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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第六部『ノイレンの空』

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82/83

82「献杯!!」

 ネオソードの使い手に代々受け継がれてきた言葉、ノイレンがそれを受け取ってから2週間。明後日は大晦日という日。

 頭の中に入り込んだ欠片はまさに傍若無人だった。突然の痛みだけでなくトレランスの言動もおかしくしていた。

『脳に入り込んだ欠片が悪さしてんじゃ。もうどうにもならん。』とドクターは匙を投げた。

 そんなトレランスをこの2週間、ノイレンはアニンとともに甲斐甲斐しく懸命に介護した。

 ベッドに横たわっているトレランスは枕元にいるアニンを見つめた。ほとんど動かせない左腕を彼女はだらんと垂らして、右手だけでトレランスの布団を直したりしている。

「アニン、あなたをそんな身体にしてしまったこと、無傷のまま助けることができなかったことは今でも悔いが残っている。本当に申し訳ない。」

「いいえ、お気になさらないでください。先生はこれっぽちも悪くありません。これは(わたくし)が受けるべき当然の報いです。理由はどうあれ父を窮地に立たせ、伯父様を怒らせてしまったのですから。それに騎士団のみなさんにも・・・」

 アニンは右手で左腕を押さえて目を伏せた。トレランスは右腕を布団から出して彼女の左手を握った。

「本当にあなたは優しいですね。芯が強く、自分の気持ちに素直で、それでいて周りへの配慮も忘れない。素敵なレディだ。そんなあなたの気持ちにきちんと向き合うことができなかった俺はとんでもない極悪人だな。」

 左手を握るトレランスの手に自分の右手を重ねてアニンは彼を見た。

「とんでもありませんわ、先生は無理やり押しかけた(わたくし)を無下にすることもなく受け入れてくださったじゃありませんか。こうして今でもここに置いてくださっている。これ以上望んだら罰が当たりますわ。(わたくし)は先生と出会えて、一緒に居られてとても幸せです。」

「あはは、どうあっても俺を悪者にしてはくれないようですね。いっそのこと俺を憎んでくれていいんですよ。あなたにはもっと幸せになってほしい。そのためなら俺はいくら憎まれてもいい。」

「先生を憎むなんて、そんなこと(わたくし)には死んでも無理ですわ。だって心から先生をお慕い申し上げているのですから。」

「俺もあなたと出会えて、関われたことは男冥利に尽きます。アニン本当にありがとう。」

 アニンの頬がほころぶ。この上ないほどの柔和な優しい笑みを浮かべてその瞳を潤ませた。

「こちらこそありがとうございます。一生先生のおそばにいさせていただきますから覚悟なさってくださいませ。」

 トレランスは微笑み返し彼女の左手を握る右手に力を込めた。アニンもその手に重ねる右手に力を込めトレランスを見つめた。お互いのぬくもりをその手とまなざしで分かち合った。

 トレランスはアニンの隣にいるノイレンのほうに顔を向けて痩せた上体を起こした。

「師匠寝てたほうがいいよ。」

 ノイレンがトレランスの体を支えて心配すると彼は力なくニカっと笑った。

「大丈夫だ。ノイレン、今までよく頑張ってきたな。誰にも負けまいとする意志と芯の強さ、それでいて優しい。俺の自慢の、最高の弟子だ。誰が何と言おうと一人前の剣士だと俺が認める。」

 そう言うといたずらっぽく笑い、その大きな手をノイレンの頭にぽんと乗せた。

「師匠・・・」

 ノイレンは頭にそのぬくもりを感じながら師匠の笑顔を見た。頬がこけ、以前のような溌剌さがない。ノイレンは思わず泣きそうになるのを堪えた。

「今まで黙ってたけど実はな、ノイレンと出会ったあのとき、俺の弟子にするならこの子しかいないとピンときたんだ。」

「そうなの? わたしそんな風に見えた?」

「ああ、あの時も今もとてもいい目をしている。これからも励みなさい。ノイレンはもっともっと強くなるぞ。今まで俺についてきてくれてありがとう。」

 ノイレンはドキっとして一瞬目を見開いた。

「何言ってんの、わたしこそ・・・わたしを拾ってくれて、育ててくれて、見捨てないでくれて、ありがとうって何度言っても足りないよ。これから、これからいっぱい師匠の役に立つんだから、だから、これからもずっとわたしを見てて。」

 だんだんと震えてくる声でノイレンは言葉を絞り出した。それを聞いてトレランスは嬉しそうに頷いた。

「もちろんだ。これからもずっとノイレンを見てる。ノイレンがどこへ行っても見てるからな。」

 そしていつものようにノイレンの頭をぐるぐるした。いつものような力強さのないぐるぐる。それでもノイレンは嬉しくて熱いものがこみ上げてきた。

 ひとしきりぐるぐるすると彼のその大きな手が力なくずり落ちてだらんと垂れた。

「師匠?」「先生!」

 目を閉じているトレランスの顔はそれでも笑っていた。


『最後に笑って死ぬ』

 それが彼の最期の教え。

「師匠っ!! 師匠おぉ~!!」「先生・・・」

 トレランスはノイレンとアニンの二人に寄り添われながら二度と目覚めることのない眠りに就いた。彼と関わった人々にその心を遺して。


 ノイレンはわんわん泣いた。どれだけ泣いても涙がどんどんあふれてくる。こんなに泣いたのはお母さんが亡くなった時と、師匠と出会い彼の優しさと包容力の前に心のタガが外れたとき以来。ノイレンは三度(みたび)涙が涸れるまで泣いた。



 その2日後、人生の最期に乗る舟の中でトレランスは微笑んでいるかのように穏やかな寝顔をしている。教会から異端視されている彼は教会が運営する墓地への埋葬が許可されなかった。もちろん教会への立ち入りも認められなければ、教会から神父や司祭が来て祈りをささげてくれることもなかった。

 だからシャルキーの尽力でごく限られた人数で葬った。街外れにある、あまり人が訪れることのない知る人ぞ知るような静かな場所。そこにアニンが自らの稼ぎで小さな墓標を立てた。

「トレランスにゃこんくらいがお似合いだね。」

 シャルキーがわざとそんなことを言った。

 彼が亡くなった一報を受けてからずっと気丈に振る舞っているシャルキー。そんな様子とは裏腹に彼女の心の中はぽっかり大きな穴が開いてともすれば底のない暗闇に落ちていきそうになっていた。

『結局、あんたあたしにだけ何も言い遺さなかったね。ま、あんたらしいよ。所詮あたしらは腐れ縁だもんね。』

 かつて赤ん坊を奪われた時と同じでこれ以上ないというほど強がっているシャルキーの目に映る小さな墓標にニカっと笑うトレランスの顔が浮かんだ。

『先に行って待ってるぜ。”シャルキーズカバレあの世店”を開くのにいい場所見つけておくから来るのはゆっくりでいいぞ。』

 空耳が聞こえた。

 シャルキーはふんと鼻で息を吐くと口角を上げて含み笑いをした。それから目線を傍にいるノイレンに移した。ノイレンは目の周りを真っ赤に腫らしている。シャルキーは静かにノイレンの横に立ちそっと彼女の頭を抱き寄せた。ノイレンはまた涙があふれてきた。

「・・さん・・・」

「ん?」

「お父・・さん、」

 ノイレンが小さく呟いた。

「そうかい、お父さんか。()()が。」

 シャルキーは改めて墓標を眺め心の中でトレランスに話しかけた。

『娘のことはあたしに任せな。安心して”いい場所”探しとくんだよ、へんなとこだったら承知しないからね。』

 折れそうになる心を独り奮い立たせていたシャルキーも目が潤んできた。でも何もこぼさないように空を見上げた。

「さあ、店に戻って仕込みするよ。チーフたちがてんてこ舞いしてるはずだ。ノイレンもしっかり働いておくれ。今日は大晦日、朝までみんなで盛大に騒いでやろうじゃないか。トレランスの弔いにゃそれが一番だ。」

 その指の長い綺麗な手でノイレンの頭をくしゃくしゃと撫でた。



 シャルキーズカバレ大晦日恒例の朝までお祭り営業。常連に加えてこの日だけやってくる客もいる。今年は統括ギルマスのロンチャウや各種ギルドのマスターたちやトレランスに恩義を感じている者たちが顔を出しに来た。

「あいよ。」

 シャルキーがビールのジョッキを2つ持ってロンチャウの席にやってきた。

「シャルキー、すべて任せてしまって申し訳ない。礼を言う。」

「よしとくれ。あんたには教会とうまくやってもらわにゃみんなが困るからね。」

「詫びとしてこれを。」

 ロンチャウがその細い眼をシャルキーに向けて彼女を労い、その手に金貨を二枚握らせた。

「それで皆に振る舞ってやってくれ。」

「ありがたくもらっとくよ。」

 シャルキーはそれを受け取るとロンチャウにジョッキを勧めた。彼女がそれを持ちあげるとシャルキーも自分のを持ち上げてコツンとぶつけた。

「献杯。」

 ロンチャウは豪快に飲み干した。


「みんな聞いとくれ! 今日はロンチャウのおごりだよ、遠慮したら年明けから仕事できなくなるから覚悟して飲みな!」

 シャルキーは手渡された金貨を高々と掲げて店に詰めかけた客たちに見せた。

「おおおっ!」

「ロンチャウ感謝!」

「愛してるぜっ。」

 賞賛の喝采がわき起こった。ロンチャウは少し恥ずかしさを覚えた。その頬が少し赤い。

「シャルキー、お前の店はいいな。」

 ぽつっと呟いた。



「お待ち遠さま。」

 ノイレンがジョッキを両手に12個も抱えてやってきた。

「12個! すごいな、新記録じゃないか。」

「へへん。」

 ジョッキをそれぞれに配り終えると人差し指で鼻をさすった。

「ノイちゃんその服。」

 ノイレンがここで働き始めるときにシャルキーからもらったあの赤いダンス衣装、今夜はそれを着ている。以前は腰に薄いピンクの布を巻いて足を隠していたが今日はそれを着けていない。

「嬢ちゃん色っぽくなったなあ。父ちゃん嬉しいぜ。」

「誰が父ちゃんだっ。」

 周りからどっと笑いが起こった。

「ほんならわしはじぃじだに。」

「誰がじじぃだ!」

「”じじぃ”じゃないだに、”じぃじ”だに。」

 これまた笑いが渦巻いた。

「今日はいっぱい飲んで、食べてね。騒いでいいってシャルキーが言ってるし。」

「おう、任せとけ。トレランスの分も飲んでやる。」

 そう言うと常連たちはジョッキを高く掲げた。


「献杯!!」


 ノイレンはほろっときてしまった。うっかり涙ぐむ。

「みんな・・・」

「おいおいノイレン、泣くんじゃねえよ。しんみりしちまうじゃねえか。いつものように笑ってくれ。」

 常連たちはジョッキ片手にニカっと笑ってみせた。ノイレンも負けじとニカっと笑った。

「そうだ、それでこそ俺たちの自慢の看板娘だ。」


 ノイレンがチーフの元へ戻るとスっとジョッキが一つだけ差し出された。

「これはどこ?」

 ノイレンがテーブル番号を訊くとチーフはその唇に人差し指を当ててウインクした。

「いいの?」

「今日は特別です。」

 チーフはそれだけ答えた。そしてもう一つジョッキにビールを満たすとそれを持ってノイレンの前に差し出した。

 ノイレンはジョッキを持ち上げるとチーフのそれにコツンとぶつけた。

「献杯。」

 チーフは静かに口にした。

 ノイレンは一口だけ含んだ。

「美味しい。チーフが注ぐとなんか違う。」

「ありがとうございます。」

 チーフはまたウインクした。



 夜が更けるにしたがって皆の顔が赤く染まり、賑わいが増してきた。ラクスがステージで流麗なダンスを披露する。客たちの鼻の下が伸びる。ノイレンは少し手が()いて一息入れようと、トレランスの定位置だった場所でビールをちびちび飲んでいるアニンのもとへ行った。

 アニンが仕事帰りにカバレに寄るようになってからはそこが彼女の定位置になっていた。今までは目の前に広くて大きな背中がその視界を塞いでいたが今はもうそれがない。遮るものがないと店内がよく見渡せることに改めて気づいた。

『なんか違う場所に来たみたい。』

 アニンは心の中でそう思った。

「おばさん相変わらずそこ好きだね。」

「この場所は誰にも譲らなくてよ。悪しからず。」

「あはは、誰も取りゃしないよ。」

 ノイレンはトレランスがいた場所に立ち彼女の視界を遮った。ニカっと笑うノイレンを見たアニンは少しばかりドキっとした。

「あなた、先生に雰囲気が似てきたわね。」

 アニンは複雑な表情を浮かべてジョッキに口をつけた。

「そう? 自分じゃよくわかんないや。」

 そう言うとアニンに背を向けて店内を見渡すように立った。アニンの目の中でノイレンの背中にトレランスの背中が重なって見えた。

『なんで、この子に・・・』

 アニンは自分の目の錯覚に驚きノイレンのうしろ姿をまじまじと観察した。背の高さも、体の大きさも全然違う。じいっと見つめてそして気づいた。

『さすが師弟だわ。この子の仕種、先生そっくり。いつの間にかそんなとこまで見習っていたのね、この子。』

 ラクスのダンスが終わり店内が拍手の渦に呑み込まれた。

「さて、わたしの番だな。」

 ノイレンはアニンにちらりと微笑んでステージに向かった。

 ノイレンとシャルキーのユニゾンも大盛況だった。いつもは一晩に一回しか踊らせてもらえないのが、今夜はユニゾンも含めて3回ステージに立てた。

 最初は赤い衣装でシャルキーとユニゾン。次はあのオレンジの衣装でソロ。最後はいつもの旅の剣士風の服装で剣舞を披露した。

 ノイレンは剣を抜くとまるでそこにトレランスがいるように目の前の空間を見据えた。

『師匠勝負だ。』

 剣舞なのにシャドウ稽古してるかのように目の前にいるトレランスの幻相手に剣を振るう。客たちは時々見る剣舞とは違う趣にまるで芝居を見ているような錯覚を覚えて見入っている。演奏係もそれに合わせて劇伴のような、いつもと違う曲調を奏でた。勇ましくもありどこか物悲しくもある悲壮な感じだ。

「いつの間にあんな剣舞覚えたんだいあの子。」

 チーフの隣で見ていたシャルキーはその切れ長の目を細め感心した。

「シャルキーの剣舞とはだいぶ違いますね。」

「そうだろう。あんなの教えてないもの。」

「まるで芝居を見ているようです。これはこれで面白い。」

 チーフも感心してノイレンの剣舞に見入った。

 ちなみにこのシャドウ稽古風剣舞ではノイレンは一本も取れなかった。


 夜が明けてお開きとなり客たちは三々五々帰って行った。それより前、年が改まる頃早々に店を出たロンチャウは帰り際ノイレンに言伝(ことづて)をした。

「諸々が落ち着いたらでいいから私のところへ来なさい。話がある。」



 夜通し営業で疲れ果てたノイレンは泥のように眠った。目覚めたのはその日の夕方、久しぶりにお母さんの夢を見たせいもあって温かな布団の中でここ数日の疲れがどっと出てなかなか目覚めなかった。

「やべ、もうこんな時間。シャルキーに怒られちまう。」

 慌ててカバレへ馬を走らせた。


 そんなことがあった翌日の昼、ノイレンは統括ギルド本部にいた。

「まだ2日目だぞ。もういいのか。」

 ロンチャウはその細い目を少し丸めた。

「うん、いや、はい。師匠の部屋の片付けとかはおば・・・アニンがやるって言ってるから、わたしはやることなくて。」

「そうか。何もせず塞ぎ込んでるよりは働いてるほうがいいものな。」

 ノイレンは黙ったままわずかに口角を上げた。

「話というのは他でもない、またお前に住み込みでの護衛を任せたい。」

「えっ? 住み込み・・・」

 ノイレンは驚いてあとの言葉を飲んだ。遺品の片付けはいくらアニンがやるとはいえ自分もなにかやりたかった。まるっきり何もしないのは後ろ髪が引かれる。それで躊躇いが出た。

「だから私は諸々が落ち着いてからでいいと言ったんだぞ? 先方にも事情は説明して数日もらうことは了承してもらっている。」

 ロンチャウはノイレンを試すような目つきでまっすぐ彼女の目を見据えた。こういう態度を取られるとノイレンは俄然その負けん気に火がつく。

「わかった、引き受けるよ。」

「まだ仕事内容を話していないぞ。いいのか?」

 ノイレンは口を固く結んで頷いた。ロンチャウの口角が少し上がった。

「先日のコージャのところの一件で予想外のトラブルにも上手く対処したことが評判になっていてな、それでぜひノイレンに頼みたいと名指しで依頼が来たんだよ。そういえばコージャとメイドだったレイトワはあのあとすぐ教会で宣誓したそうだ。頼まれたこと以外にも結果を出すとは大したものだな。」

 ノイレンはロンチャウに褒められてちょっと気恥ずかしい。

「で、今回の依頼だが期間はまずひと月半。その間依頼主と3つの都市を回ってもらう。前回とは違ってこの街の外での仕事だ。」

「ええっ?!」

シェヒル(ここ)から出るのが怖いか?」

「怖くなんかないです。ただ、」

 本音を言えばしばらくはこの街にいたかった。お母さんを亡くしたとき翌日には知らない町へ連れて行かれ弔うこともできなかった。そしてこの仕事を受ければすぐさま師匠のもとを離れねばならない。それが引っかかった。

「ただ、なんだ?」

 ロンチャウはノイレンの心を見透かすようにその細い目を光らせてじっと目を見つめてきた。

「なんでもないです。やります!」

 ノイレンは目に力を込めてロンチャウの細い目を見返した。


 ロンチャウからの依頼を引き受けたあとノイレンの姿はトレランスの墓の前にあった。

「また住み込みの依頼だよ。しかもわたしを名指しだって。今度はアデナと王都とキニロサって街に行くんだってさ。カーツォ商会のサフィアって人の護衛だって。師匠知ってる? ロンチャウさんの話じゃ有名な商会らしいけど。」

 墓標に向かって報告するノイレンの心の中に一つだけ不安なことがあった。

 そんなことを考えながら墓標を見つめていると不意に背中を押された気がした。思わず振り向いてあたりを見回すが誰も、なにもいない。ノイレンははっとして墓標を見つめた。

「もしかして師匠?」

 墓標は何も答えない。

 ノイレンは人差し指で鼻をさすった。

「そうだね、前を見て進まなきゃ。ありがとう師匠。行ってきます。」



 トレランスの部屋で遺品整理をしている手を止めてアニンが微笑んだ。

「先生ならきっとこう言うわ。『ノイレン、世界は広い、あっちこっち見てこい。そんで、たっぷり土産話してくれ。もちろん本物の土産も忘れんなよ。』ってね。」

「あはは、師匠なら言いそう。おばさんわかってんじゃん。」

「当たり前ですわ。(わたくし)を誰だと思ってるのかしら。先生に身も心も捧げた女よ。」

「そうだね、さすが。」

 アニンは拍子抜けした。こんなことを言えばノイレンなら間違いなく半目でジトっと見てくるはずなのに笑顔で素直に肯定した。

「ちょっと、調子狂うじゃないの!」

「なんだよ、せっかく褒めたのに。」

次回予告

トレランスの心を胸に秘めたノイレン。名指しの依頼を受けノイレンは依頼主のもとを訪れるがそこで知らぬ間に試されていた。ノイレンはいつも通りにしていただけなのになぜか依頼主であるカーツォ商会のサフィアにいたく気に入られてしまう。そしてサフィアの護衛として共にアデナに旅立つ。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第八十三話「合格よ、ノイレン。」

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