第13話 朝の霧
今日は野々花さんとのデートの日だ。
まだ時間があるので近所の公園で散歩することにした。
玄関の扉を開けると、隣の人の扉が開いた音がした。
音のしたほうを見ると、この前の男性だった。
「こんにちは」
「こんにちは!」
相手は薄着で、いかにもこれから運動しに行く人の格好だった。
私も同じような格好だ。
彼の肌はきれいだった。
「運動しに行くんですか?」
「は、はい。ジョギングをしようかなと」
「なるほど。健康的ですね。私はこれから散歩に行きます」
「そうなんですね。よ、よかったら一緒に歩きませんか?」
一人でジョギングするような男は、この世界で私くらいだろうから、
彼は女性だろう。
彼女はなぜ男装をしているのだろうか。
「いいですよ。行きましょうか」
「はい!!」
近所の公園と池は歩いて20分くらいかかる。
往復するだけでもいい運動になると思う。
彼女と二人で池の周りを歩く。
「私は大学生です」
「そうなんですね」
「女性しかいない大学で、男装をしている人も多いんですよ」
「そうなんですね。似合ってますよ」
「そうですか? ありがとうございます。男性本人に言われるとうれしいです」
彼女は顔を赤くして、短くて白い髪を撫でた。
その仕草に女性らしさを感じて、ドキッとした。
「きれいな白い髪ですね」
「っ! ありがとうございます」
私はどちらかといえば短い髪のほうが好きだ。
彼女は完璧だ。
「実は私、配信活動をしていて、結構人気があるんですよ?」
「そうなんですか? 私はその分野には疎くてよくわかりませんが気になりますね」
今までは仕事が忙しくて、見る余裕などなかったが、
今なら楽しめるかもしれない。
この世界の配信業界はどうなっているのだろうか。
「もしよかったら今度の配信、見に来てください!」
「もちろんです」
「よかった!!」
彼女の配信名を教えてもらい、スマホに記録する。
「あの…もしよかったら連絡先教えて下さい…」
前の世界では、大人が大学生と親身になるなど御法度だったが、
この世界はどうなっているのだろう。
「もちろんいいですよ」
そう言ってスマホを差し出すと、
彼女はほっとしたように笑った。
「ありがとうございます…!」
その笑顔は、男装の雰囲気とは違って、
年相応の女の子らしさがあった。
彼女と連絡先を交換している最中、前から人が走ってきた。
「霧崎君?」
顔を上げると、美夏課長がそこにいた。
「美夏課長……」
「??」
「こんなところで会うなんてね」
「そうですね。課長はジョギングですか?」
「そうよ」
美夏課長はジョギングが趣味だと聞いたことがある。
「そちらの男性は?」
「あっ」
「えーと」
「園原小百合そのはらさゆりです。女です」
「そうなのね。男性かと思いました」
「私も男性か女性か最初はわかりませんでした」
「えへへ…」
美夏課長の視線が、私たちの間を静かに行き来する。
「彼女とはどういう関係なの?」
「彼女は私が住んでいるアパートで、私の隣の部屋に住んでいます」
「そうなの。お隣さんなのね」
「はい。一緒に散歩に行くことになって…」
「なるほど…それじゃあ、私は先に行くわ」
「はい。また今度」
「ええ」
美夏課長は先に行ってしまった。
「職場の上司ですか?」
「はい」
「きれいな方ですね」
「はい。尊敬しています」
「男性なのに働いていらっしゃるんですね」
「ええ」
「すごいですね!」
「ありがとうございます」
美夏課長のことが気になっていた。
休みの日にここに来れば、また会えるだろうか。
私は池を一周したくらいで帰ることにした。
彼女は体型維持のためにこれからジョギングをするらしい。
その後、美夏課長は見当たらなかった。
でかい池だからだろうか。
「ではまた」
「はい! 配信絶対見てください!」
「分かりました!」
家に帰ってシャワーを浴びた。
心の靄は晴れなかった。
頭に浮かぶのは、さっきの美夏課長の横顔だった。
次から投稿は18時にします。




