91「いい目をしていますね。」
バルタザールは壁に飾ってある武器を手に取ると自慢し始めた。金属製の柄とトゲトゲだらけの鉄球が鎖で繋がれている。
「これは私が考案した特製のボールアンドチェーンだ。鉄球には中に比重の重い金属核を仕込み、スパイクの表面に更に小さなスパイクを無数に付けることで破壊力を従来のものより数倍高めている。こいつは一撃でフルアーマーを砕き、相手の肉をこそぎ落とし、骨を叩き折る。まさに唯一無二の最強武具だ。」
バルタザールは左手で柄を握り、右手で鎖の途中を持つとグルングルンと音を立ててトゲトゲのある鉄球を回し始めた。鉄球は直径約30センチ、スイカくらいの大きさがある。
「さあどこに打ち込んでやろうか。頭か、胴か、それとも膝か。どこに当たっても貴様の体なぞ一発でバラバラになる。ふふふふ。」
不敵な笑みを浮かべてノイレンを見ている。まるで肉塊となったノイレンの姿を想像して楽しんでいるかのようだ。
ノイレンは剣を抜くといつものように構えた。剣を前に突き出してバルタザールとの間合いを測る。彼が持つボールアンドチェーンの鎖は長く、ノイレンの間合いの外から攻撃される。
『どうすっかな。あれに当たったら相当やばいだろうし、剣で防いでも折られそうだ。』
「ノイレン気をつけて! あんなモーニングスター見たことないわ。」
構えながらどう攻撃するか考えているところにサフィアがうしろから口を挟んできた。すると受付嬢がすかさず横槍を入れてきた。
「モーニングスターではありませんわ。ボールアンドチェーンです。さすがはドロボウ猫の商人ね、区別もつかないなんて。」
「そんなの鎖があるかないかだけでしょ、どっちでもいいじゃない。それよりなんで同じ剣で戦わないのよ。」
サフィアがムキになって抗議するとバルタザールは嘲笑った。
「愚か者め。どんな得物を使おうがそんなのは当人の自由だ。これを卑怯だのズルいだのというなら、その小娘も使えばよい。ほれそこの壁にもう一つあるぞ。」
「そうだよサフィア。誰だって自分の使い慣れたものが一番なんだ。」
ノイレンはバルタザールから視線を外さずに答えた。
「さあ来い、小娘。」
鉄球の回転が速くなった。スパイクが空気を切り裂く耳障りな音がギルドのロビーを満たしていく。
ノイレンは自分からは動かず彼の攻撃を待った。
「動かぬならこちらから行くぞ。」
バルタザールは勢いのついた鉄球をノイレンに向けて放ると柄を大きく外に引いて鎖伝いに力を加えた。トゲトゲだらけの鉄球は自重と腕の振りによって勢いよくノイレンの胴目がけて迫る。
ノイレンはサッとうしろに飛び退いてそれを躱した。バルタザールはすかさず数歩前に進みながら左腕の動きだけで鉄球の軌道を修正した。まるで鎖が生きているヘビのようにうねり、鉄球は無限大記号のような弧を描いて間髪を入れずノイレンの頭に襲いかかった。
ノイレンはひょいとかがんでやり過ごし、その鎖を剣で払った。バルタザールがくいっと柄を操作する。すると鎖は生きているヘビのようにうねってグルグルと剣に巻きついてきた。
「甘いわっ!」
バルタザールが左腕を大きく上に伸ばしてうしろに反らすと、それに釣られてノイレンは剣を持っていかれてしまった。
「あっ、」
鎖のヘビに巻きつかれたネオソードはノイレンの頭上高く舞い上がりロビーの高い天井に突き刺さった。バルタザールがチョチョイと腕を動かすと鎖は難なく解けて彼の手元に。ネオソードだけが天井に残された。
「ふはは、手が届かんだろう。さあどうする?」
「ちくしょう、」
飛び上がって引き抜こうにも天井が高すぎて、さすがに手が届かない。悔しそうなノイレンの目を、バルタザールは勝ち誇った目で眺め、さらに攻撃を加えてきた。
「ほれほれ、どうした。」
トゲトゲの鉄球は無限大記号を描くように左右にぶんぶんと空気を切り裂きながら襲い来る。剣を失ったノイレンはとにかく逃げまわった。ロビーの中をつま先立ちで軽やかなステップでひょいひょいと避けまくる。カウンターを飛び越してその向こうに行くと、唸る鉄球がカウンターを破壊した。壁際に行くと、鉄球は壁に飾ってある武具を壁ごと破壊する。
「私が編み出したインフィニティアタックだ。いつまで躱せるかな。ふははは。」
スイカ大の鉄球を自在に振り回すには相当な腕力がいる。しかしバルタザールは少しも息が上がっているように見えない。
「ちくしょうめ。」
ノイレンは彼のインフィニティアタックを見切ろうと鉄球に気を付けつつ彼の腕の動きと足さばきに注視した。
「逃げてばかりでは私は倒せんぞ。」
バルタザールは勢いに乗って鉄球を振り回す。しかしいつまで経ってもノイレンにはかすりもしない。ギルドのロビーが次第に廃墟のようになっていく。少し彼は苛立ってきた。
「おのれ・・・」
ノイレンは休むことなくひらりひらりと踊るように逃げ回った。バルタザールの操る鎖がいくら生きているようにうねっても、逃げに専念しているノイレンの身軽さを封じることは出来なかった。
「へっ、どうした、あんたの攻撃はこんなものか?」
ノイレンはバルタザールの顔色を見て挑発しはじめた。
「威力が凄くても当たらなきゃなんともないぜ。」
バルタザールは自分で編み出した攻撃がまったく決まらず怒りが頂点に達した。
「小娘!」
軽やかに逃げ回るノイレンに業を煮やしたバルタザールは攻撃の手を止めた。それに合わせてノイレンも足を止めた。
「どうした、もう終わりか?」
「ふざけおって。逃げ回ってないで勝負しろ! このドブネズミが!」
バルタザールは憤怒の感情をあらわにして怒鳴った。
「へっ、わたしがドブネズミならあんたはそれに齧られるパンだな。」
ノイレンはさらに挑発する。バルタザールの総髪は逆立った。
「私を愚弄したことを後悔するがいい!」
彼は鉄球を頭の上で勢いよくブンブンと回転させるとそのままノイレンに向かって放った。ノイレンはひょいとうしろに飛んで避けると鉄球は床にめり込んだ。
「まだ逃げるか!」
「慌てなさんな。今相手してやるよ。」
ノイレンは床に転がっているもう一つのボールアンドチェーンに手を伸ばした。スイカ大の鉄球がズシリと重い。
『うわ、よくこんなのを軽々と振り回せるな。』
ノイレンは見よう見まねで鉄球を振り回そうとしたが無理だった。
「女子供に扱えるものではない!」
バルタザールはあざ笑った。
「どうかなっ!」
ノイレンは鉄球につながる鎖の根元を持つと、お尻が床に付くほどしゃがみ、勢いよく膝を伸ばして鉄球を天井に向かって投げ上げた。
「いけっ。」
天井に突き刺さっている剣に当てて落とそうとしたが、まったく届きもせずに鉄球は音を立てて床に穴を開けた。
「ふははは! 残念だったな。」
バルタザールの嘲笑がロビーに響いた。受付嬢とともに隅に避けていたサフィアが悔しがってこぶしを握っている。何か言いたそうだ。
「これならどうだっ!」
天井に届かないならと、ノイレンはさっきのように鎖の根元を持ち今度はバルタザールめがけて鉄球をぶん投げた。バルタザールに向かって飛んでいくが勢いが弱い。彼は手首をひねって柄の頭を前に向けるとそこでノイレンの放った鉄球を弾いた。
「ふはは。こういう使い方もあるのだ。」
「へっ、やるじゃんか。」
ノイレンの悪あがきのような攻撃にバルタザールは気を良くした。
「貴様にもう一つ、私が編み出した技を教えてやろう。ハリケーンフルツナー。」
バルタザールは両手で柄を握ると、両足を軸にしてブルンブルンと鉄球が水平になるほど回転し始めた。鉄球は周囲のものを破壊する。しかもまったく勢いが衰えない。その名の通り嵐だ。さらに鎖が長い分うかつに近づくと鉄球が巻き起こす嵐に巻き込まれる。ノイレンはかがんで態勢を低くしうしろに逃げようとした。
「ノイレン危ないっ!!」
サフィアが叫んだ。
「かかったな。」
バルタザールの操る鎖は生きているヘビ。まるで意志を持っているかのようにうねって、かがんだノイレンに向かって波打つ。
「なんだと?!」
ノイレンは避けきれなかった。鎖が彼女の身体にグルグルと巻きついていき、最後にトゲトゲだらけの鉄球がその鎖の上から彼女の身体をしたたかにぶっ叩いた。
「ぐぁっ!」
鎖の上からだというのにとてつもない衝撃。腹の中を直接叩かれたようだ。内臓が熱い。ノイレンは一瞬気が遠くなった。
「ノイレン!」
サフィアは足が震えた。ノイレンに駆け寄ろうにも足が言うことを聞かない。傍らにいる受付嬢はその惨状に蒼白になった。
「やっ・・・て、くれたな・・・」
ノイレンの口から血が垂れてきた。やはり内臓にダメージを喰らったようだ。
「どうだ私が開発したボールアンドチェーンの威力は。次はその鉄球で貴様の頭を潰してやる。それで最後だ。」
バルタザールがひょいひょいと柄を動かすと鎖はスルスルっと外れてノイレンの足元にズンと落ちた。支えを失ったノイレンはよろけて片膝をついた。
「だいぶ効いているようだな。そのままおとなしくしていれば頭を吹き飛ばされてもさして痛みは感じないだろう。」
バルタザールは鎖を引いて鉄球を自分の足元に引き寄せた。
ノイレンは膝をついたまま小さく息をし、整えた。内臓をやられているから大きく息を吸うと胸と腹が痛む。
バルタザールは足がすくんでいるサフィアに話しかけた。
「よく見ていろ、仲間の哀れな最後を。一生忘れられない光景になるぞ。ふはは。」
バルタザールは鎖の途中を持つとまたグルングルンと鉄球を回し始めた。ノイレンはよろめきながらも立ち上がり、右手のこぶしで口元を伝う血を拭った。
「愚かな。おとなしくしていれば楽に死ねるというのに。」
バルタザールはニヤリと笑みを浮かべ鎖を握る右腕に力を込めた。鉄球のスパイクがブォンブォンと獲物を求めて風切り音を上げる。ノイレンは足を肩幅に開き、膝を軽く曲げ、すぐにも飛びかかるぞといったように身構えてバルタザールをまっすぐに睨んだ。
「死ねっ!!」
バルタザールはノイレンの頭部に向けて鉄球を放った。ゴオっと唸りを上げて迫る鉄球。もう少しでノイレンの頭を捉えるというところで彼女は床を蹴ってジャンプすると鉄球を踏み台にして更に高く飛び上がった。
高い天井に突き刺さっているネオソードの柄にノイレンの手が届いた。
ノイレンはネオソードを天井から引き抜き、くるんと宙返りして着地すると同時に膝を大きく曲げて一気に伸ばした。
バルタザールは驚いて一瞬怯み、対応が遅れた。彼の鉄球はノイレンが蹴飛ばしたせいで床にめり込んでいる。そこからバルタザールの手元へ向かって繋がる鎖に沿うようにノイレンはぐうんと迫った。
ノイレンの目はバルタザールの首を捉えている。ネオソードの刃が彼の首めがけて飛び込んでいく寸前ロビー内に大きな声が響き渡った。
「そこまでです!」
ノイレンは動きを止めた。ネオソードの刃はバルタザールの喉笛に食らいつく寸前だった。
サフィアは表玄関に目を向けた。雷鳴のように全体に轟く声を発した人物がそこにいた。
「フレンシャアさん!」
「サフィアさん。ご無事でしたか。」
フレンシャアはにっこり笑った。それから喉元に刃を突き付けられているバルタザールを見ると嫌味をこめて言い放った。
「これはいい光景だ。バルタザール、実にあなたに似つかわしい。」
「どういう意味だフレンシャア。返答次第では貴様とて許しはせんぞ。」
バルタザールは首筋に冷たく熱いものを感じながらフレンシャアを睨んだ。フレンシャアはそのままノイレンに視線を移し、にっこり微笑んだ。
「その物騒なものをしまっていただけませんか。」
ノイレンはバルタザールを一瞥すると静かに剣を彼の首から離し、数歩うしろに下がってから鞘に納めた。
「あなたがノイレンさんですね。ベシェフェさんから話は聞いてます。」
「あんたは?」
ノイレンはなぜ彼がここに来たのか、その理由が知りたくてつい目つきが険しくなってしまった。
「これは失礼。私はフレンシャアと申します。この街で商人をしている者です。そこのサフィアさんとはよくしてもらっています。」
「わたしが訊きたいのはそういうことじゃなくて、なんであんたがここにいるんだ?」
「ちょっとノイレン! 口の利き方に気をつけなさい!」
サフィアが駆け寄ってきてノイレンの脇腹をつねった。ただでさえ内臓にダメージを喰らっているからとんでもなく痛かった。苦痛に顔をゆがめるノイレン。
「ごめんなさい、あなた怪我してたのよね。」
サフィアはそれを思い出してあわあわした。
フレンシャアはそれをニコニコしながら見ている。実にほほえましいとでも思っているようだ。
「フレンシャア、貴様何の用があって来た?」
バルタザールが割って入った。
「用があるのは私ではありません。」
「なんだと、いったいどういうことだ?」
「バルタザール、あなたは王都の武具屋の面汚しだ。そんなやつの取り仕切る武具を扱う我々商人は肩身が狭くて困る。」
「何が言いたい?」
バルタザールは眉を吊り上げて食って掛かる。そのフレンシャアの背後から騎士団長が姿を見せた。
「バルタザール貴様、近衛師団御用達の肩書を奪われたからと、とんでもないことをしてくれたな。」
「騎士団長!?」
バルタザールは慌てた。
「わかりましたか?」
フレンシャアはにっこりと笑っている。
「な、なんのことだ。」
バルタザールはそれでも白を切るが騎士団長が引導を渡した。
「この期に及んでまだ言い逃れするか。貴様の所業は近衛師団の耳にも入っている。観念するんだな。」
「まさか・・・」
バルタザールは握っていたボールアンドチェーンの柄を落とした。ズシンと重く鈍い音が響いた。
バルタザールは連行されていった。
猫背気味に項垂れた彼のうしろ姿を見届けたサフィアが腕組みをして笑みを浮かべた。
「いい気味だわ。ぎゃふんて言わなかったのが残念だけど。」
フレンシャアはにこにこと笑顔でサフィアに近づき、彼女にデコピンした。
「うきゃっ!」
サフィアは両手でおでこを押さえて下を向いた。怪我をしているところを直撃されたのだ、痛くないわけがない。
「サフィアさん、勇敢なのと向こう見ずなのは違いますよ。そんな程度ですんだからよいものの、酷い怪我でもしたらどうなさるおつもりだったんです。」
フレンシャアは穏やかな口調で、しかしぴしゃりとサフィアをたしなめた。
「すみません。」
ばつが悪そうに謝るサフィアをノイレンはニシシと笑みを浮かべながら見た。
フレンシャアは改めてノイレンを見た。
「いい目をしていますね。」
相変わらずにこにこと笑っている。
「あ、ありがとう、ございます。」
ノイレンは照れた。
「もう三十年近くも前のことですが、トラブルに巻き込まれた私を助けてくれた通りすがりの剣士がいました。あなたはその人と同じ目をしている。」
フレンシャアは視線をノイレンの剣に落とした。
「それにあなたのその剣。」
彼はネオソードの柄にあるオレンジ色の石をじっと見つめた。
「これがなにか?」
「その人もそれと同じものを提げていましたよ。」
ノイレンはどきっとした。
「これは師匠からもらったものです。」
「師匠?」
「トレランスです。」
「申し訳ありません。あいにくその人は名前を聞いても教えてくださらなかったのでわかりません。ですが、もしかしたらあなたのお師匠さんなのかもしれませんね。」
フレンシャアはにっこりと微笑んだ。
「いやあ、人の世とは実に不思議なものですね。今回もあの時と同じ目をした剣士に助けられた。しかもあの人とあなたは同じ剣をお持ちだ。これを巡り合わせと言わずしてなんと言いましょうや。ありがとうございました。」
ノイレンの心に熱いものがこみ上げてきた。
『師匠。』
フレンシャアはサフィアを見て微笑んだ。
「サフィアさん、あなたが教えてくれなければ王都の商人と武具屋の評判が悪くなるところでした。ありがとう。」
「そんな、こちらこそ助けていただいてありがとうございました。恩に着ます。」
「おやそんなことを言っていいのですか。高いですよ?」
フレンシャアはいたずらっぽく笑った。サフィアは言い過ぎたと言葉に詰まって眉がハの字になってしまった。それを見たフレンシャアはまるで好々爺のような笑顔になった。
「それにしてもあなたはいいお友達をお持ちになりましたね。羨ましいかぎりです。ノイレンさんを大切になさい。」
「はい。」
サフィアはにっこり微笑んで返事をした。その瞳に嬉しさが満ちている。
『友達。』
ノイレンの心にその言葉がどっかりと腰を下ろした。
次回予告
辛くもバルタザールに勝利したノイレン。王都での監査の仕事も無事に済み、今回の旅の最終目的地キニロサへ。またまたお上りさんになりながらも”友達”を意識しながらサフィアを手伝う。支部に着くと建物の異様さに興奮するノイレンはそこで支部長のナディアと出会う。ところがナディアにはある謀があった。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第九十二話「尻尾を掴んだわ。」




