108「だからノイレンはこれ以上手を汚さなくていいの。」
一向に止む気配のない雨はノイレンから体温を奪っていった。
ノイレンの前髪を濡らした雨は彼女の頬を伝い、首筋へと流れてブラウスの色を濃くしていく。ノイレンは寒さを覚えたが、かえってそれが脇腹に受けた傷の痛みを忘れさせた。
「さあどこからでもかかって来い。」
ライムントはビルをブンブンと回転させて己が力を誇示している。
『どこから攻め込もうか。真正面からビルに当たってもどうにもできねえよな。』
ノイレンが考えているとライムントは回転を止め、ビルの槍刃をノイレンに真っ直ぐ向けた。
「観念したか。そのままおとなしくしていろ。さすれば苦しまずに死なせてやろう。」
ライムントは左手で柄を軽く握り、右手で柄の後方をしっかり持って、体を左前に構えた。
「いくぞ。」
ノイレンは深呼吸するとキっとライムントを見据えた。
「へっ、ほざきやがれ!」
冷静さを取り戻した彼女の中で静かな怒りが燃えていた。ノイレンは爪先立ちの軽やかないつものステップでライムントを攪乱するようにその懐へ迫り始めた。
「愚か者が。」
ライムントはノイレンを串刺しにすべく、両手で握ったビルを前後に突き動かしつつ右に左に繰り出してきた。ノイレンはひらりとそれらの攻撃を全て躱して間合いを詰めていった。
「ええい、貴様はネズミか。チョロチョロと逃げ回りおって。」
手負いのノイレンは強がってみせているだけだと思っていたライムントの眉間に皺がよってきた。怪我をしているノイレンがここまですばしっこく動けるとは予想していなかった。しかも今は雨が降っている。痛みで動きが鈍ったうえにぬかるんだ地面に足をとられるだろうと踏んでいた。ところがノイレンのステップは怪我の痛みと足場の悪さを全く感じさせないではないか。
「むんっ、」
ライムントはノイレンの胸あたりを狙ってビルを突き出した。槍刃が迫る。ノイレンはスっと身をかがめ、それを横目にやり過ごしてライムントの足元に最接近した。ライムントは柄の横に付いているフックでノイレンを引っ掛けて倒そうと、手首をひねってぐっと右腕を引いた。だがノイレンはそれよりも早く彼の足元から剣を突き上げた。
「なんとぉっ、」
ライムントの下腹から胸にかけて折れたネオソードの刃が食い込み、皮と肉を裂きながら駆け抜けた。
「ぐはっ、」
痛みでライムントがひるんだところへノイレンの蹴りが決まった。
「はぐっ、」
腹に受けた傷口にノイレンのブーツについた泥がねじ込まれた。よろめいたライムントはその体勢のまま右手でビルを横に振った。斧刃でノイレンの頭か胴を真っ二つにするつもりだ。もしそれが外れても堅い柄で彼女をぶっ叩ける。
勢いよく振られた斧刃がノイレンの身体をとらえる寸前ライムントの視界から彼女の姿が消えた。次の瞬間ビルの届かない後方に着地するノイレンがいた。ライムントはそのままバランスを崩して尻餅をついた。ノイレンは無言で彼を見据えた。
「何をやっているライムント。だらしがないぞ。」
返り血に目を潰されていたレイモンドが彼の失態を罵った。ライムントがノイレンの相手をしている間、雨に顔を打たせて血を洗い流し、だいぶ視界が戻ってきていた。
「うるせえ、このくらいなんともないわ。手負いをいたぶっても面白くないからな、同じ土俵に立ってやっただけだ。勝負はこれからだぜ。」
ライムントは立ち上がると腹に受けた傷などないかのように平然とビルを振り回し始めた。まさに強靭な獣だ。
「しぶといやつだな、全く堪えてねえのかよ。へっ、でもそうこなくっちゃ面白くねえぜ。」
ノイレンは口ぶりとは裏腹に真顔で挑発した。
「いくぞっ、」
ライムントは今度は突きではなく斧刃で叩き割るべくビルを斜め上に構えて突進してきた。ノイレンは膝を曲げて迎え撃つ。ビルの間合いに入るところでライムントはその太い腕に力を込めて思い切り振り下ろした。ノイレンは高くジャンプすると彼の頭上を通り越した。背後に回り込んで死角から攻撃する気だ。
「そうはさせん!」
ライムントは自らの体を回転させることでビルをぐるんと頭上のノイレンに向けて振り上げた。斧刃の反対側についているフックがノイレンのソードベルトを捉えた。力任せに思い切りビルを引くライムント。ノイレンは頭から地面に叩きつけられた。
「うがっ!」
逆さまに落ちたノイレンは首の骨が折れたかと思うくらいの衝撃を受けた。全身が痺れて動かない。
「とどめだ!」
ぬかるんだ地面に転がり、動けないノイレンに向かってライムントは両手でビルを振り上げ、薪割りのように斧刃をまっすぐに振り下ろした。レイモンドの顔に笑みがこぼれた。
「ちくしょう・・・」
ノイレンは覚悟を決めた。己の不甲斐なさが悔しくて、目を閉じることなく最後まで斧刃を凝視し続けた。あと数秒、それで頭を叩き割られる。その瞬間が迫った時、
「きゃううんっ!」
「!」
「何!?」
男たちは同時に叫んだ。
またしてもわんこがノイレンを守ろうと飛び込んできたのだ。ノイレンの頭を真っ二つに割るはずだったライムントの斧刃はわんこの身体を分断した。
二つになったわんこの身体の一つは地面に、もう一つはノイレンの上に落ちた。
「あああっ!!」
痺れが収まってきて少し動けるようになったノイレンは自分の上に落ちてきたわんこの身体を両手で抱きしめた。温かい。ノイレンの中にさらなる怒りが湧きあがった。
「うわああっ!」
ノイレンはわんこの体を抱きしめたまま、渾身の力を振り絞って飛び起きるとライムントに突進した。その足取りにまだ影響が残っている。おぼつかない。
「ふん甘いわ。そんな状態で何ができる。」
ライムントはビルをぐるんと一回転させて槍刃をノイレンの顔めがけて突き出した。ズブっと槍刃が肉に刺さる感触が手に伝わってきた。
「仕留めた。」
そう思ったのと同時にライムントは腹に熱さを感じた。
「?!」
視線を腹に落とすとそこには折れたネオソードが。先刻斬り裂かれた傷口はいともたやすくノイレンの刃を飲み込んでいた。腹に食い込んだネオソードからノイレンの手、身体、そして自身のビルへとライムントが視線をずらしていくと、
「な、なに?!」
ノイレンの身代わりになったわんこの身体が槍刃に串刺しになっている光景が彼の目に入ってきた。
「おのれ・・・犬を盾にす、とは・・・」
ライムントが悔しそうにノイレンを睨みつけると、ノイレンは柄を握る手に力を込めてぐるんと手首を回した。
「うぅ・・・」
ライムントの体から力が抜けていくのが剣を通して伝わってきた。
ノイレンはライムントの胴に足をかけて剣を引き抜くと、ビルの槍刃からわんこの身体も引き抜いた。そしてわんこの身体に頬をつけて涙した。
「ごめん、ありがとう。ありがとう。」
さあさあと雨が降りしきる中、あふれ出る血を浴びてノイレンの全身も真っ赤に染まっていた。
ノイレンは静かにレイモンドへその瞳を向けた。いたって冷静だが猛々しい怒りを秘めたその瞳にレイモンドは魔女を見た気がした。咄嗟に彼は傍らにいるサフィアの髪を鷲掴みにしてその首にソードブレイカーの櫛刃を当てた。
「剣を捨てろ。この女から殺すぞ。」
目の前で繰り広げられた惨劇に言葉をなくして腰が抜けたサフィアは、抵抗も何もできずただレイモンドのされるがままにノイレンを追い詰める材料にされた。
ノイレンはわんこの亡骸を、最初に犠牲になったわんこのそばに添わせると静かに近づいてきた。一歩一歩、その足取りは確実にレイモンドとの距離を詰めた。
「そこで止まって剣を捨てろ。でないとこの櫛刃で女の喉を掻っ斬る。裏刃と違って喉がずたずたに斬り裂かれて声の代わりに血を吐いて死ぬぞ。」
ノイレンは歩みを止めた。
「そうだ、それでいい。早く剣を捨てろ。」
レイモンドはサフィアの喉に剣を突き立てたままノイレンに指図した。ノイレンはそれには従おうとせずサフィアに目を向けた。その瞬間ノイレンは雷に打たれたようなショックを受けた。握っていたネオソードをぽとりと落としてしまった。
サフィアは生まれて初めて目の当たりにした惨劇にすっかり怯えきり、目の前にあるもの全てを拒絶する色をその瞳に浮かべていた。
『あの目、前に見たことある。』
サフィアの瞳に浮かんだ色に、ノイレンの脳裏にはかつて見たポルターの目がフラッシュバックしていた。嫌な目だ。恐怖に怯えて何もかも拒絶する悲しい目だ。ノイレンの心にすきま風が吹き抜けた。
『サフィア・・・』
ノイレンは初めてできた友達を失ったと思った。怒りの炎は悲しみという風に吹き消されそうに勢いを失いかけた。
「ふはは、そのままおとなしくしていろよ。」
レイモンドはサフィアを引きずりながらノイレンに近づいてきた。最後に残ったわんこがノイレンの横に来てけたたましく吠え、レイモンドを威嚇した。
「うるせえバカ犬が! 黒髪、そいつを蹴飛ばせ。」
レイモンドの声はノイレンの耳を素通りした。わんこは牙を剥いて低いうなり声をあげている。
「いいのか、この女が死ぬぞ。」
レイモンドは脅しながらノイレンの目の前まで来ると剣を振り上げた。そのとき、わんこが一足早くレイモンドに飛びかかった。
「何度も喰らうかよっ!」
レイモンドは飛びかかってくるわんこにサフィアを投げつけた。ノイレンの目にもんどりうって転がっていくわんことサフィアがスローモーションのように映った。一人と一匹は地面に転がって雨に打たれた。
「!!」
ノイレンの怒りの炎が再び勢いを取り戻した。ノイレンは素手でレイモンドに掴みかかった。
「させるかよっ、」
レイモンドは叫び、ノイレンに裏刃を振り下ろした。ノイレンは自分が斬られるのも構わずにレイモンドの首を掴んだ。
そのとき刃と刃がぶつかり合う音がノイレンの耳の上で響いた。
「なにっ?!」
レイモンドが振り下ろした刃は見慣れない形の刃に阻止されてノイレンに届かなかった。ノイレンの両手は彼の首に喰らいついた。レイモンドは首を絞められたまま見慣れない刃に沿って視線をずらし、その刃の主を見た。そこには浅黒い肌の女性剣士が。
「私の友達いじめるやつ、許さないの。」
ライラがいた。
「き、貴様、何者・・・」
ノイレンに首を絞められ苦しい息の中それだけ吐くのがやっとだった。
「悪党に名乗る名前は持ってないの。」
ライラは剣を交えたままレイモンドに鋭い目を向けた。そこにわんこが飛びかかってきてレイモンドの左腕に噛み付いた。
レイモンドは無我夢中で暴れた。剣を握る右手はライラに押さえられ、左腕にはわんこが喰らいついている。そして首はノイレンにガッチリと絞められてまともに息もできない。
「この、やろ・・・、こ、」
レイモンドの意識が遠のいてきた。
『こんなところでやられてたまるか。オレはプロの掃除屋だぞ。』
遠のく意識の中レイモンドは力を込めてノイレンの腹を数度蹴り、ついに蹴り飛ばした。ノイレンの手が首から離れていき、肺に湿った空気がふうっと入りこんできてはっきりした意識を取り戻した。
「このおっ!」
レイモンドは腕を振って左腕に喰らい付いているわんこをライラにぶつけた。
「きゃうんっ、」
わんこは悲鳴をあげると地面に転がった。わんこのせいで隙ができたライラを横目にレイモンドはうしろに飛び退いて体勢を立て直し、裏刃を前にして剣を構え、ライラとノイレンを左右に見る位置に陣取った。
牙を剥いたわんこが再びレイモンドに飛びかかろうとしたのをライラが尻尾をがしっと掴んで制止した。
「きゃんっ!!」
「やめるの。今あなたが行っても無駄死にするだけなの。」
尻尾を握る彼女の力が強過ぎてわんこは怒るどころか、激しい痛みで全身の力が抜けてしまった。
ライラはその場にうずくまったわんこの頭を撫でて謝った。
「ごめんなの。でもあなたにまで死んでほしくないの。」
ライラには逆らえないと思ったのか、わんこは大人しくなった。
ライラは頭上に剣を振りかざして構えた。肘を軽く曲げて左手を前に出し、左前に体を向けた。右手を振り上げたのは、腕の振りと手首のひねりを剣身に乗せるため。そうすれば遠心力が加わって打撃の威力が増す。タルワールの刃ならそれで簡単に相手の首を落とせる。
「私が相手なの。」
蝶々のようにふわふわとしたリズムで足を動かしながらライラは自分にレイモンドの注意を向けた。ノイレンはまたいつでも殴り掛かれるよう膝を軽く曲げて拳を構えている。
「ふん、てめえは標的に含まれちゃいねえが、邪魔するってんなら容赦はしないぜ。」
レイモンドはノイレンを横目に捉えつつライラに的を絞り裏刃を向けて構えた。
「私も容赦しないの。覚悟して。」
言い終わるや否やライラの姿が消えた。次の瞬間レイモンドの目前に現れた。降りしきる雨に姿がかき消されたかと思うくらいライラの動きは素早かった。
タルワールの刃がレイモンドの首めがけて弧を描いた。
「うぬっ、」
彼女のあまりの素早さに危うく首を落とされそうになったレイモンドは寸前でそれを受け止め、そのまま剣身を裏返して櫛刃にタルワールを絡めた。櫛刃がガッチリと噛んだところでレイモンドは手首をひねりながら腕を大きく振り下げた。タルワールを折る気だ。
「そうはさせないの。」
ライラはレイモンドの動きに合わせるように腕を動かして剣身にかかる力を相殺し、円を描いて腕を頭上に振り上げた。真上まで上がったところで櫛刃からタルワールの剣身が外れた。
「こなくそっ、」
レイモンドは手首を返し、ライラの頭に向かって剣を振り下ろした。ライラはふわふわした足捌きでくるんと身体を翻すと、そのまま回転の勢いを乗せてもう一度タルワールを叩き込んだ。レイモンドの右腕に刃が食い込んだ。まるで包丁で腸詰を切るように三日月型の湾曲したタルワールの剣身に彼の腕はすうっと斬り落とされた。
ライラは流れる動きで手首を返し振りぬいた刃を反転させて今度は彼の左腕に狙いを定めた。燕返しのように戻ってきたタルワールの刃はレイモンドの左腕を同じようにスッパリと切断した。
肘から下の両腕が彼の身体から分離してぬかるんだ地面に落ちて泥が跳ねた。
「ぅがぁぁ・・・」
レイモンドは激しい痛みに膝をつき、苦痛に顔を歪めてライラにその目を向けた。怒りと憎しみが入り混じった色がその目に浮かんでいる。両腕の傷口からどくどくと血がこぼれ落ちてぬかるんでいる地面に血溜まりを作った。
「ノイレン、とどめはあなたが刺すの。」
ライラは剣を鞘に納めてノイレンに目を向けた。
「うああっ!」
ノイレンは勢いよくレイモンドを突き倒すと馬乗りになって彼の顔や頭部に必要以上の拳を浴びせた。
ノイレンの目には悲しみによって支えられている怒りが溢れている。その怒りを全てぶつけるまで止まらない。ノイレンは我を忘れて殴り続けた。
レイモンドの顔はしだいに腫れて変形していった。鼻骨が折れ、鼻血が噴き出し、口からは歯が一つ、また一つとノイレンが殴るたびに飛び出した。
彼を殴るノイレンはいつの間にか泣いていた。かつてポルターが自分を恐れて拒絶したあの目を今度はサフィアが向けてきた。ノイレンはまたも一人で突き放された。そう思うと悲しくて悲しくて、それを怒りに変えることで折れそうな心をどうにか保っていた。
レイモンドは意識をなくし、ノイレンのなすがままにいたぶられている。それでもノイレンは拳を振り上げ続けた。
「もうやめてっ!!」
突然ノイレンはうしろから抱きつかれて止められた。
「もういいから、もうやめて、お願い。そんなノイレン見たくない。」
サフィアだった。
とうに意識を失い無抵抗のレイモンドを執拗に痛めつけているノイレンをサフィアは拒んで避けることなく彼女を抱きしめた。
「やめてノイレン。お願いだから・・・」
ノイレンの手が止まった。拳が潰れかけ、血だらけになった手の痛みが襲ってきた。それで我に帰ったノイレンはおずおずとサフィアに目を向けた。
「サフィア・・・、わたしが嫌いになったんじゃないのか?」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ、嫌いになるわけないでしょ! あなたは私を助けようとしてくれたんじゃない。」
「だって、サフィアの目、」
頬に涙を伝わせながらノイレンはサフィアの目を見た。彼女の目には後悔の念と、ノイレンへの申し訳なさが浮かんでいた。けれどもノイレンを拒絶する色はどこにもなかった。
「わたし、サフィアに嫌われたと思った。前にもこういうことあったから・・・」
「ごめんなさい! こんなことになったのは全部私のせい。私が父さんを甘く見てたのがいけなかったの。まさか父さんがこんなことまでしてくるなんて。ごめんなさい。私のせいでノイレンを傷つけた。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
サフィアの目から涙がとめどなくあふれ出した。
「サフィア、それは違う。サフィアは悪くない。怖い思いさせてすまなかった。」
ノイレンは傷ついた血だらけの手でサフィアの手を握った。
「そのへんにしとかないと、二人とも風邪引いちゃうの。」
ライラが無粋ともとれるちゃちゃを入れてきた。ノイレンはライラを見上げた。
「ライラ、ありがとう。でもどうして?」
ライラはにまっと微笑んだ。
「お礼ならナディアに言うの。私は頼まれただけ。」
「ナディアが?」
「ああ見えてナディアもお姉さんなの。」
ライラはしゃがむとノイレンとサフィアの頭を撫でた。
「やめろ。」「やめてくれる?」
ノイレンとサフィアは声を揃えて抗議した。
ライラはサフィアが纏っていた雨避けのマントにわんこたちの亡骸を包むと二人を促した。
「さあ早く帰るの。あったかいお湯につかればほっこりするの。」
「待ってくれ。まだあのヘビ男生きてる。」
帰ろうとするライラをノイレンは呼び止めた。レイモンドは意識を失っているだけで死んではいない。折れたネオソードを逆手に持ってとどめを刺そうしたノイレンにライラは言った。
「心配ないの。このままうっちゃっておけば、寒さと出血多量で持ちはしないの。」
「でもやっぱりとどめを刺したほうが、」
「とどめならもういっぱい刺したの。だからノイレンはこれ以上手を汚さなくていいの。」
「でも、」
「でもじゃないの。お姉さんの言うことを聞くの。」
ライラはノイレンの頭に手を伸ばした。
「やめろ。」
ノイレンは半目でライラを見た。
三人と一匹はさあさあと降りしきる雨の中帰途に就いた。しばらく歩いたところでライラは足を止めた。
「忘れ物したの。取ってくる。」
「忘れ物って? わたしも一緒に行くよ。」
「私だけでいいの。二人は先に戻ってるの。」
一緒に戻ろうとするノイレンを制止してライラは一人で引き返していった。
「わかった。気をつけてな。」
「私、お姉さんなの。」
さあさあと雨が降りしきる薄暗い裏路地。掃除屋の二人が倒れているところへ戻ってきたライラは周りに注意を払った。ノイレンたちが尾けてきていないことを確かめると、気絶して雨に打たれているレイモンドの傍へ歩み寄り彼を見下ろした。その目が鋭い。
「容赦しないって言ったの。」
ライラはタルワールを抜くと、その鋭利な刃をレイモンドの胸にすうっと突き刺した。レイモンドの心臓は鼓動を止めた。
次回予告
サフィアとライラ、そしてナディアの温かさに支えられたノイレン。折れてしまったネオソードを直してもらいにノイレンはシェヒルへ向かった。それともう一つ目的があった。それはカーツォに一切の手を引かせること。ノイレンは託されたサフィアの形見をその手に握って本部へ行くが・・・
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第百九話「一つお願いがあるんだけど。」




