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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第七部『そして伝説へ』

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90「ぎゃふんと言わせてやるわ。」

 ノイレンは急いでいた。

「馬さん頼むよ。」

 優しく声をかけながらも心は()いていた。

 一年で寒さが一番厳しいこの時期のカミソリのような冷気に耳がちぎれそうだ。

「あのカッパ禿げなら知ってるはず。サフィアをどこに隠したか聞き出さないと。」

 結局自警団ではサフィアの手がかりは何も得られなかった。

『ふっ、俺は何も知らん。副団長に全てを任せてある。』

 団長はざまあみろという目で嘲笑した。役割を分担することで点が線になるのを防いでいた。

「見えた、あともう少しだ、頑張って馬さん!」

「ひひん!」

 カーツォの支部まで戻ってきたノイレンの目に愚連隊と衝突している騎士団の部隊が目に飛び込んできた


「ベシェフェさん、上手くやったんだ、さすがだな。」

 ノイレンはそのままバリケードを飛び越えていこうとしたら騎士団員に阻まれた。

「女、止まれ!」

 勢いよく近づいてくるノイレンに気づいた騎士団員が己の騎馬を盾に行手を阻んだ。ノイレンは慌てて手綱を引きすんでのところで止まった。

「危ないだろ!」

「それはこっちのセリフだ。女どこへ行く?」

「わたしはカーツォ商会に雇われてる護衛だ。通してくれ。」

 ノイレンが通り抜けようとするとその騎士団員は握っていた剣をノイレンに向けた。

「貴様がカーツォの人間だという証拠は?」

「中にいる人に訊けよ。」

「今は愚連隊の連中が周りにいて危険だ。中にいる人たちを呼び出すわけにはいかん。」

 ノイレンはこの騎士団員を無視して通りたくなったがここで揉めていては時間を無駄にする。何かいい手はないものかと周りを見渡して閃いた。

 バリケードの向こう側にいる野犬たちが騒然としている状況におびえて吠えまくっている。

「見てろ、あのわんこたちをおとなしくさせてやっから。」

 ノイレンはバリケードの上から頭を出すと胸いっぱいに息を吸い込み、腹の底から大きな声で吠えた。

「わんっ!!」

 それまで騎士団と愚連隊相手に吠えていたわんこたちはノイレンの咆哮を聞いて一斉にこちらを向いた。そしてまっしぐらに駆けてきた。バリケードの向こうからノイレンを見上げてしっぽを振りながらわんわんと吠える。それまでの威嚇から親愛の鳴き声に変わっていた。

「どうだ、わたしが手懐(てなず)けたんだ。」

 騎士団員は一瞬ぽかんとしてしまったがすぐに気を取り直した。

「犬などエサをやれば誰にでも懐くだろう。そんなのは証拠にならん。」

 ノイレンはムカっときた。

「わかんねえやつだな。こいつらのエサになるか? わたしが吠えりゃ喰らいつくぞ。」

 さすがの騎士団員もそれには恐れをなした。

「どうなっても知らんぞ。」

「へっ。」

 ノイレンは馬の背からジャンプしてバリケードを飛び越え支部の中へ入っていく。そのあとをわんこたちがしっぽを振ってついていった。

「なんて女だ。」

 騎士団員は呆れた。


 支部の中では皆窓越しに騎士団の活躍を見守っている。

「ノイレンさん、お嬢様は?」

「ごめん、見つからなかった。また探しに行く。」

「騎士団が来てくれましたが、支部長がやってくれたんでしょうか?」

「たぶんね。ベシェフェさんはまだ戻ってないのか?」

「はい。まだお戻りになっていません。」

「ところでカッパ禿げは?」

「奥の部屋に移動させてます。」

「支部長室の隣の応接室です。」

「わかった、ありがとう。」


 応接室にいくとカッパ禿げが椅子に縛られていた。

「姉ちゃんよぉ、いくらなんでもこりゃ酷えぜ。俺は証言するって約束したんだぞ。それなのになんでこんな目に遭わなくちゃなんねえんだ。」

「悪いな、みんなはまだあんたを信用しきれてないんだよ。でもしかたないだろ。それだけのことをあんたらはしてたんだからさ。」

「それは、そう、だが、ごにょ、ごにょごにょ・・・」

「それよりあんたに訊きたい。サフィアが攫われた。あんたらが人質を隠すのはどこだ?」

「ふん、知らねえな。自警団は売っても仲間は売らねえよ。」

「そうか。じゃあまたこいつらにかわいがってもらうとするか。」

 ノイレンは応接室のドアを開けた。ノイレンのあとをついてきたわんこたちがそこにいた。

「うわっ、やめ、やめて。」

 カッパ禿げはちびりそうになるほど驚いて椅子ごとコケて床に転がった。転がった時頭を打って目の前で幾人もの小さな天使が飛んでいるのが見えた。

「じゃあ話せ。お前らの隠れ()はどこだ?」

「言う、言う、言うからそいつらをどっかにやってくれ。」

 カッパ禿げは身動きもできずただ震えている。ノイレンをぶっとばそうとしたときわんこたちに襲われたのがよほど恐ろしかったらしい。


 ノイレンはサフィアの部屋へ行くと彼女の私物から服を一着持ち出してきた。

「お前たちこの匂いをよっく覚えるんだぞ。」

 わんこたちにたっぷりサフィアの匂いを嗅がせた。

「よしっ、ついてこい!」

 ノイレンはわんこたちを引き連れて支部を出ていった。



 ノイレンがカーツォの王都支部に戻っていたころ、自警団の副団長が事の進捗を団長に報告すべく意気揚々と本部に戻ってきた。

「カーツォは荷物をまとめました。いや違うな。(ほぞ)を噛んで今頃王都を出ていったところでしょう。うん、それがいいな。団長の喜ぶ顔が目に浮かぶ。ひひっ、俺の株も一段上がるってもんだ。」

 愚連隊がサフィアを盾に王都からの立ち退きを要求し、カーツォの商人たちが右往左往しているのを見届けた副団長は報告のためその場を離れた。だからそのあとしばらくして騎士団が現れ愚連隊は一網打尽にされていることをまだ知らない。

「今戻ったぞ。団長は奥にいらっしゃるか?」

 ロビーに入り、その場にいた団員たちに訊いても、彼らは青ざめているだけで何も答えない。

「おい、ちゃんと答えろ。どうしたんだお前ら? 団長は奥にいらっしゃらないのか?」

 威圧的な態度で手近な団員の胸元のアーマーをぐいと掴んで問いただした。

「だ、団長は・・・」

 その団員はそこまで言って言葉に詰まった。

「なんだはっきりしろ!」

 副団長が怒鳴ると別の団員が叫ぶように声を発した。

「団長はいません! 病院へ行きましたっ!」

 副団長はまだ状況が飲み込めない。怪訝そうにその理由を訊いた。

「実は例の黒髪が、」と団員たちは話し始めた。


「なんだとっ!? それでお前ら黒髪をみすみす帰したのか?」

「・・・」

 団員たちは黙り込んで誰も答えない。みな俯いて副団長と目線を合わせない。

「なんてことだ。いくらあの黒髪が強いとはいえ、お前らが束になってかかれば取り押さえるくらいできるだろう。そうすれば団長の仇だって取れたはずだ。」

「すみませんでした。」

 ようやく返ってきた返事がそれだけだった。副団長は思案した。

『利き腕を無くしたんじゃ団長はもう使い物にならない。となると、俺が団長に昇格だ。カーツォもいなくなることだし、ようし、愚連隊がサフィアを始末したら愚連隊(やつら)を血祭りに上げるか。そうすりゃ自警団の評判も上がって、ひいては俺の評価も上がる。新団長の初仕事として申し分ないぜ。』

 副団長は周りに悟られないように心の内で笑った。

「よしお前ら、団長の仇討ちだ。黒髪を見つけ出して殺せ。」

「はっ!!」

『くう〜、たまんねえ。俺の時代がきたぜ。』



 その頃ノイレンはカッパ禿げから聞き出したあたりに来ていた。

「さあわんこたち、サフィアを探すんだ。頼んだぞ。」

 もう一度サフィアの服をわんこたちの鼻に付けて匂いを嗅がせ、深く息を吸い込むと腹の底から吠えた。

「わんっ!」

 その咆哮を合図に3匹のわんこたちは一斉に通りに散っていった。ノイレンはその中の一匹のあとを馬で追いかけた。

 わんこたちはかすかに残るサフィアの匂いをたぐって路地を駆け回る。ある建物の前に来た一匹がけたたましく吠えた。通りの向こうでそれを聞いたノイレンは馬さんの鼻先をそちらへ向けた。


 サフィアの手がかりを見つけた一匹が吠えまくる建物の出入り口が開いて、中から愚連隊の一人がのっそり顔を出した。

「うるせえっ静かにしやがれ!」

 そいつは怒鳴ると空になった酒壺をわんこに向かって投げつけた。鋭い音を立てて酒壺が粉々に割れる。わんこは破片をよけて少し遠ざかるが、その場でさらにけたたましく吠えた。

 酒壺を投げた男が表に出てきた。もう何ヶ月も水浴びすらしていないようでかなり汚く臭っている。犬の鼻には刺激が強すぎる。

「しつこい犬だな。ぶっ殺してやる。」

 そいつはわんこを蹴飛ばそうと近寄るが、臭いのせいもあるのだろう、わんこは吠えながら一定間隔を保って近寄らせない。

「びびってやがんなこいつめ。へへへ。」

 愚連隊の男は薄ら笑いを浮かべてわんこを追い詰める。そこへノイレンが到着した。

「なんだおめえ。」

 いきなり現れた馬上の剣士にも怯まずにけんかをふっかける。相当酔っているようだ。男は散らばっている酒壺の破片を拾うとそれをノイレンに投げつけて威嚇してきた。

「やんのか、ああ?」

 ノイレンは剣も抜かず馬上からそいつを見下ろした。

「サフィアを返せ。」

「ああ? 誰だって?」

 ノイレンはそれ以上男を相手にはせず馬の背からジャンプしてそいつを飛び越すとすたすたと建物の中に入っていった。

「このやろう、俺を無視すんじゃねえよ!」

 男は破片を拾うとノイレンを背中から襲うべく追いかけようとしたがわんこたちに周りを囲まれてしまった。

 わんこたちは牙を剥いて(うな)る。さすがに男も3匹に囲まれると怖さが勝った。


「サフィア! どこだ?!」

 中に入ったノイレンは大声でサフィアの名を呼びながらドアというドアを開けて探し回った。

「なんだてめえ。」

 サフィアの見張り役たちがナイフや剣を手にノイレンの前に立ちはだかった。

「邪魔すんじゃねえ!」

 ノイレンは剣を抜くと姿勢を低くしてそいつらに突進し、手首の回転を活かして連中の腕や足を軽く斬った。

「ぐあっ、」「がっ、」

 連中は次々に手に持っていた得物を落とし、斬られたところを押さえて痛みに悶えた。

「ふんっ。」

 ノイレンは剣を鞘に収めると再びサフィアを探した。

 建物の奥にあるかび臭いドアを開けようとした。が、鍵がかかっていて開かない。中からなにか物音が聞こえる。耳を澄ますと人間のうめき声にも聞こえた。

「サフィア! そこにいるのか?!」

 ノイレンは思い切りドアを蹴破った。開いた途端ネズミが飛び出してきた。ノイレンの足下を抜けどこかへ逃げていった。

「サフィア!」

 部屋の隅にある樽に縄で繋がれたサフィアがいた。

「ううう~。」

 サフィアは猿ぐつわをされていて(うめ)くことしかできない。

「ごめん。」

 ノイレンは駆け寄るとサフィアの縄と猿ぐつわを解いた。

「ノイレン!」

 サフィアはノイレンにしっかと抱きついた。

「もう大丈夫。ごめんよ。」

 ノイレンもサフィアを抱きしめた。



 自警団本部。

『幸運は備えた者に微笑むものだ。』

 カーツォの連中がすごすごと街の外へ逃げていくその光景を思い浮かべると気分がいい。副団長はロビーにある、普段団長が座る椅子に深々と腰かけて含み笑いをしていると門番をしている団員が慌てふためいて飛び込んできた。

「騎士団だ!! 囲まれた!」

 副団長は椅子から飛び起きた。

「なんだと!? 見間違いじゃないのか?」

「間違いありません、騎士団です。」

 門番が副団長の問いかけに答えているとその背後に、自警団本部を取り囲んだ騎士団の部隊長が姿を現した。部隊長の表情から状況があまりよくなさそうな印象を抱いた副団長は務めて冷静に尋ねた。

「なんですかいきなり。騎士団が我々に何の用です?」

「団長はいるか?」

「あいにくですが、団長は具合が悪くて今病院へ行っています。」

 質問してきた部隊長は手を動かして騎士団員二人を病院へ向かわせた。

「なんです、一体どうしたってんですか?」

 副団長が何も分からない振りをすると騎士団の部隊長はキっと睨んできた。

「街の治安を維持する立場にありながら、その職責をないがしろにした罪は重いぞ。覚悟しろ。」

「は? 何のことかまったく、」

 しらを切る副団長を目の前にして部隊長はまたも手を動かして騎士団員に指示した。数人の騎士団員が副団長を取り囲んだ。

「何のつもりだ?!」

「話は騎士団庁舎で聞く。おとなしく縛に付かば当面の命は保証しよう。」

「なんだと。」

 部隊長はまたまた手を動かして他の騎士団員に指示を飛ばした。

「はっ!」

 残りの騎士団員が門番をしていた自警団員に向かって剣を抜き包囲した。

「抵抗は無駄だと知れ。この場にいない者たちもいずれ我々によって捕縛される。連行しろ。」

 部隊長は堂々とした良く通る声で警告した。



 サフィアを助け出したノイレンはカーツォの支部へ戻ろうとしたがサフィアはバルタザールのところへ連れて行けと言って聞かない。

「騎士団が動いたんでしょ。だったら支部はもう大丈夫よ。だからこのままバルタザールのところへ連れて行って。ぎゃふんと言わせてやるわ。でないと気が治まらない。」

「ぎゃふんて・・・、一度戻ったほうがよくない? おでこも怪我してるし。」

「私なら大丈夫! これくらい何ともないわ。ノイレンが来なくたってなんとか逃げられたわよ。」

 サフィアは騎士団が動いたと聞いて気が大きくなったらしい。

「そんなこと言って。さっきわたしに抱きついてきたの誰だよ。」

 ノイレンはジトっとサフィアを見た。

「あ、あれは・・・あれは、そうよ、あれよ!」

「何だよ?」

 少し頬を赤くして言い訳しているサフィアを見てノイレンはいたずらっぽく笑った。

「とにかくバルタザールのところへ行って頂戴。命令よ。」

「はいはい。」

「”はい”は一回でいいの!」

「へいへい。」

「”へい”はやめなさい。」

「はーい。」

「あなたわざとやってるでしょ。」

 サフィアは口を尖らせた。ノイレンはニカっと笑顔になった。



 ノイレンの馬さんに二人で跨ってバルタザールのもとへ向かった。そのうしろをわんこたちが付いてくる。

「ベシェフェさん、騎士団を動かすとはすごいな。」

 ノイレンはサフィアを気遣っていろいろと話題を振った。

「残念だけどそれは違うわ。ベシェフェだけじゃ騎士団は動かせない。」

「なんで? 実際に騎士団動いたじゃん。」

「それならとっくに動いてるはずでしょう。こんなことになる前にね。」

 サフィアはなにかもったいぶった話し方をしている。

「それじゃどういうことだよ?」

 ノイレンが訊くとサフィアは待ってましたとばかりに得意げな顔をして答えた。

「こないだ私が頼んでおいたのよ。フレンシャアさんにね。」

「誰それ?」

「フレンシャアさんは王宮にも出入りを許されている大商人よ。王都の商人の顔役と言っていいわ。」

 サフィアはノイレンの頬に自分の頬をつけるように身を乗り出してノイレンを見た。

「あ! もしかして一人でどっか出かけたのって、」

「当たり!」

 ノイレンはジトっと半目になってサフィアを睨んだ。

「なによその目は。」

「当たりじゃねえよ。そういうことはちゃんとわたしに命じてやらせろよ。ったく向こう見ずなんだから。」

「あなたが行ったってフレンシャアさんは取り合ってくれないわよ。私でないと。」

「ならわたしも連れて行けよ、あんたの護衛なんだから。それを一人で出かけやがって。みんなを心配させといてなに言ってんだ。」

「しかたないでしょ。あなたなかなか帰ってこなかったんだから。善は急げよ。もたもたしてたら手遅れになってたわ。」

「次からはわたしを待てよな。で、そのフレンとかいうやつなら騎士団も動かせるってわけか?」

「ちょっと、言葉には気をつけなさい。彼に睨まれたらうちだって王都(ここ)から追い出されるわ。」

 冷え込む空気に耳がちぎれそうなほど赤くなっているが、サフィアが密着してくるからその背中に温かさを感じて、さっきのように身を斬られるような辛さは覚えない。ノイレンもサフィアもお互いの体温でむしろ熱くなってきている。

「その人ってベシェフェさんじゃ話を聞いてくれないのか?」

「そんなことはないでしょうけど、どうかしらね。ベシェフェって内心フレンシャアさんのことライバル視してるから、むしろベシェフェ一人では頭を下げずらいでしょうね。」

『それで一人で会いに行ったのか。』

 ノイレンは納得した。



 武具屋ギルド。

 馬に乗った二人の気の強い女たちを前にその建物は扉を閉ざしている。

 サフィアは飛び降りるように馬から降りるとギルドの表玄関を見据えた。

「さあ行くわよ。ぎゃふんて言わせてやる。」

「ぎゃふん、ねえ。」

「なによ?」

「いや、何でもない。」

 馬から降りてノイレンが表玄関を開けようと手を伸ばしかけたときサフィアが盛大に扉を蹴飛ばした。スカートの深いスリットから彼女の艶やかなその白い肌が露わになった。ノイレンは呆気にとられた。

「あんたスカートの下に何も履いてないんだろ。それでそんなに足を上げたら・・・」

 露出に関して恥じらいをあまり持たないノイレンでさえ、さすがにノーパンでのそれには抵抗があった。

「何言ってるのよ、あの時と違って見えてるわけないでしょ。」

 サフィアはお構いなしにズカズカと中へ入っていった。

「あの時?」

 ノイレンの頭にハテナが浮かんだ。

「なんですか! 乱暴な。」

 受付嬢が殴り込みのように入ってきたサフィアたちに向かって叫んだ。

「あ、あなたは、」

 サフィアのうしろにいるノイレンに気づいて受付嬢は顔が引きつった。サフィアはツカツカとわざと足音を立てて歩み寄ると、受付のカウンターにばんっと手を叩きつけて凄んでみせた。

「バルタザールを呼びなさい!」

「ひっ、」

 受付嬢は引きつって動けない。ノイレンがうしろから声をかけた。

「あんたに危害は加えない、ヤツを呼んでくれよ。」

 受付嬢は慌てて奥へ飛んで行った。

 しばらくするとバルタザールが姿を現した。

「私に用があるというのはお前たちか。何の用だ女ども。」

 バルタザールは二人の姿を頭からつま先までじろじろと見た。

「バルタ、」「わたしはサフィア。カーツォ商会の者よ。」

 ノイレンが彼の名を呼び話をつけようとしたところをサフィアが割って入った。

「カーツォ? ドロボウ猫が何の用だ。」

 バルタザールはカーツォと聞いて一気に険しい表情になった。

「あんたの企みはもう終わりよ!」

 サフィアは彼の鼻先に人差し指を突き付けて宣言した。

「何の話だ?」

「とぼけんじゃないわよ。あんたがシェヒルとフォクサルの協働に負けた腹いせにうちに嫌がらせしてきたことよ。自警団を使って愚連隊を動かしてたことも分かってんだから。」

「あっははは。いきなりやってきて何を言うかと思えば、そんな戯言(たわごと)を。言いがかりをつけるならしかるべき筋に訴えるぞ。」

 サフィアはニヤリと口角を上げた。

「できるもんならやってみなさい。なんなら騎士団じゃなくて近衛師団にでも泣きついてみれば?」

 これにはバルタザールも恐れ多いことだと目を剥いた。

「近衛師団だと? 世迷言もたいがいにしろ小娘。お前のような他所者が何を偉そうなことを言ってるんだ。」

「いつまでそうして私をバカにしてられるかしらね。あなたの吠え面が見ものだわ。」

「なんだと?! 小娘風情が生意気なことを。」

 バルタザールはサフィアの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。サフィアがうしろに身を退いてそれを逃れると、入れ替わりにノイレンが前に出てきて彼の手首を左手で掴んだ。

「そういう相手はわたしがするぜ。」

「なんだと。」

 バルタザールはジロリとノイレンを睨んだ。ノイレンは彼の手を掴んだまま剣を抜くそぶりを見せた。

「ふふふ威勢がいいな。しかし女ごときがこの私に勝てると本気で思っているのか。私はあらゆる武具に精通しているのだぞ。」

「だからどうした? 待っててやるから持って来いよ。」

 ノイレンは彼の手を離すと壁に飾られている様々な武具をちらりと目で指した。

小癪(こしゃく)な、今更詫びても許さんからな。」

 バルタザールは飾ってあった武器に手を伸ばした。

次回予告

無事にサフィアを助け出したノイレン。バルタザールをぎゃふんと言わせたいサフィアのため彼と対決するノイレンは初めて見る武器に苦戦した。傷つきながらも勝機を見出し反撃に出る。ノイレンが懸命に戦っているところへフレンシャアがある一団を連れて現れた。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第九十一話「いい目をしていますね。」

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