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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
最終部『輪環(わ)』

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106/113

106「黒髪ポニーテールの女。」

 戻ってきたアミラン隊が次に東方へ向かうのは三ヵ月後の七月中旬。その間ノイレンはサフィアの元にいる。

 隊商が仕入れてきたものはほとんどカーツォ商会が買い取った。高級な品はナディアが上流相手の商人を通して売り捌く。さらに今回初めての試みで仕入れた中流向けの比較的上等な品を捌くためナディアは広い人脈を頼って、まずはキニロサ市内にあるさまざまな商店へ卸すための営業に奔走していた。

 一方サフィアはというと、それ以外の庶民向けに仕入れた安価な小物を市場(いちば)に出店して直接叩き売りをした。

「実際にお客さんたちと触れ合ってみないと具体的な需要がわからないじゃない。」

 サフィアはそれを肌で感じたくて自ら店頭に立つことにした。もちろんパンダ役のノイレンを連れて。


「なあ、本当にこんな恰好でやんのかよ。」

 サフィアが秘密裏に用意した衣装に強引に着替えさせられたノイレンは市場に出した露店の前で耳まで赤くしてもじもじ。顔から火が出るほど恥ずかしくてたまらず、穴を掘ってでも隠れたい気分だった。まるで黄色いドレスを着ていたときのようだが、今回のはそれに輪をかけて女の子女の子すぎる衣装で、今すぐにそれをかなぐり捨ててしまいたい衝動に駆られた。

「こんなの着て踊るくらいなら裸のほうがマシだぜ。」

 思わずそう言いたくなるほど恥ずかしくて人の目が気になった。

「バカ言わないで。そういうお店じゃないんだからね。」

「そう言われてもさ、なんでダンスすんのにこんなの着なきゃなんねえんだよ。」

 サフィアがノイレンに黙って用意していたのは派手可愛い町娘向けの他所(よそ)行きドレス。

 どれだけ可愛らしいかというと、淡いピンクを基調として全体に白いフリルやレースがたっぷりあしらってある。ボディス(コルセットタイプの胴衣部分)と、多層フリル仕様の膝上スカートには花柄の刺繍とカラフルなリボン。黙っていてもすれ違う人の目を引くほど存在感が強い。それに袖はレースで縁取りしたふんわりパフスリーブ。仮にノイレンがお母さんのもとで素直に成長していたとしても、こんなフリフリのドレスなんて絶対に着なかった。さらにスカートの裾からは「見せドロワー」が覗いている。今で言う「見せパン」だ。それをわざと見えるようにスカートの丈が調整されていた。それでドロワーの裾にまで幅の広い蝶結びのリボンが付けてある。さらにそれに合わせた革製のアンクルブーツまで用意していた。サフィアは随分と金をかけていた。

「損して得取れよ。大勢の目を引くにはそれくらいしなきゃね。」

 サフィアはノイレンの見た目とダンスのうまさを計算してその衣装を用意した。それを着た今のノイレンはどこからどうみてもおめかししてお茶会やデートに行く町娘にしか見えない。

 恥ずかしさのあまりいつもの負けん気はどこへやらで、しおらしく、頬を赤らめている様子はかえって行き交う人々の目を引いた。

「それじゃこれを付けて頂戴。」

 サフィアは店頭に並べた東方のアクセサリーをあれこれノイレンに付けさせた。

 髪飾り。耳飾り。首飾り。手首や指にはめる物。それだけにとどまらず、ブローチのような服に留める飾りまで。それらを嫌味なくコーディネートしたセンスはさすがサフィアだ。

「さ、踊って頂戴。いっぱい注目を集めるのよ。商品の宣伝は私がやるから、あなたは”黙って”踊っててね。」

「なんだそれ。そりゃあ踊ってるときはしゃべらねえけどさ。」

「それよ。あなたしゃべるといい女が途端に台無しになるんだから。」

 ノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませた。その様子も派手可愛いドレスだと可愛らしく見えるから不思議だ。


 サフィアの目論見は見事に的中した。

 派手可愛い衣装で、頬を赤らめながら恥ずかしそうに踊るノイレンは市場の注目を一身に集めた。あっというまに人だかりができた。

 たおやかで流れるような仕種。なめらかな身体の動き。そのくせ表情は恥じらいに染まっている。そのギャップに人々は心を掴まれた。

 ノイレンがくるんと回れば、多層フリルのスカートがふわっと大きく広がって、そこに施された刺繍やリボンが見る人の目を引く。そして広がったスカートの下からかわいいドロワーがはっきりとその姿を現す。見せパンだからいやらしさは全くない。周りを囲む人たちは心置きなくそのセクシーさを堪能できた。シミーで肩や胸を揺らしても、ダンス衣装のような艶やかさはないから可愛らしく見えるだけだ。

 ノイレンが踊っている最中にサフィアは人々の注目を、ノイレンが身に付けているアクセサリーに向くようさりげなく声をかけてまわった。

「彼女の髪飾り素敵でしょう。あれは東方のもの。この国にはない珍しいもの。お一ついかがですか?」

「彼女の胸元についているのは東方製のブローチよ。素材も東方独特のものを用いてるの。なかなか手に入らない逸品。今なら安くお求めになれますよ!」

 ノイレンを囲む人々の目が店頭に並べられた様々なアクセサリーに向いた。徐々にそれらを手に取り品定めする人が増えていった。

「きれいねこれ。」

「これいくらなんだい?」

「それは四分一銀(クォーター)、そっちは半割銀(ハーフ)。どう? 安いでしょう。」

 サフィアはその懐事情を見透かしたように人々の購買欲を煽った。そのおかげで商品は飛ぶように売れ、ノイレンがダンスを終えるころには並べた商品の一割ほどが売れていた。

「なんだよ、ちょっとしか売れてないじゃん。」

 ノイレンは並べてある商品を見て悔しそうに呟いた。

「何言ってんの。初めてでいきなりこれだけ売れれば御(おん)の字よ。あなた一回のダンスでどのくらいの時間踊ってるかわかってる? わずか五分、十分の短い間にこれだけ売れたのよ。もっと自分の集客力を誇りなさいな。」

「ふ~ん、そんなもんなのか?」

「さあもっとどんどん売るわよ。ほら、早く踊って頂戴。」



 夕方。ノイレンとサフィアが支部へ戻ってくると、先に帰っていたナディアが状況を訊いてきた。

「おかえり。首尾はどうだった?」

「驚いて。完売よ!」

 サフィアはとても自慢げに胸を張って答えた。ナディアは予想外の答えに目を丸めた。

「なに!? たった一日でか。」

「そう。私も正直驚いてるわ。いくら仕入れた数が少ないといっても、まさか一日で売り切れるとは思ってなかったもの。それもこれもノイレンのおかげ。彼女がお客さんをたくさん集めてくれたから。」

 サフィアは鼻を膨らませて姉に自慢した。

「それだと買えなかった客もいただろう。そういう人たちはどうしたんだ?」

「もちろんフォローしてきたわよ。四ヵ月後に入荷した時には優先的に売るって約束をしたためた木札を渡したの。次はそれを持ってきてねって。」

「抜け目がないな。」

「でしょ。もっと褒めてくれていいのよ。」

「しかし、四ヵ月の間に熱(・)が冷めるんじゃないか?」

「そういう人もいるでしょうね。ま、それは仕方ないわ。」


 姉妹がそんな話をしている間、ノイレンは部屋の中央にある応接卓のソファに腰かけて緑色のお茶をすすっていた。

「おい黒髪。お前我関せずといったふうにお茶をすすってるが、一日で売り切れたことを何とも思わないのか。」

 ナディアは呆れたように腰に手を当ててノイレンを見た。

「いやあ一日で売れてよかったなあって思ってるよ。おかげでもうあの恰好しないで済むからな。」

「あの恰好?」

 ナディアは知らなかった。あの派手可愛いドレスのことを。もしナディアがあの姿を見たら「これはいい。ぜひ絵にして残しておきたい。」と腹を抱えて大笑いしただろう。そうなればノイレンはナディアと剣を交えて「こてんぱんにしてやる」と息巻くこと必至。サフィアはそれを予見したから姉には何も教えていなかった。

「あはは、なんでもないよ姉さん。ノイレンにはいつもと違う服装で踊ってもらっただけ。」

「なんだそんなことか。」

 ナディアはつまらんと言いたげに口をへの字に曲げて自分の席に着いた。

「せめてわんこたちがいればまだマシだったのに。」

 お茶をすすりながらノイレンがボソっと呟いた。

「何言ってるの。犬がいたら客寄せパンダじゃなくてただの大道芸になっちゃうでしょ。絶対ダメよ。次の時も犬はなしだからね。」

 サフィアはノイレンの向かいに腰を下ろすとお茶をすすった。

「黒髪、今日はヤシャダムのところへ行かないのか?」

 いつもなら夕方になればソワソワしだすノイレンがゆったりとお茶をすすっているからか、ナディアが不意に尋ねた。

「ん? うん、今日はやめとく。いくらおやっさんの店でも、踊ると昼間のことを思い出しそうだから。」

 ノイレンは誰とも目を合わせず、湯呑みの中のお茶に視線を泳がせながら答えた。


 その頃、ヤシャダムの店に見慣れない二人の男どもがやってきていた。一人は腰に剣を提げたスマート体型で、爬虫類のような薄気味悪い顔をしている。頬にあるあざのようなものがウロコみたいに見えて一層気持ち悪い。もう一人は腕の太いマッチョ。こちらはクマと水牛を足したような暑苦しい獣顔をしている。そして布にくるまれた二メートルくらいの細長いものを携えていた。二人とも三十代半ばくらいか、ともすればおっさんくさい感じのする連中だ。

 二人はヤシャダムのいるところへ来ると揃ってカウンターに片肘をついた。

「いらっしゃい。見ない顔だね。」

 ヤシャダムは二人の顔を順に見て声をかけた。

「ああ、ここへは仕事で来ただけだからな。ま、仕事が終われば二度と来ることもないだろうが。」

 爬虫類顔の男が冷たく返答した。

「そうかい。それで何を飲む?」

「ビールをくれ。それと聞きたいことがある。」

「今持ってくるから話はそれから聞くよ。」

 ヤシャダムはビールを注ぎにその場を離れた。その間に爬虫類はぐるりと店内を見回した。誰かを探しているようだ。

「いないようだな。」

 隣にいるクマと水牛を足したような暑苦しい獣顔の男に話しかけた。

「ああ見当たらんな、黒髪ポニーテールの女。」

「店を間違えたか。」

「さあな。俺もお前もこの街は初めてだからな。それに聞き込んだ話じゃあちこちの酒場に出入りしてるってことだから、今夜は別の店なのかもしれんな。」

 そこにヤシャダムが戻ってきた。ビールをなみなみと注いだジョッキを二つ、ドンとカウンターに置いて口を開いた。

「誰のことを話している? 騒ぎを起こすつもりなら出て行ってもらうぞ。」

 爬虫類はジョッキを手に取ると一気に飲み干した。

「安心しろ。店の中じゃ問題は起こさねえ。」

 獣顔も豪快に一口で空にすると、ジョッキをドンとカウンターに打ち付けてヤシャダムにニヤリと笑いかけた。

「そういうことだ、安心してくれオヤジ。俺たちは人を探しているだけだ。」

 ヤシャダムは警戒するような視線を二人に向けた。

「誰を探している?」

 二人は順にセリフをつないで答えた。

「名前はノイレン。」

「黒髪の長いポニーテールをしたやつだ。」

 ヤシャダムの鼓動が早くなった。その心臓の音や動きを悟られないようにいたって平静を装い無表情を貫いて彼は返した。

「そんな女は知らないな。見てのとおりどこにもおらん。」

「今日は、だろ?」

「誰も女とは言ってないぜ。」

 男たちは立て続けにツッコんだ。ヤシャダムの目が一瞬泳いだ。男たちはそれを面白そうに見た。

「ポ、ポニーテールなんて女がするもんだろうが。」

 ヤシャダムの声がわずかだが震えている。すると獣顔が嘲った。

「オヤジ、慣れないことをするもんじゃないぜ。あんたの顔にはっきりと書いてある。早くノイレンにこのことを知らせないとってな。」

 ヤシャダムの頬に冷や汗が一筋流れていった。

「で、その女はいつここへ来る?」

 爬虫類が訊いた。ヤシャダムは答えない。獣顔が付け加えた。

「用があるのはその女だけだ。オヤジや店には迷惑かけねえ。」

「知らんものは知らん。」

 そう言いながらもヤシャダムは心の中で祈った。

『ノイレン、今夜は来るんじゃないぞ。』



 真夜中。酒場という酒場もすべてその入り口を閉めて、すべての人が眠りに就いた頃、カーツォ商会キニロサ支部の裏口を叩く者がいた。

 眠い目をこすりながらノイレンが出てきた。

「おやっさん、なんだよこんな夜中に。今日は行かなくて悪かったな。」

 ぐっすり眠っていたところを、ドアを激しく叩く音で起こされたノイレンは少し不機嫌そうだ。

「ノイレンよかった。あんたが出てきてくれて。」

「んん? なんだよ、ふぁ・・・」

 思わずあくびが出た。

「今日ワシの店に怪しげな男が二人来た。お前さんを探している。」

 ヤシャダムのその言葉にノイレンは目が覚めた。あたりを静かに見張り、何の気配も感じないことを確認するとヤシャダムを中に入れてドアを閉めた。

「ノイレン、逃げてくれ。」

「おやっさん、もう少し詳しく聞かせてくれ。どんな奴らだった?」

 ヤシャダムは二人の男のことを詳しく話した。さすが酒場のオヤジだ。初見なのに客のことをしっかりと覚えていた。

「爬虫類に獣って・・・、そいつらがわたしを探してるって言ってたのか。」

 ノイレンはヤシャダムの例えに舌をチロチロさせているヘビ男と毛がふさふさしている牛男を想像した。

「ああそうだ。けどな、あいつらどう見てもあんたのうわさを聞いてダンスを見に来た輩じゃねえ。」

「ありがと。会ったことないけど、そいつらちっとばかり心当たりがある。だからおやっさんは心配しないでくれ。」

「ほ、本当か?」

「ああ、大丈夫だ。」

「それならよかった。ワシはてっきり・・・」

「あはは、外は真っ暗だし送ってくよ。」

「よせやい。ワシはこれでも男だ。女のあんたに護衛されたんじゃ情けなくて泣けてくるわ。」

 ヤシャダムはノイレンの身を案じて強がりを言うと一人で帰っていった。


 自室に戻ったノイレンはベッドに寝転がると、暗い天井を見つめて心を決めた。

 翌朝、いつものように走りに出かけようとノイレンが静かに部屋から出てくるとそこにサフィアがいた。

「おはよう。早いねサフィア。」

「おはようノイレン。早いねじゃないわよ。昨夜(ゆうべ)誰が来たの?」

「あれ気づいてた?」

「当たり前でしょ。あれだけ騒がしくドアを叩かれれば嫌でも目が覚めるわよ。で、裏口に行ってみたらあなたが誰かと親しそうに話してるじゃない。まあ、あの時は問題なさそうだったし、眠かったからそのまま引き返したけど。」

「ああ、そうだったんだ・・・」

 ノイレンはあの状況を見られていたと思うと少し恥ずかしくなった。

「酒場のおやっさんだよ。ほらサフィアが姉ちゃんと剣舞やった店の。昨日はわたしが行かなかったもんだから店の売りが良くなかったって文句言いに来たんだ。」

 ノイレンがあからさまなウソを言うと、サフィアはあからさまに不機嫌な顔になった。

「あなたね、そんな見え透いた嘘ついて私を騙せると思ってるの?」

 ノイレンの頬に冷や汗がタラリと流れた。そこへナディアがやって来た。

「姉さんおはよう。どうしたのこんな朝早く。」

「ああおはよう。どうしたも、私はいつもこの時間には起きて鍛錬している。」

 ナディアはノイレンの目をじっと見つめた。

「黒髪、昨夜(ゆうべ)来たのはヤシャダムだな?」

 ナディアの視線はノイレンの瞳の奥を貫いてきた。

『さすが、こいつには隠せそうにないな。』

 ノイレンはふうっと息を吐くと正直に話した。


「その二人の男というのはおそらく会長が雇った掃除屋だろう。やはり黒髪を狙ってきたか。」

 ナディアたちの執務室に移動した三人は応接卓を囲んで話していた。

「やっぱりあんたもそう思うか。」

「ああ、認めたくはないがな。いくら商会を守るためとはいえ、そういう手の汚し方は商人として最低の行為だ。」

「姉さん。」

 サフィアは涙目になっている。いくら自分たちの計画を撤回させたいからって、父がそこまでするとは実のところ思っていなかった。



 支部からそう遠くない宿に例の二人の男たちは部屋を取っていた。

「なあレイモンドよ、昨夜は本当にあのオヤジを尾(つ)けなくてよかったのか?」

 頭を手で抱えてベッドに寝転がっている獣顔が頭だけ横に動かして窓際にいる爬虫類に訊いた。

「ああ。あのオヤジが向かったのはカーツォ商会キニロサ支部で間違いないだろう。黒髪の女はカーツォの娘の護衛なんだから、娘がそこに寝泊まりしている以上黒髪だけ別の場所に部屋を借りるとは思えん。」

 爬虫類は窓の外を眺めながら答えた。宿からは支部は見えないが、大体の方角はもう調べてある。そっちのほうの空を見ていた。

「そうなるとその黒髪ポニーテールの女、今頃は街の外へ逃げてるかもしれないぞ。」

「それはないさ、ライムント。我等が来たというだけで逃げ出すようならカーツォが我等を頼ることなどなかったろうさ。」

 レイモンドは窓の外に目を向けたままライムントに返答した。ライムントは頭を天井に向けて思案した。

「何を考えているライムント。」

「いや、その黒髪がカーツォ商会の支部にいるとしたら、中に籠って出てこなくなることもあるかもしれんとね。」

「それもあり得るが、籠城はよほどの備えがない限り自身の首を絞めるだけだ。」

「うむ確かにそのとおりだが、もしもそうなったらどう攻める? 俺はそれを考えていた。」

 レイモンドは窓のそばを離れて自分のベッドに腰を下ろすと、膝の上に肘をつき寝転がっているライムントを見た。

「その時は引きずり出すまでだ。」

 ライムントはむくりと起き上がるとにこりと頬を膨らませて笑みを浮かべた。

「では向こうがどう出るか、酒場巡りでもして様子を見るとするか。」

 レイモンドは目を細めてライムントを睨んだ。

「お前が飲みたいだけじゃないのか、ライムント。」

「あっはは、いいではないか。酒場で黒髪に出くわせば良し。そうでなくばどんな手を使ってでも支部から引きずり出す。」

 ライムントは膝を叩いて豪快に笑っているが、レイモンドはジトっと睨み続けた。



 支部ではサフィアが涙目になりながら暴れていた。

「離して! どうしても父さんを翻意させないと気が済まない。掃除屋を雇うなんてまっとうな商人のすることじゃない。そんな父さんは見たくないもの。私が直接父さんに話して手を引かせるわ!」

 半分気が動転したサフィアは厩へ行くとノイレンの馬を勝手に引き出そうとして馬さんに蹴飛ばされそうになり、次いでわんこたちに囲まれて威嚇され、最後にノイレンとナディアに捕まって羽交い絞めにされていた。

「落ち着けサフィア。お前が行ったところで会長は手を引かんし、かえって事態を悪くする。」

「どゆこと?」

 またしてもノイレンはナディアの言わんとすることをよく呑み込めていない。

「黒髪お前な・・・」

 ナディアは軽くめまいがした。

「計画を頓挫させるには私らの一人を欠くことだと前に言ったろう。もしサフィアが本部へ行けば間違いなく軟禁される。そうなればここへ帰ってくることはできんぞ。そうしたら計画はどうなる?」

「ああ、なるほど。」

 さすがにノイレンもそこまで言われると理解した。

「だってよサフィア。あんたがシェヒルに行くのは無理だな、諦めな。」

「なによ簡単に言ってくれちゃって。あなたの命がかかってるのよ、黙ってられると思ってんの?!」

 その瞳にこぼれそうなほど涙をためてサフィアは訴えた。ノイレンはそのサフィアの頭に薬指の長いその手をぽんと乗せた。

「心配してくれてありがとう。でもわたしなら大丈夫だ。どんなやつがきてもこてんぱんにしてやる。」

 にっこりと笑顔になってサフィアの頭を撫でた。

「ちょっと、それやめてくれる? なんか私小さい子供みたいじゃない。あなたのほうが私より年下なのに。」

 サフィアは涙を浮かべながらタツノオトシゴになった。

「あはは、それいいじゃん。」

 ノイレンは面白そうに笑った。ナディアもつられてぷっと吹き出してしまった。

「ちょ、姉さん!?」

「悪い。けどお前面白すぎ・・・くくっ、」

 ノイレンはサフィアの頭から手を離すと立ち上がって、ぐんと伸びをした。

「さあて、そうとなったら踊りに行くか。」

 サフィアとナディアの二人は自身の耳を疑い、目が点になった。

「黒髪お前何を言ってるのかわかってるか?」

「ノイレン頭大丈夫?」

 ノイレンは二人を見るとぷうと頬をリスのように膨らませた。

「なんだよ二人して。ここにいたってなにも解決しないじゃん。だったら楽しいことして何が悪いんだよ。」

「そんなことを言って、もしダンスの途中で襲われたらどうするつもりだ。」

「へっ、剣舞にすりゃいいじゃん。それならいつでも応戦できるしな。」

 ノイレンはニカっと笑って腰の剣をぽんと叩いた。ナディアは半分呆れて、半分感心してぽかんとしてしまった。

「黒髪、お前ってやつはどこまで・・・」

 そしてナディアはあることを決意した。口に出すとノイレンが怒るのは目に見えているからおくびにも出さなかった。 

 ノイレンがそのナディアに笑顔を向けているとサフィアが口を尖らせたまま呟いた。

「ノイレンあなた、酒場に行きたいだけでしょ。」

「あははは、バレた?」

 ノイレンは冷や汗交じりに笑った。

次回予告

女の子らしい恰好はどうしても馴染めないノイレン。カーツォの放った刺客レイモンドとライムントが再びヤシャダムの店に姿を見せた。剣舞を披露したあと二人と対峙するノイレンは落ち着き払っていた。ナディアとサフィアの姉妹はノイレンを助けるため、それぞれに画策するが・・・

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第百七話「降ってきたみたいだな、雨の匂いがする。」

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