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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第七部『そして伝説へ』

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97/113

97「ノイレンは薄利多売。」

 カーツォ姉妹が興奮の舞台を踏んだ夜が明けた翌朝、ナディア、サフィアとノイレンの3人の姿はまたまた支部の中庭にあった。陽光(ひ)が射し込むにはまだ早いから薄暗くてひんやりしている。

 周りを囲む四棟の建物から支部に勤める人たちが3人に注目していた。

「ねえ、どうしてもやるの?」

 向かい合って剣を構えている2人に向かってサフィアが呆れ気味に訊いた。

「当たり前だ。こいつを倒さねば気が済まん。」

「へっ、上等じゃんか。またこてんぱんにしてやるぜ。」

 ナディアとノイレンは内心ワクワクが止まらない。二人とも剣士としての本能が疼いている。

「姉さん一度もノイレンに勝てないじゃない。」

 サフィアは右手を腰に当てて言っちゃいけないことを言ってしまった。

「そんなものはやってみなければわからんっ!」

 ナディアはキっと妹を睨んだ。

「そうだぜサフィア。諦めずに食い下がっていけばいつかは勝てたりするもんだ。ま、わたしは負けないけどな。」

 ノイレンは左手をぐーぱーしてナディアを挑発した。

「そういうことだ。サフィアは下がっていろ、そこにいると危ない。」

 ナディアもやる気満々で少しも引く気はない。左のダガーを前に突き出して左前に構え、右のブロードの剣先をノイレンの首あたりに向けている。

 サフィアがその場から退避するのが合図とばかりに二人は睨み合いながらもサフィアの動きを気にしている。するとサフィアは代わりにこんなことを言い出した。

「やっぱりおかしいわ! 私たちは商人なんだから、勝負するなら商売の腕で競うのが筋でしょ。」

「わたしは商人じゃないつってんだろ。」

 ノイレンが即拒否すると、ナディアもそれに合わせるようにサフィアの提案を却下した。

「そうだぞサフィア。キニロサ(この街)に来たばかりの他所者(よそもの)の黒髪と、7歳からここにいる私とでは公平な勝負にならん。見知らぬ土地での商売がどれだけ難しいか、お前ならよくわかっているだろう。たとえ黒髪にハンデをくれてやったとしても、万が一にも勝てるわけがない。そんな勝負はつまらん。」

「なんだと? わたしが負けるってのか? ふざけんなよ。金を稼ぐのでもあんたにゃ負けないぜ。」

 ナディアに負けると決めつけられたのがノイレンに火をつけた。

「そうよ姉さん。こう見えてノイレンて案外ダンスで稼ぐのよ。昨夜(ゆうべ)見たでしょ。アデナの酒場じゃあれよりもはるかに多かったんだから。バカにしてると恥をかくわよ。それに商売での勝負なら姉さんだって勝てるかもよ。」

 サフィアはノイレンのようにニヤリと口角を上げて姉を挑発した。

「あたりまえだ。さっきも言ったがキニロサ(ここ)での商売なら黒髪に負けるわけがなかろう。いくらお前が認めても所詮は他所者だ。先代の支部長からイロハを学んできた私に敵うはずあるまい。」

 ナディアは構えを崩すことなく、その目にノイレンを捉えたまま答えた。

「そんなのやってみなきゃわからないじゃない。さっき姉さんが言ったことよ。」

 サフィアは何がなんでも剣での果し合いは止めたいらしく、姉のあげ足を取った。そう言われるとナディアには反論する言葉がない。渋い表情になり、小さく呟いた。

「ならば、その勝負でも私は構わん。」

 剣と違って勝ちの見えている勝負にいささか不満が残るという口振りだ。

「だ、そうよ。さあノイレンはどうするの?」

 サフィアは腰に手を当てたままノイレンに視線を向けた。

「へっ、どんな勝負だろうとやってやろうじゃんか。剣以外でもこてんぱんにしてやるぜ。」

 うまいことサフィアに乗せられてしまった。サフィアは二人に気づかれないよう含み笑いをした。


「それじゃ期間は今日を含めて3日。明々後日(しあさって)の朝に判定しましょう。何を売るか、どこで売るかはそれぞれの自由。ただし相手の邪魔はしないこと。いいわね?」

「ああ構わん。」「いいぜ。」

 かくして2人は商売で雌雄を決することになってしまった。



 ノイレンは早速馬さんに乗って出かけた。酒場を探しにいったのだ。ここ連日踊っている酒場だけでは稼ぎは高(たか)が知れている。それではナディアに勝てない。そこで数軒の酒場を掛け持ちしようというわけだ。一日にステージに立つ回数が多ければ多いほどチップを稼げる。

「ねえ馬さん。わたし早まったかな? なんかうまいことサフィアに乗せられた気がしてきた。」

 ノイレンは馬さんの横顔を覗くようにして呟いた。

「ぶひん。」

 是とも非とも取れる返事を馬さんはした。

「なあわんこたちはどう思う?」

 うしろをついてくる犬たちにまで訊いた。犬たちは笑顔で、舌を出してノイレンを見上げた。


 その頃ナディアは支部の倉庫にいた。隊商から仕入れた外国の品々を物色している。

「よし、これだけあればかなりの額になる。ふん、ダンスごときではさして稼げまい、やはり私の勝ちだな。さて商談に出かけるとしよう。」

 ナディアは足取りも軽く意気揚々と外出した。


 一方ノイレンは酒場を見つけると手当たり次第に「踊らせてくれ」と交渉していた。初めて見る顔に新鮮さを感じて快く受け入れる店もあれば、「ダンサーはいらねえよ」と門前払いをくらう店もあった。

 あちこち歩き回って数時間。あと一時間もすれば日が傾くほどになっていた。

「よっしゃあこれで3軒だ。ヤシャダム(おやっさん)のところと合わせれば4軒。かなり稼げるぞ。」

 ノイレンも意気揚々と今日最初に見つけた店に向かった。



 ノイレンとナディアが出かけたあとの支部ではサフィアが一人で監査の仕事をこなしつつ勝負の行方を心配していた。

『ノイレン頑張ってね。姉さんに乗っ取りを諦めさせて、私の計画に加担させるにはあなたの腕(・)が必要なんだから。頼んだわよ。』

 スワンバンを弾く手を止め、窓の外を見やった。そこに支部に勤める年配の女性がお盆に載せたお茶を持って現れた。

「サフィアお嬢様、東方のお茶を淹れましたよ。どうぞ飲んでください。」

「ありがとう。さすがヤァヤね。私の好みがよく分かってる。」

 サフィアがヤァヤと呼んだのは先代の支部長の妻。親代わりとなって育てたナディアのために、夫を病気で亡くしたあとも、こうして支部で働いていた。

「ありがとうございます。お嬢様のことならなんでも覚えておりますよ。サフィアお嬢様が会長に連れられて初めてここにいらっしゃったのは5歳のときでした。久しぶりにナディアに会えたってそれはもうたいへんに喜んでいましたね。」

 ヤァヤは懐かしそうに遠い目をして話し始めた。

「あれって私5歳だったんだっけ?」

「そうですよ、ナディアが10歳でしたからね。」

「ヤァヤ、本当によく覚えているわね。」

「サフィアお嬢様はお帰りになるとき『お姉ちゃんと離れたくない』って泣き叫んで会長を困らせておいででした。」

「そ、そんなことも、あったかもしれないわね・・・」

 サフィアは赤面し穴があったら入りたくなった。

「どうかこれからもご姉妹仲良くなさってください。ナディアはああ見えて弱いところもある子ですから。」

 ヤァヤはサフィアの目をしっかと見つめた。サフィアもヤァヤの目を真っ直ぐに見返して頷いた。


 その日の夜ノイレンが支部に戻ってきたのは日付が変わってからだった。

「ずいぶん遅かったわね。」

「ひゃあっ!」

 誰も起こさないようにと抜き足差し足でこっそり歩いていたのに、自分の部屋へ入る直前うしろからサフィアに声をかけられてポニーテールが逆立つくらいノイレンはびっくりした。

「まだ起きてたのか?」

「あのね、いつまでも帰ってこないから心配で待ってた人に言うことかしら?」

「あはは、ごめん。いやあ今夜は4軒酒場をはしごしてきたんだ。たんまり稼げたぜ。」

 チップでいっぱいになった麻袋をサフィアに見せた。とても重そうだ。

「それはわかったけど、気をつけなさい。あなた黙ってればそこそこなんだから不埒な輩に目を付けられるわよ。」

 ノイレンは片方の口角を上げると、ネオソードの柄に嵌っているオレンジの石をさすった。

「へっ、そういう奴らはコイツで撃退してやるぜ。ん? 黙ってればってどういう意味だ?」

 そこまで言ってサフィアの意味深な言葉に気づいて訊き返した。

「そのままの意味よ。あなた鏡見たことないの?」

「見たことくらいあるよ。師匠が使ってた鏡を毎日磨いてたから。」

「だったらわかるでしょ。」

「なにが?」

 サフィアは眉をしかめて目を閉じた。ここまでノイレンが自分の見た目に無頓着だとは思わなかったらしい。

「とにかく、気をつけなさい。相棒のあなたに何かあったら困るもの。」

「わかったよ。疲れたからもう寝る。おやすみ。」

「おやすみなさい。」


 ナディアとの商売対決二日目の朝が来た。

 いつもの時間に目を覚ましたノイレンは走りに出かけようとして、中庭に足が向いた。

「いるわけないか。」

 なぜかナディアがいるような気がした。まだ日が昇るには間があるから中庭は暗いし冷え込んでて寒い。

「ん?」

 気を取り直し走りに行こうとして微かな音に気がついた。どこからか剣が風を切る音が聞こえてくる。ノイレンは中庭を取り囲む四棟の建物をぐるっと見回した。ナディアの私室の窓が空いていてそこから聞こえてきていた。

「ナディアもこの時間から稽古してんだ。」

 ノイレンはなぜか嬉しくなった。それで心が弾んできた。

「負けねえぞ。」

 ノイレンは開いている窓を睨むように見て走りに出かけた。

 私室で素振りをしているナディアはふと手を止め窓の外を見やった。

「誰かいる?」

 中庭を覗いたが、真っ暗で何かいてもよく分からない。まるで底なしの淵を覗き込んでいるように感じた。

「気のせいか。」


 朝食を終えたノイレンは支部の納屋の中で頭をフル回転させていた。

 支部の納屋に置いている馬さんの世話をし、その後そこでわんこたちと戯れて時間を過ごしつつ頭の中はぐるぐる別のことを考えていた。

「わん、わん。」

 わんこたちが寄ってたかってノイレンの顔を舐め回す。ノイレンはわんこたちの頬やおなかをもふもふしたり、くるんと丸めてブンブンさせているしっぽをぐにゅっと掴んだりして遊んでいる。

「ん~、こうしている間も稼げたらいいのになあ。」

「わん?」

「酒場のやってる時間しか稼げないんじゃもったいないよな。わんこたちもそう思うだろ?」

「わん。」

「酒場以外で稼げたらいいんだけどな。なんかいい方法ないかな?」

「わわん!」

 わんこたちがノイレンの顔を独占したくて飛び上がったり、仲間の間をすり抜けたりとさまざまな手を試みてその長い舌をノイレンに向かって伸ばしてくる。その様子を見ていたノイレンはあることを思い出した。

「そうだ! バク宙だ。」

「わん?」

「昔大道芸人がバク宙してたのを見て、わたしにもできるはずと練習したんじゃん。そうだよ、大道芸みたいに広場で踊ったらいいじゃん。それなら朝でも昼でもできるし、それだけ稼げるんじゃね?」

 ノイレンはニカっと笑ってわんこたちの頬をぎゅう~っと両手で挟んで変顔をさせた。

「よし、そうとなったら今から行くぞ。お前ら付いてこい。」

 ダンス衣装に着替えたノイレンは馬さんにまたがり、わんこたちをお共に街の広場へ出かけていった。



 広場に行く途中ノイレンは通りすがりの人たちの注目を集めた。サフィア曰く『黙っていればそこそこ』の年頃の女性が露出度の高いダンス衣装を着て馬に跨っているのだ。恥ずかしがるそぶりもなく堂々とその肌を見せていることに人々は驚き、眉を顰(ひそ)めたり、鼻の下を伸ばしたりしていた。

 広場に着くと馬から降りたノイレンはパンパンと手を叩いて通り過ぎていく人々の目を自分に向けさせた。

「みんな! これからダンスすっから見てってくれよ!」

 そうして自分で手拍子しながらスキップを踏むように歩き回り、行き過ぎる人たちの足を止めさせた。

 数人が足を止めてくれたところでノイレンは踊り出した。酒場で踊るときのように伴奏がないのが物足りなかったが、ノイレンの笑顔とその容姿、そして露出度の高い衣装とたおやかな仕種、滑らかな動きが十分人々の心をそそった。

 踊っている途中でノイレンは馬さんと一緒に端で待機していたわんこたちにむかって「わん!」と吠えた。するとしっぽをブンブン振ってダンスに乱入してきた。見ていた人たちは驚いたが、ノイレンは笑顔でわんこたちと戯れるように踊った。

 ノイレンが片足を上げるとその下をわんこが通り抜けていく。ノイレンがつま先から着地して次の足を上げるとまたわんこたちが股の間をくるくると抜けていく。ノイレンが腰を折り手を伸ばしてわんこの顎を撫でるようにその薬指の長い手を添わせると「くぅ~ん」とわんこが鳴く。その様子が面白くて観衆の間から笑いが漏れる。

 またノイレンが両手を頭の上に伸ばして上体を大きくうしろに反らせて「わんっ」と吠えると、3匹のわんこたちは次々とそのノイレンの身体の上を飛び越していった。

「おおお~。」

 観衆たちはその大道芸のような見世物に感嘆して拍手を送った。

 ノイレンは観衆に近づくとにっこり微笑んでショルダーシミーを間近で見せる。小刻みに揺れる上半身と長いポニーテール。観衆が鼻の下を伸ばしたところでわんこたちがノイレンに絡んでくる。まるでサーカスのようにわんこと共演するノイレンに観衆は鼻の下が伸びたまま笑顔になる。

 そういったことを繰り返しているうちにいつの間にか黒、金、茶、赤と様々な山の人だかりができていた。

 最後にくるんと一回転してカーテシーで締めくくると観衆から喝采が上がった。ノイレンは用意していた麻袋を持って観衆の間をめぐっていく。

「見てくれてありがとう。」

「ありがとう。」

「楽しんでもらえたかな?」

 一人ひとりに声をかける。ノイレンが近寄るとスっと姿を消す者、鼻の下を伸ばして”お近づき”になりたいと向こうから声をかけてくる者、笑顔で投げ銭を袋に入れてくれる者、様々な人がいた。

 人だかりがなくなったあとの広場でノイレンは少し重くなった麻袋を握りしめてニンマリした。

「この調子で稼げば結構貯まりそうだな。」

 足元で舌を出して尻尾を振っている3匹のわんこたちの頭を順に撫でて労をねぎらった。

「お前ら上手いじゃん。すごいな。よし別の広場に行くぞ。」

 ノイレンは再び馬さんに跨った。


 その頃ナディアはとある大商人と会っていた。その大商人はキニロサを拠点として、隊商が東方から仕入れてきた珍しい品々を西方諸国の上流階級に売りつけに行く行商人だった。上流階級とは貴族や高位聖職者、そこからツテを得た王族。買う側は富も権力も持っているからこそ値切るようなセコイ真似はそのプライドが許さず、いつもその商人の言い値で買っていた。

 だからナディアも”勉強”せずに売ることが出来た。

「いつもありがとう。あんたは言い値で買ってくれるから助かる。」

「なあにお互い様さ。こっちだって西方の諸侯や高(・)位(・)者(・)相手にがっぽり稼がせてもらってるからね。」

「権力のある者は値切れない、か。」

「そうそう、あいつらプライドも(・)高いからな。いいカモだよ。」

「あはは、さすがに口が悪いぞ。」

「大丈夫。下々の話なんぞ聞いちゃいねえよ。」

「それは言えてるな。あっはは。」

 ほんの一時間にも満たない談笑でナディアは金貨を50枚稼いだ。


 一方あちこちの広場を転々としながら大道芸のようなダンスを披露していたノイレンは、夕方になるとそのまま酒場へ向かい、そこでまっとうなダンスを披露してたんまり稼いだ。そして期日の3日目も同じことを繰り返して無事に終了。チップでぱんぱんに張った麻袋を3つも抱えて判定の朝を迎えた。



 サフィアが指定した4日目の朝、3人は再び中庭で顔を合わせた。周りの建物からは支部の人たちが心配そうに覗いている。中庭の出入り口のところにはヤァヤの姿も。

「さあ二人とも、どれだけ稼いだか見せて頂戴。」

 サフィアが用意した卓の上に二人は売り上げの詰まった袋をドンと乗せた。

 ノイレンはぱんぱんに張った麻袋が3つ。それに対してナディアは1つだけ。

「へっ、わたしの勝ちだな。」

 ノイレンは人差し指で鼻をさすりながらナディアを見た。

「そういうことは中身を見てから言ってほしいものだな。」

 ナディアはふんと鼻で笑って袋をひっくり返した。中から金貨が、まさにざくざくとたくさん出てきた。中庭を取り囲む建物の壁に反射した陽光がその黄金の輝きを美しく見せている。様子を見守っている支部の人たちから感嘆の声が漏れた。

「どうだ? お前にはこんな大金稼げまい。」

 ナディアは不敵な笑みを浮かべてノイレンの顔をのぞき込んだ。ノイレンの顔にはあきらかに悔しそうな色が浮かんでいる。

「ちくしょう。悔しいけどわたしの負けだ。」

 ノイレンはナディアの目をまっすぐに見つめて負けを認めた。彼女を見つめる目に険しさはあるが憎しみなどはない。素直に自分の負けを認め、相手の勝利を称える目だ。

「サフィア、そういうことだからお前たちは監査が終わったらさっさとシェヒルへ帰れ。ここは私が乗っ取ってナディア商会を立ち上げさせてもらう。これからはカーツォ商会と対等な取引を願いたいな。」

 卓に広がる黄金の山と、ぱんぱんに張った3つの麻袋を無言でじっと見つめている妹にナディアはそう言い放った。サフィアは姉に視線を向けると悪あがきにも聞こえることを口にした。

「ちょっと待って! まだノイレンの負けと決まったわけじゃないわ。」

「何を言っている。どうみても私の勝ちだ。こいつの稼ぎは見るまでもない、どうせ銀貨のみだろう。それもほとんどは四分一銀(クォーター)でよくても半割銀(ハーフ)、無欠損銀貨(ホール)などまずあり得ない。全部足したところで私の2割にもならん。」

「その通りよ。金額だけなら姉さんの圧倒的な勝ち。それは認めるわ。でもお客さんの人数ならどうかしら?」

「客の人数だと?」

「そうよ。私が指定したルールは何をどこで売るかは自由ってことだけ。金額の高低が勝ち負けの基準なんて言ってないわ。」

 ナディアは少し狼狽えた。妹の負け惜しみのようなこじつけに呆れと怒りが湧いてきた。

「なにを、汚いぞお前。今更そんなことが通るとでも思っているのか。」

「あら、そんなことを言うなら最初にきちんと確認すべきじゃない? あとになって聞いてないは商売にとって一番イケナイことよ。支部長を務める姉さんがそんなこと言うのはおかしくない?」

 サフィアはしてやったりという笑みを浮かべた。ナディアは言い返せなくなってその眉をしかめ、サフィアを睨みつけた。

「アデナで私がノイレンの代わりにチップを回収したから分かるの。ダンスの対価として貰える金額は確かに四分一銀(クォーター)ばかり。気前のいい人でも半割銀(ハーフ)。それもたまによ。無欠損銀貨(ホール)や、ましてや金貨なんかくれる人はいなかった。でも、一回のダンスでノイレンは大勢のお客さんを楽しませてたわ。」

 サフィアはノイレンの麻袋を一つ開けて中身を卓の上に出した。中から四分一銀(クォーター)がごろごろと出てきて円錐形の山が出来た。その山肌に半割銀(ハーフ)が数枚刺さっている。

「姉さん見て。一人のお客さんがくれるのはこの四分一銀(クォーター)1つだけ。3袋分合わせたらどれだけの人数になるかしら。つまりそれだけ大勢のお客さんをノイレンはこの3日の間に相手にしたってわけ。それに対して姉さんが相手にしたのは何人? 私の予想だけど両手でおつりがくるんじゃない?」

「確かに私が取引したのは七人だけだが。」

 ノイレンはサフィアが言わんとすることの見当が付かず雲を掴むような心持ちで聞いていた。

「それよ! 姉さんは商い勝負ときいて厚利小売(こうりしょうばい)を選んだ。つまり姉さんにとってそれが最も得意な売り方だから。姉さんはそれで上流相手に大金を稼げる。それに対してノイレンは薄利多売。客単価は小さいけれど一度に大勢の庶民を相手に出来る。商売って基本は塵も積もればでしょ。資金も信用もコツコツと積み上げることが大切じゃない。」

「たしかにそうだ。だが時には大きな勝負も必要だ。そうでなければ成功などあり得ん。」

「そうね、姉さんの言うことにも一理あるわ。大きな勝負も時には必要。でも普段の地道な積み上げはおろそかにできないわ。」

 ナディアは回りくどいサフィアに苛立ってきた。

「結局何が言いたいんだ。まさか黒髪の勝ちだとでも言う気か?」

「いいえ、引き分けよ! 今回の勝負は引き分け。金額では姉さんの勝ち。でも取引相手の多さではノイレンの勝ち。だから引き分け。」

「なんだと?!」「なにそれ!?」

 ナディアとノイレンは同時に叫んだ。

「東方ではピンキリって言うそうだけど、商品には高価なものから安価なものまであるじゃない。高価なものは裕福な人しか買ってくれない。でも安価なものは多くの庶民が買ってくれる。厚利小売と薄利多売、この両方がバランスよく出来たら素晴らしいと思わない?」

「それとこの勝負が引き分けになるのとどう関係がある?」

 ナディアはサフィアに掴みかかりそうな勢いで迫った。

「父さんと母さんは大勢の人たちと取引をして、大なり小なり積み上げてきたから今があるのよ。姉さんとノイレンは互いにそれを補い合える。そこに私が加わればここ、キニロサ支部はどこにも負けないわ。」

 サフィアはまるでエッヘンとでも言うかのように両手を腰に当てて鼻を膨らませた。

「話がずれてるぞサフィア!」

 ナディアは憮然としてツッコんだ。

「大丈夫。私たち三人がいれば無敵よ。姉さんが大きな勝負をしてたんまり稼いで、ノイレンがコツコツと積み上げる。そして私がそれを仕切る。まずはここキニロサ支部でそれを実現するの。」

 ノイレンとナディアは呆気にとられるように互いに見つめ合った。

次回予告

サフィアの掌の上で引き分けにされてしまったノイレン。釈然としないナディアを前にサフィアは心に秘めた計画を打ち明けた。それは商会の未来を背負って立つことになるサフィアにとって最重要なことだった。突拍子もない話に拒絶感を示すナディアと商売っ気のないノイレンにサフィアは二人が計画の要だと断言する。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第九十八話「姉さんとノイレンが行動派なら私は頭脳派よ。」

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