第10話 心が浮つく朝
「今日はいい天気ですね」
「そ、そうですね」
「えっと、お名前は?」
「平野雫です」
「私は霧崎春樹です」
目の前の女性と話を続ける。
彼女の髪型はポニーテールで、私と同じ身長なので、スタイルがとても良い。
彼女はこれから出勤するようだ。
「これから出勤ですか?」
「はい…」
「頑張ってください(にこっ)」
「はいいいいいい」
彼女は顔を上気させて、張り切った様子で走り去っていった。
今日は金曜日だ。
休みの予定はどうしようか。
片づけを終えて、最寄り駅へと向かう。
今日は男性専用車両に乗ることにする。
どんな男性がいるのか知りたいからだ。
入ってみると誰もいなかった。
朝早くから電車に乗る男性は少ないのだろうか。
私はいつものようにラノベを読み進めることにした。
ラノベでは、入学式の翌日に主人公はヒロインである男装ヒロインにまた接近した。
この世界の男女の距離としては異常なまでに近いが、主人公は目の前の人物がまさか女だとは思ってもいないので、図らずも、彼女の心情はめちゃくちゃである。
クラスの女子からは「男子の絡みが尊い…」などと、腐ったような言葉を出して無事、天に召されている。
そして、もう一人のヒロインである神崎瑠璃は、彼女が男装していることに気付いているらしい。
女の勘というやつだろうか。
いくつかの駅を通り過ぎた後、一人の男性が入ってきた。
ブクブクと太っている。
椅子の上で寝転ぶつもりのようだ。
幸せそうだ。
あまり見ないようにする。
ここでのマナーはよく知らないので、これが普通かもしれない。
またラノベの続きを読んだ。
乗り換えをする駅を降りると、美夏課長を見かけた。
「美夏課長、おはようございます」
「っ! おはよう」
彼女の顔が赤くなっている。
うれしそうな笑みを浮かべているので、これからも挨拶をしよう。
「美夏課長は、休みの日は何をされているのですか?」
「そうね…映画やアニメを見たり、ジョギングをしたりしているわ」
「それは素敵ですね。」
「ありがとう。あなたはどうなの?」
「私は小説を読んだり、おいしいものを食べに行ったりしますね」
実際は仕事の疲れで怠惰な一日を過ごす時も多いが。
「なるほど…今度の休みは何をするつもりなの?」
「駅前にある漫画喫茶に行こうかなと思っています」
「いいわね!」
そんな風に話していると、待っていた電車が来る。
「付き添いの人がいれば、普通列車に私は乗れるんですか?」
「? そうね。そんな人滅多にいないけれど」
「じゃあ一緒に乗りませんか?」
「え? 私と?」
「はい」
そういって、美夏課長と普通列車に乗り込む。
「え? 男?」
「なんで?」
「男の匂い…」
女性の反応は相変わらずだ。
「私も健康のためにジョギングしたいですね」
「……なに普通に会話を続けているのかしら」
「美夏課長がいれば安心ですよね」
「そ、そうね…」
美夏課長の顔が赤くなる。
かわいらしい。
彼女に恋人がいるかどうか気になるのだが、どのように聞けばいいのだろうか。
「休日なら大半の人は家族や友達、恋人と過ごすと思うんですが、
私には残念ながら恋人はいません」
「そうなの? 彼女くらいいると思ってたわ…」
「私に恋人はできたことはありません」
「え?? そうなの? 私もだわ…」
どうやら、有能で美人な彼女でも恋人はできたことがないらしい。
電車が駅に停まったので、降りて会社へと向かう。
会社の外観は変わらないが、中身は大きく変わっている。
出社への道も変わらないが、
いつもと違って、道中の私の心は浮ついている。




