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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第七部『そして伝説へ』

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89/89

89「選べ。」

 右手(めて)に握るネオソードの切っ先を団長の鼻先にぴったりと合わせ、左手の指をぐーぱーして団長を挑発するノイレン。

『ちくしょう、ヘタに動くと剣を弾き飛ばされるな。』

 挑発しながらもノイレンは動けずにいた。一歩踏み出せば団長の顔を突ける位置にいるというのに手が出せない。

「どうした? 威勢がいいのは口だけか。」

 団長は剣を振りかぶったままノイレンを見据えている。

「へっ、そっちこそ。たいそうに構えたはいいけどわたしが怖いんじゃないか?」

「減らず口だけは立派だな。」

 団長は余裕を見せつけた。それもそのはず。団長が得意とするその構えから繰り出される斬撃は、野球に例えればホームランを狙った(フル)スイングのように腰のひねりも利用して横に振る。その威力はアーマーごと相手をぶちのめす。それだけの威力を団長よりも明らかに身軽なノイレンがまともに受けたら身体ごと吹っ飛ばされる。それがわかっているから団長は余裕をこいている。そしてノイレンは手が出せない。せめてこの部屋の天井が道場くらい高ければとノイレンは思った。

『だからと言ってこのままじゃどうにもなんねえ、わたしから動くか!』

 ノイレンは突きを繰り出すと見せかけて団長が剣を振り始めた瞬間にサっとうしろに飛び退いた。ノイレンの顔の前に流れていく長いポニーテールが乱れて団長の剣と戯れる。彼女の綺麗な黒髪が数本はらはらと舞い散った。

 ノイレンは床にお尻が付くほど深くしゃがみこむと、膝のばねを利用して団長めがけて飛び込んでいった。手首をひねり、切っ先が床をこするくらい寝かせて滑らせ、そして団長の足元からの滝登り。ネオソードの刃が垂直に弧を描く。団長の大振りは一撃必殺。ツベルクハウのようにすぐさま反対からの斬り返しができない。

「ぬうっ、」

 団長は上体を反らしつつ、剣から右手を離してノイレンの左腕を鷲掴みにすると彼女の腹を思い切り蹴飛ばした。

「ぐはぁっ、」

 蹴飛ばされた勢いでノイレンの体はうしろに飛んでいくが左腕を掴まれたまま。肩が抜けそうなほどに伸びた。

「こんにゃろ~!」

 ノイレンは痛みに耐え、その状態から手首をひねって刃を半円を描くように回転させ、団長の首を狙った。ネオソードの刃が勢いよく団長の首へ突進する。彼ら自警団が装着しているのは全身を覆うフルアーマーではなく、要所要所のみを守る簡素なもの。首は露出していた。

「いけぇっ!」

 ノイレンは掴まれている左腕を軸に体のひねりを加えて刃に勢いと重さを乗せて叩き込んだ。しかし団長が左肩をくいっと上げるとショルダーアーマーの丸みに沿ってノイレンの刃がつるんと滑り狙いが外れた。ノイレンはすぐさま手首を返して裏刃をもう一度団長の首に向かって叩き込んだ。

「ぐあっ!」

 団長は避けきれず刃に首の皮一枚を持っていかれた。傷口が赤く滲んだがそれだけ。残念ながら頸動脈までは届かなかった。

「ちっ! 運のいい奴。」

 ノイレンは左腕を掴まれているのをいいことにその場でジャンプすると、両足をそろえて団長の胸に蹴りを入れた。

「どはっ、」

 団長は息が詰まった呻きを発して数歩うしろに仰け反るようにバランスを崩した。その拍子にノイレンの腕を離してしまった。

 ノイレンはすぐさま体勢を立て直し、つま先を軸にくるんと回転して刃に勢いと重さを乗せた。よろめいている団長の胴を真横から叩っ斬ろうと狙う。けれども団長もなかなかの手練れ。左手に握っていた剣を下から掬いあげるように弧を描いてノイレンの剣を弾いた。ノイレンはまたも団長を斬り損ねた。

 思うように勝負がつかず、二人はまた睨みあった。


 ノイレンが自警団本部で団長と対決しているときカーツォ商会王都支部の支部長ベシェフェは騎士団の庁舎にいた。

「だからさっきから何度も言っているように、うちのお嬢様が愚連隊に攫われたんです。見つけ出して助けてほしい。」

 門番に声を荒げて食い下がるベシェフェ。

「だから何度も言っているだろう。そういうことはまず自警団に頼め。我々が出張るのは彼らでは手に余る場合か、事が重大なときだけだ。」

 門番は通り一遍の返答を返すばかりで取り付く島がない。しびれを切らしたベシェフェがもはやけんか腰になって声を荒げた。

「あなたじゃ話にならない。団長か副団長を呼んでください!」

「ふざけるな! お門違いの案件を持ち込んできた輩にお会いになるほどお二人ともお暇ではないっ。」

 ああいえばこういう門番。

「愚連隊を裏で操っているのは自警団なんですよ。だからこうして騎士団に助けを求めているんじゃないですか!」

「またその話か。いいか自警団は街の治安を守るのが仕事だ。いくら些事が専らだはといえ、愚連隊を取り締まっても結託するなどあり得ん。」

 ベシェフェは殴りたいのを必死にこらえて門番を睨んだ。

「この分からず屋め!」

「むちゃくちゃ言っているのはどっちだ。顔を洗って出直してこい。ああ、来るのはここじゃないぞ、自警団本部だ。」

 門番はベシェフェを追い返した。


 渋々引き返すベシェフェ。

『さてどうしたものか。近衛師団に直訴しても同じことだろう。ノイレンはどうなっているのか。』

 ムカムカと沸き起こってくる怒りを抑え込み、次の手を考えながら歩いていると不意に声をかけられた。

「おや、ベシェフェさんじゃないですか?」

 いきなり自分の名前を呼ばれて驚いたベシェフェが顔を上げるとそこには王都の商人たちの顔役と言ってもいい人物、フレンシャアがいた。

 彼はその才を生かして王宮にも出入りを許されている大商人で広く顔が利く。

「これはこれは、フレンシャアさん。いつもご贔屓いただきありがとうございます。」

 ベシェフェがかしこまってあいさつするとフレンシャアはにこっと微笑んだ。

「また東方の珍しいものが入った時はよろしくお願いしますよ。」

「もちろんでございます。」

「ところであなたのそのご様子、さては騎士団に振られましたな。」

「いやお恥ずかしい。仰るとおりです。」

「なにがあったのです?」

「いや、これは内輪のことでございまして。」

 ベシェフェは次の手を打つため早々に話を切り上げてこの場を離れたいと返答も適当に済ませたが、フレンシャアが離してくれなかった。

「実は先日お宅のところのサフィアさんがあいさつに来てくれましてな。」

「お嬢様が?」

「ちょうどよかった、これから近衛師団のところへ行くのです。あなたも一緒に来てください。詳しいことは道々話すとしましょう。」

 フレンシャアはニコニコとベシェフェに付いてくるよう促した。



 サフィアが監禁されているかび臭くて薄汚い物置き部屋。

 彼女は唯一の出入り口のドアを蹴り続けていた。

「もう、しぶといわね。いいかげん開きなさいよ。」

 手足を縛られているサフィアはドアの前に仰向けに寝転がって、足首の縛られた両足で蹴っている。もう一度蹴飛ばそうと膝を大きく曲げて力を溜めたところでいきなりドアが開いた。しかもサフィアに向かって内側に。

「・・・・・・」

 サフィアはもちろんドアを開けたヤツもその場で固まった。なぜってこのときのサフィアの恰好はとんでもなくあられもなかった。

 ドアを蹴飛ばそうと膝を胸に付くくらい大きく足を曲げていたから、ドロワーを履いていないスカートの中が丸見え。遮るもののない()()がドアを開けたヤツの目にまっすぐ飛び込んできた。

 サフィアの顔がみるみる赤くなっていく。ドアを開けたヤツも頬が赤くなった。

「きゃああ! いきなり開けないでよっ!」

 サフィアは叫んで部屋の奥に転がっていく。元いた樽のところまで行くと寝転がったままドアを開けたヤツを恥ずかしそうに睨みつけた。

『こんなことならドロワー履いておけばよかった。』

 サフィアは激しく後悔した。スカートのスリットから太ももをチラ見せすることで相手の(よこしま)さを選別するために普段からいわゆるノーパンでいたことを。

「へへへ、威勢のいい姉ちゃんだな。いきなりいいもん見せてもらったぜ。」

 ドアを開けたヤツは()()()を張りながら転がっていくサフィアを眺めた。いやらしい笑みを浮かべ、ズンズンとサフィアに突進した。

「それ以上こっちこないで!」

 サフィアはずるずると後ずさりしながら叫ぶ。

「そう言われてもなぁ、あんないいもん見たら”おさまり”がつかねえぜ。ヒヒヒ。」

 ヤツの股間は今にも暴発しそうだ。サフィアの目の前にしゃがむと彼女のスカートに手をかけた。

「うるさいからぶん殴ろうと思ったんだが、それよりいいことしようぜ。ヒヒヒ。」

 ヤツはつまんだスカートの裾を持ち上げて、その中をじっくり拝もうとした。そのときサフィアの蹴りがヤツのテントを潰した。

「☆△☆!!」

 サフィアは足首を縛られているから、両足による強烈な破壊攻撃。ヤツは声にならない声を発してその場で動かなくなった。

 サフィアはその隙に尺取り虫のように這ってドアの外へ逃げ出した。ドアの外には薄暗い廊下が続いている。明かりは点いていない。だがずっと暗闇の中にいたサフィアは目が慣れているからある程度見える。

 廊下の壁に寄り掛かるようにして立ち上がると、肩を壁に押し付けて転げないよう気を付けながらぴょんぴょんと跳ねるようにして進んでいった。

『ここからうまく逃げ出せればいいんだけど。それにしてもあのドア内開きだったのね。どうりでいくら蹴飛ばしても開かないわけだわ。』

 そのまま進んでいくと前方のドアの向こうからにぎやかな話声が聞こえてきた。

『連中がいるのね。なんとか気づかれないようにしないと。』

 ドアの前まで来て立ち止まった。少し開いている。そこからしばらく中の様子を窺った。しかし誰もこちらに来る気配はない。

『よし、今のうちに。』

 サフィアはつま先立ちでちょこちょこと音をたてないように歩いた。肩を壁に押し付けて体を支え、冷や汗をかきながら。

『ふう、冷や冷やしたわ。あとでノイレンに自慢しなきゃ。』

 なんてことを考えた途端足がもつれた。足首を縛られているから、つま先立ちでちょこちょこ歩くのもなかなかに難しい。緊張の糸が緩んだ瞬間にバランスを崩してしまった。

 大きな音を立てて廊下に倒れた。その拍子におでこをしたたかにぶつけた。通り越したばかりのドアが開き中から愚連隊の連中が出てきた。

「なんだ今の音は。」

「あ! 人質の女が!」

「逃げようたってそうはいかねえぜ。」

 あっという間に捕まってしまった。そして振り出しに戻る。物置部屋に連れ戻されるとさっきのヤツが顔面蒼白でその場にうずくまったままだった。

「おい、こんなところで何やってんだ。」

「どうした? 聞こえてんだろ。」

「おい、こいつの様子おかしくないか?」

「・・・・・・」

「なんか臭くないか?」

「イカ臭い? いやこれは血の匂いだ。」

「大丈夫か、なにがあった?」

 連中はうずくまったまま気絶したように何の反応もないヤツの身の上に起こったことを想像した。そして連中の視線はサフィアに集まった。サフィアはそっぽを向いて誰とも目を合わせない。

「女、お前まさか。」

「酷えことしやがって。用が済んだらぶっ殺してやんぞ。」

 連中は理解した。どうしてヤツがうずくまったまま動かないのか。

『ヤツの()()はこの女に折られた』

 仲間たちは皆の股間が縮み上がる思いがした。

 そのせいで連れ戻されたサフィアは手足だけでなく体と樽を縄でつながれてしまった。もうドアにも近づけない。

『とんだしくじりね。これじゃどうにもできないわ。どうしましょ。』

 連中が出ていったあと、サフィアは手首を縛る縄をガジガジと齧り始めた。その傍でねずみがチューチューと走り回っている。



 自警団本部。

 団長室はそこそこの広さがあるといっても道場ではない。執務用の机にソファや卓、壁際にはチェストなどが置いてあるし、天井も道場に比べればうんと低い。

『なんとか外に連れ出せないかな。ここじゃ思い切り(剣を)振れないし、バク転もやりずらい。』

 いつものノイレンらしい動きを発揮できず、思うように団長を押せないことにノイレンは焦りを感じ始めていた。

「どうした、もう終わりか? ならばとどめを刺すぞ。」

 団長はツォルンフートの構えのままノイレンに向かってズイズイと迫ってきた。フルスイングを警戒したノイレンがひらりと身を躱すと団長は剣を振る代わりに彼女のポニーテールを掴んでぐいっと引っ張った。

「うきゃっ。」

 しっぽを引っ張られて顎が上を向く。バランスを崩して膝が折れたところを団長の蹴りがノイレンの脇腹を見舞う。

「ぐはぁっ、」

 体中に蹴りの振動が伝わる。しかも団長はしっぽを離さない。髪の毛を引っ張られているノイレンはそのまま髪が頭皮ごと抜け落ちるような感覚に襲われた。

「こんにゃろ~、」

 飛び上がることも、床すれすれにかがむこともできないノイレンはまっすぐに団長の胴めがけて突進した。

「そんなストレートな動き、俺に通用すると思っているのか。」

 団長は掴んでいるしっぽを横に引っ張ってノイレンを引きずり倒そうとした。ノイレンはそれに抗い団長の胴にしっかと抱き着いた。

「へっ、その傲慢さがあんたの弱点だ。」

 ノイレンは団長に抱き着いたまま彼の背に回した剣を180度反対に持ちかえると彼の太ももを斬った。

「ぐあっ!」

 両方のふとももをうしろから斬られた団長はがくんと腰が落ちて床に膝立ちになった。その隙にノイレンは間合いの外で体勢を立て直した。

「わたしをバカにしてっから、フルアーマーじゃないことを忘れんだ。」

 ノイレンは団長を睨みつけて彼の反応を窺った。

「おのれ、」

 団長は剣を床に突き刺して杖代わりにし、立ち上がろうとするが両足とも太ももに力が入らない。

 ノイレンは剣を握る右手を前に突き出し、体を右前に、いつもの構えをした。

「さあ教えてもらおうか。サフィアをどこにやった。」

「知らんものは答えようがない。」

「とぼけんな。あんたたちが愚連隊を操っていることは分かってるんだ。こっちには証人もいるんだぞ。」

「証人? 誰だそいつは。」

「誰があんたに教えるか。ふざけんな。」

「ふふ、まあいいだろう。その証人とやらがどう証言しようが(ほぞ)を噛むのはそっちだ。それに俺はサフィアのことは本当に知らない。」

 不敵な笑みを浮かべながら話す団長はノイレンをあざけるように最後にこう言った。

「残念だったな。」

 ノイレンは深く息を吸いゆっくりと吐いた。真剣なまなざしで団長を見据えるともう一度だけ彼にチャンスを与えた。

「あんたに選ばせてやる。サフィアの居場所と愚連隊やバルタザールのこと全部話すか、それともここで死ぬか。好きにしろ。」

「甘いな、俺はどちらも選ばない。俺が選ぶのは貴様の死だ。」

 団長は杖代わりにしていたロングソードをぐるんと頭の上で一回転させるとノイレンめがけて投げつけた。ノイレンはそれを叩き落とすと、つま先立ちの軽やかなステップでひらりと団長の右側に回り込み彼の右腕を斬り落とした。ノイレンの踊るような動きに追従して彼女の長いポニーテールがふわりと揺れ動く。団長室の出入り口のところで対決の行方を見守っていた団員たちは、団長の腕が宙に舞うのもダンスのワンシーンと錯覚した。

「これであんたはもう剣を握れない。自警団にもいられないな。」

 静かにネオソードを鞘に納めると痛みに顔をゆがめている団長の横顔を見据えた。

「負けた? 団長が・・・?」

「団長・・・」

「そんなバカな。」

 自分たちが勝てない副団長よりも強い団長が負けたことがどうにも信じられないといった様子で団員たちは茫然としてしまった。

 ノイレンは彼らの前にツカツカと歩み寄り真剣な目を向けた。

「あんたらの中にサフィアの居所(いどころ)を知っている奴はいるか? 素直に教えるか、それとも団長のようになるか選べ。」

 団員たちは皆黙りこくってしまった。


 その頃、何も知らない愚連隊の無精ひげは数人の仲間を引き連れてカーツォ商会王都支部に脅しをかけていた。

「今すぐ王都から出ていくか、それとも居残ってサフィアを見殺しにするか選べ。」

 ノイレンもサフィアも支部長もおらず、あとに残されている支部員たちは決断を下すことができずただ狼狽(うろた)えるばかり。

 その様子を物陰からこっそり見張っていた自警団の副団長はほくそ笑んだ。


 時を同じくして近衛師団の使者が騎士団庁舎を訪問し()団長に()団長の手紙を渡していた。

 騎士団長は手紙に目を通すと苦い表情になった。

「なんということだ。」

 傍らにいて怪訝そうにしている騎士副団長に手紙を見せた。

「なんですって!? 騎士団としてその責を全うすればよし。しなければ自警団の共犯と見做(みな)して責めを問う。好きなほうを選べ。ということは、」

「ああ、先日来何度か訴えてきているカーツォの件だ。まさか近衛師団が乗り出すとは。」

「これは早々に片付けないとなりませんね。」

「そういうことだ。」

次回予告

辛くも自警団長に勝利したノイレン。サフィアの手掛かりを求めてカーツォの支部に戻ったノイレンは騎士団が動いたことを知る。ノイレンはそれまで思いもしなかった方法でサフィアを探しに出かけた。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第九十話「ぎゃふんと言わせてやるわ。」

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