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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
最終部『輪環(わ)』

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107/113

107「降ってきたみたいだな、雨の匂いがする。」

 夕方前、ようやくサフィアのお守りから解放されたノイレンはヤシャダムの店に向かった。頭の上にはどんよりした空が広がっている。このままいけばそう遠くないうちに泣き出しそうだ。

 取り乱したサフィアをなだめるために、結局走り込みに行くこともできず朝から今までサフィアにつきっきりだった。午前中は彼女の仕事を手伝いつつ、彼女の挙動に神経を尖らせた。昼を過ぎてもなお目を離すとシェヒルに向かって飛び出していこうとするから放っておけなかった。夕方近くになってようやく諦めたのかサフィアは落ち着きを取り戻してノイレンは解放された。しかしノイレンは嫌な予感がしている。サフィアはなにかを企んでいるに違いない。

「サフィア、本当にもう大丈夫だな? 無茶なことしないって約束できるか?」

「もちろん! 今日の私はどうかしてたわ。気が動転しちゃったのね。ノイレンや姉さんに心配かけてしまってごめんなさい。許して頂戴。」

 最後はサフィアがタツノオトシゴのように口を尖らせて文句を言いだすほどに何度も念を押してノイレンは部屋を出た。


 厩に来たノイレンは馬さんに跨って手綱を緩く掴んだ。

「じゃ行こっか。いつもの店な。」

「ぶひん?」

「ん、サフィアのことか? ま、大丈夫じゃないのかな。馬さんも心配してくれてんのか、ありがとな。」

 ノイレンは優しく馬さんの首を撫でた。すると馬さんはまだなんの合図も受けてないのにヤシャダムの店へ向かって歩き出した。ポクポクと足取りが軽い。ノイレンを乗せるのが本当に嬉しいらしい。わんこたちもそのあとをチョロチョロとついてきた。

 馬さんが勝手に進んでいく間ノイレンはずっと空模様を眺めていた。

「やっぱ降りそうだな。やだな、わんこたちずぶ濡れになると乾かすの大変なんだよなあ。」

 ノイレンは馬さんの周りにいるわんこたちに目をやった。わんこたちはノイレンと目があって嬉しいのか、後脚で立ち上がり尻尾をブンブン振った。

「お前らの毛も鳥の羽のように雨を弾くといいのにな。」

 そんなことを言ってみるがわんこたちは全くわかってない。そうこうしているうちにヤシャダムの店に着いた。


「ノイレン?!」

 ヤシャダムは自分の目を疑った。昨夜はああ聞いたものの、やはりノイレンが心配でしばらくの間身を潜めてほしいと思っていた。

「やあ、今夜も踊らせてくれ。」

「何しに来た。お前さん狙われてるってのに。」

 今は幸いにも例の男たちは店にいない。しかしいつ来るかわからない。ヤシャダムは気が気ではなかった。

「あはは、大丈夫だって。それにさ、爬虫類と獣でしょ。やっぱり自分の目で見てみたいじゃん。」

「だからってのこのこやってくるなんざ、正気の沙汰じゃねえぞ。」

 ヤシャダムは話しながら店の出入り口をチラチラと気にした。

「なんだよ、今日は踊らせてくんねえのかよ。そんなら別の店に行くぜ。」

 不貞腐れたノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませて店から出て行こうとした。

「ちょい待ち。誰もそんなことを言っとらんだろが。踊るのは全然構わねえが、本当にいいのか?」

 ノイレンは言葉の代わりにニカっと笑った。


 ダンス衣装に着替えたノイレンはステージに立った。今日はネオソードを提げている。常連たちは期待した。

「おい、ノイレンのやつサーベルを持ってるぜ。」

「いつものセクシーな衣装が、なんかこう、」

「なんだよ?」

「い(・)か(・)す(・)っていうか、勇敢セクシー?」

「はあ? なんだそりゃ。」

「センスねえなお前。せめて勇壮な女戦士とか言ってくれよ。」

「お前ら黙れ、邪魔だぜ。」

 あちこちのテーブルからそんな会話が漏れ聞こえてきた。ノイレンは気にすることもなく演奏係に目配せして剣を抜いた。鈍色の剣身がランプの灯に照らされ冷たい光を放った。演奏係は二胡のような弦楽器を爪弾き始めた。少し悲しげな音色が艶っぽく、勇ましいノイレンの姿を引き立てた。客たちの瞼に焼きついたそれは、剣を片手に舞う、まるで悲壮な決意をした女神のようだ。カウンターにいるヤシャダムは腰を抜かしそうになった。

「魔女が女神に化けてやがる。」

 仕事も忘れてノイレンのダンスに見入ってしまった。


 ふと気づくとヤシャダムの前にあの二人組の男たちがいた。二人ともカウンターに片肘をついてじっとステージ上のノイレンを注視していた。それに気づいたヤシャダムは心臓が飛び出しそうなほどに驚いたが、何もできずにただ黙って二人の横顔を見た。

「ふん、いいじゃないか、黒髪ポニーテール。」

 レイモンドは獲物を狙うヘビのような光のない目を向けていやらしく片方の口角を上げた。本当に気持ち悪い。

「ああ、あのダンスはいいな。あんなのは今まで見たことがねえ。」

 ライムントも思わず見惚れていた。

 ノイレンのダンスが終わり、彼女がカーテシーで締めくくってステージを降りると、レイモンドはヤシャダムに視線を移した。

「オヤジ、ビールをくれ。三つだ。」

「早くしてくれよ。」

 ライムントも急かした。

 ヤシャダムは震える手でビールを注ぐと無言で彼らの前にジョッキを置いた。するとレイモンドはヤシャダムに顎で指図した。彼の顎が指したのは客席回りをしているノイレンだ。

「心配せずともむこうから来るさ。」

 ヤシャダムはそれだけ言うと二人から顔を逸らし、ノイレンに心配そうな目を向けた。

 しばらくするとノイレンは二人のもとへやって来た。チップで彼女の胸が一回り大きくなっている。レイモンドとライムントはジョッキを片手に、ふふんとせせら笑ってノイレンの胸を見た。

 カウンターの向こうでヤシャダムが不器用な目配せをしているのに気づいたノイレンは微かに口角を上げて彼を気遣った。

 ノイレンは二人の男たちに面と向かうと満面の笑みを浮かべてわざと訊いた。

「見ない顔だな。”お上りさん”か? わたしのダンス、楽しんでもらえたかな?」

 レイモンドが先に口を開いた。

「ああ。ダンスはよかった。」

 それにライムントが付け加えた。

「もう見られないと思うと少し残念だな。」

「なんだあんたらもうイ(・)っちまうのか。そりゃ残念だ。もっと見てってほしかったな。」

 ノイレンはニカっと笑ってわざとそう返答した。

「ああ、本当に残念だ。だからこれは俺たちからの餞別だ。遠慮なく飲(や)ってくれ。」

 カウンターの上を滑らせるように三つ目のジョッキをノイレンの前に差し出してレイモンドはニタリと笑んだ。頬にあるウロコのように見えるアザがランプの光に浮かび上がって本当に爬虫類が微笑みかけているようだ。ノイレンはそれに臆することもなく嬉しそうにジョッキを手にした。

「ありがとう、遠慮なくもらうぜ。」

 お礼を言うとノイレンはぐびっと喉に流し込んだ。その様子をヤシャダムは少し離れたところで覗き見るようにして伺っていた。

『ノイレン、本当に大丈夫なんだろうな。』

 もらったジョッキを空にするとノイレンはふと店の外に目をやった。

「降ってきたみたいだな、雨の匂いがする。」

 レイモンドとライムントも店の外に視線を向けた。

「そのようだな。」

「ちょうどいいじゃないか。お前にも泣(・)い(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)ヤ(・)ツ(・)がいたぞ。」

 二人はハモるようにセリフをつなげた。

「へっ、わたしじゃなくて、あんたらのためにだろ?」

 ノイレンはニヤリと口角を上げて挑発するような目を二人に向けた。レイモンドも同じように口角を上げてノイレンを見返した。

「その減らず口、いつまでもつかな。」

「いつまでだろうな。多分わたしが死ぬときまでかな。」

 するとライムントが笑い飛ばした。

「なっはは、違(ちげ)えねえ。その通りだな。」

 ノイレンはライムントに目を向けるとさらに挑発した。

「おっさん、なにか勘違いしてねえか? わたしが死ぬのはもっとずっと先の話だぜ。歳食って、おばあちゃんになってからだからな。」

「なっはは、言うな黒髪。面白い奴だ。」

「へっ、おっさんたちこそ、その口いつまでもつかな? 今夜か、明日か。」

 レイモンドの得体の知れない強さ、ライムントの屈強さを一目で見て取ったノイレンは内心わくわくしてきた。

「ここじゃ店の迷惑になる。外へ行かないか。」

 レイモンドは手のひらを上にした左手を出入り口に向けてエスコートするように促した。

「着替えてくるから待っててくれ。」

「もちろんだ。」

 ノイレンは控室に姿を消した。



 その少し前ナディアはアミラン隊が定宿(じょうやど)にしている隊商宿にいた。隊商の商人の中には自宅を持っている者も、妻子のいる者もいたが、一年のほとんどを旅に暮らしているため、多くの商人たちは家を持たずに隊商宿を生活の拠点にしていた。隊長のアミランもその一人。長い行商暮らしで定住場所を持っていなかった。彼にとって家といえば生まれ育った実家になる。しかしもう何十年も帰っていない。今のアミランにとって隊商宿が家だった。そして東方出身のライラもその若さゆえもあって家を持たない根無し草だった。

「私(わー)は旅が好き。旅の中に生きて旅の中で死ぬの。」

 彼女がアミランに初めて会ったときに口にした言葉だ。それでアミランに気に入られた。


「私(わー)に頼みたいことって何?」

 隊商宿のロビーに呼び出されたライラはナディアを見るなり尋ねた。

「まだ何も言ってないが、わかるのか?」

「当たり前なの。商売の話ならアミランのところへ行く。私(わー)のところへ来るのは違うときなの。」

「そいつは話が早くて助かる。実はライラに頼みたいことがある。」

 ナディアは周りに目を配り、誰もいないことを確認してから声を潜めて話し始めた。



 ノイレンが控室で着替えているころ、雨除けのフード付きマントを纏った一人の女が店に姿を現した。フードを目深にかぶっていて顔が見えない。

 女はさっきまでノイレンが話していた二人の男たちのところへまっすぐにやってくると目の前に立ちはだかった。

 レイモンドはちらりとだけフードに隠された顔を覗き込んでジョッキを傾けた。ライムントは対照的にその女の姿をじっと見つめたままジョッキをあおった。

 ライムントは空にしたジョッキをカウンターに置くと口を開いた。

「正体を隠したつもりなのかもしれないが、俺達にはバレバレだぜ女。」

 フードの奥から女の声が聞こえてきた。

「初対面なのに私がわかるのかしら? ま、話が早くていいわ。あなたたちに提案があるの、表に来て頂戴。」

「雨降ってんだろ、めんどくせえな。ここで話せや。」

 カウンターに片肘をついてライムントが拒否すると女はチラと控室のほうへ視線を向けた。

「黒髪ポニーテールに聞かれちゃまずいか?」

 レイモンドはジョッキを空にするとその女を小馬鹿にするような視線をフードの奥へ投げてニヤリと冷たい笑みを浮かべた。頬のウロコがランプの光を反射した。女はその気持ちの悪い笑顔にたじろいだ。

「よ、余人を交えずに話したいの。表に来て頂戴。」

 女はフードの端を指で摘んでなおさらに顔を隠しながら再び二人を表に誘った。

「めんどくせえな、どうするよレイモンド。」

「黒髪が戻ってくるまでの暇つぶしにちょうどいい。」

 頭を掻きながら顔をしかめるライムントにレイモンドは彼と女に表に出るよう促した。


 女と男たちが表に出てしばらくしたころ、ノイレンが着替え終わって控室から出てきた。

「あれ、あいつらどこ行った? おやっさん、」

 ノイレンはおやっさんを見た。ところがヤシャダムは知らんぷりをした。

「さあな。誰だか知らんが、やつらの知り合いらしいのがやってきて話してたようだが。」

「ええ~、なんだよ、せっかく楽しいところだったのに。」

 ノイレンはサフィアみたいに口をとがらせるとカウンターに両手で頬杖をついた。

「おやっさん、もう一杯くれ。ふて酒だ。」

 その時店の表から女の甲高い悲鳴が響いてきた。

「ほれ、・・・あれ? ノイレン?」

 ビールをなみなみ注いだジョッキを持ってきたヤシャダムがそれをノイレンに差し出そうとしたらそこに彼女の姿がなかった。

 女の悲鳴を聞いたノイレンは勢いよく表に飛び出していった。甲高い悲鳴に聞き覚えがあった。

「あの声は・・・」

 表に出るとノイレンは馬さんと一緒に待機していたわんこたちに声をかけた。

「あいつらはどこ行った?」

 わんこたちは一斉に走り出した。雨がさあさあと降りしきる中ノイレンはそれを追いかけた。

 また女の悲鳴が響いた。わんこたちは吠えながら走っていく。三匹の咆哮が混ざり合わさってノイレンの心をざわつかせた。

 店から二つ角を曲がってしばらく進んだ先の路地裏に悲鳴の主はいた。

「サフィア!」

 わんこたちに次いで追いついたノイレンは悲鳴の主の姿を見るや叫んだ。サフィアはライムントに羽交い絞めにされて、その首に斧刃を突き付けられていた。わんこたちは取り囲むようにして吠え立てている。

 ライムントの得物はビル。二メートルくらいの棒に三種類の武器が装備されている。棒の先端に鋭利な長い槍刃が、そのすぐ下、棒の横に斧刃が、そして斧刃の反対側にフックが付いている。これならばたとえ相手がフルアーマーを着用した騎士であっても対抗できる。相手が馬上にいればフックをアーマーに引っ掛けて引きずり下ろし、先端の槍でアーマーの隙間から突く。アーマーの内側に鎖帷子を着ていても槍ならば貫くことができる。戦場に駆り出された農民兵がよく用いた武器だ。

 男たちを囲んでいるわんこたちのけたたましい咆哮はさあさあと降る雨音にも負けず路地裏に響いた。ライムントの横にいたレイモンドが一歩前に出た。

「予定が狂ったが、ま、それも良しとしようじゃないか。」

 レイモンドはその手に見慣れない得物を持っていた。刃渡りは七十センチほどの両刃の剣。しかし表刃がまるで髪を梳く櫛の歯のようにギザギザしている。それをチラチラとノイレンに見せつけるようにして彼女にニヤリと笑いかけた。その爬虫類のような冷たい笑顔が実に気持ち悪い。ノイレンはヘビかトカゲに微笑まれたような嫌悪感を感じた。

「サフィアを離せ。お前らが勝負したいのはわたしだろう。彼女は関係ない。」

 ノイレンは柄に手をかけてレイモンドを睨みつけた。

「残念だが、もう関係なくはない。この女は自分から首を突っ込みやがった。」

「どういうことだ?」

 身構えたままノイレンが訊くと、男たちの代わりにサフィアが答えた。

「ごめんなさいノイレン。どうしてもあなたを助けたかったの。」

「何があった? サフィア。」

 レイモンドは剣先をサフィアのスカートのスリットに差し込むと、表の櫛刃(くしば)ではなく裏の直刃(すぐば)をスリットの上端に当てて持ち上げた。すると軽く持ち上げただけなのにサフィアのスカートがスーっとたやすく裂けてスリットが深くなり、彼女のすらりとした足が付け根近くまで露わになった。サフィアは恐怖で足がすくんだ。彼女の白い足がガクガクと震えている。

「やめろ!」

 ノイレンはネオソードを抜いて威嚇した。レイモンドはペロリと舌舐めずりしてニヤリと笑みを浮かべた。まさに先割れの舌をチロチロと出し入れして獲物に迫るヘビだ。

「この女はな俺たちを買収しようとしたんだ。プロの俺たちが金で転ぶと軽んじやがった。俺たちは馬鹿にされて黙ってるほどお人好しじゃないんでな。」

 レイモンドはいやらしい目つきでサフィアの白い足を眺めながら彼女が何をしたのか教えた。

「買収だと?」

「依頼主が出した金の倍を出すからそれで手を引けって言いやがったのさ。なあ?」

 レイモンドはサフィアにその目を向けると剣をさらに持ち上げようとした。

「やめろ! サフィア本当なのか?」

 ノイレンはサフィアの目を見つめた。彼女の瞳に後悔の色が浮かんでいる。

 サフィアを羽交い締めにしているライムントは彼女の髪の毛をうしろから鷲掴みにして脅してきた。

「こいつはプロを舐めてやがる。その落とし前はきっちりつけてもらうぜ。」

 そして鷲掴みにした髪をひっぱって彼女の顎を上げさせ、産毛を剃るようにビルの斧刃でその喉を撫でた。

「ひっ、」

 冷たく固い斧刃の感触にサフィアは短く声を出した。彼女の白い足に雨とは違うものが流れていった。

「ようレイモンド、こいつちびりやがった。」

 足元まで流れたものが雨とまじりあって地面に吸い込まれていった。

「なんでも金で解決できると思い込んでる甘ちゃんにはちょうどいい報いだな。ふはは。」

 レイモンドは剣を持ち上げてスリットを最後まで裂いた。そしてウロコに見える頬のアザを歪めていやらしく笑み、さらに露わになったサフィアの白い肌を舐め回すように眺めた。

「お前らいいかげんにしやがれ!」

 ノイレンは一足(いっそく)飛びにレイモンドに斬りかかっていった。ネオソードの剣先をレイモンドに向けて水平に構え、彼の胸倉めがけて突進した。もう少しでレイモンドの胸板に剣が突き刺さるというところで彼の不思議な形をした剣の櫛刃がノイレンの刃を絡めとった。レイモンドはそのまま大きく円を描くように剣をグルンと回転させた。櫛刃に挟まったネオソードは弄ばれるようにそのまま円を描き、その天頂に達したところでポッキリと折れた。

「なっ!?」

 折れたネオソードの刃はくるくると回転しながら雨でぬかるんだ地面に落ちた。柔らかくなっている土がそれを抱きとめるように包み、冷たい雨が鈍色を次々と打ち付けた。

「あっはは、ざまないな。黒髪。」

 レイモンドは高笑いして剣を顔の前に掲げると自慢した。

「こいつはソードブレイカーってんだ。今やってみせたように相手の剣を使い物にならんようにするものだ。」

「ソードブレイカー?」

「そして櫛刃の裏の直刃でこうするんだっ。」

 裏刃をノイレンに向けるとレイモンドはノイレンを横薙ぎにすべく斬り込んできた。剣を折られ、気が動転してしまったノイレンはいつものように躱せず、レイモンドの凶刃をわずかにその脇腹に喰らってしまった。ベストとブラウスが破れ、その下の白い肌に赤い筋が走った。

「ほう素早いな。俺の攻撃をまともに喰らわずに避けるとはな。」

 レイモンドは自身の剣技にかなりの自信を持っているらしい。少しだけでも避けられてしまったことが癪に障った。

「だがこれで終わりだ、先に逝け!」

 レイモンドは獲物に飛びかかるヘビのようにもう一度ぐんと迫ってノイレンに向けた直刃を上下に振った。ノイレンは刃が半分になってしまったネオソードで一度は攻撃を流したが、すぐさま返ってきた二撃目を受けきれず隙が生まれた。

「あばよ。」

 レイモンドはその隙を見逃すことなく三撃目を繰り出した。

「くっ・・・」

 ノイレンが悔しさを噛み締めたそのとき、二人の間にわんこが一匹飛び込んできた。

「きゃうっ、」

「!」

「なんだとっ、」

 ノイレンの窮地と知ったわんこがノイレンを庇うべく、その身を挺してレイモンドの剣を受けとめた。よく斬れるソードブレイカーの直刃はわんこの胴を斬り裂いた。真っ赤な血がレイモンドに降りかかり彼はそれで目を潰された。

「ぐあっ、」

 たじろいだレイモンドはよろよろとライムントのいるところまで引いた。

 ノイレンは両膝をついて濡れそぼる地面に横たわるわんこの亡骸を抱え上げるとぎゅっと抱きしめた。

「ごめん、ごめん・・・」

 ノイレンの頬を涙が伝う。残された二匹のわんこたちは男たちに牙を剥き、毛と尻尾を逆立てた。

「だらしねえなレイモンド。犬に邪魔されるとは恥さらしだぜ。」

 ライムントはサフィアをぶん投げるようにレイモンドに押し付けると、ビルの柄の真ん中を持ってブンブンと回転させた。

「今度は俺が相手だ。」

 わんこの亡骸をそっと脇に置いて立ち上がると、ノイレンは刃の折れたネオソードを握り直していつものように構え、目つきも険しくライムントをまっすぐに見据えた。

「上等じゃねえか。どっからでもかかってきやがれ。」

「なっはは、逃げないのは褒めてやろう。しかしそんなモ(・)ノ(・)で相手になると思うなよ。」

 ライムントは得意げな顔でノイレンをせせら笑った。

次回予告

ソードブレイカーに大切なネオソードを折られてしまったノイレン。ライムントは容赦なくノイレンに迫る。刃が折れたままの剣を握りしめノイレンは対決した。サフィアを助け、わんこの仇を討つことしか頭にないノイレンは脇腹に受けた痛みも忘れて戦うがライムントはしぶとかった。さらに返り血で目を潰されていたレイモンドが復活して牙を剥いた。ライムントとレイモンド、二人の掃除屋にノイレンは苦戦を強いられる。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第百八話「だからノイレンはこれ以上手を汚さなくていいの。」

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