第20話 新しい日常
「貞操逆転学園」のページを閉じると、
部屋の中が急に静かになった。
(......続きが気になるな)
けれど、今はそれよりも
今日の出来事のほうが頭から離れなかった。
橋本さんの笑顔。
白いワンピース。
名前で呼び合った時間。
夕焼けの海。
(...透香さん、か)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
そして、もう一人。
野々花さんの明るい声。
猫カフェの約束。
嬉しそうに送られてきたメッセージ。
(...あの子も、すごくいい子だよな)
二人の余韻が、静かな部屋の中で交互に浮かんでは消えていく。
そのままベッドに倒れ込み、
ゆっくりと目を閉じた。
◆
翌朝、会社に向かうと、
いつもよりざわついた空気が漂っていた。
「おはようございます」
「おはようございます、霧崎さん!」
受付の野々花さんが、
いつもより少し明るい声で挨拶してくれた。
今日のヘアスタイルはヘアアップで、
綺麗な黒髪をもつ彼女にとてもよく似合っていた。
「昨日はありがとうございました!
また行きましょうね!」
「はい。ぜひ」
その笑顔に、胸が少しだけくすぐったくなる。
「今日の髪型似合ってます」
「あっそうですか? ありがとうございます!」
「素敵です」
週明けにこんなに爽やかな気持ちになったことがあるだろうか。
彼女と別れてエレベーターに乗ってフロアに着くと、
今度は橋本さんがこちらに気づいた。
「お、おはようございます春樹さん!」
昨日の余韻が残っているのか、
彼女の声はどこか弾んでいた。
「おはようございます、透香さん」
名前で呼ぶと、
橋本さんは一瞬固まり、
次の瞬間、耳まで真っ赤になった。
(...かわいい)
そんなことを思ってしまった自分に、
少しだけ戸惑う。
◆
午前中の仕事が落ち着いた頃、
突然フロアの奥から声が上がった。
「ちょっと! 誰か来て!!」
美夏課長の声だった。
慌てて駆け寄ると、
課長のデスクのパソコンが真っ黒になっていた。
「急に画面が消えて...資料が......!」
「落ち着いてください。
電源は......あ、ケーブルが抜けかけてますね」
そっと差し込み直すと、
画面がゆっくりと復帰した。
「......あっ、戻った......!」
美夏課長は胸を押さえて、
ほっと息をついた。
「霧崎くん.....ありがとう...
ほんとに助かった...」
その目は、
いつもよりずっと柔らかかった。
(......昨日、橋本さんが言ってた“惚れてる”って話、
まさか....)
考えないようにしても、
胸の奥がざわついた。
◆
仕事を終えて帰宅すると、
部屋の静けさが一気に押し寄せてきた。
(......俺も、何かを始めたい)
昨日の小百合さんの配信。
「もっと近くで誰かに見てほしい」という言葉。
あれがずっと胸に残っていた。
机の前に座り、
ノートパソコンを開く。
「配信 始め方」
「必要な機材」
「初心者 マイク おすすめ」
検索欄に文字を打ち込むたび、
胸が少しずつ高鳴っていく。
(......俺にもできるだろうか)
不安はある。
でも、それ以上に
“やってみたい”という気持ちが強かった。
小百合さんにメッセージを送る。
「配信の準備を始めようと思います。
また相談させてください」
数分後、すぐに返信が来た。
「もちろんです!
一緒に頑張りましょうね!」
その言葉に、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
もしかしたら、小百合さんと機材を買いに行くなんてことになるかもしれない。
(...よし)
霧崎春樹の、新しい一歩が始まろうとしていた。




