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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
特別編

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112/113

2「好きにはさせない。」

 ノイレンが一番隊を見送ってから二ヵ月、暑さの盛りも過ぎてだいぶ秋めいてきた頃。

 カーツォ商会キニロサ支部の中庭。

「そんなんで私に勝てるかよ。足捌きは常に軽くだ。攻撃に転じるときももっと軽やかに動け。そんで一気に体重をかけてそれを剣に乗せろ。」

「やってるだろうが!」

「じゃあなんでわたしに追いつけない?」

「この野郎、ちょこまかとすばしっこい。」

 エグライはノイレンの素早さに翻弄されていた。

「女のくせに、」

 エグライは剣を顔の横に構えると目だけ動かしてノイレンを追った。つま先立ちの軽やかなステップで彼の背後に回り込んだ彼女の姿が視界から消えた。

「そこだっ。」

 ノイレンが移動するであろう位置を予測し、エグライは右足を軸に身体をスピンさせて剣に勢いを乗せた。まるで竜巻のように速い。しかしあっさり躱されてしまった。

「まだだ!」

 エグライは左足を踏ん張って身体を止めると力任せに剣を逆方向へ振った。が、彼の剣がノイレンの胴を捉える前にネオソードの刃が彼の小手にぴったりと寄り添ってきた。無理矢理逆向きに振ったがためにエグライは途中で剣を止めることができずに最後まで振り抜いた。ノイレンは軽やかに避けながらも刃を彼の手首に添わせ続けた。

 剣を振り抜いた彼は両足で立つとその姿勢のままノイレンに悔しそうな視線を向けた。

「残念だったな。これが実戦ならあんたは手首を落とされてたぜ。」

「なぜだ! なんであのスピンを避けられる? 今まで誰にも躱されたことないのに。」

 エグライはこの二ヵ月ずっとノイレンにそのプライドを傷つけられていた。

『俺より年下の、しかも女に勝てないなんて末代までの恥だ。』

 エグライはそう心の中で何度も自分に言い聞かせていた。

「なんで躱せたかって? そんなのわたしより遅いからに決まってんじゃん。」

「なんだと、俺のスピードはお前にも負けやしないぞ。」

「うん、スピードだけなら確かにそうだな。でもあんたはそれを過信して目に頼ってる。だからわたしのスピードに勝てないんだ。」

「どういう意味だ?」

「あんたはわたしの動きを見てから判断してるだろ? そう来るならそのあとはきっとこう動くだろうってな。だけどわたしは違う。常にあんたの全身を見てて、どう動くか察してんだ。」

「察するだと?」

「そうだよ、あんたに背を向けてるときだってあんたの動きをちゃんと見てんだ。」

「なにをばかな。背中に目があるとでも言うのか?」

 ノイレンはニカっと笑ってエグライに背を向けた。

「どっからでもかかってこい。」

「なんだと? 護衛隊長だからってそこまで舐められる謂れはないぞ。」

「舐めてねえよ。さっさとかかってきやがれ。」

 ノイレンは背を向けたまま答えた。怒ったエグライは彼女の背中に再び竜巻のような高速スピンを浴びせようとした。ところが彼の剣は空(くう)を斬っただけ。ノイレンは彼の頭上高く跳び上がり、剣身の峰部分で彼の後頭部をコツンと叩いた。

「な、なんで見えてないのに躱せるんだ・・・」

 エグライは最後に残っていたプライドのプの字までどこかに無くした気分になった。



 その頃東方への街道を進み続けている一番隊は盗賊と戦っていた。

「ライラ、そっちへ行ったぞ!」

「任せて!」

 ライラは馬を縦横無尽に走らせ、四方から襲いくる盗賊たちに立ち向かっている。陽光を受けて輝くタルワールの刃が閃くたびに一人ひとり確実にその命か戦意を喪失していった。

 ラバ車からは盗賊に向けて土袋が投げつけられている。飛散した土粉の煙に包まれてラバ車のまわりの視界が次第に悪くなっていった。それに合わせて盗賊たちの攻撃の手が緩んできた。無闇に武器を振り回すと同士討ちになるからだ。それがライラにとっては好都合。まわりは全員敵。手当たり次第に剣を振り回せる。

 盗賊たちは気がつくと腕を斬られ、首を刎ね飛ばされた。

「私(わー)たちを襲うなんて命知らずなの。」

 土煙の中タルワールの剣身が時折光を放つ。その鋭い閃光に太刀打ちできる盗賊はもはやいなかった。二十人も倒したところで残った盗賊たちは尻尾を巻いて逃げ出した。

「アミラン、大丈夫?」

「ああ、わしは大丈夫だ。みんなは?」

 盗賊が去ったあとライラはアミランのもとへ報告を兼ねてやってきた。

「大丈夫なの。ここへ来る前に一回りしてきた。みんな無事。」

「さすがだなライラ。わしが言う前にこなしてくれる。」

「新しく加わった連中の様子はどうだ?」

「問題ない。さすがアミランの選んだ人たちなの。」

「よし、では出発しよう。今夜は野営せぬよう次の街まで急ぐぞ。」

「了解。」

 ライラは先頭のラバ車へそのことを伝えに行った。



 月が改まり十月。ノイレンが二番隊とともに出発するまであとひと月もない。支部の中庭では連日エグライとコンボイの剣術指南が続いていた。時折ナディアも顔を出した。

「ノイレン(隊長)といい、ナディア(会長)といい、なんでここの女は気の強い奴ばかりなんだ。ラントに騙されたな。」

 エグライは未だノイレンに勝てずにいた。その苛立ちが手伝ってか、彼の不満は護衛隊長のノイレンだけに止まらず、ナディア商会会長のナディアにまで向けられた。

 カーツォの目をくらませるために表向きはナディアがノイレンを連れて独立したことにしてあるから、エグライとコンボイにはナディア商会がカーツォ商会の支部を間借りしているとだけ言ってある。

「どうした、もう終わりか? この程度で根を上げるようでは護衛を任せるわけにはいかんぞ。さあかかってこい。」

 ナディアは両手を下げたまま、悔しそうに呟くエグライを見つめている。

「舐めるな、雇い主だからって偉そうにすんなよ!」

 エグライは両手で握った剣を斜め下に構えてナディアに突進していった。下から斬り上げると見せかけて得意の高速スピンでナディアの剣を二本ともはじき飛ばし、それからとどめを刺す気だ。ところがナディアは彼の剣を受けることなく一歩下がりくるんと身を翻してスピンを躱し、空振りした彼の背後にぐいっと迫ると左のダガーを彼の背中に突き立てた。

「お前これで何度目だ?」

「・・・」

 エグライはあまりの悔しさに言葉が出ない。ただ険しい視線をナディアに向けるだけだった。コンボイがそんな彼の肩をぽんぽんと叩いて慰めた。

「いい線いってたのに残念だったね。」

「うるさいっ。」

 エグライはナディアに顔を向けると口を開きかけた。それをコンボイに止められた。

「エグライ、気持ちはわかるけど、文句なら勝ってから言いなよ。」

「なんだと?! お前男のくせに女に負けて悔しくないのか?」

「悔しいさ。でもそのことに男や女なんて関係ないじゃない。僕より強いか弱いかそれだけだよ。」

 エグライと違ってコンボイは相手の性別にはまったくこだわっていなかった。

「二人とも本当に強いよね。特にノイレン(隊長)は別格だ。どうしても僕は勝てない。相手して貰ってるととても参考になるよ。」 

 コンボイは単純に敬意を払っている。

「参考になるだ? 隊長は俺たちより年下だぞ。そんなやつに教えられて喜んでちゃ先はねえぞ。」

「うそはよくないよエグライ。どう見たって隊長は僕たちより上じゃないか。」

 そうノイレンは老け、もとい大人びているから実年齢よりも年上に見られる。この場合コンボイの反応が一般的だった。ちなみに彼女の見た目が年齢より若く見えるようになるのはもう少し先の話。

「お前もう少し冷静に相手を見るようにしろよ。」

「だってエグライ、隊長のダンス見たことある? すごいんだよ。酒場のオヤジも言ってたけどさ、ここで剣をふるっているときとは全然違って、まるで魔女なんだ。あんなふうに踊れる人が年下だなんてうそだよ。エグライこそちゃんと相手を見たほうがいい。」

 コンボイはこの護衛の仕事が決まったあと、しばらく会えなくなるからと、友人を誘って酒場へ飲みに出かけてそこでノイレンのダンスを目にした。それで虜になった。昼間と夜で全く顔の違うノイレンにコンボイの脳はバグった。

「よかったら今夜一緒に見に行かないか? 隊長のダンスを見りゃ君も彼女が年上だってわかるさ。」

「断る。旅に出れば嫌でも四六時中顔を突き合わせることになるんだ。今は昼間だけでいい。」

「もったいないなあ。ステージ上のノイレン隊長とてもいい女だよ。僕もっと隊長と仲良くなりたいな。」

 コンボイはノイレンとイチャイチャしている未来を想像してちょいとばかりニヤけた。

「あんなガサツな女どこがいいんだ? お前女を見る目をもっと磨いたほうがいいぞ。そんなんじゃ東方へ行く途中で出会う女たちに騙されまくるぜ。」

「大丈夫! 僕は隊長一筋だから他の女に興味はないよ。」

 エグライは呆れた。

「お前ら、さっきから何の話をしている。」

 その様子をずっと見ていたナディアは呆れて二人の男たちを半目で見つめた。そこに用を足しに行っていたノイレンがのほほんとした顔で戻ってきた。

「ん、みんなどしたの?」

 エグライはぷいと目を逸らし、コンボイはぽっと頬を赤らめた。ナディアはご愁傷様とでも言いたげな視線をノイレンに向けるだけだった。



 エグライがコンボイの意外な気持ちを知ってからしばらく。二番隊の出発の日がやって来た。

「気を付けて行ってきてくださいね。」

「ラント、隊長になったからって気負うな、もっと気楽に構えろ。そんなんじゃ黒髪にバカにされるぞ。」

「あはは、気をつけます。今度は誰も、何も欠けることなく戻ってきますので、楽しみに待っててください。」

「ああ、無事に帰ってくるのを待ってるぞ。」

 サフィアとナディアが見送りに来た。新しく隊商の隊長となったラントは責任重大だと肩に力が入りすぎている。それを見越したナディアは彼の緊張をほぐそうとした。


 その間ノイレンは馬さんの横で一匹になってしまったわんこをもふもふしていた。

「ノイレン、気を付けてね。例の盗賊がまた襲ってくるかもしれないけど無茶はしないでよね。」

「安心してくれサフィア。この二ヵ月でエグライとコンボイの腕も上がった。特にエグライは負けず嫌いなのがいいな。かなり良くなった。」

「黒髪、盗賊ももちろんだが、コンボイにも気をつけろよ。」

 ナディアがにんまりとしてノイレンに忠告した。

「どゆこと?」

「ま、そのうちわかるさ。」

 ナディアはとても面白そうだ。これからノイレンの身に降りかかることを想像しているらしい。

 かくして新生二番隊は出発した。ラバ車をそれまでの倍に増やし、その分増員もした二番隊は大所帯になっていた。ノイレンはエグライを隊列の先頭に、コンボイを中間に配置し、自分は殿(しんがり)について護衛に当たった。


 最初のうちは特筆することもなく無事に旅を進められた。しかし二ヵ月もするとラントの表情が強張ることが多くなった。年の瀬も迫った頃。

「どうしたラント?」

 途中の町に逗留したときノイレンはさりげなく様子を窺った。

「この先なんですよ、前に襲われたの。」

 ラントは不安そうな色をその顔に浮かべて吐露した。ノイレンはそんな彼の肩をバンと叩いてニカっと笑った。

「心配すんなって。わたしたちがついてるじゃん。それにアミランから土袋の作り方も教わったじゃねえか。あれがありゃみんなでも盗賊に対抗できる。大丈夫だよ。」

「あはは・・・そう、ですね。」

 ノイレンのあっけらかんとした態度に安心感を覚えつつもやはり不安の払拭しきれないラントだった。


 そのラントの不安は的中した。しかも今度は野営中に襲われた。三ヵ月前アミラン隊を襲って人数を減らした盗賊は少なくなった頭で効率よく”仕事”をするために夜、隊商の皆が寝入ったところを狙ってきた。


 野営はラバ車を円を描くように丸く並べ、その内側で肩を寄せ合っての野宿だ。円の中心部で焚火を夜通し燃やしてノイレンたちは交代で寝ずの番をした。

 盗賊が密やかに迫って来た時見張りをしていたのはコンボイだった。

「ん、なんだ?」

 コンボイは円周に配置されたラバ車に目を凝らした。皆寝ているはずなのにラバ車が一台動いている。そしてぽっかりと口を開けたその空間から馬に乗った盗賊たちが一斉に中へ雪崩れ込んできた。

「盗賊だ! みんな起きろ!」

 コンボイは湯を沸かすのに使っていたポットを薪で叩いて皆を起こすと剣を抜き、ラバ車の間を縫って入り込んできた盗賊へ斬りかかっていった。

 ポットを叩くけたたましい音とコンボイの叫び声で飛び起きたノイレンとエグライもそれぞれに剣を抜いて応戦した。

 ノイレンはぐるっと周囲の状況を確認するとコンボイの加勢に回った。

「馬の足を狙えコンボイ!」

 ノイレンは彼のもとへ駆けつけながらドドっと雪崩れ込んできた盗賊の馬を狙って剣を左右に振った。盗賊の馬は脚や腹を斬られ顔から地面につんのめったり、横倒しに倒れたり、または背に乗せている盗賊を振り落としてその痛みに悶えた。

 コンボイは初めての実戦に恐怖を覚え、剣を大振りしている。

「来るな! 来るな!」

 彼がもし盗賊と同じで馬に乗っていたのであればここまで取り乱すことはなかっただろう。しかし相手だけ馬上。ただでさえ馬の背は高い。敵はそのさらに上から彼に向かって剣を振り下ろしてきた。

「大丈夫かコンボイ! 慌てるな冷静になれ。」

 傍までやって来たノイレンはコンボイを落ち着かせようとした。彼と背中合わせになり声をかけた。

「コンボイ、相手をよく見ろ。あいつらはこちらの頭しか狙えねえ。それさえ避けられれば馬を仕留められる。ついでにあいつらの足もぶった斬ってやれ。」

「はいっ、でも・・・」

「でもじゃねえ、死にたくなかったら深呼吸してやつらの動きから目を離すな。」

 そう話している傍から盗賊たちは二人に襲い掛かってきた。

「お前はまず馬の足を止めてあいつらを引きずり落とせ。」

 ノイレンはそう指示すると目の前に迫ってきた盗賊に向かって高く飛び上がった。くるんと宙返りしながら空中で体をひねって相手の背後から肩口に剣を叩きこんだ。そうして今度はその盗賊の背中を蹴飛ばして近くにいた別の盗賊へ向かって飛んでいき、そいつの二の腕あたりに斬りつけた。

 ノイレンは着地すると次の盗賊を探して再び飛び上がり同じように次々と盗賊たちを斬った。

「すげー、隊長飛んでる。」

 コンボイは思わず感心してしまい盗賊から目を離してしまった。その彼の腕に鋭い痛みが走った。

「がっ・・・」

 馬上から振り下ろされた盗賊の剣がコンボイの左の二の腕を切り裂いた。腕が落ちるほどではないが、激しい痛みにコンボイの足が止まった。

「やられてたまるかっ!」

 コンボイはその盗賊の馬の腹に剣を突き刺した。馬は痛みで横倒しに倒れ、乗っていた盗賊は左足を馬と地面に挟まれて抜け出せなくなった。

「このやろう、よくも!」

 コンボイは身動きの取れなくなった盗賊の頭部へ剣を突き立てた。盗賊は顔が裂け、血と呻き声を吐いて絶命した。

「はあ、はあ、」

 コンボイは肩で息をし、剣を握る右手に伝わってきた人を殺した感触に気持ち悪さを覚えて吐き気を催した。

「うぷっ、」

「何をしているコンボイ! 止まるな動け!」

 ノイレンは飛び上がっては盗賊やその馬を蹴飛ばして次の敵へと刃を向けつつコンボイを叱咤した。

「コンボイうしろ! 剣をうしろに振れ!」

 彼の背後に迫ってきた盗賊に気づいたノイレンはそう叫びながらコンボイのもとへ急行した。しかし気持ち悪さに嘔吐していたコンボイは迎撃することができずただ振り向いて盗賊の恐ろしい形相を見つめただけだった。

『殺(や)られる?』

 彼がそう思った次の瞬間ノイレンの剣が盗賊の剣を受け止めて流した。

「しっかりしろ!」

 ノイレンは軽やかなステップでひらりと盗賊の二撃目を躱すとそいつの胴を薙いだ。返り血が勢いよくノイレンとコンボイの二人に降り注いだ。

「惚けてんじゃねえ!」

 返り血を浴びてさらに恐ろしくなったコンボイの頬にノイレンのぐーがきれいに決まった。

「斬り合いってのはこういうことなんだ。」

 ノイレンは仁王立ちになり、返り血に染まったその顔でへたり込んでいるコンボイを見下ろした。

「死にたくなかったら殺(や)られる前に殺(や)れ。」

 その力のこもったノイレンのまなざしにコンボイはダンスの時とは違う魔女を見た気がした。


「エグライは?」

 ノイレンは顔を上げるとエグライを探した。彼は少し離れたところで戦っていた。

「ちくしょう、頭が重い。眠い。こんなんじゃ殺(や)られちまうぞ。」

 ノイレンを見返したい一心で、出発してからずっと気負っていたエグライは仮眠のつもりがかなり寝入ってしまっていた。

 深く寝入っていたところを叩き起こされた彼は思考に体がついていかない。ともすれば睡魔が彼の足を掴んで闇の中へ引きずり込もうとする。エグライはそれとも戦いながら目の前の盗賊と渡り合っていた。

「ったく、こいつらどれだけいるんだ?」

 エグライはもつれる足を引きずるようにして走り回った。

「しつこいぞお前ら。」

 襲い来る盗賊と剣を交えながらも足を止めない。止めれば他の盗賊にも襲われるからだ。

 それまで一対一でしか実戦の経験がない彼はノイレンから足を止めるなとアドバイスを受けていた。普段彼女を目の上のたんこぶのように思っている彼もそのアドバイスは理に適(かな)っていると納得している。

 切り結んだ相手の剣を受け流すとエグライはそいつの腹に自らの刃を滑らせた。すーっと軽い力で肉が斬れて、鮮血とともに腸(はらわた)がそこから飛び出してくる。盗賊はとてつもない激痛に顔をゆがめて倒れた。

「ハァハァ・・・」

 エグライは切り口から飛び出したものを目に留めたあと次の盗賊の姿を探した。

「エグライうしろだっ!」

 唐突にノイレンの声が背中を叩いた。エグライはその目で確認することもなく、膝を曲げて体勢を低くし体を回転させた。その勢いを剣に乗せている。

「ヒヒィー!」

 エグライの剣に前脚を両方とも切断された馬が叫び声をあげて彼に向かってつんのめってきた。

「うわあっ、」

 大きな馬の体は、盗賊を乗せたままエグライに覆いかぶさる。それらとともにエグライはもんどりうって転げた。

 地面に転がった馬は必死に起き上がろうとするが、前脚がないため起き上がれず、その胴体をバタンバタンと上下に揺らすだけ。その動きに跨っていた盗賊は足を何度も挟まれておかしな形になっていた。馬の体重に大腿骨を粉砕されている。片足を馬の体と地面に挟まれて苦痛に顔をゆがめる盗賊に向かってエグライは刃を突き立てた。

「よくやったぞ、さすがだな。」

 そこに追いついてきたノイレンはエグライの健闘を称えた。

「べ、別に褒められるようなことじゃねえよ。」

 エグライは初めて聞くノイレンの誉め言葉に調子が狂った。

「その調子で残りも頼むぜ。ほら、来やがった。」

 言うが早いかノイレンは高く飛び上がると前から迫ってきた盗賊に斬りかかっていった。

「ちくしょう、俺も眠気さえなけりゃもっとまともに動けるのに。」

 身軽に飛び跳ねて盗賊を次々と倒していくノイレンを視界に留めながら、エグライは彼女を避けてこちらに向かってきた盗賊に狙いを定めた。

「お前らの好きにはさせない。」

 エグライは大きく息を吸うと一気に吐いて迫ってくる盗賊との間合いを測り、得意のスピンで馬の胴ごと盗賊の足を斬り落とした。盗賊は片足を失ってバランスを崩し落馬した。



 小一時間も続いただろうか。真夜中の襲撃はノイレンたちの勝利で終わった。盗賊はさらに人数を減らす結果となり退散した。

「勝った、のか?」

 エグライは静かになった野営地をぐるっと見まわして仰向けに倒れた。漆黒の空に無数の星が瞬いている。その中に牛やヤギの乳のような色をした河が空を分断するように流れているのを眺めていたらそのまま寝落ちしてしまった。

「コンボイ、傷の具合はどうだ? 今手当てしてやる。」

 ノイレンは肩で激しく息をしているコンボイのもとへやってくると斬られた左腕を掴んで傷口を見た。

「ゔわぁぁ!」

 ノイレンの容赦のない掴み方にコンボイは腕がちぎれるかと思った。

「情けねえ声上げてんじゃねえよ。こんくらい唾付けときゃ治るぞ。」

 そういいながらもノイレンはその傷口を舐めるのではなく代わりに塩を塗り込んだ。

「どぅわああっ!」

 コンボイはあまりの刺激に気絶した。

「ありゃ、しょうがねえな、こんくらいで。」

 ノイレンは塩を塗り込んだ傷口に布を巻くとコンボイをそこに寝かせた。

「さてエグライはっと、」

 辺りを見回すとエグライは仰向けで寝ている。

「あはは、さすが多少でも実戦経験のあるやつは違うな。あとで褒めてやろ。」

 ノイレンは満足げに微笑んだ。

次回予告

危なっかしくも頼もしい仲間を得たノイレン。初陣で辛くも勝利を得たコンボイはますますノイレンへの慕情を募らせていた。それを冷ややかに弄(いじ)るエグライ。ところが当のノイレンは全く気づきもせず毎日を楽しく過ごしている。一方キニロサ支部ではサフィアの身に恋の嵐が襲い掛かる。ノイレンとサフィア、それぞれどうなるのであろうか。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回特別編第三話「お前はどうしたい?」

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