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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第七部『そして伝説へ』

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92/96

92「尻尾を掴んだわ。」

 黄土色の草原を抜け、小高い山の峠を越えるとその街が一望できた。

「あれが東方との交易の西の拠点都市キニロサ。諸外国の文化が入り混じっているからとても面白い街よ。さまざまな人や物が出入りしやすいように城壁がないのよね。でも治安は悪くないから安心して。」

「すっげーー。サフィア、サフィア、あの建物見てみろよ、屋根にでっかいタマネギ乗っかってんぞ!」

 王都やアデナと違って城壁のないその街は異国情緒に溢れていた。さまざまな様式の建物が軒を連ねている。

「あのね、あんなバカでっかいタマネギがあるわけないでしょ。あれは東方の建築様式の一つよ。」

「ケンチクヨウシキ?」

「東方の国の家ってこと。」

「東方人てへんてこな家に住んでんだな。」

「あれくらいで驚いてちゃ、この先腰抜かすわよ。キニロサにはいろんな国の人たちが住んでいるわ。あれよりももっと東、果てにある国の家なんかそりゃもうヘンテコよ。シビとか言ったかしら、屋根にドラゴンのしっぽみたいなのが飾ってあったり、魔除けに猫を置いてたりね。」

「え?! 屋根で猫飼ってんの? そりゃエサやりとか大変だな。」

「あなたね、」

 サフィアは呆れて説明する気も無くなった。


 王都での監査の仕事も無事に済ませてから5日。東方との交易の出発点キニロサにやってきた。

「それにしてもノイレンて、いく街いく街でいつもはしゃいでるけど、そんなに他の街が珍しい?」

「だって見たことないもんばっかなんだもん。」

「あなたもしかしてシェヒルから出たことないの?」

 サフィアは馬車の荷台の縁に手をかけて訊いた。

「そんなことないよ。生まれたのはタンブルだし。」

 ノイレンはサフィアとは目を合わせずに答えた。

「へえタンブルなんだ。行ったことないけど、小さいながらもいい町だって聞くわ。ね、どんな町なの?」

「う〜ん、よくわかんない。6歳までしかいなかったから。」

「あらそうなんだ。じゃあそのあとはどこにいたの?」

「いろいろ。」

「なによ教えてくれたっていいじゃない。ケチね。」

「悪かったな。」

 そこまで言ってノイレンは口をつぐんだ。そのあとは馬車の車輪と、蹄の音がのどかに響くだけだった。


 キニロサの街に近づくと懐かしい、腹の減る匂いがしてきた。

「ん! この匂い知ってる。前に"お店"でシャルキーが使ったことある調味料だ。なんだっけ、そうだ、カレーとか言ってた。」

 交易で得た東方のスパイス。それとともに輸入されたカレー。とてもいい匂いがする。

「腹減ってきたな。」

「ほんといい匂いよね。なんでこれがもっと流行らないのか不思議なのよ。」

 ノイレンは馬上で、サフィアは荷台の上で鼻をくんくんさせた。

「くぅ〜ん。」

 王都からノイレンの後をついてきたあの三匹のわんこたちも鼻を鳴らした。嗅いだことのない刺激的な匂いに食欲をそそられたらしい。

「アハハ、お前たちも腹減ったか。街に入るまで我慢だぜ。」

 サフィアはその様子を見てまた呆れた。

「もう、結局こいつらここまでついてきちゃったわね。どうする気これから?」

「うん? どうもしないよ。こいつらわたしに懐いてるし、面倒ならわたしがちゃんと見るから。」

「うちの商会は食べ物も扱ってるのよ。そんなところに動物がいるなんて衛生上良くないでしょ。」

「だってこいつらはサフィアと同じでわたしの友達だもん。ほっとけないよ。それに食べ物には近づかないよう言い聞かせるから大丈夫。」

「犬と同じにしないで頂戴。」

 サフィアは口を尖らせた。

 ノイレンは王都でフレンシャアに言われた『友達』という一言にひとかたならぬ思い入れを抱いている。

 彼がサフィアに『いい友達を持ちましたね』と言ったセリフを聞いた時、ノイレンの中でその言葉がでんと居座るのを感じた。その言葉を聞くまではサフィアに対してもそんな感情は抱いていなかった。

『サフィアもわんこたちも、わたしの初めての友達だかんな。』

 あの言葉を聞いてからノイレンのサフィアや犬たちを見る目が変わった。


「ちょっと寄りたいところがあるから、支部に行く前にそっちに行って頂戴。」

 サフィアは御者に通りを指差して命じた。馬車は言われたとおり、さまざまな国の商店が軒を並べる街の繁華街のほうへ向かった。


 サフィアは馬車を降りると腰のポーチから例の黒革の手帳を取り出してひしめき合う商店を一軒一軒覗いては、そこで扱う品々や販売価格をちょこちょことメモしていった。

「さっきから何してんの?」

 護衛として金魚のフンのようにずっとサフィアの後をついて回るノイレンは手帳に書き込まれる文字が気になってしかたない。

「相場を調べてるのよ。」

「相場って?」

「商売は生き物よ。同じものだからって常に同じ価格で売ってるとは限らないわ。その時々の状況や需要によって変えるのが常識。ここに来たらまずは現在の相場を頭に叩き込まないときちんと監査できないのよ。」

「ふ〜ん。」

 ノイレンは両手を頭のうしろで組んで自分の"しっぽ"をいじりながら聞いている。

「あなた全然興味ないって顔してる。」

「あはは、バレた?」

「もう、私とコンビなんだから少しは勉強しなさい。そんなんじゃいい商人になれないわよ。」

「わたしがいつ商人になりたいなんて言ったよ。剣とダンス、それで十分だぜ。」

「その割にはさっきから手帳を覗き込んでるじゃないの。」

「わたしが気になってんのはそこに書いてる字だよ。知らない字なら覚えたい。」

 それを聞いたサフィアは何か閃いたらしい。目を見開いてニヤリとした。そして手帳とペンをノイレンに渡した。

「私が言ったことをあなたが書いて。」

「ええ?!」

「大丈夫、知らない字は教えてあげるから。」

「よーし、やってやろうじゃん。」

 ノイレンは嬉々として書き始めた。

 後刻、「なに、このミミズが宴会してるようなのは? 読めないじゃない。」とサフィアにツッコまれ、頬をリスのようにぷうと膨らませたのは言うまでもない。



 ひととおり相場チェックを済ませたサフィアたちはカーツォ商会キニロサ支部に向かった。

「なんだこの建物?!」

 支部の建物を見たノイレンは度肝を抜かれて絶句してしまった。和洋折衷なんて言葉じゃ生ぬるいくらい洋の東西が混ざり合っている。二階建てと三階建ての建物が二階部分の渡り廊下でつながっていて、向かって左側が二階建て、右側が三階建てだ。

 三階建てのほうはこの地域でよく見られるお城のような意匠。屋根の端に塔まである。市内を展望できそうだ。それに対して二階建てのほうは東方の果ての国の様式らしく、一階部分は土か何かの白壁造りなのに二階部分は木造で窓が縦長でなく横に四角い。しかも目の小さい跳ね上げ式の格子の枠が付いている。さらに瓦葺きの屋根には見たこともない金色の魚が左右に一匹ずつエビ反るようにしている。

「・・・・・・」

 言葉が出てこないノイレンの肩をサフィアがぽんと叩いた。

「分かるわ、その気持ち。これだけはいつ見ても恥ずかしくて中に入るのが嫌になる。」

「これさ、中に入ったら強えヤツとか出てきていきなり戦うなんてことあったりする?」

「は?」

「いや、なんか知らんけどそんな感じするじゃん。ワクワクしてきた。」

「はああ?」

 ノイレンはなにか勘違いしているようだ。ここは腕試しの館ではない。

「バカなこと言ってないで入るわよ。」

 サフィアは足早に右側の三階建てに入っていった。

「待ってよサフィア。何怒ってんの?」


 サフィアは表玄関をくぐると天井に顔を向けた。その先、階上にいるはずのキニロサ支部長ナディアを見据えていた。

『ついに来たわ。ナディア、覚悟してもらうわよ。』

 そっと心の中で決意を固めるサフィアに気づいた商会の者が挨拶してきた。

「サフィアお嬢様、いや会長代理。お早いお着きで。お元気そうでなによりです。」

「ありがとう。早速で悪いんだけど(ナディアは)いるかしら?」

 サフィアは天井を指さした。

「はい、ご自身の執務室にいらっしゃいます。今お知らせしてきます。」

「その必要はないわ。」

 支部の者がナディアにサフィアが到着したことを伝えに行こうとするのを止めて、さっさと階段を上って行った。

「ノイレン遅れないでね。」

 そう言いながらも足早に階段を上っていくサフィア。

「待って。」

 ノイレンは支部の人に会釈して後を追いかけた。サフィアは二階に上がるとスタスタと廊下を進んでいく。

「ちょっとサフィア、待ってよ。ナディアて誰?」

 サフィアに追いついたノイレンは彼女の顔を覗き込みながら訊いた。

「会えば分かるわ。」

 サフィアはある部屋の前で足を止めた。他の部屋とはドアが違う。他は普通の一枚扉なのに対してそこだけ内側への観音開きの二枚扉。さすがにノイレンも普通の部屋じゃないことを肌で感じ取った。

「ここにいるの?」

 二枚扉の真ん中に立ってドアを見つめているサフィアに訊いた。

「いくわよ。」

 言い終わる前にサフィアは両手でバーンと扉を開けた。あまりの突然さにノイレンは身構えることもできず、ナディアにその姿を晒すことになった。


 ドアのところから見て部屋の真ん中に応接用のソファと卓が設置してあり、その右側に執務用の大きな机があった。そこにひとりの女性が座っていた。サフィアより明らかに年上だ。

 サフィアは応接用のソファを横切ってまっすぐ机の前まで行った。

「いきなり誰かと思えばサフィアか。父さんは一緒じゃないのか。」

「今回は私だけよ、久しぶりね、姉さん。」

「姉さん?!」

 まだドアのところにいるノイレンはそれを聞いて驚いた。だってサフィアったら姉さんと呼んだ人を睨みつけているんだもの。一方ナディアは涼しい笑顔を浮かべている。

 二人の温度差にノイレンは割り込み難く、その場で立ちつくしていた。

「なにやってるのノイレン。早くこっち来なさい。」

 サフィアが立ちつくすノイレンをも睨みつけて呼ぶものだから、おそるおそるサフィアの隣まで行くと、彼女は左の手のひらを上にして姉さんと呼んだ女性を紹介してくれた。

「紹介するわ。この人がキニロサ支部の支部長のナディア。私の姉。」

 ナディアは険しい雰囲気のサフィアを気にする様子もなくノイレンの顔を一瞥したあと腰のネオソードをじっと見た。

「誰なんだ? ウソでも妹とか言わんでくれよ。」

「こっちはノイレン。私の護衛兼相棒よ。」

「護衛兼相棒?」

「そうよ。」

 サフィアは自慢げな表情でナディアに紹介した。ノイレンはぺこりと軽く頭を下げてナディアの目を見た。

『まるでヘビかフクロウみたいだな。見つけた獲物は絶対に逃がさないという気迫がある。』

 ノイレンはそう感じた。そしてナディアのうしろにあるハンガーに彼女のらしいマントと、ソードベルトに提げられた二本の剣が引っ掛けてあるのに目が行った。

『この人のかな。やっぱ強えやついるじゃん。立ち合ってみたいな。』

「私の顔に何かついているか、黒髪?」

 黒髪と呼ばれてノイレンは一瞬自分のこととは分からずキョトンとした。

「お前のことだ、ポニーテール。」

「あ、わたし? いや、なんでもない、です。」

「ヘンな奴だな。」

 ナディアはふんっと鼻で息を吐いてかすかに笑った。


 ナディアの執務室を辞した二人は支部内にあるサフィアの部屋へ行った。渡り廊下を渡って左側の二階建ての二階にその部屋はあった。

 引き戸式のドア、それを開けると半分板間、残りの半分は板間より一段高くなっていてそこに干し草を固く編み込んだ板が縦横互い違いに敷いてある。

 ノイレンは手のひらでその表面をさすってその感触を懐かしんでいるようだ。ホームレス時代、盗んできたムシロを隠れ()に敷いてそこに寝ていたのを思い出していた。

「このムシロしっかりしてんな。手触りもいいや。」

「タタミって言うのよ。東方の果て、海を渡った先にあるジパンという国から取り寄せたの。そこに上がるときは靴は脱いでね。」

「タタミ? ムシロじゃないのか。」

 ちょっと残念というふうにノイレンは唇を尖らせて鼻とくっつけた。

「ま、材料は似たようなものだけどね。ジパンの人たちはそこで寝るって聞いたわ。」

「へえ。」

 ノイレンは少し親近感が湧いてタタミに寝転がった。

『ジパン人てみんなホームレスなんかな?』

「こら、靴は脱ぎなさいって言ったでしょ。」

「で、なんでサフィアの部屋にこれがあるの? もしかしてホームレスの真似したいとか?」

 サフィアはジト目になった。

「なんでタタミを敷くとホームレスなのよ。」

「あはは・・・」

「一休みしたら(監査の仕事を)始めるわよ。」

「ところでさ、一つ訊きたいんだけどいい?」

「何よ。」

「ナディアってサフィアの姉ちゃんなんでしょ。」

「そうよ。それがどうかしたの?」

 サフィアはトゲのある口調で返事をした。

「それだよ、なんでそんなにツンケンするのさ? わたしは兄弟とかいないからわかんないけど。」

「じきにわかるわよ。じゃ仕事するわよ。」

「ええ~、まだ休んでない。」

「つべこべ言わない!」


 二階建て側の一階に会議室がある。そこで二人は監査の仕事を始めた。

 ノイレンに支部の帳簿を読み上げさせ、サフィアはスワンバンを弾きつつ、黒革の手帳を開き、街で調査した相場と見比べている。

「これも。」

「あれも。」

「そっちもそうね。」

 サフィアはぶつぶつ言いながら手帳のページをいくつもめくっている。

「なにぶつぶつ言ってんの?」

「今教えてあげるわ、ほら、続きを読み上げて。」

 ノイレンが指示通り帳簿の読み上げを再開すると、スワンバンを弾くサフィアの指に力がこもった。

「やっぱりね。」

 サフィアはスワンバンの珠が示す数字と手帳の数字を見比べて険しい顔をした。ノイレンは訳が分からずサフィアの様子を帳簿の山の隙間からそっと覗いた。

「見てごらん!」

 サフィアは手帳をノイレンに手渡した。帳簿の山越しにそれを受け取るとノイレンは自分が書いた文字を声に出して読み上げた。

「そこだけじゃなく、もっと前のページも見て。」

 言われたとおりさきほどメモしたものよりも古いページに書かれている価格も読み上げた。

「あれ?」

「あれれ?」

 読み上げるたびにノイレンの頭にハテナマークが増えていく。

「そっちは半年前に調べた相場よ。それと今回の相場、それから帳簿の金額。ノイレンにもわかったでしょ。」

「うん、これさ、おかしくない? 値段が帳簿と手帳で全然違う。」

「ようやく証拠が固まったわ。」

 サフィアは腕組みをし、口をへの字に曲げてスワンバンの珠を睨んでいる。

「証拠?」

「わからない? 姉さんが不正してるってことよ。」

「不正?」

「横領よ。支部のお金を横取りしてるんだわ。」

「なんで、サフィアの姉ちゃんがそんなことを・・・」

「姉さんは、いえナディアはこの支部を乗っ取るつもりなのよ。その為の金策ね。」

 ノイレンは目を見開いてサフィアを見た。


 サフィアはノイレンに帳簿を数冊持たせるとナディアの執務室へ向かった。

 執務室に着くとナディアの机の上にばんっと手を叩きつけた。

「今度はなんだ? さっきといいいきなり入ってきて、何をそんなに怒っている?」

 ナディアは相変わらず涼しい顔で対応してきた。

「涼しい顔をしてられるのももう終わりよ。尻尾を掴んだわ。」

 ナディアは自分のお尻を見て尻尾を探すふりをした。

「何もないが。」

 涼しい顔でサフィアに微笑むとサフィアは机をばんばんと叩いた。

「その尻尾じゃないわよ! わかってんでしょ。」

「すまないな。お前が何を言わんとしているのか私には皆目見当が付かん。」

「とぼけないで。父さんは許しても私は許さないわよ。」

 涼しい顔で受け答えするナディアに鋭い剣幕で迫るサフィア。その横でノイレンは帳簿を抱えたままそのやり取りをただ見ていた。

 ナディアはそれでも凜とした涼しげな表情を崩すことなくにっこりとサフィアに微笑んだ。

「父さんが許すっていったい何の話だ?」

 事情はよく分からないがこのままでは平行線を辿ると感じたノイレンが口を挟んだ。

「あの、」

「なんだ?」

 ナディアは視線をノイレンに向けた。

「わたしには商売のことはよくわかんないんだけど、あんたはなんで帳簿をごまかしてんの?」

「は? 何を言うかと思えば、言いがかりは止めてもらおうか。」

 涼しい表情の裏でナディアの目つきが少し変わったのをノイレンは見逃さなかった。

次回予告

奇抜な意匠の支部になにか勘違いしてワクワクと心が踊るノイレン。サフィアの姉ナディアが支部の収支をごまかしている理由を問い詰めるがナディアはそれを話そうとしない。力づくでも聞き出してやるとナディアと対決することに。ナディアはハンガーに掛けてあった二本の剣を抜いた。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第九十三話「まだだ、まだ終わらんよ!」

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