初ならそこまで高いものじゃなくて大丈夫ですよ。
マイクとイヤホン、それとWebカメラがあれば十分始められます」
「なるほど......」
「霧崎さんってゲーム配信とか雑談とか、
どんな感じのことしたいんですか?」
小百合さんがこちらを見上げながら尋ねてくる。
「まだはっきり決まってはいませんが......
誰かが少しでも楽しいと思えるものを作りたいです」
「……っ」
小百合さんは立ち止まりかけた。
「それ、すごく素敵だと思います」
彼女の声は、
いつもの少しふわふわした雰囲気よりも真剣だった。
「私、最初はただ寂しくて始めたんです。
でも、コメントで“元気出ました”とか言われると、
また頑張ろうって思えて……」
「......はい」
「だから、霧崎さんならきっと向いてますよ。
優しいですし」
胸の奥が少し熱くなる。
(優しい、か......)
自分ではよくわからない。
でも、彼女にそう言われるのは嬉しかった。
◆
店内に入ると、
配信機材コーナーには色とりどりの商品が並んでいた。
マイク。
オーディオインターフェース。
リングライト。
配信用キーボード。
「すごいですね......」
「最初はみんなこうなります。
私も最初ここ来たとき、三時間くらい見てました」
「三時間.....」
「気づいたら閉店音楽流れてました」
小百合さんが恥ずかしそうに笑う。
彼女に案内されながら、
初心者向けのUSBマイクを見る。
「これは音質いいですよ。
雑談もゲームもやりやすいです」
「なるほど....」
「あと霧崎さん、声すごく聞き取りやすいので、
たぶんマイク映えします」
「そうなんですか?」
「はい。落ち着く声してます」
そう言われると妙に照れる。
◆
しばらく機材を見て回ったあと、
小百合さんがふと立ち止まった。
「...あ」
彼女の視線の先には、
猫の形をした小さなマイクカバーが並んでいた。
「かわいいですね」
「...こういうの、つい買っちゃうんですよね......」
小百合さんは猫型カバーを手に取り、
少し悩むような顔をしている。
「買うんですか?」
「うーん.....でも今月ちょっと使いすぎてて.....」
「なら、今日のお礼としてプレゼントします」
「えっ!?」
小百合さんが勢いよくこちらを見る。
「い、いいですよそんなの!」
「いつも相談に乗ってもらっていますから」
「でも......」
「嫌でしたか?」
「嫌じゃないです!」
彼女は慌てて否定したあと、
顔を真っ赤にした。
「......じゃ、じゃあ....
大事にします」
その笑顔は、
配信で見せるものよりずっと柔らかかった。
◆
会計を済ませ、店を出る。
夜風が少し涼しい。
小百合さんは買った袋を胸の前で抱えながら、
どこか嬉しそうに歩いていた。
「霧崎さんが配信始めたら、
絶対見に行きますね」
「ありがとうございます」
「たぶんコメントもしちゃいます」
「それは心強いです」
「ふふっ」
彼女は楽しそうに笑った。
駅前の歩道橋を渡る。
街の光が遠くまで広がっていた。
「......なんか不思議ですね」
「何がですか?」
「少し前まで、
隣に誰が住んでるかも知らなかったのに......
今はこうして一緒に買い物してるんですから」
「確かにそうですね」
「...私、霧崎さんと話すの好きです」
彼女は前を向いたまま、
小さな声でそう言った。
胸が静かに高鳴る。
だが、その感情に名前をつけるには、
まだ少しだけ勇気が足りなかった。
恥ずかしそうに手元をいじる彼女が心に残った。




