第9話 現実
見慣れた扉を開けると、ごみ溜めであった。
いつもの通り私の住んでいるアパートの一室の前に立つと、
私の名前が書かれた表札があった。
私の住む場所は変わっていないようだった。
だが、扉を開けてみるとこれである。昨日までとはまるで違う。
床が散乱した空のペットボトルで見えなくなっている。
唯一、ベッドの上には何もなかった。
昔、叔父の部屋を覗いた時を思い出した。
彼の部屋も空のペットボトルが散乱していてひどい有様だった。
扉を少し開けてのぞいた時、
かろうじて見えたのはベッドの上にいる叔父の毛の生えた足だった。
その時、私は怖くなって逃げた。
彼は俗に言う、ニートだった。
私の部屋も同じような有様になっている。
(これは処理がめんどくさそうだ)
私は近くのコンビニに向かい、
手袋と多くのゴミ袋を買った。
とりあえず、ペットボトルをまとめて袋に入れて、
近くのごみ捨て場に置くことにした。
片づけを進めていると、誰かの足音がした。
「え?」
目の死んだ女性がこちらに気づいて呆然としている。
「こんばんわ」
「え?」
「……(にこっ)」
(反応をミスったかもしれない……)
この世界の私が具体的にどんな生活を送っていたかは知らないが、
こんな風に挨拶などしなかったかもしれない。
彼女とはどういう関係だったのだろう。
私の部屋は、エレベーターを右に曲がってすぐの場所にある。
私の部屋の左右に部屋が一つずつあり、
左の部屋でここの通路は行き止まりだ。
ここに向かってきたということは、
私の部屋の左右どちらかの部屋に住んでいることになる。
つまり、彼女はお隣さんだ。
「今、私は部屋の片づけをしています」
私は両手にゴミ袋を抱えている。
「なるほど……?」
「今から捨てに行きますね」
そう言って私は彼女の横を通り、ゴミ捨て場に向かった。
彼女はスーツ姿だった。
目に生気はなく、雰囲気に諦念が漂っている。
まるで、昨日までの私を見ているかのようだ。
エレベーターまでの曲がり角に差し掛かったとき、
ちらっと彼女のほうを見た。
彼女は私の部屋の右に位置する部屋に入っていった。
前の世界では、そこの部屋にはおっさんが住んでいたはずだ。
私もおっさんだが。
ゴミ出しのために数回往復して、
とりあえず部屋の中を歩けるようにはしたが、
いまだゴミは残っている。
(続き……明日から本気出すか)
私はベッドに横たわり、今日のことを脳に焼き付ける。
もし、これが疲労によるとんでもない幻覚だったら、
私は明日からどんな気持ちで出勤すればいいのだろうか。
そんなことを考えているなかで、
私の意識は消えた。
朝起きるといつものように身支度を整える。
片づけを進めなくてはならないので、今日は早めに起きた。
ゴミを集めて袋に入れる。
ゴミ捨て場に行くためにドアを開ける。
そのとき、隣のドアも開いた。
横を見ると、昨晩の彼女であった。
私はどっと安心感に包まれた。
想像はしたくないが、
昨日のことがすべて幻だとしたら、
私はいつものように会社で馬車馬のように働かされていただろう。
「おはようございます」
まだ呆然としている彼女に声をかける。
「ま、幻じゃなかった……」
彼女は私のことを幻だと勘違いしていたようだ。
「(くすっ)今日はいい天気ですね」
(今日は本当にいい天気だ……)
きれいな青空が見える。
今日の空はいつもより何倍も美しく見えた。
まるで、人生をやり直せるぞと言われているかのようだった。




